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……彼女だ。
私の前に立った赤髪の女ヴェーラ・ヴェネジクト侯爵令嬢。
私を陥れた女。
憎い、憎い。
瞬時に泡立つ魔力をぐっと抑えつけ礼を執る。
後ろに居る令嬢達はクラーラ・ブレンスト公爵令嬢、コリーン・レイン侯爵令嬢、アメリア・ハイゼン伯爵令嬢の四人と彼女達の取り巻きだ。
「貴女がユリア・オズボーン伯爵令嬢かしら?」
「……そうです。何か御用でしょうか?」
代表したようにアメリア嬢が扇子で仰ぎながら聞いてきた。
「貴女、ランドルフ殿下を誘惑するのを止めてくださらない?」
「私は誘惑などしておりません」
クラーラ嬢も少し苛立つように間に割って入る。
「あら? 気づかないとでも? 殿下はいつも貴女の事を気にしているわ。側近達もあの手この手を使って貴女を殿下に会わせようとしているもの」
「殿下が気にされようとも私はランドルフ殿下に興味がありませんし、この通り、私には婚約者がいます。ヴェネジクト様達の勘違いだと思いますわ」
「婚約者? 王宮魔法使い筆頭様、が?」
ヴェーラ嬢が不審に思いながらも確認するように聞いてきた。
「えぇ。先日の王宮襲撃事件の場に貴女もいたでしょう? 私はあの時、戦うユリア嬢に感銘を受けましてね。伯爵に直接お願いして婚約者になったのですよ」
ヴェーラはまだ眉間に皺を寄せ見ているが、ジャンニーノ先生は私の腰に手を回し、ギュッと抱きしめて頬に頬を付け密着した後、ヴェーラに視線を向けた。
令嬢達がキャッと声を上げる。
「!! ハレンチですわ! こんな場所で!」
「? 私は見ての通り、婚約者を大切にしているだけです。
たとえ殿下でも彼女を渡すつもりはないですよ。ランドルフ殿下もそろそろ本気で婚約者を見つけねばなりませんね。
殿下がいつまでもフラフラしているからこうしてユリアに迷惑が掛かるんですよ?」
ジャンニーノ先生が視線を向けた先にランドルフ殿下が立っていた。
私達は一斉に殿下に礼を執る。
「あぁ、楽にしてくれ」
殿下の一言で皆元に戻った。
「ヴェーラ嬢達はどうしてユリア嬢とジャンニーノを取り囲むようにしているのかな?」
「そ、それは……。殿下がユリアさんの事を気に掛けているから教えてあげただけですわ」
「ユリア嬢は優秀な魔法使いだと君達も知っているよね? あの時、彼女が結界を作らなければ我々はみんな死んでいたかもしれない。彼女に感謝するべきじゃないのかな?」
「そんな事はないですわ! 私も高い魔力を持っています! あの時、彼女がいなければ私が殿下を守っていたわ!」
ヴェーラは必死に殿下に食って掛かるけれど、四人以外の顔色は悪い。
クラーラ嬢以外あの場にいたからこそ理解しているようだ。
「それに、ランドルフ殿下がいつまで経っても婚約者に決めて下さらないからこんな事になるのですわ!」
ランドルフ殿下は顔色を変えることなく令嬢達の言葉に応える。
「……そうか。私はユリア嬢を婚約者に望んだが、ユリア嬢は病気を理由に婚約者にならなかった。今もこうして望んでいる。だから私には婚約者がいないんだよ」
「そんなっ。でも、ユリア嬢は婚約者がおりますわ!」
「あぁ、そうだね。でもまだ正式に決まってはいないと聞いている。私は……まだ」
ランドルフ殿下がそう言うと、四人はキッと私を睨みつけ、扇子を握りしめている。
「……い。……さない」
アメリア・ハイゼン伯爵令嬢の魔力が一気に身体から放出され、私は瞬時に身構えた。
「アメリアさん?」
横にいた三人や後ろの取り巻き達もさすがに異変を感じ取ったようで少し下がって彼女に視線を向けている。
「許さないわ!! 私が王妃になるのよ!!」
そう言った途端、彼女は何かを考えこむようにしながら首に付けていた宝石を握りしめて魔力を流し込み始めた。
取り巻きの令嬢達は状況を理解できず、動けないでいる。
「ユリア! 危ないっ! 逃げて、君だけは」
ランドルフ殿下が叫び、私の前に出ようとする。
「殿下! 下がって下さい! 側近達は殿下を守りながら後退しろ!!」
ジャンニーノ先生はそう叫ぶと同時にアメリア嬢を拘束しようとするが、彼女の魔力は石に吸い込まれて止まる気配がない。
取り巻きの令嬢達は先生の声に恐怖が限度に達したのか叫びながらホールに逃げていく。




