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”聖人”エトナ―!

翌朝――


ルナは、父エルドの手渡してくれた地図を片手に、修道会の裏手にあるという礼拝堂を目指していた。

建物の陰に差しかかると、古びた石造りの礼拝堂がひっそりと佇んでいるのが見える。

しかし、扉は閉ざされ、鐘の音ひとつ響かない。


「だれもいないみたい・・・」


周囲を見回すと、礼拝堂の脇、苔むした石造りのベンチに誰かが座っていた。

黒白の修道服のようなものを着た女性が、両足を投げ出してぐったりともたれかかっている。


帽子は目深に被られ、髪は無造作に結い上げられ、背丈はあるが動く気配がない。

ただの置物のように。


(え、像じゃないよね・・・?)


不安になったルナがそっと近寄ると――その女性は、肌に薄っすらと汗を浮かべ、青白い顔で額を手で押さえていた。


(人だった)


「・・・あの、すみません」


反応はない。


「大丈夫ですか? あの、エトナーさんという方を」


その瞬間、女性の肩がびくりと震えた。


「だ、誰が・・・エトナー?」

「えっ、あの、聖人様に用があって・・・このあたりにいると聞いて・・・」

「あいつに用が・・・? ああ、やめとけ・・・今日は機嫌が悪い・・・」

「え?」


女性は、ベンチに横たわるようにぐでりと寝返りながら、呻くような声で呟く。


「頭が・・・われる・・・昨日の酒が・・・うっぷ・・・」


その顔は見た目こそ年若く、神秘的な雰囲気をまとっているが、目の下の隈と虚ろな目つき、そして酒の残り香が全てをぶち壊していた。


「あの、もしかして・・・エトナーさん、ですか?」

「・・・ばれたか」


女性は、しぶしぶという様子で手を上げた。


「そう、私が聖人のエトナー・・・最強無敵のエトナ―さんだ」

「え・・・?」


ルナは思わず後ずさった。


あまりにも想像と違う姿に、手紙に書かれていた注意書き――「酒を持って行くな」「寝ている」「話が進まない」――が、今さらになって現実味を帯びて思い出された。


「で、あんた・・・誰?」

「えっと・・・ルナです。日光教信徒で、魔術学園の生徒です。ルルイエ先生から、あなたに面通ししてもらうようにって」

「ルルイエ・・・? ああ、あのバカか・・・やれやれ、また面倒を持ってくる・・・」


エトナーは頭を抱えながら、重たそうに体を起こす。


「ちょっと待ってて。水・・・水・・・死ぬ」


そう言いながら、ふらふらと礼拝堂の扉の奥へと消えていく。

残されたルナは、ベンチの前で呆然と立ち尽くした。


(これが聖人・・・?)


想像と、あまりにも違いすぎる――そんな思いを、ルナはしばらくかみしめることになった。


ルナはしばらく待っていたが、遠くから呻くような声のあとに、聞くに堪えない音と声が響いてきた。思わず顔をしかめたそのとき――


「ふぃー・・・すっきり」


とんでもないことを口走りながら現れたのは、先ほどの女性、エトナ―だった。すっきりと言っているが、その目はどこか虚ろで、疲れ切っているようにも見える。そんな彼女・・・エトナ―は、ぐるりと目を動かしてルナを見た。


「ルルイエの知り合いって言ったな?」

「え、はい、そうですけど・・・」

「あのバカが絡むと、あんま良いことないんだよ、マジで」

「馬鹿って・・・」


あまりに辛辣な口調に、ルナはむっとした。恩師に向かって、なんてひどい言い草だろうかと思うが、エトナ―はどこ吹く風だ。頭をガシガシと掻きながら、平然と続けた。


「悪魔退治だろ? アホな魔法使いが違法に召喚した悪魔退治だろ? アイツがやらかして目をつけられたから、代わりにソイツをボコボコにしに行かされるやつだろ? 今までアイツが運んできたのって、こういった面倒ごとばっかなんだよ」


・・・前言撤回である。恩師は、相当に迷惑をかけていたらしい。


「そ、そうなんですか・・・」

「んで、今回はなんだ・・・お前さん、その・・・悪魔だろ?」


その直球の問いに、ルナは驚いた。封魔のペンダントのおかげで、見た目も魔力も抑えているはずなのに。彼女は一発でルナの正体を見抜いた。


「え、あ・・・はい、たぶん」

「たぶん?・・・え、マジかお前、『成った』のか? 見た目通りのその歳で?」

「はい・・・」

「ってことは月光教についても知らねえよな?」


その問いかけに、ルナは小さく頷いた。

するとエトナ―は、再び痛みだした頭の調子を整えるように、手でこめかみをガンガンと叩きながらうめいた。


「なーるーほーどーなー・・・それで私のとこに・・・か。くそぉ、メンドクサ・・・ま、本職の仕事だから、まあ今回は大目に見るか」


エトナ―は最初、ルナのことを「若作りした、悪魔になったババア」と疑っていた。だが実際に話してみれば、どうやら見た目どおりの若い子らしい。


・・・それを理解したエトナ―は観念し、ルルイエの頼みを引き受けることにした。


「お前さんは、魔法学校と日光教のバックアップなしじゃやってけない立場だ。なんでかわかるか?」


「悪魔だから・・・ですか?」


「まあ、そんなとこだ。悪魔ってのは、日光教にとっちゃ面倒な存在でな。力はあるが、かといって安易に排除もできねえ。ウチは魔に属する者でも、無害で秩序寄りなら庇護するってのが役割だからな」


そう言って、エトナ―は肩をすくめた。時々うっぷ、と気分が悪そうにしているのをハラハラしながらルナは見ていた。


「けどな、無害かどうかが曖昧な奴が、登録も許可もナシにうろつくってのは、厄介極まりねえんだよ」


悪魔は登録制なんだ、とルナは思った。まるでなにか商店やら資格をとるような話である


「でも、普段は魔界にいるから、揉め事はほとんどねえんだがな・・・」


最後の一言をつけ加えて、エトナ―は苦い顔で天井を仰いだ。

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