プロローグ 怪しい家庭教師ルルイエ!
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悪魔になる。それは魔法使いとしての極致点であり、だれもが望むもの。
だが一つだけ誤算があったとするならば。
「蝙蝠と蜘蛛と百足のキメラだね!」
「い……」
「い?」
「イヤだーーーーーーーー!!!」
とある魔女の前で絶叫する彼女の名前はルナ・フラウステッド。彼女は魔法学校の学生をしている。
もうすぐ実技を扱う高等部に進級できる時期が近づいてウキウキだったのだが……。
時間は少し巻き戻る。
「高等からは実技も含まれますので鍛錬を怠らぬよう」
中等部の先生はチョークで黒板に高等部に上がる前に何があるかを説明している。
「昇級の際に魔力だけでなく魔法が使えるかどうかの適性試験がありますので体調にも気をつけて、魔力の保全にも気を配ってくださいね」
春のうららかな日差しの中、中等部の先生はルナを含む生徒達にそう言い含め、去り際に皆の進級を祝っていった。
魔法学校中等部ではこれから始まる実技の内容に生徒達が会話に華を咲かせている。
「もうすぐ私も……」
希望に胸を躍らせながらルナが家に帰ると珍しく彼女の父、エルドが帰ってきていた。
エルドは魔法局という役所に勤めており、いつもなら夕方くらいになるはずだ。
「父さん?」
「おお、ルナ。お前もとうとう高等部に進学だな!」
そこでだ!と父は隣に立っていた人物を紹介してくれた。
「このお人はとても有名な魔法使いの方らしいのだが、なんとだな!ルナの家庭教師をしてくれると言うのだ!」
「えっ!」
魔法使いというのは本来他人に厳しい。学校の先生も本来基礎的な事しか教えないのだ。それは当然といえば当然で、魔法という長年の研究で得られた知識や効能をおいそれと他人に教える義理はないのである。その例外としてあるのが師弟関係だ。
しかしながらそれでは魔法使いのレベルが下がる一方ということで魔法学校が設立されたのだが……
「私に?」
家は裕福な方ではあるし、エルドは治安維持組織出身から魔法局という役所に勤める身分ではある。けどそんな王侯貴族や富裕層のように家庭教師、しかも魔法使いのとなるととんでもないことだ。
「あなたには才能があるのです」
魔法使い、その人が声を出してルナは初めてその人を認識できた。
とても綺麗な女性だ。それなのに声を出すまでその顔貌や服装全てが靄がかかったように曖昧だったのだ。
「認識阻害……」
「そのとおりです」
声を掛けられるまで相手に気付かれない魔法というよりおまじないの一種だがそれを「いるけどわからない」レベルに調節できるのだ。まさしく魔法だ。
「私にどんな才能が……」
「お教えしましょうか」
彼女が指を鳴らすと景色がまるでズームアウトするように入れ替わり、驚くエルドとお茶を持ってきていたルナの母親であるアリシアが遠くなるとそれから入れ替わるように屋外の景色がやってきた。
どうやら魔法で外に連れ出されたらしい。
おそらく自宅の傍にある草原だろうか。しかしこれももしかするとルルイエの作り出した幻覚かもしれない。そう思わせるほどのとんでもない魔法だ。
「悪魔として転生する才能です」
目まぐるしく変わった景色、混乱するルナにさらに畳みかけるようにそう言われてルナは天地がひっくり返るようなとんでもない衝撃に襲われた。はげしく狼狽しながら問いかけるルナにルルイエは笑顔で答えた。
「あぐ、あえっ?!あくま?!!」
「そうですそうです!」
悪魔になること、それは魔法使いにとって究極の到達点の一つである。悪魔になって得られるメリットは大きく簡単なものでも人間の寿命からの脱却、強靭な肉体の獲得、魔力の獲得。どれ一つとっても人間には得難いものである。
「本来なら数十年の修行の果てに得られるもの、ですが!」
嬉しそうにそう言う彼女はうっとりするような笑顔でルナにずいと歩み寄る。
「たまーに、いるんですよ肉体と魂と魔力のバランスがバカになっちゃってるのが!」
「そうなんですか」
「そう言う子はすぐにでも転生できるんですね」
悪魔、昔は神に従わない遍く魔族や精霊を指す言葉だったが私が産まれるずっと前に神と悪魔は盟約を交わし、人の神たる太陽神の兄妹神である月の女神を信奉することで双方の調和を図ったとのこと。なので今は太陽神に属するものを天使、月の女神に属するものを悪魔とすることになった。
天使は聖職者から、悪魔は魔法使いから産まれるとされる。
「そ、それで私はどんな悪魔に?」
悪魔、それには様々な姿を持つ者がいるが女性の憧れはハーピィやライカンのように動物の特徴をもつ種族。もしくは精霊の特徴をもつニンフやゴーストなど。
「気になるよね?気になっちゃうよね!」
「気になります!」
勿体ぶっているのにちょっとイラッとしたがそれ以上に期待値が高くなる。もしかして高位の悪魔になれちゃったり?なんてルナは思った。
「なんと!」
「なんと?」
「蝙蝠と蜘蛛と百足のキメラだね!」
「い……」
「い?」
「イヤだーーーーーーーー!!!」
よりによって虫だった。そして話は冒頭の時間に追いつく。
「えっ!?」
「やだやだやだ!虫はやだ!」
「な、なんで?!蝙蝠は空を飛べるし月の魔力を蓄えられるし!蜘蛛は糸を吐けるし何より機織りの守護として縫い物編み物が上手くなるんだよ!?百足だってここの土地では冥府の建築に大いに功績があって、しかも土地の金銀や鉄を掘り出したから冨貴を象徴する力が……」
「でも百足も蜘蛛も虫です!虫苦手!」
嫌がられると思ってなかったのか先程からの凛とした雰囲気はどこへやら。あたふたしながらメリットを説明し始める魔法使いの女性。それからしばらく押し問答が続いたが……。
「わかった、この話はまた今度にしようか……」
流石に疲れたのか魔法使いの女性は肩で息をしながら話題を切り上げた。
「とりあえず魔法の家庭教師は請け負うから、気が変わったら何時でも言ってね」
明らかにがっかりした様子で言う。
「はぁーーあ、私の名前はルルイエ。よろしくね」
魔法使いの先生、ルルイエは深ーいため息と共に自己紹介をしてくれた。大分とがっかりさせてしまったようだ。しかし、ルナにだって譲れない部分はある。
「魔法は知識ももちろん要求されるから、ちゃんと勉強すること。知の探究は魔力を消費しないでできる魔法の鍛錬でもあるからね」
それからしばらくの間、ルルイエが持ち込んだ基本的な魔法のテキストをおさらいするにとどまった。それから学校の事、そして高等部に入る際に行われる適性試験について話が及んだ。
「もうじき試験だったね。君の歳だとそろそろ実技だったかな?魔力保全はちゃんとしておきなさい」
「魔力の保全?」
「魔力は体力と違って微妙に回復が遅いんだ、体調ばかりを気にして魔力がカツカツなんてことも無くはない」
しかも不調を感じるまで分からないなんてこともある。とルルイエは言う。
「実技の練習もいいけど、魔法は知識だ。手順を間違え無ければ普通にできるから無理は禁物」
「でも本番で手順を間違えたらどうするんですか?」
「そりゃ単純にやり直せばいい、咄嗟にその間違いに気づいて訂正できるのも魔法使いの技量なのさ」
それにこう言ってはなんだけど学生の試験だし。とルルイエは言う。いくら実技の試験とは言っても、所詮は学生の試験である、何より、適性を見るだけというのだから難しいことなど試されるはずもないのだ。
「それじゃあ今日はここまでにしとこう」
ルルイエはそういうと指を鳴らす。するとまた景色が歪み始め、気がつくとルナは自宅の前に立っていた。
「わ、やっぱり凄...」
「それじゃあ、頑張ってね。一応チャンスは2回あるらしいし」
声だけが届くとルルイエはそのまま帰ってしまった。ルナは少し呆然としていたがやがて我に返って玄関のドアを開けた。
「ただいま……」
ドアを開けた先でルナの母親であるアリシアがおたおたしているのが見える。
居なくなった二人を探しているのだろう。あたふたとドアを開けたりしている
エルドはそんなアリシアを見て宥めようとしているがなにぶんルルイエの魔法が凄すぎたためにエルドも混乱しているようだ。
「居なくなったから驚いたぞ!なにがなにやら……」
「私も驚いた、魔法やっぱりすごい」
先にルナに気付いたエルドが声を掛けるとゴミ箱の蓋に手をかけていたアリシアもルナが帰ってきているのがわかり、ようやく皆が一心地ついた。
「そうなのか、やはりルルイエ先生の魔法なんだな……ふう、母さんも驚いただろう」
「そうね、なんとなく魔力は感じたけど……やっぱりとんでもないわ」
もういい時間だし、そろそろ夕食の準備するわね。とアリシアはそう言いながら家事に戻って行った。
それから時間は流れて夕食の時間、両親と食事をとりつつルルイエのことで話は盛り上がった。
「しかし先生は神出鬼没だったな、来たと思ったらいなくなって、……ルナだけ帰ってきたし」
「うん、実際に会って話したりしたのに実感が全然湧かないよ」
魔法の話とかはしたんだけどね、とルナが言うと皆はルルイエが何者なのかを改めて考えてみていた。
そして話題はもうじき始まる実技の試験についてに移った。
「この国では学生でも例外的に魔法を使用することができる。実技の授業を受けて魔法をさらに学ぶことは思った以上に重要なことだ。忘れてはいけない」
この世界では一般的に魔法を使用することは許可されていない。風を起こす、火を起こす、水を操るなど、出来ることは全て規制が入っていて許可を得て使用する場合は威力を最低限にコントロールする必要がある。
その決まり事の中の例外が魔法を工業や医療などの仕事に使用する魔導士、そして魔法学生だ。
魔法を職業や学業のために使える人達はエリートと言っていい。それを抜きにしても不思議な力を手足のように使う魔法使いに憧れる人は多いのだ。
当日、魔法学校の試験会場に集まった生徒達が列を作って並ぶ中、ルナはその中で自分の順番を待っていた。
「それでは、実技教科の適性試験を行います」
緊張する生徒達を見回して監督官は落ち着いた声で言う。初めての事で緊張する生徒達はどこかぎこちない仕草で監督官の指示を受けて順番に所定の位置についた。
「それでは火の魔法を手のひらに、出現させた火を規定の秒数維持出来れば合格です」
魔法使いには簡単なことである。しかし今から挑戦するのは全てが未経験の学生達だ。中にはこっそり練習している者もいるだろうがそれでも緊張するのは仕方ないことだろう。
「それでは一番から」
「は、はい!」
生徒が1人ずつ呼び出され、試験官の監督のもと試験を受けていく。
「血統が良い人とかお金持ちは私達より早い時期に呼ばれることもあるらしいよ」
「へー」
合格者が増えていくに従って周囲では実技試験についての噂話が聞こえ始める。ルナも自分の列に回ってきた順番と自分の受験番号を見比べながら順番を待つ。




