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「ユリアお嬢様、朝ですよ!」
「エメ、おはよう。すぐに用意するわ」
私はモソモソとベッドから起きだし、朝の準備をする。グレアムの手伝いをしながら朝食を摂り、弟達と泣く泣く別れを惜しみつつ邸に戻る。
昨日着ていたドレスは宿に置いたまま。今は平民用のシャツとズボンとフードを被っているわ。エメ達の家に私の部屋も用意されているの。いつでもここに帰ってこられるように。
「ただいま戻りました。お父様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
私は父の執務室に入るとすぐに謝罪をする。執務室には父と母、何故か弟達もそこに居た。父は表情を変えることなく頷いただけだ。
相変わらず父は興味なさそうに仕事をしながら私の話を聞くようだ。
「陛下は何と言ってきたんだ?」
「今回の襲撃事件でのお礼を言われました。そして褒美は何がいいかと」
「何にしたんだ? 領地か? 報奨金にしたのか?」
「いえ、王城で作られている菓子が食べたいと申し出ました」
「菓子、だ、と?」
父は手を止めて私を見る。まぁ、そうだろう。
「えぇ。菓子ですわ。王城のお菓子は普段口に出来るものではありませんもの」
私がそう答えると、ジョナスは馬鹿にしたように大笑いした。
「あーははは。可笑しい。姉上は馬鹿なの? いや、馬鹿だよね? そんな事も考えずに菓子が欲しいって言ったの? これだから学が無いのは困るんだよ! 目先の食べ物にしか興味がないんだ」
ジョナスもアレンも馬鹿にしたように笑っている。私は五月蠅いし、面倒なので魔法で二人の口を閉じてやったわ。
「領地や報奨金を貰えばそんなものいくつでも買えるだろう。ランドルフ殿下との婚約だって望めたはずだ」
父は苛立つように指で机を叩きながら言った。母はというと、憮然としながらも口は挟む気はないようだ。
「領地を望んでも私に利益はないでしょう? この家を継ぐのはジョナスですから。
報奨金だって家に入りますし、私には還元されないわ。まぁ、貰ったところで使い道はないですし。
それに殿下と婚約ですか? 領地で過ごした私が王妃となるのですか?
学もないのに? 王宮に行くだけで倒れてしまう私を?それこそ他の貴族は黙っていないでしょう。
私は何も望んでいません。あぁ、自由を望めば良かったですわ。今度何かあればそう伝えるようにします」
「育てて貰った恩はないのか?」
「……病に倒れる私を突き放したのはお父様達ではありませんか。
五月蠅い、面倒だと避けてきた。領地で生活していた私に一度でも会いに来てくれましたか? 弟達もそう。
血の繋がった実の姉弟だというのにこの言われよう。私は何か悪い事をしたのですか? 私は犯罪者か何かですか?」
私が反論するとは思っていなかったようで誰もがピタリと動きを止めた。
「三歳で領地に送られ、侍女が母親に代わり育ててくれなければ生きていけなかった。
王都に戻ってこれたと思ったら弟達からは馬鹿にされ、挙句に育てて貰った恩はないのか? ビックリします。
自分達は私のことを放置しておいて、責められる理由がありますか? 報奨金? 新たな領地? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの与えてもらっても困るわ。
王家は恩を売って私を利用したいだけ。私の自由を奪いたい。自分達の都合の良いように使いたい、ただそれだけ。
それはお父様も同じ考えでしょう? 自分達で捨てておいて使えそうだと思ったら言葉巧みに私を従わせるの?」
一度開いた口からは止め処なく溢れる言葉。前の生でも私は冷たく家族に捨てられた。今回は小さな間に捨てられたようなもの。
理解はしていてもやはり何処かで自分は納得していなかったのだと思う。
静まった執務室。
その場の空気を変えようとしているのか母は話し始めた。
「……でも、王子様と結婚するのは令嬢にとって憧れでしょう?」
「どうして憧れなのですか?」
「だって、王族になれるし、ランドルフ殿下は聡明で素敵な方だと聞くわ? 憧れて当然じゃないのかしら?」
母は何故? と聞き返さん様子。
「私はずっと領地で平民と共に暮らしていたのですよ? お茶会一つ参加していないのです。
横の繋がりを作ってこなかった私が憧れだけで無理やり王妃になって貴族は付いてきてくれるとでも思っていますか? むしろオズボーン家が笑われるだけではないでしょうか」
前の生で充分に理解しているわ。お茶会や舞踏会を通して人脈を広げていかなければ足元を掬われる世界だもの。
その結果、彼はあの女を選んだ。あの女に負けたの。
「そ、それは、そうね……」
口を塞がれた弟達は顔を真っ赤にしているけれど、父達は大人な分、私の言い分を理解して言い返せないでいる。
私は弟達に掛けた魔法を解いて立ち上がった。
「話はそれだけでしょうか。学院に入学させていただいた事には感謝しております。でも、それだけですわ」
「姉上はこの家の恥だ!! お前なんか平民上がりの田舎貴族でしかないんだ! そんな奴、俺が貴族籍を抜いてやる!」
魔法を解いて出た言葉がそれ……。
「はぁ、我が弟ながら出来が悪くて恥ずかしい。先が思いやられるわ。これが跡取りだと思うと伯爵家もジョナスで終わりね。まぁ、私には関係ないですが。
真面に会話が出来ないのであればここにいる理由は無いですし、私は寮へ戻ります。お父様、何かあれば手紙を」
「……分かった」
ジョナスもアレンもまだ中身は幼い。感情のままに貴族籍を抜くと言えるのは凄いわ。父はその事を理解しているのだろうか。
「ユリアお嬢様、玄関までお見送りをします」
「気を遣わせてしまってごめんなさいね」
「いえ、問題ありません。今度の王宮での舞踏会は出席されますか?」
「あー。そんなのがあったわね。参加しないかもしれないわ。今まで参加していないのだから今回も参加しなくてもいいんじゃないかしら?」
「ユリアお嬢様の活躍を知った貴族から参加するか聞かれているようです。不参加は難しいかもしれません」
「……面倒だわ。エスコート役もいないし、お父様が出ろと言うのであればその時に考えるわ」
「畏まりました」
私は玄関ホールに着くとフードを被った。
「お嬢様、馬車をお使い下さい」
「今日は歩いて帰るわ。じゃぁ、ね」
私は歩いて邸を後にした。あー何だかモヤモヤするわ。




