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翌日は早朝からすっきりと目覚める事が出来た。
さすがに四日間も寝ていれば、ね。
億劫だと思いつつも支度して寮を出る。
ギルドに行くような服装では流石にまずいわよね。
でも家から迎えの馬車は無いのでワンピースにローブを着てフードを深く覆って寮を出た。邸まで難なく歩いてこれたわ。門の前で門番に引き留められた私。
「ユリアよ、今日家に行くと父に手紙を送ったのだけど?」
「……執事殿から連絡を貰っています。ユリア様、お帰りなさいませ」
門番にしっかりと話が伝わっているようだ。でもさ、一応私はオズボーン家の一員なのよね。普通なら顔パスじゃないかしら。少しの蟠りを心に引っかけたまま私は邸へと入る。
「ユリアお嬢様、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです」
執事は待ちかねていたように私を父の元へと案内する。
「お父様、只今戻りました」
「あぁ。早速だが、先日の王宮で行われたお茶会の事だが、詳しく話が聞きたいと陛下の側近の一人が邸へと来たがお前は既に寮に帰った後だった。それとこの釣書の山。どういう事だ?」
父は葉巻を咥えながら私に聞いてきた。なんて答えれば正解なのかしら。
「どういう事かと聞かれても、私も分かりませんわ。お茶会会場で魔物が現れて殿下をお守りしただけです。
そのせいで魔力を使いすぎて三日も眠りにつくことになりましたわ。
釣書についてはその場にいた人が私を嫁に欲しいと思ったのではないですか? あぁ、私は誰とも結婚する気はありません。
魔法使いになるとお父様にはお伝えしていると思いますよね?
……そうですね、強いて言うのであれば王宮魔法使いのジャンニーノ先生となら婚約を考えても良いかと思っています」
私が嫌だと言ってもこの家族だ。
勝手に決められてもおかしくないと思うの。
私は平然とした顔で父にそう話をした。
そしてお茶会で起こった事を詳しく話すことに。その際に殿下達を守るために結界を張ったという事も。
「……そうか。それで今の状況になったのだな? 明日は王宮へ向かうのか?」
「明日登城しようと思っていたのですが、王宮からは今日の午後に呼ばれたのでこのまま行こうと思っています」
「……その格好では失礼に当たる。着替えてから行きなさい。面会の後またここにくるように」
「もちろんですわ」
流石に遠い記憶とはいえ、城に行くための服装くらいはばっちり覚えているわよ。
心の中でそう言うけれど口にも顔にも出さない。
とりあえずゆっくりしている時間はないので家に帰ってきてから釣書の話をする事になったわ。
父の考えとしてはどうなのだろう。
一度しっかりと聞いておきたいところ。
それによって今後どうすればいいかも考えなくてはいけない。
私は客間でドレスに着替えて王宮へ向かった。
「ユリア・オズボーン伯爵令嬢がお見えになりました」
そう案内されたのは豪華な造りになっている謁見の間。陛下までの距離が遠いわ。赤絨毯をゆっくり進んで臣下の礼を執る。
「ラーガンド王国の太陽であらせられるヨゼフ国王様に謁見の機会を設けて頂いたこと至上の喜びと感謝の念に堪えません。
本日、国王陛下の命により参上致しました」
「堅苦しい事はよい。先日のお茶会での件だ。結界を張り、ランドルフや他の貴族を守ってくれたと聞いた。
感謝する。私から褒美を考えたのだが、王妃が納得しなくてな、ユリア嬢に聞くのが一番良いとなった。何か望む物はあるか?」
陛下は婚約者を宛がうとか、爵位を渡して取り込もうとするとか考えていたに違いない。
前回の私の記憶では王妃様はとても優しくて親身に話を聞いてくれる第二の母みたいな感じだった。
今回も令嬢の喜ぶ物がいいわと仰ったに違いない。
褒美、ねぇ。
何がいいかな。
!!
「褒美は、王宮の料理長が作るお菓子を頂きたいです。王宮でしか味わえない菓子。先日のお茶会ではあまり口にする事が出来ずに後悔しておりました」
実際は一杯食べていたけれどね。食べられるならまた食べたい。
「そんな物で良いのか?」
陛下はいささか拍子抜けしたような顔をしている。
「はい。王宮のお菓子はとても美味しくて是非とも頂きたいです」
「宝石や爵位、そなたは婚約者もおらんのだろう?もっと望んでも良いのだが」
「……申し訳ございません。私は幼少の頃より領地の小さな村で生活してきたためかあまり宝石や爵位に興味がございません。父から許可が降りれば平民になることも考えております」
「なんと。勿体ないな。折角の貴族なのだぞ?」
「……病気も長く患い過ごしてきたせいか、あまり貴族に興味はございません。今でも病のせいで周りからは奇異な目で見られる事もあるのです。一平民としてひっそりと暮らしていければと思っております」
「そうか、欲がないのだな。まぁ、よい。王宮の料理長が作る菓子であったな。すぐに作らせよう。それまで客室で待つが良い」
「有難き幸せ」
陛下はとても残念そうにしていたわ。
欲が無いのはあまりいい事ではない。
欲があればそれを褒美と称して相手をコントロールし、自分への信頼や働きを今後もしてくれると考えるから。
欲がなければ王家側からすれば取り込み難い相手なのよね。どうしても手放せない相手であれば王命が下されるだろうけれど、病持ちの私を取り込むにはリスクが高い。そこまでの相手と見做されていない。
王家にとって今の自分の価値がよくわかるわね。付かず離れずこのままの状態を維持していきたいものだわ。
客間で休んでいると、従者が伝言を預かってきたと部屋に入ってきた。
「ランドルフ殿下から『お茶会の事でお礼を言いたい。中庭で待っている』との事です。第一サロンまでお連れするよう仰せつかっております」
……どこかで接触があると思っていたけれど今、なのね。




