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天気は良くて中庭でお茶をするには最高なのだけれど流石に魔物が暴れまわって日も経っていないからサロンになったのだろう。
私は従者に連れられて第一サロンへと向かった。
王宮にはいくつかのサロンがあり、貴族用のサロン、外交官用サロン、王族専用サロンが設けられている。
第一サロンは貴族用のサロンとなっており、私も過去に何度かこのサロンでお茶をした事があるわ。
サロンへ到着すると既にランドルフ殿下が席に着いていた。
彼は私を見るなり柔和な笑顔を見せている。
……今の私達はそんな間柄ではないのだけれど。私は殿下に礼をして席に着いた。
「ユリア嬢、怪我はなかったかな? 結界を張ってくれたおかげで私はこうして怪我をせずにすんだ。有難う。君とまたこうしてお茶をしたかったんだ。学院ではゆっくりと話をする事が出来ないからね」
まぁ、あの令嬢達がいつもランドルフ殿下の周りに居るし、近づこうものなら牽制しまくりだからね。
「怪我はありませんでしたわ。殿下がご無事で何よりです」
私は微笑みながらお茶を口にする。
久々の香り高いお茶。
心して飲もう。
そう思い紅茶や出される茶菓子を堪能していると、殿下が笑っている事に気づいた。
「どうかされましたか?」
「いや、こんなにもお茶やお菓子を深く味わっている姿が可愛くて。美味しいかな?」
「えぇ、とても美味しいですわ。伯爵家では食べられますが、私はずっと領地の片隅で侍女と暮らしておりましたので甘味を口にする事がなかったのです。今も寮生活でフルーツは食べますが菓子はないですから」
「そ、そうか。確か褒美も王宮の菓子と聞いた。本当にあれでよかったのかな?」
「えぇ。とても満足ですわ」
私は満面の笑みを浮かべる。
「そういえば、ユリア嬢はいつも学院が終わった後、何をしているの?」
殿下は話を変えてきた。彼は甘い物をあまり食べない人だから、かな。
どこまで影が情報を掴んでいるのだろう。
別に話をしても後ろ暗い所はないけれど、興味を持たれても困るのよね。
「学院後、ですか。ジャンニーノ先生に魔法を教わったり、勉強をしておりますわ。私は田舎育ちですので勉強をしなければついていけませんもの」
「君は優秀だとヨランドが言っていたけれど。私が教えようか? ヨランドもいるし」
「ふふっ。そのお気持ちだけで十分ですわ。ランドルフ殿下と一緒にいるだけで婚約者候補の方々に睨まれてしまいます。
それに訳ありな瑕疵のついている令嬢と一緒にいる事は殿下の評判にも関わってきます。本当にお気持ちだけで十分ですわ」
「……そうか」
精神的に乗り越えたとはいえ、既に消滅した過去の出来事だったとはいえ、殿下にされた事を忘れたわけではないの。
殿下と話をしていてふと疑問に思う。
何故私には過去の記憶があって他の人達にはないのかを。
私達人間には魔法があるけれど、過去や未来を行き来するような時間を操る魔法は知らない。
神の気まぐれなのだろうか?
それとも私の知らない時間を操るような魔法が存在するのか?
「あの日以降、君の所に釣書が沢山届いていると聞いたんだけど、もう婚約者の候補は決まったのかな?」
「どうでしょうか。私は持病持ちですし、生憎と婚姻に希望は持っておりませんの」
「……もしも、もしも望みがあるのなら……私を君の婚約者の候補に入れて欲しい」
ランドルフ殿下は微笑みながらカップに口を付ける。
この場に父が居れば是が非でも、と返事をしていたのだと思う。
父が居なくて良かったわ。
「残念ですが、その件に関しては無理でしょう。殿下が私を気に入って下さったのは有難いですが、先ほども言った通り、私は持病持ち。王妃になる器ではありません。それこそヴェーラ・ヴェネジクト様が王妃に相応しいと思いますわ」
するとさっきまでにこやかに微笑んでいた王子から笑顔が消えた。
「何故そこでヴェーラ嬢が出てくるのかな?」
「ヴェーラ・ヴェネジクト様はランドルフ殿下の筆頭婚約者候補ですもの。疑問にも思いませんわ?」
私は不思議そうに答える。実際学院では彼女を筆頭に候補者達が牽制して回っているし、公言しているもの。
「それは彼女が勝手に言っているだけだよ。私はユリア・オズボーン、君を婚約者に迎えたいと思っている。私は……君だけに自分の心を捧げたい」
「そう思って頂けるのは嬉しい限りですわ。でも、王妃になるには好き嫌いでは務めあげることは出来ません。平民と変わらぬ暮らしをしてきた私には難しいでしょう。貴族達を纏め上げる手腕もありませんわ」
私はやんわりと断る。
彼は、何を考えているのだろう?
もしかして、私と同じく過去の記憶がある、の?
「ごめ「ユリア様、探しました。大丈夫ですか? まだ本調子ではないのですから迎えにきたんですよ」
ランドルフ殿下が何か告げようと口を開いた途端、私を呼ぶ声に振り向いた。
「ジャンニーノ先生」
どうやら先生は私を心配して来てくれたようだ。
「これはこれは、ランドルフ殿下。先日の魔物の襲撃は大変でしたね」
「あぁ。君のおかげで助かったよ。ユリア嬢にもこうしてお礼を述べていたところだ」
「そうでしたか。彼女は招待客を結界で守り、魔物を攻撃して騎士を助けていたのです。多くの魔力を消費し、休養を必要としている令嬢を王宮に呼びつけるのは褒められたものではありませんね」
「確かにそうだね。ユリア嬢、父共々すまなかった」
「いえ、ご心配いただき有難うございます。昨日目覚めましたし、私の方は大丈夫ですわ」
「……そうだったんだね。ユリア嬢には無理をさせてしまった。本当にごめん」
ランドルフ殿下が三日間眠りについていたことを知らなかったのは仕方がない。
「さぁ、ユリア嬢。私の部屋へ向かいましょう。あの魔法円の影響を調べますからね」
ジャンニーノ先生は私の手を取り連れて行こうとしている。
流石に王太子に呼ばれてお茶をしているのに席を立つのはマナー違反だろう。
けれど、その暴挙が許される立場の魔法使いだからなのかもしれない。
「あぁ、ジャンニーノ。ユリア嬢に無理をさせてすまなかったな。ユリア嬢、私の気持ちは変わらない。……ではまたね」
ジャンニーノ先生はにこやかに私をエスコートしながらサロンを出た。




