糸まきまき
ルナはあれからスピンドルを手に糸を紡ぎ続けていた。
普通なら繊維を束ねて同じ大きさにするのだがルナの場合は魔力を篭めるコントロールでそれが可能なので均一の太さの糸がスピンドルにどんどんと巻かれていく。
「やめられないとまらない」
「蜘蛛の本能かしら」
「うおーん、まるで人間糸紡ぎの工房だ」
休憩時間にせっせと糸を紡ぎ続ける。一日で糸巻きが一本出来上がりそうな勢いである。
「たのちい」
「ルナちゃんがどんどんおかしな方向に・・・」
「そろそろやめさせた方がいいんじゃ・・・」
糸巻きが一個出来上がってしまった。ルナはそれをスピンドルから取り外すとすぐさま二本目に取り掛かろうとしたので慌てて周囲が止めに入った。
「もう授業が始まるから!そろそろ切り上げよう!ね?」
「うーん、わかった・・・」
「凄く残念そう・・・」
むーん、と唸りながらルナはスピンドルを大事そうに鞄に仕舞い、糸を見て・・・
「どうしようかなこれ・・・」
全員が噴き出した。
「用途も考えず作ってたのか?」
「材料費タダだからって無計画すぎない?」
モノづくりの立ち場からテイロスが、そして商売人気質のティナからそれぞれ突っ込みが入った。
「な、なんだか出来上がるのが楽しくて・・・」
「ルナちゃんなんか細かい作業させたら延々とやってそうだね」
「とにかくこの糸はちゃんと保管しとくべきだぞ、作ったらほったらかしというのは看過できん」
珍しくテイロスがはっきりとものを言うのでルナは少し考えて糸を束ねると
軽く結んでほどけないようにして鞄に仕舞った。
「うーん、でもこれでいろいろとコツがつかめたかも」
「そうなの?」
「うん、これ以外と色んなことを一度にするから練習になるんだよ」
糸を動かす指の動き、魔力の操作、能力の操作、魔力の出力の操作、スピンドルの動き、糸の巻き具合。
同時に操作し、管理しながらなので見た目以上に高度な事をしているのだ。
「よーし、それじゃあまた今日はここまでだ。各自ちゃんと復習しとけよー」
『はーい』
時間は流れて放課後。皆が帰っていく中、ルナも帰り支度を済ませて帰路についていた。
「それじゃ、ルナちゃんまた明日ねー」
「ばいばーい」
途中でティナたちと別れ、ルナは一人家を目指して歩いていく。
もう通い慣れた道だ、帰れば恐らくもう母が夕食を作っているだろう。
そして明日になればまた学校で友達と魔法について学ぶのだ。
「うーん、充実してるなー」
言葉に出してしまうほど、ルナは浮かれていたが・・・
ふと、目の前に誰かが立っているのが見えた。トガを身に纏い、髪を結いあげた女性だ。
「?」
誰だろう、近所では見かけない顔だ。それにあのような服装はここら辺ではとても珍しい。
「御機嫌よう、魔法使いの学生さん」
「ご、御機嫌よう・・・です」
微笑みを浮かべながら挨拶する女性にルナも会釈を返した。
なんだかおかしい。
服装も奇抜だが、雰囲気が違う。足運び、目線、そして
「魔力を感じます・・・」
体からあふれ出す魔力の存在。
「あら、学生さんもそれくらいはわかるのね」
「貴女・・・何者ですか」
女性はトガの一部を摘まんで持ち上げるとカーテシーをしながら笑みを深めた。
「貴女にお会いできて恐悦至極、偉大なる大悪魔様」
「!」
自分の素性を知る人物と知ってルナは即座に距離を取った。
「魔法使い・・・!」
「おやおや、そのように警戒なさらずともよろしいのに」
ルナは彼女の放つ雰囲気がさらに深く、まるで自分を覆い隠そうとするような気配に
思わず距離を取ったのだ。
(この子、存外カンが鋭いな・・・)
そしてその気配は正しく、目の前の女性こと布隠れの魔女は隙あらばルナを攫う気でいた。
大悪魔であれば元より成功するはずもないし、そうでなければ攫って魔力を調べれば
すぐに正体がわかると思っていた。
しかしそれが難しいと分かると彼女はすぐに考えを改めることにした。
(心証をこれ以上悪化させるのは良くないか・・・この子、もしかすると当たりっぽいし)
布隠れの魔女は魔力を霧散させ、ルナと向かい合った。
「ごめんなさい、悪魔相手は先手を打てる状態じゃないと危険なのが常識だから」
「・・・質問に答えてください」
「如何様にも」
「貴女は誰ですか?」
「人呼んで、布隠れの魔女と」
「目的は?」
「貴女とお近づきに、それと仲間の・・・いや、『元』仲間の粗相をお詫びに」
ルナはその言葉の意味が分からず首を傾げた。
「元仲間・・・?」
「ええ、本当なら仲間だったことすら忘れたいけれど・・・ウッドリーフの帰りにアナタたちに攻撃を仕掛けた慮外者の魔法使いがいたでしょう?」
「あの魔法使い・・・」
ざわ、と周囲の空気が重たくなったのが魔女の肌に伝わった。
見るからに怒っている。そして彼女の感情が魔力となり、自身の本性を呼び覚ますようにうねっている。
「勘違いしないでくださいね、アイツは私達の属する組織の名を借りて悪事を働いていた無法者ですから」
「それをどう信じると?」
「そうですねぇ、難しいと言えばそうかもしれませんが・・・信頼を勝ち取るためのリクエストがあればお聞きしたいと思っています」
「必要ありません、あの人は私の友達を傷つけた・・・ぐ、ううう!」
閉じていた目が開き、八つの目が布隠れの魔女を睨んだ。唸り声を上げて拒絶の意思を示すルナに魔女は思わず冷や汗をかいていた。怒りが鳥肌を起こすほどの殺気となってびりびりと伝わってくる。
本来悪魔と取引するなら対になる守護精霊か天使の存在が不可欠だ。
しかし大悪魔に比肩する精霊や天使などそういない。いくら彼女が未熟であったとしてもである。




