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ヴェーラ・ヴェネジクト侯爵令嬢、クラーラ・ブレンスト公爵令嬢、コリーン・レイン侯爵令嬢は悲鳴を上げながら殿下の側に張り付いた。
「下がれ! 殿下を守るんだ!」
護衛達の怒号が聞こえる。令嬢達は殿下と共に護衛に囲まれ、下がり始めた。
「ユリア! ユリア!! 危険だ! 早くこっちへ!」
ランドルフ殿下は何度も叫ぶが、護衛と令嬢達に引っぱられながら遠ざかっていく。
……あの女が、一瞬ニタリと笑い去っていく。
それを見た瞬間に私の憎悪が魔力と共に爆発した。
「先生、離れて! アメリア嬢はもう駄目です」
私は風刃で彼女の首を落とそうとするけれど、風刃はバチンッと弾かれてしまった。
「チッ。遅かったか」
彼女は大きな魔獣に変化していく。私とジャンニーノ先生はそのまま戦闘態勢に入った。
「あれは危険ですね。彼女は上位貴族特有の豊富な魔力を持っていたわ。かなりの強さでしょうね」
「やっかいな魔獣を生み出したもんだ」
「今日に限って帯剣していないのが残念で仕方がないです」
「……」
魔力の暴走を利用して魔獣に変化した人間。
一度魔獣に変化したらもう元には戻れない。
もちろんこれは禁術だ。
魔力を用いているため魔法耐性はかなり高い。
私達にとっては分が悪い。
ギラリと私に焦点を合わせ攻撃してくる魔獣。私は躱しながら駆けつけた騎士の剣を「借りるわ」と取った。
自分の剣に比べ重いけれど、文句は言っていられない。
指で剣をなぞり、魔法を掛ける。
グルルルとよだれを垂らしながら襲ってくる魔獣を高く跳んで躱し、そのまま剣で魔獣を斬りつけた。
グギャーー!
魔獣は叫び血を流す。どうやらこの方法が一番良いようだわ。
私は先ほどと同じように魔法を剣に纏わせ斬りつける。続々と駆けつけてくる騎士を横目に私は斬りつけては魔法を掛け、また斬りつけていくことを繰り返している。
ジャンニーノ先生は魔力耐性の高い魔獣に気づいて私をサポートする側に回り、魔獣の足止めをしてくれている。
魔法を掛けているとはいえ、やはり一度で大きなダメージを与えるのは難しい。
「離れろ!」
その声を聞いて私が後ろに飛びのいた瞬間、上から剣が降ってきた。それと同時にゴロンと魔獣の首が転がっていく。
……すごい。
首を斬られた魔獣はバタリと倒れ血だまりができはじめる。令嬢だった魔獣を一刀両断にしたのは騎士団総団長のブロル・ウエルタという男だ。
彼は30代にしてこの国の騎士達を纏め上げる人物。
人柄も実力もトップクラスで爵位も侯爵。
代々団長を務めるウエルタ家出身だ。
「お前達、すぐにこの魔獣を回収しろ! ここは封鎖し、陛下に報告する」
ブロル総団長は的確な指示を出していく。
「ジャンニーノ殿、連絡を有難う。おかげですぐに駆けつけてこられた。そしてユリア・オズボーン伯爵令嬢、だったか。君は強いな。この場を犠牲者無く収められたのは君のおかげだ」
「いえ、私がしゃしゃり出てしまい申し訳ありません。やはり本業の方には敵わないですね」
私は剣を綺麗にした後、借りた人に返した。
「魔獣相手にあれだけダメージを与えられるのは騎士でも極一部ですよ。貴女は充分に強い」
「そう言ってもらえると嬉しいですわ」
「貴女の剣筋はあまり見たことがないですね。どこの家のものか聞いても?」
「独学ですわ」
「……独学なのですか?」
「えぇ。ほぼ独学ですの。昔、護衛が戦っている所を見て私もやってみたいな、と。でも、私は魔法の方が得意で剣を使う事は少ないため見られていたと思うと恥ずかしい限りですわ」
嘘は言っていない。騎士団長は怪しんでいるかもしれないけれど、これ以上聞かれても答えようがないのも事実。夢で訓練してましたーなんて言える訳もないわ。
「せっかくの舞踏会でしたのに。騒がせてしまって申し訳ありませんわ。舞踏会は続くのでしょうか?」
「……陛下の判断ではあると思いますが、国の威信をかけておりますのでこのまま続行するかと。オズボーン伯爵令嬢、どうぞ王宮に予備のドレスを用意しておりますのでお着替え下さい」
「いえ、結構ですわ。ね? ジャンニーノ先生」
「先生は余計ですよ? ……これで綺麗になりましたね。これ以上ここに居ても私達は迷惑になるでしょうから先に帰りましょうか」
ジャンニーノ先生は血まみれになっている私に浄化の魔法を掛けて綺麗さっぱり元通りにしてくれた。自分の服も忘れずに掛けている。
「いやいや、筆頭ともあろう方がこの場を放置して帰る? ないない。詳しくお話を聞きたいのですが?」
ホールに戻ろうとした私達の前にブロル総団長は笑顔で立ちはだかった。
「生憎と私は休日でね。婚約者が危険な目に遭ったんだ。帰ってもいいんじゃないかな?」
「ではオズボーン伯爵令嬢を邸まで送り届けたら王宮へすぐお戻り下さい」
「……はぁ。分かったよ」
先生もブロル総団長には頭が上がらないらしい。
「では、のちほど」
私は先生のエスコートでホールに戻るとホールは騒然となっていたが、ダンスホールの中央に陛下が立って庭に現れた魔獣は騎士によって討伐された。
引き続き舞踏会を楽しんで欲しいと言って再び音楽が奏でられた。
陛下の言葉と再開された音楽により、動揺していた貴族達も少しずつ落ち着きを取り戻し、ダンスを始めている。
周りを見渡しても先ほどバルコニーに居た三人と取り巻き令嬢達は居なかったのでランドルフ殿下と共に別室へ連れていかれたのだろう。
「ジャンニーノ先生、あの場で収められて良かったですね」
「先生ではないよ。ユリア様の魔獣の討伐をこの間見たけれど、さっきの魔獣も私が手を貸さなくても難なく倒せそうだった。君は、どこまで強いんだ?」
「さぁ? 自分でもどこまでの魔獣を倒せるのか分からないです。目覚める直前はドラゴンやその他の魔獣が何十、何百と囲まれている中で戦っていました。そう思えば、さっきの魔獣はまだ可愛いですね」
私はフフッと笑うとジャンニーノ先生は呆れたような表情をしていた。
貴族達の挨拶を終えたのかワインを手に持っている父達を見つけた私達は父に話し掛けた。
「お父様、私達は一足先に帰らせていただきますね」
「もしかして、先ほどの騒ぎを収めたのはジャンニーノ君、か?」「えぇ、まぁ、そうですわ。私はこの通り、汚れは取れましたが、魔獣の攻撃でドレスが所々傷んでしまったのでダンスは出来そうにありません」
父の顔は引きつっているが、なんとか言葉を返す。
「あ、あぁ。それならば仕方がない。ジャンニーノ君、申し訳ないが娘を宜しく頼んだ」「伯爵、もちろんです」
父に帰ることを伝えたし、もうここに用はないわ。
私達は伯爵家の馬車に乗り込み先に邸に戻った。




