⑥ 世界銀行のテラーは、第一級スルースキルを持つ。
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こちら、拙作『断罪された聖女、逃げのびて魔女が住まうという森に辿り着く。』https://ncode.syosetu.com/n6537jy/の、リスナー側の反応になります。
未読だと少しわかりにくいかもしれません。ご了承ください。
宰相閣下を真ん中に、左右に大神官と騎士団長が座る。
どの顔も疲労困憊だ。
そりゃそうだ。
お金の工面に駆けずり回っただろう宰相閣下はもちろんだが、たった一人の聖女を捕まえられない(無能な)近衛騎士を抱えた団長と、全国民から「聖女一人に休みなしで無理させて、搾取ひどい!」と罵られそうなほどに、その超絶ブラックぶりを公表された神殿の長だからな。
今日一日で皆さんそこそこ老け込まれただろう。
老け込んでもそれが渋味、色気になるとは、美形ってのは得だなぁ、などと、僕は手続きの準備をしながら三人をこっそり眺めていた。
そんな、どうでもいいことを考えないと、顔に動揺が表れてしまうから。
だって三人だよ!
僕がここに就職して、初めての事態だ。
権利者三人て!
どんだけの現金持ってきたの!!
大物お三方を護衛してるのか、はたまた、真っ青な顔の文官らしき男が抱えた金属製の鞄の中身を護衛しているのか、彼らを取り囲む騎士の数が半端ない。
「君も知っての通り、国庫を動かす。送金先は聖女クロエだ」
「はい、畏まりました」
聖女様、まだ聖女のままなんだな、と、少しだけ安心して。
世界銀行のテラーとして登録されている、自分の血を使って聖女の口座情報を引き出す。
名前、両親の情報、あ、伯爵家なのか。ああ、本当に除籍されてる。かわいそうに。でも、称号は聖女のままだな、と、必要な確認を続けて。
「えっ?」
思わず声に出た。しまった。
「どうした?」
宰相閣下から、厳しくはないが問いただす声がかかるが、小さく頭を振って「いえ」と、否定をする。
だが、宰相、見逃してはくれなかった。
「これから大金を預けるんだ。不安になるような対応は困るよ、君。答えなさい」
これ、別にあなた不安になってないでしょ。ただの好奇心でしょ。とは、言えない。
だって、お相手、宰相閣下だから。
「あの……申し訳ありません。残金の確認をしまして。その、申し訳ありません。個人情報ですので」
「女神様のご叡智により、何らかの手段で既に入金されていたのかもしれん。そういうことか?」
大神官が口を挟む。
今さら女神様に媚びたところであまり意味はないだろう?超絶ブラックなのばれてるよ?
「いえ、そうではなく。その……残金がなかったもので」
仕方なく小声で伝えると、宰相閣下が真っ赤な顔で隣に座る青白い顔の大神官の胸ぐらを掴んだ。
「お前!神殿は六歳の幼子を騙して祝い金をくすねるのか!」
「知らない!いいがかりだ!名誉毀損だ!相変わらず直情的だな!だからお前は独身なんだ!」
「お前も独身だろ!」
「私は神にこの身を捧げたんだっ!」
「少しも望まれてないだろ!今日で更に嫌われたぞ」
互いに掴みあってやいやい言い合う宰相と大神官。
あまりに醜い取っ組み合いだが、それぞれが互いの頭部には触れないように気遣うのが、さすが中年だ。
あと、宰相閣下、噂通りまだ独身なのか。激務だろうに、癒しはあるのかな。
「お前らうるさい!俺は暇じゃないんだ!むしるぞ!」
二人の間を割るように力強く身体をねじ込んだ騎士団長の最後の一言が効いたのか、二人は大人しく互いから手を離した。何をむしるのか。騎士団長の視線が頭部だ。むしるのはそこだよな、やっぱり。
騎士団長は二人と比べると、毛根強そうだな。
僕は他人事ながら、そっと額の生え際に手を添えた。
僕もあまり丈夫じゃなさそうだからな。
「君、それは送金か出金か、いつのことだ?」
「……その、」
「個人情報はいい、わかった上で聞いている。これは神殿による不当な横領の事実があったかの確認だ」
「おっま!マジで失礼だな。捜査権限ないだろ!捜査ならせめて法務呼べよ!」
「お前のご友人より俺のが権力者ですーー」
「ったー!ムカつく、相変わらず」
大神官、見た目を裏切る驚きの口の悪さだ。
低音のいい声なのに。見た目も声も、無駄遣いすぎる。
「あの、時期はちょうど十二年前。女神降臨祭の日です」
よかった。表示期間ギリギリだったな。
「女神降臨祭……」
「当代は、十二年前の、女神降臨祭の翌日から神殿付きだ」
大神官が自慢気?に、よれた襟元を正しながら言う。黒いローブの生地が、緻密な織り模様と同色の刺繍が入ったもので、明らかに高級生地だ。パッと見は無地のローブという質素さを裏切るご立派衣装に、神殿は清貧ではないんだな、と、少し残念な気持ちになる。
聖女様は駆け出し冒険者みたいな軽装で走ってたのに。あ、走るから軽装なのか。
「でも内定はされていたろ?」
「前日までは親と一緒に過ごす。そういう日程だ」
「そうか、じゃ親か」
「親だとさすがに口出し出来んだろ。親が子ども宛の祝い金を使う。よくあることだ」
苦いものを飲み込むような顔で騎士団長が言う。
数多の貴族令息が所属する騎士団だ。そんな事情の家庭のことも知っているのかもしれない。
「まぁ、そうだな」
「謝れよ」
「あぁ?」
「僕ちゃんが間違ってました、ごめんなさい、って謝れよ」
大神官。その煽り方、子どもか。
それにしても、四十を越えてるだろう男同士なのにずっと喋ってるな。なんて仲良し。
「あの……」
おっさん三人のやり取りに目をギラギラさせてる女性陣を尻目に、僕は仕方なしに口を挟むことにする。
後で怒られるかもしれない。お姉さま方、お楽しみの邪魔をして申し訳ありません。
「大事なのは、十二年前のことではなくて、今ではないですか?日が落ちますよ」
僕は指を揃えて窓の外を指し示す。
向かいのカフェのひさしを染める夕焼け色が濃くなっている。
「そうだな……」
閣下が上着の内ポケットから一枚の書類を出す。
ちらっと見えるシャツ越しだが胸筋の張った、立派な上半身だ。着やせするんだな。
だからこういう、ちょっとした仕草がなんとも絵になる。
女神様のひいきが酷い。それだけ気に入られてるなら、閣下は女神様の山に登るべきだろう。それくらいの恩恵は受けているはずだ。
「君、確認してくれ。こちらが今年の予算。採決判のある原本だ。ここが国防費。三分の一だから……」
「……確かにギリギリですが権利者三名になりますね」
「暗算、早いな」
「数字は得意なんです」
さらっと微笑んで誤魔化したけれど、なんつー数字を見せるんだよ!
国防費、かけすぎじゃないか?
門外漢の俺でも疑問に思う金額だぞ。
国内保安費の三倍はおかしいだろ。
人件費だけ見ても逆転してるだろうし、聖女様の言う通り、国境線の守りなんて、国としてはほとんどが定点観測だろうが。
「安心してくれ。10年前はこの五分の一だ」
あまり安心材料になってませんけど??
でもまぁ、五分の一なら一人で手続きできますね。
僕がどう反応すべきか迷いながら、営業用のうさんくさいだろう笑顔を浮かべた。
「今、紙幣カウンター用意しますね」
そう言いながら、大ぶりの金属ケースを足元の棚から引き出す。
大金すぎるので、カウンター機で数えなければ文字通り日が暮れてしまう。
僕は、これからの業務処理が時間との戦いになるだろうと予想し、背筋に冷たいものが走るのを感じた。