本文
捌く、弾く、いなす。
開けた場所ではあるが、星明かりのみでは視界も悪い。それでもかかる危難は振り払わねばならない。
眼前には正体不明の犬型の生物が複数。否、手脚が機械であり、生物なのかも分からない。明確なのはそれらが敵意を向け、害をなそうとしている事だけである。
手には急遽拾った木の棒。命を預けるには心許ないが、替えもない。
黒髪の少年、御笠木龍斗はいよいよ手詰まりであると、息を呑む。
敵対しているこれらは何なのか、そもそもここが何処なのかも分からない。
ことは数時間前に遡る。
最後の記憶は、拠点である日本・神交町にいたところまで。
所属する幻霊妖邪討伐衆として夜間に妖邪との戦闘を行っていた際に、突如発生した光に巻き込まれ、気が付けば周囲に何も見当たらない草原に一人立っていた。
周囲の景色に見覚えはない、というよりこれだけ広大な草原を日本では見たことがない。
時刻に至っては夜であったはずなのに日が昇っていた。
何処か別の場所に来てしまったのだ、という推察しか出来なかった。日本ではない地球のどこかに転移したのか、それともそれ以上に離れたどこかなのか。
日が落ちるまで周囲を探索した龍斗は一つの村を見つけた。まるでマンガやゲームで見たような、古い家屋と畑の広がる小さな村落。視界に映る村人達は、教科書で見た民族衣装のような服装を身に纏っていた。
呆然と眺めていたら、ふと一人の少女と目が合った。興味深そうに話しかけてきたが、言葉が分からず、その現状に天を仰ぐ他なかった。。
困った様子の龍斗に少女はそそくさと家に戻り、木のカップに水を入れて差し出してきた。龍斗は息を飲み、そして僅かに微笑んで差し出されたものを飲み下し、自身の言葉で礼を告げ、村を後にした。優しさと温かさと、それ以上にここがどこかも分からない不安感に耐えられそうになかったのだ。
御笠木龍斗という少年は元来、対霊的生物戦闘の専門家である。その為には様々能力を使うが、現在それらのほぼ全てが非活性化していた。それどころか、気を抜けば崩れ落ちそうな重圧に包まれている感覚すらあった。
今は僅かに使える能力を体の内側に何とか張り巡らせ、辛うじて動けていた。その能力の源泉は、魂そのもの。それは性質上、枯渇することはあれ使えなくなることは起こりえない。そうなると何か別の法則が作用しているとしか思えない。
全てを総合すると、自身の知っている世界ではないと結論づけるほかはなかった。
村から離れて元いた平原に戻って途方に暮れ、龍斗は沈む夕日を眺めていた。
陽が落ちきるその瞬間、悍ましい気配を感じた。
普段戦っている妖邪とは違う、異物のような感覚。気配を頼りに進むとそこには巨大な森があり、その奥から気配の正体がまさに姿を現そうとしていた。
シルエットは大型犬。だがその手脚は機械に置き換えられており、目は獰猛に光り輝いていた。それらが四体、悠然と歩を進めていた。
進行方向は──、間違いなく先程の村であろう。その目の輝きは、龍斗が今まで目にしてきた、人に仇なす妖邪と同じものである。
迷う余地もなく、龍斗は機械犬の前に立ちはだかることを選択した。
──そうして戦い続け、既に数時間が経過していた。まともな野生動物であれば逃亡するだろうが、その気配はない。
飛びかかる機械犬を掻い潜り、木の棒の腹を押し当てて払う。背後から飛びかかってくる別個体による追撃は、前に飛び込み位置取りで躱す。
拾い上げた木の棒を身体強化の要領で硬度を上げているが、武器としての能力はない。何度首へと叩き込んでも、怯む様子はあるが止まらない。これで撃破を目指すなら、眼窩や口腔へと捻じ込む必要がある。何度か試みてはいるが、危機を察知した途端後ろに跳んで距離を取られてしまう。
龍斗は棒を構え直し、思考する。
避けるということは、機械犬側も龍斗の攻撃により致命的な傷を受けうると認識しているということだ。
言い換えれば勝機はゼロではない。一定の脅威であると認識されているのか攻撃が散発的なのも救いである。
だが注意しなくてはならない。時間は龍斗の味方でなく、機械犬の味方である。長引けばスタミナ切れを起こすのはどちらか、火を見るより明らかである。
迫り来る機械犬を木の棒で払いのけ、ステップで距離を取る。詰めてくる動きには逆に前に出て横っ腹を打ち据える。複数体による連携は、下がって距離を取ることに専心し、やり過ごすことを重点に動く。
どうして、戦うのか。
胸に去来する想いに、ふと足が鈍る。
僅かな隙を逃さず、機械犬が襲い来る。辛うじて直撃は避けるが、左上腕に切創。鋭い痛みに脚を止めそうになるが、それが確実な死を招くことを龍斗は知っている。
転がり込むように右に飛び、追撃を躱す。崩れたことを好機と捉えたか、機械犬が畳み掛けてくる。龍斗は速やかに受け身を取り、棒を握る手に力を籠める。
どうして。
逃げようと思えば、逃げられただろう。そもそも、会敵を避けることも出来たはずだ。
迫る一体目の顔を横に打つ。続く二体目はあえて背面を向けて飛び込み、爪を掻い潜って背中から突撃する。滑るように地面を蹴り、包囲を越えて距離を取り直す。崩した二体はまだ立ち直っていないが、残りの二体は向かってきている。
どうしてだなんて、そんなこと。
この先に村があって、そこの人々の営みを見て、少女からは水を貰った。
その優しさを尊いと想い、護りたいと想ったのだ。
向かってくる二体の動きを視界に捉える。進路は左右からの挟撃。タイミングは同一。対応を誤れば終わりである。一か八か腹を括るしかない。
自身の安全すらままならない現状で、誰かを護りたいという想いが今の自分の手に余ることなど分かっている。
所詮ただの自己満足に過ぎず、押し付けの域を出ず、誰に望まれたものでもないとも分かっている。
分かり切っている。
それでも、護りたいと想ったのだ。
力の有無でなく、ただそうありたいと自分の対して想っている。起こると知っている惨禍を見過ごすことは、今まで歩んできた道にもとる。
正しくなくても、正解でなくても。
ただの我が儘であったとしても。
御笠木龍斗は、護れる人々を見過ごしたくない。
走り来る機械犬。龍斗は全身に薄くのばしていた力を左腕一本に集約させ、身構える。
そうして左右から同時に噛み砕こうと飛び上がった瞬間、龍斗は意を決し機械犬の片割れへと飛び込む。選んだのは左方の個体。
開けた口に左肘を捻じ込むように押し入れる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そのまま屈むようにぐるりと回り、腕に食らいついた機械犬を右方の個体へと叩きつける。その衝撃に顎は外れ、二体は地面に放り出される。
龍斗は脚を止めず、力を全身へと再展開し顎が破損し開いたままの個体へ踏み込む。
そうして勢いもそのままに、肩を入れて木の棒を無防備な喉奥へと叩き込んだ。鈍い感触。躊躇うことなく棒の後端目掛けて脚を打ち付ける。その反動を利用して後方へと飛び下がり、機械犬を確認する。
痙攣が一度、二度。そのまま力なく崩れる。
一体撃破。
だが
(すぐ立て、構えろ、でないと──)
逆襲が始まる。
仲間が撃破されたことにより驚異判定が上がったのか機械犬の目が変わる。獰猛な獣のそれから、熱のない機械的な輝きへ。
対する龍斗はいよいよ限界である。
強化の配分を調整して保護したといえ、左腕は最早使い物にならない。更にいえば得物も失った。新たな武器を探す余裕はない。
それでもまだ。
諦めない。
護りたいと想ったのが、誰のためでもなく自分の我が儘なのであれば、ここで倒れることは許されない。
万策尽きたとしても、その次を。
「──ッ!」
頭上の膨大な気配に息を飲んだ次の瞬間、視界が白く染まった。
前方に降り注ぐ、七筋の白い雷。それらは柱のように屹立し、瞬く間に機械犬を取り囲み覆う。雷と雷の間には薄い膜が張られ、檻のように内側を封じ込めていた。
誰かが、頭上からふわりと降りてくる。服装は白衣のように見えるが、あちらこちらに機械的な装備が取り付けられており、布そのものにも光のラインが回路のように浮かんでいる。
何よりも特異なのはその顔。目の前に存在するはずだというのに、認識が出来ない。まるで顔の前にだけ分厚いスモークガラスが置かれているかのよう。男なのか女なのか、若いのか年老いているのか。確かな存在感が在るのに認識が出来ない。
「無事か? なら重畳」
声の主が何かに手を翳すと、光が二人を覆った。
それと同時に、今まで全身に掛かっていた重圧が嘘のように霧散した。堰を切ったように疲労感が溢れ、地面に座り込み龍斗は肩で息をする。例えるなら続けていた全力疾走を止め、ようやく脚を休めることが出来たような、そんな感覚。
どうやら新たな敵、というわけではないようだ。
「《管理局》の《イクシード》、じゃ伝わらないか。シオン=プローヴァだ」
「御笠木、龍斗です……」
声質からも情報は読み取れない。だがそれ以上に理解可能な言語に安堵した。息を長く深く吐き、呼吸を整えていく。
「名前と格好から、R系統日本の学生?」
「……R系統というのが分からないですけど、高校生です」
オッケー、とシオンはヒラヒラと手を振る。
「で、聞きたいんだけどさ」
落ちた声のトーンに、龍斗の身が強張る。相手の顔は認識できないというのに、何かを見定めるような鋭い視線を感じる。
「そこまでボロボロになってまで戦った理由って何?」
想定外の質問に龍斗は思わずキョトンとしてしまった。てっきり何者であるかとか、どうやって来たのかとか、そういう事を聞かれるのかと思っていた。
「多分、この先の村にハウンドを行かせないようにしてたんだろうけど、そんなにボロボロになってすることか?」
言われて自身の体に目を落とす。左腕は機械犬──、ハウンドによる咬創。骨は折れてないと思うが出血もあり痛みが酷い。捌ききれず機械の爪に切り裂かれた切創は数多い。着ている高校の制服は、損壊と自分の血で見る影もない。
「……そうですね」
それでも、戦っていた理由は分かり切っている。
「誰かが傷つくのを見過ごしたくなくて、僕が歩いてきた道に嘘をつきたくなくて」
少し息をついて、言葉を整える。
「護りたいと想った、ってだけで、……言っちゃうとただのワガママです」
「それだけか?」
「ただ、それだけです」
言葉にしてしまえば、なんともシンプルな話である。
「そうか」
息を一つ吐き出し、シオンは腰の後ろに手を回す。
「だったら、力は使えた方がいいな」
そこから何かを取り外し、見える様に掲げる。
「予想してるだろうが、ここは日本でもなければ地球でもない、いわゆる異世界だ。お前が力を使えてないのもそれが原因だ」
シオンが手にしているのは黒いケース。大きさとしては掌より少し大きい程度だろうか。金属のような光沢で角張った意匠、中央には円形のガラスが塡められている。
「次元横断干渉機巧 《エクセディア》。ざっくり言うと、安定して元の力を使えるようになる機械だ」
すっと、シオンが手にしていたケース──《エクセディア》が龍斗へと差し出される。
「貸してやるから自分でケリ付けてこい」
視線を向ける先は、雷の檻に囚われたハウンド。戒めを突破することが出来ないのか、こちらを睨みつけ、視線を切らさず唸りを上げている。
目の前のシオンという人物の真意は分からない。
異世界、管理局、イクシード、エクセディア。どれも聞いたことがない単語ばかりで、不可思議に日常的に触れている龍斗からしても、規格外のことばかりだ。
だとしてもやりたいことは、やるべきことは分かっている。
「ありがとうございます」
ならば躊躇う理由はない。
差し出された《エクセディア》を受け取り、龍斗は深く息を吐く。
今いるシオンが展開したこの光の半休内部。体に掛かる重圧はなく、微量ではあるが自身の能力が作動している気配がある。出血も止まり、体にも少しずつ活気が戻りつつある。恐らく『異世界故に能力が使えない』事を僅かながら解消してくれている。《エクセディア》を使えばこの状態が更に活性化するということだろう。
それならば十分に動くここができる。
手にすると、丁度手の中に収まる。サイズ感としてはスマホのような印象だが、それよりは幅が広く分厚い。左右のパーツは押し込めるのか、軽く握ると少し反発する感覚がある。
そうして龍斗は意を決し、
「……えっと、どうやって使うんですか、これ?」
未知の機械に戸惑っていた。
「いつ聞かれるのかと待ってたぞ」
呆れたようにシオンは龍斗の横に並び立つ。
「両側から軽く握り込んでシステムの立ち上げ。スキャニングが掛かるからアイドル状態になるまで待機」
言われた通り、指と掌の腹に力を入れる。すると《エクセディア》の上部に無数の光のディスプレイが出現と消失を繰り返す。最初は書かれている文字が読めなかったが、瞬く間に龍斗の知る文字へと変化していった。そうして最後に、ノートサイズのディスプレイ一枚だけが宙空に残る。記載されている文章は全て日本語。スキャニング、というのが完了したということだろうか。
「ディスプレイが一枚になったら《エクセディア》を両側から長押しして……」
横から覗き込んでいたシオンは一拍置いて少し離れる。
「音声認証になってるから、一番上の行を叫ぶ」
「叫ぶ!?」
「叫べ」
そういうものなのかと、まじまじと見つめる。確かに発言による認識改革は技法としても存在するし、龍斗も知っている。音声認証というぐらいなのだから機械的な挙動なのだろう。
そうして龍斗は意を決し、想いと共に握り締め、叫ぶ。
「《エクセディア》、ドライブ・アクティベート!」
瞬間、世界の法則が書き換えられた。
足下から立ち上る光が龍斗を包み、弾ける。全身に活力が戻り、体に血が通っていくような感覚が駆け巡る。手にした《エクセディア》の中央部、円形のガラスは蒼く輝いていた。
肉体面、損傷回復傾向、動作良好。能力面、充填完了。痛覚、なんとか誤魔化せている。
問題ない。
「ちょっと待て、手ぶらで行くつもりか?」
呼び止められてシオンの方に向き直る。それと同時に飛来してきた何かを反射的にキャッチする。
筒、というよりは何かのグリップのようだ。
「片刃曲刀に設定してあるから使え」
引き鉄を引けば刃が出てくる、と指さす。言われて視線を向けてみれば、人差し指が掛かる部分だけ別パーツになっていて可動するようになっている。手の角度に注意して引き鉄を引けば、金属刃が瞬時に出現した。
刃渡りおよそ八〇㎝、片刃の曲刀。普段龍斗が扱っている得物に近い。シオンがこの形状を設定したのであれば先程の戦いを何処かで見ていて、その戦闘スタイルから割り出したのかもしれない。何にせよしっかりとした武器があるというのは心強いことこの上ない。
左手には《エクセディア》、右手には借りた刀を携え龍斗は歩を進める。その姿を見たシオンが指を一つ鳴らすと、雷の檻は霧散し戒めを解かれたハウンドが龍斗へと機械的な動作で視線を集中させる。
「──ッ!!」
轟、と。目にも止まらぬ速さでハウンドが殺到する。正面左右の三方向。雷の檻で驚異判定が上がったのか、先程までと比べものにならない速度で迫る。
それを、
「ハァッ!」
難なくいなし、龍斗は一体のハウンドを、すれ違いざまに斬り抜ける。
魂が生み出す非物理依存エネルギー、気。それを纏い、時に放ち操る事こそ龍斗の戦い方である。身体強化、身体保護、武器への気の通りもいい。
これならば後れを取る道理はない。
「とは限らないな」
眺めていたシオンの呟きとほぼ同タイミング、斬られたはずのハウンドが何事もなかったようにぐるりと旋回する。傷口からは出血どころか機械のマニピュレーターが這い出し、新たな腕となって龍斗へと襲いかかる。
「ハウンド。四足動物型対人間探査殲滅機。第一段階は動物への擬態、第二段階で四肢の機械解放、第三段階で殲滅モード。ここまで来ると傷から機械が生えてくるから、生半可な攻撃だと強化される」
「先に、説明、して下さいよ!」
右からのハウンドは刀を下から振り上げて牽制し、続く背後からの強襲は左肩から倒れ込むように間合いを詰めて鋭い爪を躱す。地面を踏み締めハウンドを吹き飛ばして距離を開けると同時に上へ跳躍し、脚を狙う最後の一体を躱す。迫る敵を右手の刀とステップや体術でやり過ごしていくが、首元への斬撃が生半可な攻撃とされるなら反撃すら難しくなる。
だがそれよりも厳しいのが、
「というか、思ってたより出力が上がらないんですけど!?」
気の運用に関する制限である。
確かに先程までは体に細く通すことが限界であった気が体に充足している。格段に体は動きやすく、ハウンドの動きにも対応できる。
だがそこ止まりなのだ。
ハウンドを倒すための一撃は、ある。
気を用いた理力攻撃。むしろ普段の戦いであれば、そういった攻撃や狙いを通すために立ち回ることが多い。
だというのに、今は一定以上の気を体外に出力できない。例えるなら蛇口が締められたまま回らないというような感覚がある。それに体を強化するにしても使える気の量が半分程度に感じる。
「そりゃこっちの存在保障も兼用だから、制限は多いさ」
さらりと告げるが、シオンもまたこの世界にとっては異世界人である。《エクセディア》の保護がなくてはまともに活動出来ないの龍斗と同じであり、機材が一つしかないなら相乗りになるのは道理である。とはいえ戦いながら会話が出来ている時点でまだ余裕はあるなとシオンは頷く。
「というより、システムを起こしたただけで実行してないならそうなる」
「ちょっと!?」
「言ったとおり《エクセディア》は安定して力を使えるようになるデバイスだが、スイッチ入れるだけの便利グッズじゃない。ちゃんと動かさなきゃな」
さも当然と言わんばかりのシオン。あんまりな説明に思わず龍斗は視線を向けて叫ぶ。
「そういうのは先に──」
「危ないぞ」
視線を切ったその一瞬。僅かな間隙を縫ってハウンドが龍斗へと覆い被さる。咄嗟に刀を起点に半透明の障壁を展開するが、避けきることは出来ず組み敷かれる。張られた半透明の壁を打ち破るべく、ハウンドは機械の腕を上から叩き付けてくる。そう遠くないうちに障壁は割られるだろう。
「それで使い方だけど」
「この状況で!? 手短にお願いします!」
「なら《エクセディア》をワンクリックすればカードが出るからあとはフィーリング」
「手短が過ぎる!」
何となく、シオンという人物の人となりが分かってきた気がしなくもないが、今はともかく目の前の脅威である。
左腕は刀と共にハウンドを受けるのに使っているが、幸い手首から先は自由である。何とか指に力をかけ、両側からカチリと握り込む。
ヴン、と目の前に現れた九枚のカードに龍斗は視線を向ける。
カードの配列は二つのブロックに分かれている。左側に縦三枚・赤青緑の連なりと、右側に三×二の六枚の固まり。カードの表記は──、日本語である。配置と背景から推察するに左のカード一枚に右側のカード二枚を組み合わせるようだ。各カードの意味もタイトルとアイコンから推察できる。
「……ッ」
それをどう使用するかが分からない。仮にタッチパネルのように操作するにしても、自由なのは左の手首から上のみ。腕は障壁を支える土台を担っている。触れて操作するなら片腕一本でハウンドを押し留めねばならず、この状況でその余裕はない。
否、《エクセディア》を操作する方法は、既に教えられている。龍斗は改めてカードに視線を向け絞り出すように告げる
「ブラスト、レイズ、ブースト……!」
左側の二枚──緑のアクションカードが二枚ピックアップされ、右側の緑の一枚、ブラストトリガーへと接続される。一連なりとなったカードは龍斗の体へと宿り、体の中で何かが脈打つのを感じた。
自身の力の中から一撃分のエネルギーが取り分けられ、弾丸となって装填されるイメージ。体を満たすいつもの感覚。
「──ハアッ!!」
刀から気を放出し、ハウンドを上空へと吹き飛ばす。間髪入れずに龍斗は跳躍する。そのまま空中で加速し、身動きの取れないハウンドの首を一刀の元に両断する。
比べものにならない程の出力に龍斗は我がことながら驚く。跳躍の距離、刀を振り抜く速度、放たれる気。むしろこれでもいつも通りの動きよりは数段悪いのだが、無から有に転じた感動はひとしおである。
ハウンドを空中で斬り飛ばし、龍斗の体は自由落下を始める。着地予定地点を見ればハウンドが今かと待ち伏せているのが見える。
龍斗は《エクセディア》へと目をやるが、どのカードも暗転している。どうやら今は使えないらしい。
ならばとブラストトリガーの残りを着地の衝撃を殺すのに使用し、次いで追撃を牽制する。
放出されるエネルギーに遮られ、ハウンドは後ろへと僅かに下がる。だが怯んだのは僅かに一瞬。すぐさま立て直し龍斗へと向かう。
その一瞬があれば、龍斗は体勢を整えられる。
左右からの挟撃を後ろに跳び下がって躱す。追い縋るような機械の爪は障壁と刀で弾き、取り合わずに距離を保つ。
だが注意しなくてはならない。反撃は《エクセディア》を通して行わなければ有効とならない。ハウンドから視線は切れない。機巧を持つ左手に障壁を更に重ね、カードを展開しながら攻撃を捌く。
豪、とハウンドが揃って叫びを上げる。それと同時に全身の各所から機械の腕が毛皮を突き破って無数に突き出し、いよいよ異形へと変貌を遂げる。それが不退転の行動であることは初見の龍斗ですら分かる。
それ故に取るべき方策は定まった。
「ラッシュ、パリィ、アクセル」
静かな宣言と共に、青のトリガーに青のアクションカード二枚が接続され、龍斗の体に力が宿る。その行動を明確な驚異と判定し、ハウンドは無数の腕で多角的に攻め掛かる。
それを、
「ッ──!」
高速の連撃を以て、龍斗は迎撃する。
緑──ブラストトリガーの使用により、おおよその仕様は把握できた。
この《エクセディア》という機巧は自身の持つ力の指向性を決定し、定量のエネルギーを体に宿すシステムである。故にその装填したエネルギーを、強力な一撃として放つか肉体に宿して行動の強化に充てるかは選択の余地がある。
今度の龍斗の選択は、力を遍く宿し敵の対応へと専心する。縦横無尽に繰り広げられる連撃を、連携連撃で迎撃する。エネルギーの指向性は受け流しと加速。今は攻撃ではなく対応に集中し、機を窺う。
叩き付け、払い、袈裟斬り、斬り上げ、突き、挟み込み。
かち上げ、受け、弾き、流し、しゃがみ、バックステップ。
そうして二体の連携の僅かな不和を付き、龍斗は片方を押し込むように叩き付け、二体から距離を取る。
「ストライク、スマッシュ、インパクト!」
赤のストライクトリガーへ赤の二枚を繋ぎ、装填する。《エクセディア》のリキャストはとうに済んでいた。
龍斗は体に宿るエネルギーを刀へと集中させ、腰を落として構える。刀身が蒼い光を放ち、研ぎ澄ましていくように収束していく。
「御笠木流剣技──」
それは龍斗が祖父から学んだ、気を用いた理力戦闘技法。気を刃へ束ね、収斂し一撃を以て斬り伏し、魔を滅す基礎の一撃。
強大なエネルギーにハウンドはいよいよ死に物狂いで駆け出す。
それを龍斗は、そのタイミングを崩すように間合いを先に詰め詰め、必殺の一太刀を放つ。
「斬滅剣ッ!!」
振り払われる一刀は蒼い光を軌跡に残し、閃光を以て二体のハウンドの首を同時に撥ね飛ばした。肉と機械を断つ、確かな感触。残る胴体は無軌道に宙に投げ出され、そのまま地面へと転がっていく。
龍斗は血振りのように刀を払い、僅かに目を閉じ、息を吐き出した。
「ご苦労様。どうだった?」
近づいてくるシオンに、刀を回して柄を向けて《エクセディア》と合わせて返しながら、龍斗は半眼で告げる。
「言いたいこともありますけど、ありがとうございました」
「素直に感謝と受け取っておく」
受け取ったシオンは刀のグリップのレバーを引いて刃を消す。それを横目に、ふと視線をハウンドの残骸へと向けてみると、塵になって消失していくのが見えた。
「他の世界の存在は死ぬと、ああやって痕跡も残さず消え失せる」
シオンは興味もなさそうに踵を返し、耳の辺りに片手を当てる。
「──こちらシオン、任務完了。は? ログに未確認の《エクセディア》使用反応? 保護しろって言われたから使わせただけだよ、あーはいはい戻ってから戻ってから」
何処かと通信だろうか、と龍斗はシオンを覗き込む。相も変わらず、その相貌は認識できない。
「よし。そしたら案内するわ」
シオンが告げると二人を包むように空から光が降り注ぐ。見てみれば自身の体が足元から光の粒子となっていて龍斗は目を剥く。
「送還だ、気にするな。色々説明が終わったら元の世界に帰れるから心配するな」
説明されても先程のハウンドが脳裏によぎり、思わず顔が引きつる。
「ま、これ以上に説明とかお説教とか色々あるから頑張って」
「ちょ、それどういう──!?」
言い終わる前に二人の体は光と消え、夜の平原には静寂だけが残された。
これは一人の少年の《エクセディア》との出会い。
新たな《イクシード》の、その一歩目。
世界の境界を超える物語のプロローグ。
しかして《エクセディア》を手にした《イクシード》の数だけ、物語は広がっている。
次なる物語を、世界は待っている。
なお。
《エクセディア》はサブシステムで音声認識システムはあるものの、起動するのに叫ぶ必要がないことを龍斗が知るのは、割と先の話である。
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