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⑦ 世界銀行のテラーは、見知らぬ職場の業務環境に対する慧眼を持つ。

ご覧いただき、ありがとうございます。

こちら、拙作『断罪された聖女、逃げのびて魔女が住まうという森に辿り着く。』https://ncode.syosetu.com/n6537jy/の、リスナー側の反応になります。


未読だと少しわかりにくいかもしれません。ご了承ください。

また、連載ですが、およそ10分毎に続きを投稿します。タイトルにある番号を確認して、順を追って読んでいただけると嬉しいです。

 僕が紙幣カウンターを用意している間に、宰相閣下が部下の一人を近くに呼び寄せた。

 真っ青な顔で、金属製の鞄を体全体で抱き締めるように抱えている。可哀想に。どこからそれ、抱えてきたんだろうか。


「急なことで細かい金になってしまった。面倒かけてすまないが頼むよ」

「畏まりました」


 ですよねー。いきなりの現金要求でしたから、むしろよくかき集めたな、って感動しましたよ。


 僕は、部下の人がミルク色のカウンターに置いた金属製の鞄を開けてもらい、そこから紙幣を一束取りだし、広げて捌いて同一紙幣であることを確認し、紙幣カウンターにセットする。

 カタタタと、軽快な音をたてて紙幣をカウントしていく。

 その作業を、ひたすらに繰り返し、業務カウンターの内側に置かれたトレーの上に、紙幣の束を積み重ねていく。


 さすがの量に、宰相閣下を挟む大物二人も、無言で見つめている。

 もちろん、銀行の職員も。

 その場にいる誰もが静かに僕の作業を見つめている。

 汗が!手の汗がすごいんですけど!


 僕は、柔和そうだと評判の良い微笑みを口許に浮かべ、ひたすらに作業を繰り返す。


 僕が紙幣を広げて捌き、指先を走らせて紙幣の色味から同一紙幣であることを確認する、シャッパラパラパラパラという音。

 カタタタと紙幣を数えるカウンターが動く音。


 ただ、それだけの音が、交互に響く、静かな時間がいくらか過ぎた。

 中には外国の紙幣もいくらか含まれていたので、そちらを取引レートで換算して。

 世界銀行にある国庫金の残金と合算して。


 あれ、まだ少し足りないな、というところで、宰相閣下が別の部下を呼び、彼の持っていた、やはり金属製の鞄を開いた。


「どうしても紙幣だけでは足りなくて……」

 

 閣下が恥ずかしそうに告げる。

 そこには、あらゆる種類の硬貨が入っていた。


 どんだけ!どんだけの勢いでかき集めたの!

 これ、お城でお勤めの人々のお財布を全部ひっくり返す勢いじゃない?


 さすがにコインは想定外だったので、カウンター奥の空いている作業机に職員とコインカウンターを並べて、小さなボウルに分けたコインを数えることにした。


 先程までの静けさを裏切る大音量でバババッジャリジャリジャリ、と、一斉にコインカウンターが大騒ぎをして、コインを数える。

 銀行のいつもの静けさからは到底想像できないような大音量だ。

 目の前の三人は眉間に皺を寄せ、耳を押さえているが、こっちはそんなことを気にしていられない。

 なにしろ指定の時間が刻々と迫っている。 


 なんとか硬貨を数え終え、全ての現金と国庫の銀行残高を合算した金額を宰相閣下に提示する。


 きっちり、送金手数料を含めて、ピッタリの金額だった。


「ああ、よかった。足りなかったらどうしようかとヒヤヒヤしたよ」


 ですよね。僕もここまできっちりな金額とは思いませんでしたよ。

 でも、まさかそんなことを言葉には出せず。


「送金させていただきますね」


 と、まるでいつもと同じかのように一声添え、国庫専用の預金操作板を用意する。


「あ、君、送金時に伝言を付けられたよね」


 送金手続きの準備を整えていると、宰相閣下から声をかけられた。


「ええ、有償ですが」


 お祝いなどにメッセージを添えるのに使われるサービスだ。


「うん、僕が支払うから、つけてくれるかな?」

「それでしたら、宰相閣下から、個人的に少額送金して伝言をつける形になりますね。あるいは、国庫からでしたら、有償分の上乗せ送金か。どちらかです」


 閣下は、少しだけ迷うように顎に揃えた指先を添える。

 背中から女性職員たちの小さな悲鳴が聞こえる。


 その気持ちはよくわかる。

 なんだこのおっさんは。こんな仕草まで様になるのか。


「ならば、僕の個人からの送金にしよう。そちらも手続きしてほしい」

「畏まりました」


 僕は国庫専用の預金操作板を宰相閣下に預けると、宰相閣下は、胸元のピンをはずし、それを板についている小さな炎で炙り、指先を指した。

 騎士団長は、耳に刺しているピアスを使ったのか、耳たぶをぎゅっと指で押して血の玉を作り、板に押し付けた。

 大神官はご用意がなかったのか、銀行で用意している使い捨ての短い針を使って、同じように血の玉を板に落とした。


 こうして三人の権利者の血液を受けた板が青白く光り、僕が必要金額を指定すると、聖女様の元へと送金の手続きが行われた。

 実際には、カウンターの内側に並んでいる大量の紙幣と硬貨が職員の手で銀行内部へと運ばれていく。


 そこは魔法みたいにパッと消えないんだよな。

 専用トレーに乗せたお金が消えると面白いのにね。


 もちろん、職員がお金を着服するなんてことはできない。

 世界銀行は入社したての平社員ですら、魔法契約により、銀行内のお金を外に持ち出せなくなっている。


 続いて、宰相閣下が、閣下個人の口座から聖女様に当てて『お見舞い金』の名目で送金をし(それなりな金額だった)表示する伝言の内容を書いたメモを渡された。

 僕は預かったメモを、誰にも見えないカウンターの内側で処理した。

 顔に出すな、顔に出すな、と、呪文のように唱え、ひたすら微笑んでいた。



 全ての手続きが、無事に日没までに終わり、僕は心底ほっとした。

 これで聖女様の要求を呑んだ事になる。

 女神様は、閣下が頑張らなかった場合はどうやって入金させるつもりだったのかな、と、少しだけ疑問に思った。


 女神様は『お前の望みをすべて。すべて望むままに叶えよう』と仰った。

 閣下が頑張ってお金を用意のは、閣下の意志か、女神様の思惑なのか。


 僕は、そんな考えても仕方のないことを考えてしまった。


「以上で無事に終了しました。ご利用、ありがとうございました」


 そう声をかけると、目の前の三人は、一仕事終えた、とばかりに揃って大きくため息をつき、席から立ち上がった。

 僕も、彼らを見送るために席をたち、頭を下げた。


「君の仕事が早く正確で助かったよ。ありがとう。また来るからよろしく頼む」


 そう言って、宰相閣下はカウンター越しに手を差しのべてきた。

 お役に立てて何よりです。

 口に出してきちんと言えた気がしない。

 僕の顔は、ずっと微笑みのまま固定されていたから。


 握り返した手には大きな固いペンだこがあり、この手が国の知性なんだと痛感させられた。



 手元には伝言の下書きが残されている。

 聖女様が世界銀行で口座の中身を見ると、このメッセージが表示される仕組みになっている。


「これ見て、あの子、喜ぶんかなぁ……」


 宰相閣下は、おっさんなのに爽やか美形で、世間的には大変な人気者ではある。

 今日の様子を見ても、とても感じのいいおっさんだ。


 けれど。

 どう想像しても、宰相閣下の部下って、ブラック臭しかしないんだよな。



『聖女クロエ殿。貴殿の聡明なる手腕に心より感服仕り候。新たなる職を求められるならば、ご一報いただきたく、連絡お待ちいたし候。宰務部・宰相』

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