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② 宰務部の執務室は、実はそれほど広くない。

ご覧いただき、ありがとうございます。


こちら、拙作『断罪された聖女、逃げのびて魔女が住まうという森に辿り着く。』https://ncode.syosetu.com/n6537jy/の、リスナー側の反応になります。


未読だと少しわかりにくいかもしれません。ご了承ください。

また、連載ですが、およそ10分毎に続きを投稿します。タイトルにある番号を確認して、順を追って読んでいただけると嬉しいです。



 緑は好きだ。


 殺伐とした男所帯で、お茶すらも手前で準備する、紙と怒声が舞い踊るような職場で、ふ、と視界の端に緑が映ると、心が少しだけ和む。


 なので、植木鉢に入った、いわゆる観葉植物と呼ばれるものを、職場に三鉢用意している。

 切り花は環境的にも不似合いだし、管理効率もイマイチなので、観葉植物が最適解だ。


 床置きだが、さほど大きなものではない。

 毎朝、部屋の空気を入れ換え、魔石ポットに入ったお茶を用意してくれるメイドが、その準備のついでに水やりをして様子を整えてくれている。


 それは、とんでもない一日の、本来ならばお茶でも飲みたいような時間に起こった。


 太陽が南中している頃に、我が国の出来損ない王子がとんでもないことをやらかして、その善後策を練っている最中だった。


 聖女の失踪なぞ、あってはならない出来事だ。

 取り急ぎ、女神の降り立った山へ人員を派遣したが、さすがにその山や神殿にはいなかった。


 では、いったいどこに行った?


 六歳から神殿に入っている聖女にとって、行く場所なぞ限られている、そうタカをくくっていた我々を嘲笑うかのごとく、その存在が消えた。


 と、思っていたら。



『座りなさい』


 四十も越えたというのに、心の真ん中を素手でぎゅっと掴まれるような、恐怖を感じる声が聞こえた。部屋全体に共鳴しているように、幾重にも重なって聞こえた。


 どこからだ?部屋の中にいる職員たちも一様に顔色が悪い。


「まず、座ろう」


 声に命令されたからなのか、私が指示を出したからなのか、部屋にいた職員、全員が手近な椅子に腰を下ろした。

 私も自分の執務机に設えられた、座り心地のよい椅子にしっかりと腰を下ろす。


 椅子に深く腰かけることで、落ち着きを見せたかったが、私のことを見ている者なんてどこにもいなかった。


 なぜなら、もう一刻以上も探している、聖女の声が聞こえてきたからだ。


 どこから聞こえるのか。

 辺りを見回してももちろんいない。

 部屋を出て廊下を見る者もいたし、窓から外を確認する者もいた。


 誰かと、聖女の会話だけが部屋の中から、廊下から、窓の外から。

 あらゆるところから、聞こえてきた。


 出来損ないの屑が行ったことも、今までの聖女の無償の献身も。

 全てが文字通り白日の元に晒された。


 なんとか誤魔化そうと練っていた善後策など、何の役にも立たない。

 私は、この一刻程の苦心が水泡に帰したことに、苛立ちを覚えた。


「忌々しいっ」


 言葉が口をついて出たが、そんなことは誰も気に止めなかった。

 もちろん、私自身も。

 なぜならば、どこかから聞こえてくる聖女の声がとんでもないことを言ったからだ。


『国防費のほとんどはもらえてもいいと思うのですが、それは少し図々しいかもしれませんので、半分。いいえ、三分の一。それを十二年分ですね』


「国防費の三分の一?今、そう言ったか?」

「はいっ!間違いありません」

「間違いなく、国防費か?!」

「国防費です!」


 あ・た・ま!が、い・た・い!


 対価を払えと言う聖女の言い分はもちろん正しい。

 神殿からの聖女維持管理費から払われていると思っていたが、そこには査察をいれて内容を精査する必要がある。

 だが、聖女の言うように、その存在が国防の要であることも事実だ。


「本年度の予算はどうなってる?!」

「残りわずかです!」

「まだ三ヶ月もあるだろう!」

「今日の衣装、閣下もご覧になったでしょうが!」


 まだ年若い事務官が怒鳴り返してくる。

 気持ちはわかるが、俺、この部屋の部門長よ?

 てか、ここ、国の中枢たよね?俺、かなり偉い人だよね?


 人生において久しぶりに怒鳴られて、思いの外、心が弱る。

 緑ちゃん、どう思う?俺、悪くないよね?


 そう、観葉植物に問いかけようとしたら、俺の机の左隣に置いてある緑ちゃん一号が、不自然に微振動していることに気づいた。

 なんだか申し訳なさそうに詫びてるようにも見える。


『一等殊勲で認められたなら』


 緑ちゃん越しに、聖女の声が聞こえる。

 これか!

 恐ろしい!恐ろしすぎる!!


 俺は席を立ち、部屋に置かれた緑ちゃん二号と三号を見回る。

 いずれからも声がする。

 声の出所は緑ちゃんで間違いない。

 緑ちゃん越しに声を届けるとは、どんな魔法だ。

 緑ちゃんは国中の至るところにあるぞ。

 本気で何一つ誤魔化せん。


「誰か!三年前の隣国とヤバかったやつ!あれの殊勲者リストを!聖女は何等殊勲か調べろ!」


 書棚近くの席の事務官が資料を確認する。


「リストの二等にあった名前が消されて、四等に書かれていますが、それが更に線で消されています!」


 四等?最下じゃないか。

 しかもそれが消されてる?では、殊勲者に名を連ねていないのか?


「誰が消した?!」

「この部屋のインクではありません!」


 悲痛な声で叫ぶ事務官から書類をぶん取る。

 この部屋を出た書類は、王族に回されて決済される。

 四等末席に並ぶ名前も、その上に引かれた線も、確かにこの部屋で使われているインクよりも上質なもので書かれている。経年しても色褪せが少ない。


 署名は王太子のものだ。


 くっそが!!

 あんの、役立たずのゴミくっそが!!

 マジくっそだな!


「宰相閣下!今のは聞かれたら不敬を問われます!」


 しまった、声に出てたか。


「……とりあえず、王太子と王妃の衣装部屋を全て閉鎖しろ。何も持ち出させるな。今すぐ!早く!えいへーーい!てつだえーーーーっ!」

「はっ!」


 部下が慌てて部屋を飛び出す。

 近くの廊下に居た衛兵にも声をかけているようだ。


 あんな大人しそうな細い娘が、とんでもないことを言ってるよ、緑ちゃん。

 どう思う?緑ちゃん。


『会う人にとって、もっとも醜悪だと感じる見た目として認識される、とかどうでしょうか。鏡越しには、ご自身にとっての、最も醜悪な』


 緑ちゃん越しに聞こえる聖女の発言が、思いの外えげつない。

 クソ屑王太子ご自慢の容姿を、暴言吐かれた対価として奪うそうだ。

 あの、自分が美しく見えることにしか心血を注がないクズ王太子に対する罰が、見た目を奪い取ることか!

 なんとも効果的だ。

 あの、細こい娘、なかなかやりよる。

 この部屋で働いたとしてもよい働き手になっただろう。


 知らぬ誰かの弾けるような笑い声につられ、思わず笑ってしまった。


 幼い頃に神殿に預けられた当代の聖女に初めて会ったのは、まだ先代がご存命の時だ。

 あの小さな、大人しそうな子どもが、こんな切れ味鋭く成長するとは思いもよらなかったな。


 などと、震える緑ちゃんを見ながら考えていたら。


 聖女の奴、とんでもないことを言いよった。


『分割は嫌です。即金で、世界銀行の私の口座に今すぐ入金を。さすがに今すぐ全額は無理でしょうから、まずは今年度分を、日没までに』


 日没までに、世界銀行に入金だぁ?

 あそこは現金しか受け付けないぞ!

 配慮したふりしてかけらも配慮されてない!

 見知らぬ誰かが言うように、強奪の勢いだ。


 しかも、国庫を大きく動かすのだ。

 俺以外に、あと二人の権利者がいなければ入金できない。


「聖女の求める本年度分、今すぐ現金を集めろっ!日没までだっ!とにかく全力で!全力で城中から現金をかき集めろっ!」


 この部屋はそこまで広くはない。

 少数精鋭部隊の政務部だ。

 指示がよく通るよう、敢えて広くない執務室を使っている。

 だから、怒鳴る必要はない。

 けれど、大きな声を出さねばやってられない気分だ。


「宰相閣下!本気ですか?!」


 右隣に席をもつ、次期宰相候補と言われる右腕が、たしなめるように言ってくる。

 本気か?だと?

 まだまだだな、右腕。お前にこの席は当分譲れんわ。


「こんな魔法使うヤツ、絶対にっ!絶対にまともじゃない!きっちり準備しなけりゃ頭から喰われると思え!」


 右腕は隣の机だ。近い。なのに、かつてない勢いで怒鳴りつけた。


「はっ!」


 俺の怒声に負けたのか、らしからぬきっぱりとした返事をしてくる。

 なんだよ、いつもあーだこーだグズグズ言うが、こういう返事もできるのかよ。


「今月の支払い関係、まず一旦は全部止めろ。あらゆる送金関係は物納で交渉しろ。現金は全部聖女にぶちこむ!」


 叫ぶつもりはないのに、俺の声は部屋中に響いた。


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