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そうして迎えた舞踏会の前日。
私は盛大な溜息を溢しながら邸に戻った。弟達は相変わらず私に嫌味を言うかと思ったけれど、黙っていた。
睨んではいたが。
口を開こうとして私に口を縫われたのが堪えたのかしら?
私は父の執務室に向かった。
「明日の舞踏会のため戻りました」
「あぁ。おかえり。ジャンニーノ・チスタリティ子爵子息には私の方から連絡しておいた。明日はエスコートしてもらうように」
「お父様」
「なんだ?」
「ジャンニーノ先生にエスコート役を頼むということは婚約者と発表したようなものではないですか? まだ婚約をしていないと思うのですが……」
「ジャンニーノ君なら婚約者として問題ないだろう。相手は貧乏子爵家とはいえ貴族だ。平民とは違う。それに彼は王宮筆頭魔法使いだ。何も問題ない」
「……それならよいのですが」
父はどうしたのだろう?
王宮魔法使いの伝手が出来た事を喜んでいるのだろうか。不思議に思いながら執事と一緒に客間へ向かおうとするが、止められた。
「お嬢様のお部屋はこちらにこざいます」
「あら、私の部屋なんて無かったのに。どうしたの?」
そう言うと、執事は頬笑みながら答えた。
「この間のユリアお嬢様とジョナス坊ちゃんのやり取りを見て旦那様なりに不安を覚えたようです。
あの日以降、ジョナス坊ちゃんとアレン坊ちゃんの教育係を新しくし、再教育を行っているのです。部屋についてもユリアお嬢様の婚約者が出来ましたから体面を保つためにも用意されたのかもしれません」
案内された私の部屋。
簡素ながらも私の部屋が作られていた。そして過去の生で使っていたものと似たような机が窓際に置かれている。
あの時も父が勉強を頑張りなさいと言って部屋に運び込まれていた。
もう、ここで勉強に励むことはないけれど少ししんみりとした気持ちになる。
「お嬢様、夕食は家族で摂りますか?」
「そうね、どちらでもいいわ。弟達が嫌がるようなら部屋に持ってきてちょうだい」
「畏まりました」
邸に戻っても特にやることはないのでベッドに寝転がっていると侍女長がドレスを持ってやってきた。どうやら最終調整をするらしい。
そこからはコルセットで締められ、遠い目をしながらドレスの微調整に付き合うことになった。
……貴族はこれだから面倒なのよね。
それこそ昔は嬉々としてしていたわ。着飾ることは嫌いじゃなかったもの。でも平民服の楽さを知ってからはドレスは面倒でしかない。
「お嬢様、夕食の時間になりました。どうぞ食堂へ」
「あら、弟は文句を言わなかったのね」
「お嬢様。分かっていると思いますが、ジョナス様達を煽らないようお願いしますね」
「えぇ、もちろん分かっているわ」
私は食堂へ着くと既に皆が座っていたわ。
「遅くなりました」
「あぁ。では食べるとしよう」
私は出された食事を食べ始める。弟達はこっちを見ながら食べている。
「さっきからずっと見ているけれど、顔に何か付いているのかしら?」
「何故だ? 何故、姉上は田舎暮らしだったのに食事のマナーが完璧なんだ?」
「……私にはエメが付いていたからよ。エメはマナーに五月蠅かったわ」
まぁ、実際は王妃教育でみっちりと学んだのよね。
「俺もエメのような侍女が付いていれば教師に叱られないのか?」
「……それは無理よ。どれだけ優秀な教師が付いていようとも本人が努力しない限り直らないわ。どうせ我儘を言って厳しい教師を辞めさせていたんじゃない? 新しい先生の教えに従うしかないわ」
私がそう言うと、グッと黙ってしまった。
どうやら図星だったようだ。
私への話し方を見ると日頃から皆にああやって尊大に接して嫌われているのでしょうね。
今更勉強をし直す?
無理じゃないかしら。
自分自身が理解して相当努力しないといけないと思う。
でも、考えてみれば不思議よね。前の生ではジョナス達はあの女に会うまでは偉そうな態度を取っていなかったわ。それに父もそこまで私を邪険にはしていなかった。
平民用の牢に入れられた時、あっさりと私を捨てたけれど。
私という存在がジョナス達に影響していたのならこれが本来のジョナスなの、かしら?
まぁ、気づいて今から直せるのであればそれで文句を言うこともないわね。
「ユリア、明日の舞踏会のドレス一式はチスタリティ子爵子息が贈って下さったのよ? あとでお礼を言わないとね」
「明日ジャンニーノ先生にお礼を言いますわ」
「明日の舞踏会は家族で出席する。分かったな」
「はい。お父様」
重い空気の食事。あーこれなら部屋で食べていた方が気楽だわ。心で嘆きつつ、食事を終えて部屋に戻った。




