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気が付くと知らない天井が目に映る。
「……こ、ここは?」
私は起き上がり、周りを見渡すと、ジャンニーノ先生がベッド横に座り、私をギュッと抱きしめてきた。
「良かった。すまない、ユリア様。無理をさせてしまった。ここは王宮の医務室です」
「えっと、私、倒れてしまったのですね。ごめんなさい。ご迷惑をお掛けしました」
「目が覚めましたか。異常が無いか確認致します」
先生は私から離れ、医師が近づいてきて私に魔法を掛けて調べていく。
「……異常はないようです。落ち着いたらお帰りいただいて大丈夫ですよ」
「有難う御座います」
「ユリア様、今日は治療院まで送ります。パロン医師にも見てもらいましょう」
「ジャンニーノ先生、有難う御座います」
私はベッドから飛び降りようとしてジャンニーノ先生に叱られたわ。
「何があるかわかりません」
先生は私をヒョイと抱え、歩き始めた。
「せ、先生!? 私は歩けます。重いですから」
「軽いですよ? 私は魔法使いですからね」
「魔法使いという理由がよくわかりませんわ!?」
「あぁ、これでも王都の外に騎士達と魔獣討伐に出るんですよ。騎士達に付いていけるよう日頃から魔法使いも鍛え上げているんです。ユリア様を抱えるくらい何でもないですから」
アワアワとどうしていいか分からずに視線を彷徨わせる私。
恥ずかしいやら重いんじゃないかっていう私なりの乙女心。
先生は笑顔で医務室を出て馬車乗り場まで歩いていく。通路では何事かとこちらを見てくる人達の視線が痛かったわ。
王宮から馬車で十五分の距離。先生は馬車に乗り込んでようやく私を座席に降ろした。
「このままパロン医師の治療院まで飛んでも良かったんですが、流石に街ですれば私も叱られますからね」
笑いながらそう言っているけれど、先生なら平気で問題ないと飛んで帰りそうな気もする。
そうだ、今日は邸に戻ると父と約束をしていたんだった。
思い出した私は父に王宮で倒れ、パロン医師に診てもらうため今治療院に向かっていると伝言を飛ばした。
父からはすぐに『分かった。無理はしないように』とだけ返事がきた。
「パロン先生、ユリア様を連れてきました」
ジャンニーノ先生は予めパロン先生に連絡を入れていたようですぐに私は診察室に運ばれた。
そう、運ばれたの。
馬車を降りてすぐにまた抱きかかえられた私。その姿を見たパロン先生は私の状態が悪いのかと心配している。
「ユリア様、大丈夫ですか?すぐに診察します」
「パロン先生、王宮の医師にも診てもらって異常は無いと言われたし、大丈夫です。ジャンニーノ先生が過保護なだけですから……」
「ジャンニーノ君、ユリア様と少し話をするので席を外してくれないか?」
「いえ、私もここに居ますよ。大事な話でしょうから」
「先生、ジャンニーノ先生には時間が巻き戻った事を話してあるので大丈夫です」
私はそう言って先生達の魔法契約の一部を許可した。
「……そうか。長い間出ていなかった発作が起きたのだ。詳しく聞いても?」
「はい。王宮でジャンニーノ先生に魔力の多さを指摘され、領地でどのように暮らしていたのか聞かれたので答えたんです。
そして未来から過去に戻った事も、夢見の話もしました。先生は時間が戻る魔法が書かれた本を見せてくれたんです。
その本には王族のみが使える魔法だと書いていて使用者の犠牲が必要なことも書いてあったんです。
その内容を見た時に過去の出来事を思い出してしまって倒れました。
いつもなら過去の記憶と思い素通り出来たのですが、殿下が、ランドルフ殿下が、な、ぜ、自分を、ぎ」
「大丈夫。もういい。ユリア様、少し休みましょうか」
ジャンニーノ先生が私の頬を指でなぞる。いつの間にか私は涙が出ていた。
「……で、も」
「大丈夫。私がちゃんとパロン先生に話をしますから。少し横になった方がいい」
パロン先生は私をベッドへ寝かせた後、魔法を掛けた。
先ほどまでの辛かった感情が少しずつ楽になってくる。
「ほんの少しだけ睡眠魔法を掛けたので眠くなるかもしれない。眠くなったらそのまま寝ていいですからね」
「はい」
自覚なく涙を流していたけれど、身体も強張っていたみたい。パロン先生の魔法で落ち着きを取り戻し始めた。
「ユリア様、今日はグレアム君の宿に泊っていきなさい。すぐに迎えに来てくれるそうだ」
「先生、私はもう大丈夫です。一人で歩いて宿に向かえます!」
パロン先生の言葉に私が自分でそれくらい出来ると言うと、ジャンニーノ先生が笑顔で私に言った。
「グレアムさんが来るまで私の腕の中で安静にさせた方がいいのかな?」
「……エメのお迎えが来るまで待っています」
「それが賢明だ」
すぐにエメが私を心配して迎えに来てくれたわ。
「ユリアお嬢様、倒れたと聞いて急いで来ました」
「エメ、ごめんなさい。いつもなら大丈夫なんだけれど、ちょっと考え込んだ時に思い出してしまったの」
「エメさん、今日はそちらの宿にユリア様を泊めてもらえるかい? 君のところならユリア様も安心して過ごせるからね」
「パロン先生、もちろんです。ユリアお嬢様、帰りますよ。歩けますか?」
「大丈夫、歩けるわ。パロン先生、ジャンニーノ先生、有難う御座いました」
「気を付けて。無理しないように。また連絡します」
「はい」
私はそう言ってエメに連れられて治療院を後にした。エメ達の家に戻るとみんな心配してくれた。本当に家族っていいものね。
私がこの夜、弟達と一杯遊んでエメに叱られて渋々ベッドに入ったのは言うまでもない。




