打って変わって
そんな中でふと漏れた『布を織る』の言葉。その言葉を聞いた途端に目の前の少女の雰囲気が緩んだ。
「布って糸から織ったりして?」
「ええ、必要なら糸から紡いで・・・」
開いていた目が閉じて、溢れていた魔力が霧散してどこかそわそわとした様子で目の前の少女は呟く。
「じつは、私・・・糸を作っててぇ・・・」
「糸を?」
「そうなんです、でもその・・・恥ずかしながら使い道がなくて・・・」
糸を作ったのに?使い道がない?なんで?と魔女の頭は疑問で一杯になった。
彼女にとって糸は別に生活の糧にしているものではなく、仕事道具を作るためのもの。
そして目の前の少女も針子じゃなくて魔法使いの学生だったはずだが。
「使い道がないのに糸を・・・?」
少女の手慰みにするにはかなり地味なものだ。しかも彼女の家はそれなりに裕福なはず。
「どうにも自分の性質のようなものかもしれず・・・」
「自分の性質といいますと、その、蜘蛛の?」
少女はそう言うと恥ずかしそうにしたまま頷いた。そうしながら取り出した糸巻を見て魔女は驚いた。
「あの、ちょっと触ってみても?」
「どうぞ」
同じ趣味を持つということはこれほど効果があるものなのか。魔女は先ほどまで警戒心を抱いていた彼女が
こんなにあっさりと掌を返すとは思ってもみなかった。
(な、なんか総帥と同じ匂いがするかも・・・)
どうにもお人好しの気があるようだ。そう考えるとそんなルナをここまで怒らせたあのバカに対して怒りが募る。
「えっと・・・え?」
手に触れた瞬間に魔力が糸を走って、そのまま自分の手に戻ってきた。
まるで静電気のような一瞬の出来事だった。それが示す事。
それは魔力の伝導性だ。
「あ、あの、これって・・・素材は?」
「私の糸ですけど?」
あっけらかんと答えたルナの言動に魔女は頭を抱えた。どうしてそんなこと言うのか。
まったく、これっぽっちも、希少性も、価値も、なにもかもがわかっていない。
魔力の伝導性に関してもそうだ。糸巻に巻いてある糸の端から端までを瞬時に魔力が通った。
万物には魔力を幾分か伝導する性質がある。しかしながらこのように瞬時に魔力を伝う能力はもちろんない。
(素材として破格ね・・・)
この伝導性はあらゆる武具、防具を作成するに当たって理想的なもので、高い伝導性を使えば
剣は持ち手の魔力を剣に通して刃に魔力をロスがほぼ無しで宿すことができるし、鎧に使えば魔力の伝導性から魔法が当たるより先に魔法に帯びた魔力を伝導して吸収してしまうが故に威力をかなり殺すことができてしまう。
もちろんこれらの効果を発揮するには魔法陣やアミュレット、魔石などをつかって追加の加工をする必要はある。
だがこの糸はそれらの効果を最大限に発揮するだけの性能を持っている。
そして極めつきはその希少性とネームバリュー。
『悪魔が紡いだ糸』
このタグが付いただけでどれだけの価値があるかわからない。証明するのに骨を折るかもしれないが一度それが本物と分かれば人々はこぞってこの糸を欲しがるだろう。
王族、貴族、魔法使い、そして悪魔崇拝者。これらがこぞって奪い合うことは想像に難くない。
悪魔はかつてあらゆる芸術の師と言われた。天魔戦争以前は悪魔は様々な芸術でその能力を惜しみなく披露していたそうだが、それも遥か昔の話。今は高名な悪魔は戦争で死に絶えたか、はたまた能力が高まりすぎて境界を越えられなくなったかのどちらかだ。
人界で彼らの妙技を味わうには高い代償を払わなければならない。彼らもプロ、十分な対価があれば話は別だがそうでなければ人の願いなど歯牙にもかけない。
それ故に悪魔が描いた絵画、奏でた音楽、書き留めた詩、作った楽器、彫刻・・・全てが高価な値段で取引される。
「えっと、ですね、結論からいいますと・・・」
「いいますと?」
「これは危なすぎて私には扱いきれません」
「えっ」
ルナが驚いた表情を見せたが魔女は目の前の糸を凝視しつつもなんとか冷静を保って答える。
「希少価値がありすぎる、あと糸としての付加価値も」
先ほどまでの糸の性能に関しても破格であるが極端に高い魔力伝導の性質の齎す最大にして最上の効果。
それは人ならざるものが紡ぐことによってもたらされる破格の伝導性によって引き起こされるのだ。
(紐にして巻き付けるだけで他者の魔力を長時間帯びさせることができる・・・それが齎す武具や道具の変質)
本来はエネルギーでしかないはずの魔力が時として使い手の意思や力をその物体に宿すことがある。
霊剣、魔剣の類がそうであり、超常の意思と力が宿ったものを神器、アーティファクトと呼ぶ。
普通の道具は使い込んでも古びていくだけだが高く、同一の魔力に長時間晒された道具はその時間の長さが長ければ長いほどに持ち手の性質をその身に沁み込ませていくのだ。




