27
魔獣を間違えて入れてしまったかしら。私はそう思いながら先生と結界の中へ歩いて入っていく。
椅子はなぎ倒され、テーブルの上のお菓子やお茶は転がり、令嬢達はガタガタと震えながら身を寄せ合っている。
令息達は身を挺して殿下の周りを囲んでいるわ。
「ランドルフ殿下ご無事ですか? っとその前に。先に倒れている令嬢を見ますか」
倒れている令嬢を見ると弱弱しいがなんとか生きているようだ。
誰も介抱してあげる余裕もなかったのだろうか。
少し同情さえ覚えてしまう。
「先生、どういう事なのですか?」
「あぁ、彼女達は利用されたようですね。背中に先ほどの魔法円に似た物が浮かんでいると思いますよ」
私はそっと一人を抱き起こして背中を確認すると赤く浮かび上がっている魔法円が確認できた。
「これは先ほどのように破壊すればいいのですか?」
「駄目ですよ。彼女が死んでしまう。これは王宮魔法使いでも一部の者しか解除出来ないのです」
このまま放置は出来ないけれど、まだ魔獣がいるので結界を消す事も出来ない。
ただ待つしか出来ないの?
ヤキモキしていると、先生は一人の背中に手を当てて詠唱を行っている。いつもの言葉と違い古語で詠唱を行っているわ。
私も古語は過去の王妃教育で覚えているので詠唱を間違えなければ唱えられる気がする。
流石にぶっつけ本番という事は絶対しないけどね。先生が円の破壊をしているので私は見守るしかない。
先生が少しずつ魔力を流し始めると赤い線は砂が零れていくように円の一部から少しずつ線が消えていく。
その様子を周りも固唾を呑んで見守っている。
「ふぅ、一人解除が出来ました。ユリア様、もう一人の令嬢をこちらへ。ユリア様はこの令嬢に治癒魔法を」
「分かりました。先生」
私と先生は場所を交換して私は先生が魔法円を解除した令嬢の治療に当たる。治癒魔法を掛けるというより、魔力が枯渇に近い状態だ。
もしかしてこの令嬢の魔力を使って魔獣を呼び寄せ、転送したのかもしれない。
私は先生に視線を向けると先生は一つ頷いた。
ここで口にしてはならない。
治療を続けると今まで死にそうな程白い顔をして弱弱しく息をしていた令嬢が穏やかな呼吸へと変わった。
もう大丈夫ね。
先生の方も無事に魔法円を解除出来たみたい。
「先生、治療を代わりますか?」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。それよりもそろそろ結界を解いたほうがいいですね」
先生にそう言われて私は結界を解除する。
半透明の結界だったせいか結界を解いた瞬間、何人もの令嬢が倒れてしまった。
こ、これは申し訳ないわ。
仕方がないとはいえ今まで箱入りで育てられてきた令嬢に魔獣の死体の山はキツイ。令息達も青い顔をしているもの。
結界が解けると近衛騎士達が走り寄ってきて殿下を取り囲み、安全が確保されたようだ。
「先生、魔獣で怪我をした騎士達が沢山いると思うのですが、私も手伝いに行った方が良いですか?」
「いや、何かあればパロン先生も呼ばれるだろうし王宮魔法使いもいるから大丈夫でしょう。ここの臭いは堪える。私の部屋へ行きましょうか」
先生は私の手を引き歩き出す。
私は周りを確認すると、騎士達が令嬢や令息達を警護しながら王宮の建物内に入っていくのが見え、ほっと軽く息を吐いた。
「先生、さっきは驚きました! こんな事ってあるのですね。王宮は魔法円が使えないものだと思っていたから」
私は部屋に入ってすぐに口を開いた。
興奮しているせいもあって言葉が止まる事を知らない。
「ユリア様も疲れたでしょう。まぁ、そこに座ってこれを噛んで下さい」
先生が私に差し出したのは三枚の葉。
「先生、これは?」
「これはジョロの葉です。先ほど沢山の魔力を使いましたからね。この葉を噛むとわずかに魔力が回復しますよ」
私は先生から葉を受け取り、口に入れて噛んだ。ジョロの葉は苦味があってあまり美味しくはなかった。けれど、噛むごとにふんわりと魔力が葉から漏れてくるのが分かるわ。
先生は私を見て笑っている。
「先生?」
「いや、三枚一気に口に入れるとは思っていませんでしたから」
「それを早く言って下さいっ」
「いえ、効果は同じなので一気に口に入れても構わないのですよ」
どうやら魔法使いが執務で口寂しい時にジョロの葉を噛む事が多いみたい。
キャンディの代わりなのかしら。




