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PP

作者: はらけつ

「私の薦めるゆるキャラは、これです」


ある会議室。

どっかの大学並みに、AV機材が、揃っている。

まるで、視聴覚教室。


エアコンの音が、している。

出席者は、みんな、半袖。

ここのところ、めっきり暑くなって来た。


ここは、プレゼン専用ルーム。

備え付けのプロジェクターがあり、備え付けのスクリーンがある。

備え付けのノートパソコンがあり、備え付けのスピーカーがある。

その他諸々、備え付け。


人は、最大で、五十人近く入るようになっている。

今も、二十人近い人が、入っている。


みな一様に、真面目な顔、難しい顔、苦み走った顔。

前に出てプレゼンしている男も、真面目な顔。

でも、ちょっと、眼尻が綻んでいる。

口元も。


スクリーンには、大きく、イラストが映し出されている。

イラストの上には、丸みを帯びたカタカナで、「ミカッパ」と映し出されている。


オレンジ色の楕円形の中、真ん中に寄り集まる様に、スマイルマーク。

楕円形の上部に接して、手裏剣の様な、五芒星の様な、尖った五角形が付いている。

緑色で、横平面で、付いている。


その大きさは、楕円形と同じくらいで、真ん中に淡い緑色の丸がある。

緑色だが、他の角の緑色と比べて、ハッキリと淡い。

白色に近い緑色、と云う感じ。


「名前は、ミカッパ、です」


名前からして、ミカンとカッパの、合成生物らしい。


プレゼン視聴者から、おずおずと、手が挙がる。


「はい」


発言の許しを得て、挙手した人物が、立ち上がる。

ダラダラと雑談がはびこるような会議が多いが、このプレゼンは、しっかり運営されているようだ。


「身体は、どこにあるんですか?」


『はい?』とばかりに、プレゼン発表者は、質問者を見つめ直す。


「あ、だから、身体とか脚は ‥ ?」


質問者の意図が、ようやく分かったかの様に、発表者は微笑む。


「ああ ‥ 無いです」


「はい?」


今度は、質問者が、戸惑う側に廻る。


「無い、です」

「それは、最初から設定していない、と云うことですか?」

「はい」


発表者は、『それが、何か?』とばかりに、爽やかな笑顔で答える。

質問者及び、その場に出席していた一同の間に、エア・ポケットができる。

奇妙に開いた間をかいくぐって、発表者が続ける。


「 ‥ あ、でも、正確には、あります」


質問者及び、その場に出席していた一同は、ちょっとホッとする。


なんや、やっぱりあるんや。


「動く時には、顔から、ピクトさんみたいな手足が出ます」


『『『『『『『『 はい? 』』』』』』』


質問者及び、その場に出席していた一同は、我が耳を疑う。

今聞いた言葉を、疑う。


「普段は、無いんですか?」

「はい」

「で、動く時になると、出て来ると?」

「はい。

 ピョコン、と」

「ピョコン、と ‥ 」


質問者は、絶句する。


「 ‥ ピョコン、と ‥ 」

「 ‥ ピョコン、と ‥ 」

「 ‥ ピョコン、と ‥ 」 ‥


小さく呟く「ピョコン、と ‥ 」が、さざ波のように広がってゆく。

プレゼン会議出席者間全体に、広がってゆく。


クライアントは、田舎の自治体。

緑に囲まれいい環境とは云え、交通の便、甚だ悪し。

過疎化が進み、「陸の孤島」とも一部には囁かれている。


『クライアントには、ファンキーな設定とか、そういうもんは通用せんやろ』と言いたそうな眼をして、数人の出席者は、顔を歪める。

発表者の同僚、先輩、後輩らしき男女が、苦虫を噛み潰したように、顔を歪める。


案の定、プレゼンは、そのまま、『糠に釘、豆腐に鎹』のまま、進行する。

随時の質疑応答も、無し。

そして、滑らかに、スルーと、終了する。

進行具合とは裏腹に、各人の心に、引っ掛かりを残して。


発表者は、プレゼンが終わると、席に着く。

誰も、何も、話し掛けない。


『またか』『こいつやったら、しゃーないな』『他のもんに、改めてやらすか』とか、色んな思いが、空間を行き来する。



会議自体も終わり、出席者は、三々五々、部屋を出る。

発表者は、自分のノートパソコンを持って、退出する。

退出して、部署に戻る前、トイレに寄る。


用を足し、手を洗う。

ノートパソコンに水分が掛からないよう、丁重に扱う。

、汗の匂いがするハンカチで手を拭き、ノートパソコンを抱える。

一歩踏み出そうとした時、声が掛けられる。


「あのな」


はい?


「あのな」


声は、被せて発せられる。

『ノートパソコンが、何か音を発したのか』と、ノートパソコンを見る。

起動している気配は、無い。


「いやいや、こっち」


そっちか。


発表者 ‥ リュースケは、右腕に抱えるノートパソコンと反対方向、左方を見る。


えっ?


二度見、する。

やっぱり、『えっ?』

そして、『何これ?』


いる。

そこに、いる。

拳大の大きさのものが、洗面台にチョコンと乗って、そこにいる。


オレンジ色の楕円形の中、真ん中に寄り集まる様に、スマイルマーク。

楕円形の上部に接して、手裏剣の様な、五芒星の様な、尖った五角形が付いている。

緑色で、横平面で、付いている。


それが、喋っている。

存在している。

リアルに。


「やっと、気付いたか」

「 ‥ えーっと ‥ 」

「ほんで、あのな」

「 ‥ ちょっと待って下さい。

 整理します」

「何、整理すんねん?」

「ちょっと、心模様を」

「なんや、それ。

 演歌か」


喋ってるよな。

存在してるよな。

俺、対応してるよな。


今の今まで、ノートパソコンの中にいたよな。

ただの、画像イラストやったよな。

なんで、ここにおんねん?


「‥ あの~ ‥ 」

「なんや?」

「今の今まで、ノートパソコンの中に、居はりましたよね?」

「そやな」

「なんで、また」

「『出て来たんか?』、ってか?」

「はい」


ピョコン、と、右手を出して、ノートパソコンを指差す。

正確には、線を出して、線の先の五つに分かれた線の一つを、ノートパソコンに向ける。


「それ」

「はい?

 ノートパソコン、ですか?」

「ノートパソコンやなくて、ノートパソコンに入っているソフト」

「何のソフト、ですか?」

「決まってるやないか。

 今、使たやつ」

「プレゼン・ソフトのやつ」

「そう、それ」

「なんや、話が見えません」

「正直言って、オレにも、詳しいことは分からん。

 とにかく、そのプレゼン・ソフトにオレが載ったから、

 ここに出て来たわけや」


オレンジ楕円 ‥ いや、認めよう ‥ミカッパは、そう答えている。

どうやら、本人にも、詳しいことは、てんで分からないようだ。

どころか、ちょっと戸惑っている様子も、垣間見える。


リュースケの使っているプレゼン・ソフトは、一般に普及しているものではない。

名を、Presentation・Passport (プレゼンテーション・パスポート)、と言う。

略して、PP。


PPは、リュースケが、知り合いからもらったものだ。

その知り合いも、知り合いからもらったものらしい。

要するに、市販されている既製品ではなく、口コミとかで普及しているプライベート・ソフト、らしい。


でも、使い勝手がいいから、リュースケは、愛用している。

仕事に使っているのは、『あかんやろな』とは思うが ‥ 。


「 ‥ え~と、あの~ ‥ 」


リュースケは、話し掛けにくいのか、ちょっと躊躇する。


「え~と、ナントカさんは」

「何や、その、ナントカさんて」

「いや、お名前、知りませんし」

「それで、ナントカさんて、相手に失礼やろ。

  ‥ ああ、ほんでお前、話し掛けづらそうにしてたんか」

「はい ‥ お名前、知らないんで、

 『どうやって、話し掛けたらええんやろ』、と思ってました」

「ミラノ」

「はい?」

「オレの名前は、ミラノにしといて」


ワカッパ、改め、ミラノは、にこやかに、親指を自分に向ける。

正確には、五本線の端一本を、自分に向けただけだが。

そして、続ける。


「ニューヨークよりもパリよりも、

 東京ガールズよりも関西ガールズよりも、

 ミラノやろ」


リュースケは、『あー』と、合点が入った顔をする。


「コレクション」

「そう。

 お前も、コレクションなら、なんといってもミラノやろ」

「確かに」


リュースケは、居住まいを新たにして、ミラノに話し掛ける。


「では、ミラノさん」

「何や?」

「これから、どうしましょう?」


リュースケは、根本的命題を掲げる。

ミラノは、サクッと答える。


「養え」

「はい?」

「オレ、出現したてで、行くとこないねん。

 だから、食うもの、寝るとこ、確保してくれ」

「いや、急に、言われても」

「あんま食わんし、寝るとこも場所取らへんで」

「そう言われても」

「なんや、それぐらいの甲斐性も無いんか」

「いや、それぐらいの甲斐性は、ありますけど ‥ 、

 何や、シチュエーションが ‥ 」

「ハッキリ言いや」

「 ‥ シチュエーションと云うか現在の状況と云うか

  ‥ そんなんが、カオスと云うか混沌としてると云うか、

 なんや、そんな感じで、スッと先進めないんです」

「あ~、グズグズしとんな」

「すいません」


リュースケは、居候志願者に、頭を下げる。


「起こったもんは、起こったもん」

「はい」

「元に戻らんし、戻そうとしても無理が生じて、逆にえらいことになる」

「はい」

「やから、ミスした時と一緒で、

 『そのリカバリーの仕方に、人間の出来が出る』ように、

 現状への対処の仕方に、人間の出来が出るんとちゃうか?」

「仰る通りで」

「やから、現状を利用して、人間の出来、上げとこ」


ミラノは、ニコッと笑う。

どこまでも爽やかな、スマイルマーク。


『なんや、丸め込まれた』気もしたが、リュースケは、納得する。



「センパ~イ」


リュースケが、自分のデスクに着くやいなや、リュースケを呼ぶ声がする。

隣のデスクに座る後輩 ‥ ヨシノが、リュースケが戻って来るのを待ち侘びたかのように、声を発する。

その、『困ってるんです』のニュアンスが、多大に含まれた口調に、只ならぬものを感じる。


「どうした?」

「 ‥ ちょっと、いいですか?」


ヨシノは、リュースケの返事を待たず、アクションを起こす。

自分専用のノートパソコンを抱え、持ち帰りコーヒーの紙袋を手に、部署の部屋の外へ、リュースケを誘う。

リュースケは、自分のデスクに落ち着くこともできず、ヨシノの後を追う。


ヨシノは、空いている小会議室に入る。

リュースケも、入る。


ヨシノは、小会議室の鍵を掛ける。

小会議室の、灯りを点ける。

灯りを点けるとほぼ同時に、リュースケの方を向き、言葉を発する。


「困ってるんです」


『そうやろう』と、思う。

リュースケは、予想通り。

『仕事のミスか人間関係か恋愛関係か、まあ、そんなとこだろう』と、当たりを付ける。


「何が、や?」

「これ、なんです」


ヨシノは、開始室の長机の上に、コーヒーの紙袋を置く。


「これ?」


リュースケは、怪訝に思う。

紙袋を、じっと見つめる。

よく見ると、紙袋は動いている。

大きくはないが、微動している。

動きに合わせて、微かにカサカサと、音もしている。

中に、虫か何かが、いるみたいだ。


と、紙袋の上部が開く。


ピョコン ピョコン


そこから、小さい棒状のものが、とび出す。

二つ、上に向かって、とび出す。


棒状のものは、浅黒く、真ん中ぐらいで、ちょっと折れている。

材質は、なにか、生っぽい。

まるで、日に焼けた、肘関節を持った、腕のようだ。


その二つの、腕様のもの先には、五つに分かれた棒がある。

四つにそれぞれ、三つ折れるところがある。

離れた一つに、二つ折れるところがある。

ああ、認めよう。

それは、まさに、手そのものだ。


手が、紙袋の端を、ガッシと掴む。

何かが、手を基点にして、紙袋を、押し下げる。

黒い粒々を付けた、赤いものが、押し下げる。

上部には、緑の葉っぱっぽい、へたっぽいものを付けている。

粒々まみれの赤は、そのまま押し下げる。


そのまま、『姿を現すのでは?』と思ったが、中途で止まる。

中途で止まった粒々まみれの赤は、覗かせる。

眼を、覗かせる。

紙袋から眼だけを出して、覗かせる。

眼を含む目元は、堀が深く、中米や南米の人を思わせる。


緑のへたと黒い粒々と赤い身、プラス、中南米の人の様な容貌。

ファンシーと劇画が、混合している。


粒々まみれの赤は、眼をギョロつかせる。

辺りを、窺う。


「大丈夫やで」


ヨシノが、言う。


「この人は、信頼できる親しい先輩やから、大丈夫」


ヨシノがそう言うと、粒々まみれの赤が、動く。


ザザーッ


紙袋の端を、一気に引き下ろす。


出た。


黒い粒々まみれの、赤い果肉の上に緑のへたを付けた顔。

顔に浮かぶは、中南米の人の様な容貌。

堀の深い、眼、鼻、口、耳、顎。

ご丁寧に、口髭まで生やしている。


身体は、無い。

粒々まみれの赤い身が、顔であり胴体。

粒々まみれの赤い身から、直接、腕・脚が生えている。

腕と脚は、黒い肌と云うより、日に焼けている感じがする。


「何や、それ?」


リュースケは、割と冷静に、訊く。

ミカッパのミラノで、耐性ができたらしい。


「イチゴンザレス、です」

「いや、それは ‥ 」


 ‥ 分かる。

なんで、イチゴンザレスが、『現実化して、存在してるか』と云うのが、問題。

イチゴンザレスは、ミカッパと並ぶ、ゆるキャラ案。

有力候補にまで上がったが、最終的にプレゼンに出したのは、ミカッパ。

イチゴンザレスは、ミカッパに比べて、かわいさが足りなかった。


「なんで、イチゴンザレスが、生きてここにおんねん?」

「分かりません」

「ワシも、分からんねヤ」


ヨシノとイチゴンザレスが、揃って答える。


ミラノ(ミカッパ)のプレゼン資料は、リュースケのノートパソコンで、

イチゴンザレスのプレゼン資料は、ヨシノのノートパソコンで、

各々、独立して作っていた。


 ‥ ああ ‥ なんや分かったような気がする。


「ヨシノ」

「はい」

「お前の使っていたプレゼン・ソフトは、何や?」

「センパイとおんなじやつ、です」

「いつも使てるプレゼン・ソフト、やないんか?」

「こっちもプレゼンに掛ける可能性あったから、

 『センパイのソフトと合わせといた方が、ええかな』と思て、

 センパイからもらったソフトで作ってました」


 ‥ ああ ‥ それでか。


「 ‥ それやな」

「どれです?」

「PP」

「えっ?」

「プレゼン・パスポート」

「センパイから、もらったソフト」

「元凶は、そいつやな」


ヨシノは、小首を傾げる。


「はい?」

「いや、PPが元凶」

「いや、意味が分かりません」

「俺もよう分からんのやけど、

 PPに載ったゆるキャラは、現実化するらしい」

「そんなアホな」


ヨシノが笑い飛ばそうとした時、リュースケの胸元が震える。

ガサゴソと、微かに音を立て、動く。


リュースケのYシャツの、第二ボタンが外れる。

ジリジリ、ジリジリ、外れる。


第二ボタンが外れると、一呼吸置く。

一呼吸置いて、そいつは急に、顔を出す。

バッと云う風に、顔を出す。


オレンジ楕円形で、頭に水平に乗せた、緑の五芒星。

確かに、ボタンを外さないと、顔を出せない。


「よっ」


そいつは、ヨシノに挨拶する。

ヨシノとそいつの眼が、合う。

ヨシノはそのまま、眼をズラして、リュースケの眼を捕らえる。


「センパ~イ」

「なんや?」

「これ、何ですか?」


ヨシノは、リュースケの視線を捕らえたまま、黒目だけをピョコンと一回、下方に動かす。


「ああ、ミカッパさん」

「名前を、言うといてくれ」

「ミラノさん」

「ミラノ、言うねん。

 よろしく」


ミラノのツッコミが入り、リュースケとミラノは、ヨシノに自己紹介する。


ヨシノは、茫然と、リュースケを見つめる。

その顔は、『何で、そんなことに ‥ 』と、物語っている。


リュースケは、平然と、答える。


「ああ、お前と一緒やと思う」

「はい?」

「俺も、PPでゆるキャラのプレゼン作ってたから、その影響やろ」

「はい?」


疑問形のまま、ヨシノは、視線をズラす。

ミラノを、眼に捕らえる。

顔も、ズラす。

イチゴンザレスを、眼に捕らえる。


顔を、戻す。

眼を、戻す。

リュースケに、再度、相対す。


「ほな、センパイ、なんですか」

「おお」

「PPでゆるキャラのプレゼン作ってしもたから、

 そのゆるキャラが現実化した、と」

「さっきから、そう言うてる」

「なんでまた、そんなことに」

「俺も、詳しくは分からん。

 でも、現に、現実化したやつが言うたはる」


リュースケは、胸元のYシャツから覗くミラノに、眼をやる。

ミラノは、ウンウン頷く。

顎の下で、先が五つに分かれた線を、組んでいる。


「ほな、PPに載ったゆるキャラは、全部、現実化するんですか?」

「そういうわけでも、ないらしい」

「そうなんですか?」


ヨシノは、ちょっと、眼を丸くする。


「うん、そうみたいやな。

 例えば、俺のプレゼン資料には、ミラノさんの他にも、

 候補に上ったゆるキャラを、幾つか載せてたけど、

 現実化したのは、ミラノさんだけ」

「ああ、そうなんですか」

「お前も、そうちゃうか?」

「 ‥ そういや、そうですね。

 候補に上ったゆるキャラを、幾つか載せてたけど、

 現実化したのは、イチゴンザレスだけですね」

「なんでやろな」


リュースケの視線は、Yシャツ胸元のミラノに、突き刺さる。

ヨシノも、問いを含んで、ミラノに視線を向ける。


「それはやな、プレゼン資料の中で、結論と云うかイチ押しと云うか、

 そんなんだけ、現実化するんとちゃうか」


ミラノは、二人の視線に応え、言う。


「そうなんですか?」

「明確に認識してるわけちゃうけど、なんかオレの中で、

 そういう意識がある」

「なるほど。

 ほんで、ヨシノのPPのプレゼン資料から現実化したのは、

 イチゴンザレス、と」

「そう云うことやな」

「ああ、そう云うことですか」


リュースケとミラノのやり取りに、ヨシノも納得する。


「おいおい、ヤ」


三人は、納得する。


「おいおい、ヤ」


三人は、納得し続ける。


「おい、スルーすんなヤ」


イチゴンザレスが、叫ぶ。


三人は、イチゴンザレスを見る。

イチゴンザレスは、腰に手を当てて、プンプンポーズをしている。


「ワシにも分かる様に、説明せえヤ」


ヨシノは、イチゴンザレスに、手刀を切って謝りながら、近付く。


「それはね ‥ 」


イチゴンザレスの、もっともな求めに、ヨシノが、かいつまんで説明する。


「そうなんヤ」

「納得した?」

「なんや、そんな感じがするんヤ。

 なんや、よう分からんけど、心のどっかが納得しとる感じがするんヤ」


ヨシノの説明に、イチゴンザレスは、納得したようだ。


「でも、ちょっと、引っ掛かるんヤ」

「何が?」


ヨシノは、ちょっと警戒して、問う。


「みんなの話の中で、ワシのこと、

 「イチゴンザレス、イチゴンザレス」言うとるヤろ?」

「うん」

「でも、イチゴンザレスって、総称と云うか種の名前と云うか、

 そんなもんやし、なんかしっくりこんのヤ」

「僕やったら、ヨシノって云う名前置いといて、

 「人間、人間」って言われてる感じ?」

「そう、そんな感じヤ。

 だから、ワシもなんか、名前が欲しいんヤ」

「 ‥ う~ん」


イチゴンザレスの要望は尤もだが、ヨシノには、いい案が浮かばない。

二人の話を聞いていたリュースケは、ヨシノをつつく。


「ヨシノ、ヨシノ」


ミラノも、続く。


「ヨシノ、ヨシノ」


『いや、決まりでしょう』てな感じで、リュースケもミラノも、ヨシノを見つめる。


「なんか、ええ案、あるんですか?」

「あるって云うか、「これしかない!」って言うか」

「何ですか?」


リュースケは、胸元のミラノと眼を合わせる。


エヘヘ

エヘヘ


眼を合わせて、お互い、含み笑いをする。


「何なんですか?

 教えて下さいよ」


ヨシノの言葉に、リュースケとミラノは、『しゃーないなー』とばかりに、苦笑するような感じで、眼で会話する。

で、息を吸い込む。

リズムを、合わせる。


1,2,3 ハイ


「「 ヤッシー 」」


リュースケとミラノは、見事にハモる。


ヨシノは、キョトンとする。


「何で、ヤッシー、なんですか?」

「それは、一目瞭然」

「と云うか、一言瞭然やな」


ヨシノは、リュースケとミラノの答えに、思いも巡らすも、思い当たらない。


一目瞭然、一言瞭然 ‥


ミラノが、そんなヨシノを見て、イラつく。


「ああ、じれったいな。

 まだ、分からんのかいな」

「はい ‥ 」


ミラノは、身体と云うか頭を切り返し、ヤッシーに向き直る。


「おい、イチゴンザレス」

「何ヤ、ミカッパ」


ミラノの眼が、一瞬、キラリと光る。

が、すぐに、鼻から息を抜く。


「オレの名前は、ミラノや」

「おお」

「そして、お前の名前は、ヤッシーや」

「おいおい。

 そんなん、聞いてへんでヤ」

「まさに今、決まった」

「いや、本人、蚊帳の外でかいヤ」

「そうなるな」

「いや、あかんヤろ」


ミラノは、口調転調。

ヤッシーを見つめて、問う。


「なんか、不満か?」

「いや、『名前自体は、ええヤん』と思うんヤ。

 でも、決定プロセスと云うか決定手順と云うか、そんなんがなんか、

 密室で決められたようで、なんやモヤモヤするんヤ」

「やて」


ミラノは、リュースケの方へ、話し掛けるように向く。


「『決定経緯をオープンにしろ』、ってことか」

「そう云うことみたいやな」

「それは、そうと」


リュースケは、ヨシノの方を、向く。


「お前は、分かったんかいや?」

「はい、なんとなく。

 『でも、これしかあり得へんやろ』、みたいな感じで」

「そうか。

 ほな、三人、声揃えて、ヤッシーに言ったろか」


リュースケと、ミラノと、ヨシノは、息を吸う。

吸い込む。

間を置いて、


1,2,3 ハイ


「「「 語尾に、ヤを付けるから 」」」


『納得かな』と、ミラノは、ヤッシーにドヤ顔。

ヤッシー、怪訝な顔して、一言。


「付けてるかヤ」


どうも、本人、分かってないらしい。


「付けてる、思いっ切り」

「そうかヤ」


ほら!そこや!


ミラノは、思わず、声を漏らしそうになる。



そこから、リュースケとミラノ、ヨシノとヤッシーの共同生活が、始まる。


PPは、あれ以降、使用していない。

よって、新しい困難な事態は、発生していない。


リュースケとヨシノが仕事の時は、ミラノとヤッシーは、お留守番。

と言っても、一人で留守番も退屈なので、互いの家を行ったり来たりしている。



「ふう」


リュースケが、額の汗を拭き拭き、ヨシノの隣のデスクに着く。

深刻な顔をして、溜息をつく。


「どうしたんですか?」


思わず、ヨシノは、訊く。


「今、プレゼンしてきたんやけど、今回プレゼンするクライアントが、

 ちょっと難物やねん」

「めんどくさい人なんですか?」

「いや、人そのものは、いい人なんやけど、そのプレゼン内容が ‥ 」

「どんなん、なんですか?」

「玩具メーカーなんやけど、昔の商品を復活させて売るらしい。

 その商品のプレゼン」

「別に、おかしなとこ無いですやん」

「いや、その商品が ‥ 」

「その商品が ‥ 」

「ひょっとこ」

「は?」

「ひょっとこ」

「はい?

 ひょっとこ、ですか?」

「そう、そのひょっとこ。

 正確には、ひょっとこ口」


と、リュースケが内容を明かしても、ヨシノはキョトンとしている。

リュースケは、思い至る。


「ああ、そやな。

 ヨシノの世代からは、知らんかもしれんな。

 俺の世代で、ギリくらいやから」

「ひょっとこ、がですか?」

「そうその、ひょっとこ」


リュースケが、中空を見る。

頭の中を、整理しているようだ。

整理し終えたとみえて、ヨシノに視線を戻す。


「昔、ひょっとこ風邪、ってあったん、知ってるか?」

「あ、はい。

 聞いたこと、あります」

「なんや、ホンマの名前は、ウィルス性なんとか症、とか言うらしいけど、

 みんな、ひょっとこ風邪、って呼んでた」

「なんで、ひょっとこ、なんですか?」

「それはな、口が歪む、からや」

「口が歪む ‥ 」

「この風邪にかかると、発熱と同時に、顔が歪んで来る症状が出るねん。

 特に、口」

「口、ですか」

「こんな風に」


リュースケは、口だけをねじ曲げる。


「この口見て、なんか思い出さへんか?」

「 ‥ ああ、ひょっとこ」

「そう。

 この風邪に罹った人は皆、口が歪んで、ひょっとこみたいな顔になるから、

 ひょっとこ風邪、って言うようになった」

「そうなんですか」


ヨシノは、釈然としないように、続ける。


「でも、医薬品メーカーとかならともかく、病気と玩具メーカーって、

 あんまり繋がらなへんのですけど」

「ああ、それはな ‥ 羞恥心、やろなー」

「羞恥心 ‥ ですか」

「いくら病気中とは云え、病院には行くから、外には出んとあかんわな」

「そうですね」

「熱が治まったら、おいそれと外に出られへんけど、動きたくはなるわな」

「そうですね」

「家族であっても他の人であっても、

 自分以外の人に見られる機会がある、わな」

「そうですね」

「そんな時、口歪ましている顔を、他の人に見られんのは嫌やろ」

「確かに」

「そこで、ひょっとこ口」

「ここで、ですか」


ヨシノは、ちょっと意外に思う。


「そんな病人の気持ちを慮って、玩具メーカーが、

 口だけ隠すマスクを売り出した。

 それが、ひょっとこ口」

「ああ、こう繋がるんですか」

「マスクには、玩具マスク品質だけにせず、衛生マスク機能を持たせた。

 マスクの表面には、ひよっとこの口の絵を、ポップにかわいく描いた」

「はい」

「で、バカ売れ」

「バカ売れ、ですか」

「そ、バカ売れ。

 多分、みんな、『こんなん欲しいなー』とか、思ってたんやろな」

「ああ、なんとなく、分かります」

「それが、俺の子供の頃。

 幼稚園の年少さん、くらい」

「はい」

「ひょっとこ風邪の流行は、二年くらいで治まって、それに伴って、

 ひょっとこ口ブームも終焉した」

「はい」

「だから、お前が産まれるか産まれへんかくらいに、

 ひょっとこ風邪と一連の現象は、終わったわけや」

「そうやったんですか」


リュースケは、場を切り換えるように、間を置く。


「で、その玩具メーカーが、何周年か記念で」

「はい」

「昔、流行った玩具を復活させることになった」

「はい」

「その第一弾が」

「はい」

「ひょっとこ口」

「ああ、そういうわけで」

「まあ、当時の流行は、社会現象みたくなって、

 ひょっとこ風邪に罹ってないやつも、ひょっとこ口付けてたから、

 そら、よう売れたんやろな」

「はい」

「まあ、復活企画第一弾にもなるわな」


ヨシノは、ここで、不思議そうな顔をする。


「分かり易い商品、やないですか」

「そやな」

「取っつきも、良そうやないですか」

「そやな」

「プレゼンも、し易そうやないですか」

「そやな」

「何で、センパイ、困ったはるんですか?」

「リアルやないねん」

「はっ?」


ヨシノは、虚を突かれたような顔を、リュースケに向ける。


「リアルと言うか「オンタイムやない」と言うか、そんな感じやねん」

「ああ、分かります。

 自分が、その場とか時間に居合わせなかったから、

 なんかしらしっくりこない」

「そう、そんな感じ。

 なんや、俺がむっちゃ小さい頃のことやから、記憶自体が薄々で、

 思い入れとか当事者感とか、そんなんが無い」

「まあ、そんな感じでプレゼンしても、

 他人事で上滑り感ビシバシでしょうね~」

「だから、プレゼン資料作成も、一向に進まんと、途方に暮れてんねん」

「なるほど」


リュースケは、ヨシノに、真剣な眼差しを向ける。


「なんか、ええ案ないか?」


ヨシノも、直ぐには、思い浮かばない。


「う~ん、思い浮かびませんね。

 それより ‥ 」


ヨシノは、続ける。


「センパイが、スランプ気味気分から脱出するのが、先でしょ。

 ちょっと、実際のプレゼン作成作業から離れてみて、

 当時の資料眺めるだけにしてたら、ええんとちゃいますか」

「それで、ええんやろか」

「それで、なんか浮かんで来たら、これ幸いと、その線で行ったら、

 ええんとちゃいますか」

「 ‥ なるほど、一理ある」

「ちょっと、煮詰まったはるようですし、ちょっと離れて、

 気分転換気分転換」

「そうするか」


リュースケとヨシノは、席を立ち、部署を出て行く。

昼食休みに、向かう。



辺りに、人影は無し。

部署の部屋の中に、人の姿は無し。

みんな、昼食休みに、出払ったようだ。


ガラッ


リュースケの机の引き出しが、開く。


ピョコン


オレンジ楕円形、頭に緑の五芒星付きが、顔を覗かせる。


ピョコン


続いて、黒い粒々まみれの赤果肉が、顔を覗かせる。


ミラノとヤッシーは、顔を見合わせる。


「聞いたかヤ?」

「聞いた」

「リュースケ、かなり困っとんヤ」

「そんな感じやな」

「ヨシノも、『手を出しにくい』感じヤな」

「そやな」

「ヨシノ、手伝わへんのヤろか?」

「あ~ ‥ 」


ヤッシーは、残念そうな抜けた声を上げて、続ける。


「 ‥ それは、無理やな」

「何でヤ?」

「リュースケが先輩、ヨシノが後輩」

「そヤな」

「仕事の技術レベルとかそんなんが、リュースケの方が、

 優ってると見てええわな」

「そヤな」

「そんなリュースケが困ってるんやから、

 ヨシノは、おいそれと手は出せんやろ」

「そういや、そうヤな」

「先輩に対する遠慮とかも、あるやろし」

「そヤな」


ミラノは、『やれやれだぜ』とばかりに、肩を竦める(肩、と言っても線だが)。


「一肌脱いでやるか」

「どうヤって?」

「お前、PPの使い方、分かるやろ?」

「なんとなくヤ」

「ほならええやろ。

 オレらでPP使こて、プレゼン資料、作ったろやないか」

「そんなん、できるんかいヤ」

「できるやろ。

 オレも、なんとなく、使い方分かるし」

「ええ案、あるんかいヤ」


ミラノは、ここで、ニヤリと笑う。


「おぼろげながら、ある」

「おお。

 それは、ええヤ」

「問題は ‥ 」


ミラノは、ノートパソコンを、見つめる。


「オレらのタッチを、キーボードが認識してくれるか、やな」



ミラノが、ザッと、打つ。

それを、ヤッシーが清書する。

まるで、分業制(二人制)のマンガ家みたいに、プレゼン資料を、作ってゆく。


曰く、原作及びストーリーライン作成は、ミラノ。

絵及び作図は、ヤッシー、みたいな感じ。

この役割分担で、プレゼン資料作成は、サクサク進んでゆく。


ミラノのタッチを、ノートパソコンのキーボードは、認識しなかった。

いや、かなり力を込めて、ゆっくりと押せば、認識はした。

やはり、線の腕と手では、限度があるらしい。


対して、ヤッシーのタッチを、キーボードは、サックリあっさり認識した。

小さいとは云え、ちゃんとした腕と手の形をしているお蔭、なのか。


そこで、役割分担が、自然とできる。

ミラノが、大まかにラフに、作成する。

ヤッシーが、それを詳細に丁寧に、まとめる。


二人をパッと見た感じからは、『いや、その役割、逆やろ』と云う違和感はある。

が、当人達は、そんなこと気にもせず、サクサク仕上げてゆく。

作業は順調に進み、ミラノの分は、終了。

ミラノは、果てる。

ミラノは、机に突っ伏し、いや、うつ伏せに倒れ、仮眠する。

後は、ヤッシーが、最後の部分を清書するのみになる。


清書も終わり、ヤッシーは、イチからチェックに入る。

最初から、確認してゆく。


イチから読んでいくと、ややこしい。

特異な用語が氾濫して、ややこしい。

特に、ひょっとこ風邪と、ひょっとこ口。

入り混じっていて、ずっと読み進むと、訳が分からんようになる。


「ああ、もう!」


ヤッシーは、訳が分からんようになって、ウザくなる。

取り敢えず、ややこしいとこを全部、ひょっとこ風邪にする。

ひょっとこ口も、取り敢えず、ひょっとこ風邪にする。

全部置換で、ひょっとこ口を、ひょっとこ風邪に変える。

もう一度読み返す時に、変更することにする。


ヤッシーは、口と風邪に引っ掛からない様になり、サクサク、チェックを進める。

最終ページまで進み、チェックを終える。


「うん、これでええか」


最終ページの後に、締めページを付け加える。

ページ真ん中に大きく、「ご静聴、ありがとう御座いました」の文字。

締めページを付け加えて、一応完成。

プレゼン資料を、完成する。


その時、空気が動いた気がする。

場の雰囲気が、変わった様な気がする。


ヤッシーは、『気のせい』と思い、もう一度の読み直しにかかろうとする。

そこへ、場の雰囲気の変化に、ミラノが眼を覚ます。


「なんや?」

「ああ、起きたんか」

「眼え、覚めた」

「ちょうど、良かった。

 後、ちょっと直すばかりで、一応できた。

 ちょっと、眼、通して」

「ほい」


ミラノは、ノートパソコンのキーボードの上に立ち、画面を眺める。


「ん?」


ミラノが、呟く。

そして、ページ・ダウン。


「んん?」


ミラノが、呟く。

そして、下スクロール。


「んんん?」


明らかに不審を持って、ミラノが、呟く。

そして、せわしなく、ページ・ダウン、下スクロール。


最後のページまで行き、「ご静聴、ありがとう御座います」の文字を見た時、大きく呟く。


「げっ!」


ヤッシー、明らかに驚きと戸惑いを隠せないミラノに、訊く。


「どうしたんヤ?」

「これ ‥ 」

「うんヤ」

「できてしまっとるやないか」

「うんヤ。

 最後まで、ザッと作ってみて、『も一度、見直そう』と、思ってたんヤ」

「あかん、 ‥ それは、あかん」


ヤッシーは、褒められる以前に、強く否定されたので、不思議そうに問う。


「何でヤ?」


ミラノは、考えを話し方をまとめる様に、中空を見上げる。

まとまったのか、ヤッシーを見つめ直す。


「オレらが生まれて来たのは、何でか分かるな?」

「PPのお蔭、ヤろ」

「それは、分かってるんやな。

 そう、PPの現実化機能のお蔭、や」

「ふん、ほんでヤ」

「そのPPの現実化機能って、どう云うものか知ってるか?」

「それは、知らんヤ。

 自分が、それで現実化したことしか、分からんヤ」


あちゃー


ミラノは、線の手で、顔を覆う。

線の手なので、顔全体を覆えず、顔に「線が走る」みたいになっているが。


「PPの現実化機能って云うのは、そのプレゼン資料で、

 一番言いたいこと、を現実化させるねん」

「うんヤ」

「だから、ゆるキャラのプレゼン資料の時は、オレとお前が現実化した」

「そヤな」

「で、今回のプレゼン資料では、それが、ひょっとこ口」

「ん?」


ヤッシーは、疑問を隠せず、問う、続ける。


「ひょっとこ風邪、違うんか?」

「違う。

 ひょっとこ口」


ヤッシーの黒粒々赤顔が、心なしか、薄くなる。


「で、その現実化機能やけど」

「はいヤ」

「そのプレゼン資料が完成した時に、発動する」

「はいヤ」

「具体的には ‥ 」

「はいヤ」

「「ご静聴、ありがとう御座いました」の文言を入れた時に、発動する」


あちゃー


今度は、ヤッシーの番だ。

この形に、口を歪め、黒粒々赤顔が、見る見る薄くなる。

薄くなるを通り越して、白くなる。

白くなるを通り越して、青くなる。

ヤッシーの顔は、濃い赤部分と淡い赤部分、白い部分と青い部分で、まだらとなる。


「と云うことヤは ‥ 」

「おお」

「 ‥ そのプレゼン資料では、一押しされてる『ひょっとこ風邪』が、

 現実化の対象になるとヤ」

「そうなるな」

「で、「ご静聴、ありがとう御座いました」の文言入れてしもたから、

 PPの現実化機能は、既に、発動しているとヤ」

「そうなるな」


ミラノは、溜め息を一つついて、言葉を続ける。


「それを分かっとったから、オレは、最終的に完成してから、

 「ご静聴、ありがとう御座いました」の文言、入れるつもりやった」

「うわっヤ」

「ひょっとこ口の記載の方が多そうやから、まかり間違っても現実化しても、

 『ひょっとこ口の方や』と思ってた」

「うわっヤ」

「そんな訳で、今、この世の中には、ひょっとこ風邪、現実化で蔓延」

「うわっヤ」


ヤッシーは、まだら顔の表情を、更に無くして、続ける。


「どうしようヤ」

「どうしような」

「なんか、ええ手ないんかヤ」

「そんな急に言われても、思い付かん。

 そもそも、今の今まで、そんな事態に陥るとは、思ってへんかった」

「 ‥ そヤわな」

「とにかく」

「うんヤ」

「リュースケとヨシノに、相談するか」

「うんヤ」



「マジですか ‥ 」


リュースケは、額の汗を拭き拭き、ミラノから、かくかくしかじか聞き及ぶ。


「マジや」

「じゃあ、今現在、ひょっとこ風邪は、流行している感じですか?」

「これから、感染者が、わっさかほいさと、発生するんやろな」

「うわっ ‥ 」


リュースケは、ミラノの冷静な返答に、絶句する。


「でも、大丈夫なんやないですか」


ヨシノが、楽観的に言う、続ける。


「中年・壮年世代やお年寄りの世代は、元々ワクチン接種してるし、

 今の若い人も、保健衛生政策見直しのお蔭で、

 ワクチン接種してるでしょ」


リュースケは、深刻そうに、ヨシノを見る。


「ミッシング・リンクが、あんねん」

「ミッシング・リンク、ですか?」

「ワクチン接種の繋ぎが、途切れてるとこが、あんねん」

「はい ‥ ?」

「上の世代と下の世代の間に、

 『もう、ひょっとこ風邪は、怖くない』とか言うて、

 ワクチン接種してへん世代があんねん」

「それって、もしかして ‥ 」

「俺らの世代や」

「げっ」


驚いたヨシノに、リュースケは、畳みかける。


「まあ、罹っても、口が歪んで高熱出すくらいやから、死にはせえへん」

「なら、そんなに心配せんでも」

「でも、成人男子には、困った治癒後症状があんねん」

「何ですか、それ?」

「子種」

「子種?」

「子供が、出来にくくなる」

「なんで、また?」

「ひょっとこ風邪のウィルスが、生殖機能のとこに、悪さするらしい。

 で、精子の数とか運動量とかが著しく減るから、

 女の人を妊娠させにくくするらしい」

「ホンマですか?」

「ホンマらしい。

 トンデモ話やのうて、ちゃんとしたとこが言うてる」

「マジですか?」

「マジ」


いつになく真剣な表情のリュースケに、ヨシノの戸惑う。


「でも、今からでも、ワクチン接種したらええですやん」

「もう既に蔓延してるとしたら、今更、ワクチン打っても、無駄やろな。

 ワクチンの効果が出る前に、罹患してまう。

 それに、ワクチン接種の必要性を訴えて、行政とか動かすのに、

 どんだけ時間掛かるか分からん」

「ほな、打つ手無し、ってことですか」


見つめるヨシノに、リュースケは、首を振る。


「いや」

「はい」

「一つ、ある」

「何ですか、それは?」

「ひょっとこ風邪の即効薬を、作ることやな」

「そんなんあるんですか?」

「ある。

 確かに、聞いたことある」

「ほな、早速、検索してみましょう」


ヨシノは、机のノートパソコンへ戻るアクションを、すぐさま起こす。


「いや、よう考えたら ‥ 」


ミラノの冷静な声が、ヨシノを止める。

そして、続ける。


「そんなに心配せんでも、ええかもしれんぞ」


リュースケは、ミラノへ向かい、眼を瞬く。


「そうなんですか?」

「多分」

「何で、ですか?」

「いや、オレとヤッシー、現実化したわけやろ」

「はい」

「蔓延するみたいな現実化やったら、オレとヤッシー、

 そこら中にいなあかんと思うねん」

「ああ、なるほど」

「でも、オレとヤッシー、一人ずつしかおらへんやん」

「はい」

「だから、現実化ゆうても、

 『むっちゃ狭い範囲にしか、適用せえへんのかもな』と思た」

「なるほど」

「つまり、PPの現実化機能って、スペース的に、

 むっちゃ限定的なもんなんちゃうかな」

「と云うことは、『俺とヨシノが、気を付けていればいい』、

 ってことですか」

「そやな」

「なんや、そやったら簡単ですね。

 俺とヨシノがマスクして、

 手洗い・うがい、ちゃんとしてたらええんでしょ」

「そうなるな」

「なんや、あっさり、解決ですやん」


リュースケは、ヨシノに、目配せする。

ヨシノも、力強く頷く。


一同に、笑みが戻る。

場の雰囲気も、明るく軽くなる。


ミラノは、定位置に戻る。

リュースケの、Yシャツ胸元へ。

ヤッシーも、定位置に戻る。

[ヨシノ用]と書かれた、コーヒーの紙袋の中へ。



リュースケとヨシノは、自分達の部署の部屋に、戻る。

部署と云っても、課長一人に、部下四人(男3女1)。

課長と女性は、外回り。

部屋に居るのは、リュースケとヨシノと、先輩の近藤さん。


リュースケとヨシノが戻ると、近藤さんが、早速、近付いて来る。


「リュースケ、ヨシノ」

「「 はい 」」

「なんか、俺、赤くない?」

「「 はい? 」」


赤い。

顔が、確かに赤い。

熱っぽい、ボワッとした赤さだ。


「先輩、いつからですか?」


リュースケが、真面目な顔をして、訊く。


「なんや、ついさっきから。

 なんか、風邪でもひいたんやろか。

 頭も、熱があるみたいに、ボワッとする」


どうも、近藤さんは、熱があるようだ。

しかも、急に、症状が出たようだ。

そして、その口元が、少し歪んで来ている。


リュースケは、顔を見合わせる。

ヨシノと、顔を見合わせる。

リュースケのYシャツの胸元が、カサッと動く。

ヨシノのコーヒー紙袋が、ガサッと動く。



近藤さんにマスクをさせ、空いている小会議室に、寝かせる。

急遽作成、簡易ベッドに、寝かせる。


小会議室のエアコンを、充分、利かせる。

四つの机の脚を折り畳み、それを寝台にする。

寝台の上に、クッションを、幾つか置く。

そこに、近藤さんを寝かせ、厚手の大き目のタオルを掛ける。



「出て来て、いいですよ」


リュースケとヨシノは、部署に、戻る。

人がいないのを確認して、声を掛ける。

ミラノとヤッシーに、声を掛ける。


「やっかいなことに、なったな」


ミラノが、リュースケのYシャツの胸元から飛び出して、机に着地するやいなや、言う。


ガサゴソッ


「えっ、大丈夫ちゃうん」


ヤッシーが、コーヒー紙袋から這い出ながら、答える、続ける。


「多分、感染者って、あの人だけやろ。

 なら、厳重にマスクしてもろて、家で二、三日静養してもろてたら、

 それでええんとちゃうん?」

「そういや、そやな」


ヤッシーに答えながら、ミラノは、リュースケの顔を見上げる。


「そうとも、言えなくて」

「そうですね」


リュースケの言葉に、ヨシノも同意する。


「何でや?」


リュースケの返答に、ミラノは、疑問を発する。


「基本、ひょっとこ風邪は、子供の罹る病気で、」

「おお」

「大人が罹ることは、余り無いんです」

「おお」

「大人も子供も罹ったら、高熱が出て、数日苦しみます」

「おお」

「子供は、それで治ったらOKですけど、

 大人の男には、治っても、深刻なダメージが残るんです」

「 ‥ 何や、それは?」

「精子の数が減るとか、精子の運動量が減るとか、そんな感じで、

 生殖能力が落ちるんです」

「げっ」

「まあ、所謂、不妊問題に繋がるわけです」

「うわっ」


リュースケの指摘に、ミラノは顔を顰める。


「で」


ヨシノが、リュースケの後を取る。


「近藤さんは、新婚さん、なんです」

「「 うわっ 」」


ヨシノの指摘に、ミラノとヤッシーは、同時に声を上げる。


「あかんやん」

「あかんのです」


ミラノの感想に、リュースケは乗る。

乗って、続ける。


「今日も、幸せなエロ話、炸裂したはりましたし」

「ああ、爽やかな下ネタ」


リュースケの言葉に、ヨシノが乗る。


ミラノとヤッシーは、怪訝な顔をする。

ミラノが、問う。


「何や、それは?」

「なんか、こっちが、ニヘラ~とするんやなくて、

 ニッコ~となってしまうような話です」

「まあ、そんな感じです」


リュースケが答え、ヨシノも同意する。


「ふん。

 なんとなく、分かる気がする。

 お前は、どや?」

「ワシも、分かる気がするヤ」


ミラノは、リュースケの眼を見つめ澄ます。


「なら、早いとこ、なんとかせんとあかんやろ」

「そうです。

 今、まさに、子作りに励んだはんのに、

 ひょっとこ風邪のダメージを、受けさせる訳にはいきません」

「ワクチンとかがあかんのやったら、

 即効性のある、信用できる民間療法とかないのかいな?」

「早速、検索して、調べます。

 ヨシノ、手伝って」

「はい」


リュースケとヨシノは、それぞれのノートパソコンに向かい、キーボードを叩く。

ネットで検索し、調べる。


なかなか、調査結果が出て来ない。

所謂、『過去に流行した、ほぼ駆逐された病気』になっているので、インターネット上の情報も、今や、そんなに存在していないらしい。


じりじり

チクタク

じりじり

チクタク


二人で数十分、時間を掛ける。

唐突に、ヨシノが、声を上げる。


「これ、ええんちゃいますか!」


リュースケ、ミラノ、ヤッシーは、すぐさま、ヨシノのノートパソコンの画面を、覗き込む。


検索して出て来たサイトは、[忘れられた流行性疾患の、対処法について]。

作成は民間団体だが、監修はどっかの教授で医学博士。


[ひょっとこ風邪。

 正式名称は、流行性顔面炎。

 これに罹ると、高熱を発し、顔面皮膚下の筋肉が炎症を起こし、

 顔が歪んで来る。

 別称:ひょっとこ風邪、ピエロ症、オクトパス・ホールド。


 顔面皮膚下の筋肉が炎症を起こすが、高熱を発していることもあり、

 顔が特に『熱い』と云うこともない。

 注射、投薬等により、数日で完治する。

 静養していれば、何をしなくても、

 健康な人では一週間程で、自然治癒する。


 幼児期に、よく罹る病気である。

 たまに、大人の症例を見掛ける。

 大人、特に男性の罹患には、注意。

 大人の男性が、これに罹ると、高確率で、生殖機能に支障が出る。]


やっぱり。

やっぱり、ですか。

あちゃ~。

あちゃ~ヤ。


リュースケとヨシノ、ミラノとヤッシーは、顔を曇らす。


[この病気に対する対処法は ‥ ]


「「「「 ふんふん 」」」」


四人は、小さく呟く。


[手洗い、うがい、マスク着用。]


「「「「 なんや、それ 」」」」


『普通の風邪の対処法と、変わらんやんけ!』と心の中で叫びながら、四人は、小さくツッコむ。

ちょっと、コケる。


「なんやこれ、当たり前のことで、しかも、事前対処法やないか」


ミラノが憤って、喋る。

リュースケとヤッシーも、ウンウン、小さく頷く。


「ちょっと、待って下さいよ」


ヨシノが、画面を、下スクロールする。

眼を凝らして、スクロールを続ける。


「あっ!これ」


ヨシノが、スクロールを止め、画面を指差す。

画面の一点を、指差す。

そこには、こう書かれている。


[罹ってしまった場合の対処法で、直ぐに診察を受けることができず、

 薬が手に入らない場合は ‥ ]


「「「 場合は ‥ 」」」


リュースケとミラノとヤッシーは、喰い付く。


[以下のものを、攪拌し混ぜ合わせて、飲めば効用がある。]


「何や、以下のもん、て」


ミラノが、そっと呟く。


[・桃

 ・蜜柑

 ・葡萄

 ・苺

 ・牛乳 ]


「あ、なんや、手に入りそうなもんばっかやん」


リュースケが、一安心のように、言う。


「いや、ちょっと待って下さい」


画面上の字面を追っていたヨシノが言う、続ける。


「[但し、使用する果物は、旬のもので、新鮮で瑞々しいものが、

  望ましい。

  旬のもの以外は、栄養価が充分でなく、充分な効用が望めない。]

 と云うことです」

「なら、ビニールハウスとかで、時期をズラしているもんとかやなくて、

 『季節に沿ったもんを使え』、ってことか」

「そうみたいですね」

「なら、それぞれの旬、調べてみて」


ヨシノは、リュースケの要望に沿って、キーボードをカシカシ叩く。

検索ワードを、打ち込む。

検索結果が、出る。

サイトに、アクセスする。

サイトが、出る。

サイトを探り、お目当てのページに行き着く。


「あ~」


サイトの字面を追っていたヨシノが、抜けた声を上げる。


「どうしたんや?」

「これ、見て下さい」


ヨシノは、リュースケに、画面を向ける。

リュースケが、画面を覗き込む。


「うわちゃ~」


リュースケも、抜けた声を上げる。


「二人して、どうしたんや?」


ミラノが、画面を覗き込む。

サイトには、各果物の旬が、図にして示してある。


最上部に、月の欄があり、一月から十二月まで、仕切ってある。

左縦並びの欄に、各果物が、項目化されている。

その欄で、左右矢印が、伸びている。

つまり、『何の果物が、何月から何月まで採れるか』を、矢印が指し示している。


「何が、あかんのや?」


ミラノが、訊く。


今は、初夏。

それで云うと、


「桃と葡萄は、旬ですが ‥ 」


ヨシノが答え、続ける。


「蜜柑と苺は、真逆です」

「へっ?」

「蜜柑と苺は、本来、寒い時のもんなんで」

「そうなんか」

「そうなんです ‥ 」


ヨシノは、ポツリと呟く。

場に、重力が掛かる。

なんとなく、重い。


「ま、気にしててもあかんヤろ」


ヤッシーが、場の雰囲気を振り払って、言う、続ける。


「とにかく、物を揃えんとなヤ」

「そやな。

 取り敢えず揃えんと、なんも始まらんわな」


ミラノも、同意する。


「ほな、手分けして、揃えていこう。

 ヨシノは、桃と葡萄と牛乳、頼むわ」

「はい」

「俺は、なるべく新鮮な、蜜柑と苺、手に入れるようにする」

「はい」

「ミラノさんとヤッシーは、使い勝手良さそうな小会議室に、

 ネットで予約入れといて下さい」

「分かった」

「あと、ジューサーミキサーの在り処も、探っといて下さい」

「了解ヤ」


リュースケは、役割分担を明確にする。


「ほな、早速、実行で」

「はい」

「おお」

「了解ヤ」



小会議室に、四人は、集まる。

念の為、小会議室には、鍵を掛ける。


机の上には、桃、葡萄、牛乳、ジューサーミキサーが、置かれている。


「あったんですか?」


ヨシノが、訊く。


「まあ、あることはあったんやけどな」


リュースケが、答える、続ける。


「この時期は、やっぱり、時季外れで、「旬の栄養とかは望めん」そうや。

 何軒か廻ったけど、おんなじやった」

「そうですか」

「でも、まあ、これで作らなしょーがないやろ」

「でも、充分な効用、望めないんでしょ。

 近藤さんに効くかどうか、分かりませんやん」

「でも、やらんよりマシ、やろ」

「そうですね ‥ 」


ヨシノは、なんとなく暗い顔をして、セッティングに臨む。


ジューサーミキサーを備え付け、コンセントを差し込む。

蓋を開け、ミキサーボトルに、牛乳を注ぎ込む。

牛乳を注ぎ終えると、各果物を投入する。

ザックリ切った、桃、蜜柑、を投入する。

続いて、葡萄の実を入れ、苺の果実を入れる。


蓋を閉め、スイッチを、入れる。

ミキサーボトル内の、白い牛乳の中、ピンク、オレンジ、紫、赤が、見え隠れする。

そこに、銀が、見え隠れする。

廻転する銀の刃が、ボトル内を攪拌するように、見え隠れする。


リュースケとヨシノは、ボトルの中を、祈る様に見つめる。

その顔は、やはり暗い。

見通しの可能性を示す様に、やはり暗い。


ミラノは、ヤッシーと、眼を合わす。

息を抜いて、微笑む。


ヤッシーも、ミラノと眼を合わす。

息を抜いて、微笑み返す。


『しゃーないな』

『しゃーないヤ』


視線を交わして、会話する。


ヤッシーは、トコトコトコと、ジューサーミキサーに、近付く。

近付くと、ジャンプ一番、飛び上がる。

飛び上がって、ボトルの蓋を弾いて、外す。

そして、滑らかに、着地。


『『 えっ 』』


リュースケとヨシノは、呆気に取られる。


ジュワッ

ジュワッ


音がするかの様に、ミラノとヤッシーは、飛び上がる。


シュッタ

シュッタ


そして、蓋を外した、ボトルの端に、着地する。

廻るボトル内の振動をものともせず、安定した姿勢を保つ。


「 ‥ 何、したはるんですか?」


呆気に取られた顔のまま、リュースケが、訊く。


「思ったんやけどな ‥ 」


ミラノが、対応する、続ける。


「人間、腹括るとか覚悟を決めるとか、

 何かあった時に、責任取ってナンボやん」

「はい、まあ」

「で、そんな感じやな。

 まあ、オレもヤッシーも、人間やないけど」

「はい?」

「まあ、まさに今生きている、むっちゃ新鮮な、

 ミカッパとイチゴンザレスやし」

「えっ?」

「まあ、蜜柑と苺になったろう、ってわけや」

「「 はい? 」」


リュースケに加えて、たまらす、ヨシノも訊き直す。

リュースケもヨシノも、ちょっと胸が、ザワつく。


ガーーー


ボトル内の刃は、廻転する。

障害物を、蹴散らして、廻転する。


蜜柑と苺と桃と葡萄は、切り刻まれ、牛乳と一緒になって、攪拌されている。

オレンジの塊と赤の塊と、ピンクの塊と紫の塊が目立っていたが、すっかり白と混じり合う。

オレンジ赤ピンク紫白の合成色の液体を、ボトル内は湛えている。


ミラノは、ボトル内を、覗き込む。

ヤッシーも、ボトル内を、覗き込む。

二人は、眼を合わせて、頷く。


「ほな、行くわ」


ミラノが、言う。


「いや、どこ行かはるんですか?」


リュースケは、『まさか』の顔をして、訊く。



「そこ」

「そこヤ」


ミラノは、線の腕と手で、ボトル内を指差す。

ヤッシーも、しっかりした腕と手で、ボトル内を指差す。


「えっ!」

「えっ!」


リュースケとヨシノは、驚くも、口から言葉を出せない。

状況認識が、追い付かない。

それでも、なんとか言葉を出そうと、リュースケは、口をパクパクさせる。


ミラノは、そんなリュースケに、掌を、差し出す。

掌を、リュースケに向けて、差し出す。

線の掌を、『ずいっ』と、差し出す。


「皆まで、言うな。

 決めたことで、決まったことや」


ミラノが言うと、ヤッシーも頷く。


「 ‥ でも ‥ 」


なんとか、リュースケが、言葉の断片を口から出した時に、それは始まる。

ミラノとヤッシーのカウントが、始まる。


「いち」

「にのヤ」

「さんっ」

「「 ハイ(ヤ)!  」」


ミラノとヤッシーは、開口一番、ジャンプする。

そして、ダイブする。


ボトルの中へ

牛乳の中へ

オレンジと赤とピンクと紫が所々目立つ、銀が廻る、白の中へ


バスシャ

バスシャ


ガー ‥ ガガガガ ‥ ガーーー


白に色が、加わる。

オレンジと赤とピンクと紫に加え、更に、オレンジと赤が加わる。

新たなオレンジと赤は、まだ塊が大きい。


その塊も、徐々に、小さくなる。

小さくなって、混じり合う。

オレンジと赤と白とピンクと紫の混合色に、混じり合う。


「あー!」


突然、ヨシノが、叫ぶ。


「あー!あー!あー!」


続けざまに、叫ぶ。

ダッシュで、ジューサーミキサーのスイッチを、止めようとする。

それを、リュースケが、抑える。


『何でですか!』


ヨシノは、思いをぶつけて、リュースケを睨む。

リュースケは、そんなヨシノに言う。


「ここで止めたら、二人の思いを無にする」


ヨシノは、リュースケを睨みつけながらも、動きを止める。

悔しそうに、動きを止める。


ガーーー


ボトル内は攪拌され、混ぜ合わせが、進む。

塊が目立っていたオレンジと赤は、徐々に、小さくなって、消え失せてゆく。

遂には、完全に、混じり合う。

オレンジと赤とピンクと紫と白、新たなオレンジと赤、の混合色が、完成する。


リュースケは、できた液体を、コップに注ぐ。

ジューサーミキサーからボトルを外し、ドロドロの液体を、コップに注ぐ。

赤く潤んだ眼で、注ぐ。


ヨシノは、コップに、ラップを掛ける。

液体がこぼれないよう、ラップを掛ける。

赤く潤んだ眼で、ラップを掛ける。


ヨシノは、コップを持って、言う。


「じゃあ、近藤さんとこ、行って来ます」

「頼む。

 ちゃんと、飲ませてあげてくれ」

「任せといて下さい」


ヨシノは、弱々しく微笑んで、小会議室を出る。


リュースケは、後片付けにかかる。



ヨシノが、小会議室に帰って来る。

小会議室に入ると、リュースケが、凄い勢いで、キーボードを叩いている。

Yシャツを脱ぎ捨て、Tシャツ一枚になり、キーボードを叩いている。


ダダダッ

ダダダッ


ダダダッ

ダダダッ


開いたノートパソコンの画面を睨み付けて、もの凄い勢いで、キーボードを叩いている。


ヨシノは、怯みながらも、言う。


「近藤さんに、無事、飲んでもらいました」

「ご苦労さん。

 ありがとう」


ヨシノは、おそるおそる、問う。


「何、したはるんですか?」

「PP」

「はい?」

「PPでプレゼン資料作って、ミラノを生き返らせようとしてる」


リュースケは、手短に、答える。

でも、その言は、雄弁に、ヨシノに染み込む。


「ヨシノも、早速、取り掛かれ」

「はい!」


ヨシノは、自分のノートパソコンを開いて、電源を入れる。

立ち上がったら、PPを、走らせる。


ソフトが、開いて来るまでの間に、リュースケに訊く。


「どれぐらい、作ったらええんですか?」

「俺は、『一〇〇ぺージくらい、作ろう』と思ってる」

「どんな風に?」

「こんな感じ」


リュースケは、ヨシノに、ノートパソコンの画面を向ける。


画面いっぱいに、大きな字で、


[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]


と、書いてある。

それを、一〇〇ページ、作る。


「分かりました」


ヨシノは、速攻で、ノートパソコンをセットし、起動する。

立ち上がったら、速攻で、PPを開く。



ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ


[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]

[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]

[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]

[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]


 ‥‥‥‥


ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ


[ ヤッシーは、必ず、帰って来る。 ]

[ ヤッシーは、必ず、帰って来る。 ]

[ ヤッシーは、必ず、帰って来る。 ]

[ ヤッシーは、必ず、帰って来る。 ]


 ‥‥‥‥


リュースケとヨシノは、凄い勢いで、キーボードを叩く。

疾風の様に、キーボード上に、手を走らせる。


先に、一〇〇ページに達したのは、リュースケ。

リュースケは、ヨシノが、一〇〇ページに達するまで、待つ。


ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ


ヨシノは、引き続き、キーボードを、叩き走らす。


ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ

ダダダッ


 ‥‥‥‥


「ふう」


ヨシノが、一息つく。


「出来ました」


リュースケに、報告する。


リュースケが、一〇〇ページに、


[ ミラノは、必ず、帰って来る。 ]


ヨシノが、一〇〇ページに、


[ ヤッシーは、必ず、帰って来る。 ]


リュースケとヨシノは、眼を合わせて、頷く。

頷いて、最後のページに、取り掛かる。


[ ご静聴、ありがとうございました。 ]


[ ご静聴、ありがとうございました。 ]


お互い、最後のページが、出来上がる


「ほな、いこか」

「いきましょう」


リズムを取って、息を合わせる。


「いち」

「にの」

「さんっ」

「「 ハイ! 」」


そして、Enter。


PPで作ったプレゼン資料が、完成する。


途端、空気が動いた気がする。

場の雰囲気が、変わった様な気がする。


「ヨシノ」

「はい」

「なんか、この辺の雰囲気、変わった様に感じへんか?」

「なんか、空気が変わった様に、感じます」

「これが、『PPの現実化効果』、か」

「そやと、思います」

「ちゅーことは」

「はい」

「ちゃんと、PPで、プレゼン資料、出来上がったってことやな」

「そういうことですね」

「後は、『生き返って、帰って来んの待ち』、ってことやな」

「はい。

 その、『待ち』、です」


リュースケとヨシノは、待ちの姿勢に、入る。


場の雰囲気や空気は変わるものの、物理的には、何も変更が無い。


何も、動かない。

何も、転がない。

何も、飛び出さない。


場が固まること、数分。

一日千秋が如き、時が流れる。


ガサッ ‥

ガサッ ‥ ゴソッ ‥


何か、音がする。

何かが、動く。


リュースケとヨシノは、首を巡らす。

音の元を、探索する。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音は、コーヒーの紙袋から、している。

[ヨシノ用]と書いた、コーヒーの紙袋から、している。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音は、続く。

二人は、そのまま、コーヒーの紙袋を、見つめ続ける。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥

ガサガサッ ‥  ゴソゴソッ ‥

ガサガサガサッ ‥  ゴソゴソゴソッ ‥


音は、大きく、激しくなる。


ガサガサガサッ ‥  ゴソゴソゴソッ ‥

ガサガサッ ‥  ゴソゴソッ ‥

ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音は、小さくなる。

それに伴い、動きも、治まって来る。


ズザッーーーーーーーーーー


唐突に、コーヒーの紙袋が、引き下ろされる。


コーヒーの紙袋から、抜け出す肢体。


赤くて、黒い粒々があって、上部に緑のへたがあって、下が細くなっているティアドロップ形の肢体。

そこから伸びる、しっかりした、腕・手、脚・足。

そして、語尾には ‥


「ふう、ヤ」


ヤッシーは、潤んだ瞳で見つめるリュースケとヨシノを眺めて、呟く。


「あれ?、ヤ」


不思議そうに呟いて、言葉を続ける。


「ヨシノ、リュースケ、

 なんで、ワシ、ここにおんねんヤ?」

「 ‥ あ、はい」


感極まって、茫然としていたヨシノが、立ち直る。

立ち直って、ヤッシーに、説明する。


「そういうことかヤ」


ヤッシーは、得心するも、怪訝な顔もする。


「でも、ミラノは、生き返って来えへんなヤ」


その一言に、リュースケもヨシノも、固まる。


リュースケは、着ているTシャツの胸元を、見つめる。

ヨシノも、その視線を、追う。


Tシャツの胸元には、なんの変化も無い。

ウンともスンとも、言わない。


リュースケとヨシノは、寂しそうに、溜め息をつく。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音が、響く。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音の在り処を、探す。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥


音は、リュースケの脱ぎ捨てたYシャツから、している。

リュースケ、ヨシノ、ヤッシーの三人は、そのまま、Yシャツを見つめる。

怖いくらい真剣な眼で、見つめる。


ガサッ ‥ ゴソッ ‥

ガサガサッ ‥  ゴソゴソッ ‥

ガサガサガサッ ‥  ゴソゴソゴソッ ‥


音は、大きく、激しくなる。


ガサガサガサッ ‥  ゴソゴソゴソッ ‥

ガサガサッ ‥  ゴソゴソッ ‥

ガサッ ‥ ゴソッ ‥


そして、唐突に、


 ‥ ポッ


顔を、出す。

Yシャツから、抜け出す。


正確には、顔であり身体。

顔と身体が、一体。

申し訳の程度にある、線に過ぎない腕と脚。

腕・脚、それぞれ四つの先に、五つに分かれた、線状の手と足。


「ふう」


ミラノは、Yシャツから抜け出、溜め息をひとつ、つく。


「あれ?」


キョトンとした眼で、周りを見廻す。


リュースケと、眼が合う。

ヨシノと、眼が合う。

ヤッシーと、眼が合う。


潤む三つの眼と、眼が合う。


「リュースケ、

 何でオレ、ここにおんねん?」

「あ、はい!」


リュースケは、説明する。

嬉々を隠せず、説明する。


「 ‥ そういうことか」

「そういうことです」

「で、『オレとヤッシーは、生き返った』、と」

「はい」

「PP様々、やな」

「そうですね」


リュースケは、自分のノートパソコンを見る。

ヨシノも、自分のノートパソコンを見る。


ミラノは、リュースケのノートパソコンを見る。

ヤッシーは、ヨシノのノートパソコンを見る。


各々のノートパソコンの画面に映るは、PP。

起動するソフトは、PP。

プレゼンテーション・パスポート

(Presentation・Passport)


ミラノとヤッシーを生み出し、ミラノとヤッシーを生き返らせたソフト。

面白さと楽しさと、嬉しさと幸せ感を、運んで来たソフト。


「つくづく、使い様、やな」


リュースケが、ボソッと、呟く。


ああ、そうか。


ヨシノは、気付く。

リュースケの思いに、気付く。


どんなものも、何事も、使い方によって、善にも悪にもなる。

正負、真偽、表裏一体。


ハサミも、科学技術も、その他諸々も、使い方で、得も損もする。

人を、活かしも殺しも、する。

『PPも、そういうもの』、らしい。


やっぱ、PPの現実化機能は、秘密にしといた方がええな。

なんや、すぐ悪用されそう。

いい人・悪い人がいるんやなくて、一人の人の中に、いい人成分と悪い人成分があるんやろな。

で、傍目から、『その人が、いい人か悪い人か』判断するのは、そのパーセンテージなんやろな。

いい人成分七〇%、悪い人成分三〇%とか、成分比の問題なんやろう。


でも、PPの機能知ったら、七〇:三〇の人でも、変動しそう。

三〇:七〇とかになって、悪用しそう。

この割合は、ケース・バイ・ケースで、すぐに変動するからな。

っていうか、小さいか大きいかの問題だけで、常に動いてはいるからな。


俺も、PPの機能を初めて知った時、良くない思いが心をかすめたことは、否定しいひんし。

まあ、すぐに、消えたけど。

センパイは、どうなんやろ?


ヨシノは、リュースケの顔を、そっと窺う。

ヨシノは、リュースケの今までの行動・佇まいを、思い起こす。

で、結論する。


ま、それはないな。


リュースケが、ヨシノの視線に気付く。


「どうした?」

「なんや、『不思議なソフトやな』、と」


リュースケは、ヨシノの返答に、複雑な笑みを浮かべる。


「基本、PPは封印、な」

「はい」

「ま、でも」

「今回みたいなことが起きれば、

 『「使ってええかどうか」、二人で相談も可』、にしようや」

「はい」


ヨシノの返答に、リュースケは今度は、朗らかな笑みを浮かべる。


「オレも、賛成や」

「ワシも、賛成ヤ」


リュースケの提案は、他の二人にも、承認されたらしい。



「近藤さん、どうですか?」


リュースケとヨシノは、近藤さんの静養している部屋を、訪ねる。

近藤さんの容態を、窺う。


「ああ、ええ感じや。

 熱があるというか、熱っぽいのも、治まった。

 飲ませてくれたやつ、効いたみたいや」


近藤さんは、生気の戻った顔で、微笑む。


「そりゃ、よかったです」

「です」


リュースケとヨシノも、微笑み返す。


リュースケのYシャツの胸元が、微笑む様に、ガサッと動く。

ヨシノのコーヒーの紙袋が、微笑む様に、ゴソッと動く。


{了}

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