月光教の取り決め!ってなんですか?
「さて、それじゃあ入信の儀式なんだが」
エトナーの言葉に、ルナは身構える。しかし・・・
「特にない」
「えっ」
「特にないの」
「ええっ」
ガビーン、といった様子のルナ。エトナーはニヤニヤしている。
「強いて言えば、日光教の教会に入るときとかに合言葉を言えばいい感じだ」
「合言葉だけでいいんですか?」
「神々との契約を含んだ言霊でな。悪用しようとすると頭に雷が落ちてくる」
「こわい・・・」
ルナがひゃー、と怖がる素振りを見せると、エトナーは噴き出した。
「合言葉っても、私ら聖職者の立ち合いの元に、お前さんを神様に面通しする感じでもある」
「すごい・・・!」
(一々可愛いなコイツ・・・)
むーん!とよくわからないリアクションのルナに、エトナーは小動物的な雰囲気を感じていた。
人畜無害な感じがよく似合う彼女が、なぜ悪魔になる必要があったのか――
それを知る日は、そう遠くないだろう。
そう、エトナーは考えていた。
(どうしても気になったらルルイエを締め上げればいいしな)
そう思いながら、エトナーは手をかざす。すると何処からともなく杖が出現し、彼女の手に収まった。
杖は無骨な金属の棒で、先端近くに左右へ返しのように伸びた棒があり、十字を描いている。
「おおー」
「カッコいいだろ?」
こくこくと頭を振るルナに、エトナーは自分で言っておきながらちょっと恥ずかしくなった。
大抵、相手は呆れるやら何やら反応するのだが、彼女の真っ直ぐな瞳が眩しい。
こういった子の前で、余計なことはするべきではないのかもしれない。
「さて、お前さんに合言葉の伝授と行こう。太陽と月の神の御前である!」
杖で床を叩くと、ルナはまるで弾かれたように直立した。
驚いて目を瞬かせている彼女を見て、一瞬エトナーはほほ笑んだが、すぐに真面目な顔になってつづけた。
「この言葉を、その心に焼き付けよ。これが、そなたの身の証とならん!」
エトナーがそう言うと、口を動かしたが、言葉が発せられず、空間に文字が浮かんだ。
”月は太陽の光を受けて輝き、慈悲の光を持って天地を包む”
「『眠りと安らぎ、その安寧の坩堝に満ちる光は月光である』」
途中から、二人の言葉が重なり、ルナは再び驚いた。
「勝手にしゃべっちゃった・・・!」
「はい、おつかれさん。これでお前さんは、日光教の司祭や月光教の司祭に求められると、自然にそう答えるようになってる」
「そうなんですか?」
「ああ、そういうもんなの」
そう言うと、エトナーはそのまま椅子にどっかりと座って息を吐いた。
「あー、ちかれた・・・」
「大丈夫ですか?」
エトナーは、よく見るとうっすらと汗をかいている。
「あんまし。二日酔いなのもそうだけど、これ本来は神器とかで補助してやるんだぜぇ」
「えっ、じゃあなんでそんな無茶を・・・?」
「だって、めんどくせえもん」
心配しているルナに対して、この言い草である。
「神器借りるの手続きめんどいし、そうなると司祭とかに話通す必要あるしな。お前さんの説明もめんどくせえし」
「でもそれじゃあ面通しにならないんじゃ・・・」
「その首にかけてるのが十分に証拠になるよ。日光教のシンボルあしらってるし、それで日光教アンチとかありえねえから」
ってかそれ私が作ったヤツだろ、とエトナ―は言う。
「そうなんですか?」
「うん、割と力のある悪魔でも封じ込められるタイプの奴。それつけて平気な顔してるってことは結構高位な悪魔だな」
「そうなんだ、これそんなに凄い奴だったんだ・・・」
「それつけてて、さっきの合言葉があれば「自分は日光教か月光教の信者です!」って言えるワケだから」
ルナは首に下げた護符を両手でそっと握った。そこに施された日光教の紋様が、夕暮れの斜光にかすかにきらめいている。
「じゃあ・・・私はこれで、家に戻りますね」
「ん、暗くなる前に帰れよー」
軽く手をひらひらと振るエトナ―は、再びベンチに腰を落としながらルナの背中を見送った。靴音が遠ざかるにつれ、彼女の視線が少しずつ細くなる。
「・・・さて」
口の端を持ち上げ、エトナ―は独りごちた。
「あれだけの代物を首から下げて平気な顔・・・いや、あの反応、むしろ本気で知らなかったな。封呪の仕組みも何も・・・」
風に揺れる樹々の隙間から、ルナの姿がちらちらと見え隠れしている。その背中を目で追いながら、エトナ―は足を組み替える。
「信仰は日光教・・・でもって月光教にも縁ができた。こりゃあ面白くなってきた・・・」
ルナの姿が完全に見えなくなったところで、エトナ―は息を一つ吐いた。酔いの残る頭をかすかに揺らしながら、口の中で短く笑う。
「ルルイエ・・・お前いったい何する気だ?」
その問いは、誰にも聞こえない。
ただ、沈みかけた陽の中に吸い込まれていった。