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方言

陽キャリア充は行動が早い。


その日の放課後、早速小梅は望月・佐久たちのグループと共に学校近くのファミレスに立ち寄っていた。

場所のためか、同じ霧ヶ峰高校の制服姿の男女の姿があちこちに見える。


まず全員がドリンクバーを頼んだ後、改めて自己紹介となった。


「改めまして、やね! 氷川小梅、部活は料理部。母親が九州出身やけん少し訛りがあります!」

「……それで『だ』が『や』になったり、『から』が『けん』になったりするわけ」

「気になるんやったら、気を付けるけど?」

「……構わない。標準語が偉いわけでもないし」


 佐久はただ本心を言っただけなのだが、小梅は目を潤ませて感じ入った。中学時代、方言をいじられたり茶化されるたびに顔には出さないが傷ついていたから。


「妙高さんいい人~! あ、これからさっちーって呼んでいい?」

「……好きに呼べばいい」

「さっちー、さっちー!」


 我関せずといった感じで淡々と語る佐久に対し小梅はゆるく抱き着く。


 周囲の女子の一人はそんな様子をスマホでパシャパシャと撮影し、別の一人は佐久の黒髪をいじりだした。


 LEDの明かりを受けて白い線を描く艶やかさ、腰まであるのに引っかからない毛並みに驚嘆の声を上げる。


「妙高さんの髪、めっちゃキレイ~。ケアとかどうしてるの?」

「美容院どこ?」

「……行ってない。昔から看護師さんが色々おもちゃにするから、それに任せてた」


 佐久は相変わらず不愛想に答えるが、顔立ちはもともととびぬけて優れているのだ。いじられるにまかせていれば周囲が勝手にコミュニケーションを取ってくれる。


 加えて医者の娘、病弱、ツンツン系ということもありいじられるネタには事欠かない。佐久は早々と「地雷注意のいじられキャラ」のポジションが確立した。


ひとしきり佐久に絡んだ後でグループはドリンクバーのお替り、お花摘みと休憩をはさんだ。しばらく飲み物や簡単な軽食を摘まんだのち、話題が勉強へと移る。


「高校って、めっちゃ宿題多くない?」


「わかる~」


霧ヶ峰高校は進学校だ。しかも県下有数の偏差値ということもあり入学前からたいそうな量の課題が出され、新学期始まってからもそれは変わらない。


場の視線は、ソーサーを持ち上げて紅茶をたしなんでいた佐久へと移る。数名が通学鞄から課題を取り出し、席を立ちあがって艶やかな黒髪と涼しげな目元の少女に差し出す。


「佐久さん、勉強できそうじゃない? 今日の宿題とかちょっと見てくれない?」


「……それはこの公式を使えばいい」


「……そこに当てはまる単語は、」


佐久は宿題の出たほぼ全ての教科の答えを即答し、望月以外のメンバーが目を丸くしていた。


「すごくない? さすが医者の娘。勉強法にコツとかあるの?」


「……入院中もベッドの中で教科書を読んでいただけ。勉強だけはしておかないと親がうるさいから」


「すごい家庭教師とかいるんじゃないの?」


「……いない。人に教わるとわかりにくい。そもそも教科書を丸暗記すればすむことをわざわざ教わる理由がわからない」


「は~、頭の出来が違うって感じ?」


「マジヤバいわ~」


佐久は周囲の称賛もどこ吹く風で、マイペースを崩さず淡々と答える。


 そんな彼女を茶髪に切れ長の瞳の望月は暖かく見守っていたが、ふと思い出したように話題を変えた。

「そういえば、今日の体力測定で男子」


「なんなん? 早速気になる男子?」


「もちもち、隅に置けんね」


 望月の発言に女子の一人がさっそく飛びついた。

 小梅はいつの間にか望月にもあだ名をつけている。


「そういうんじゃなくて、いやそういう意味かもだけど」

「恋バナ? 望月に?」

「それはぜひとも」


 他のメンバーまでが詰め寄ってくる。動かないのは佐久だけだった。


「白馬峻くんって、いたじゃない?」

「ああ、あの地味系か」


「長距離だけやたら早くて、陸上部の楢川にスカウトされてた」


「でもあの、なんとかって男子に望月が絡まれてた時割って入ってくれたじゃん?」

「一目ぼれ?」


 キャーキャーと盛り上がる女子たちに、佐久は眉をひそめた。人の話を聞くのは良いが、バカ騒ぎは嫌いだった。


 だが幼馴染である望月に、気になる男子ができたと聞けば放ってはおけない。


「……何の話?」

「ああ、さっちーはおらんかったからね」


 その時の顛末を、小梅は詳しくかつ誇張を交えて話す。

「……なるほど。それは気になっても仕方がない」


「もう、佐久まで…… そういうんじゃないから。むしろ佐久に関係あることだよ」

「……どういうこと?」


「それは後で。あの子、どこ中なのかな?」

「そういえば」


「あれだけ足早ければ、話題に上がってもおかしくないのに」

「そういえば、男子の会話で登山が趣味って言ってたけど。わかる情報は、それくらいかな」

「小梅は知らない?」


「ウチも知らん。さっちーは?」


 話を振られたが、佐久からは返答がなかった。ファミレスの柔らかい背もたれに体を預け、ぐったりとして目を閉じている。


「だ、大丈夫?」


 小梅が慌てて席を立つが、隣に座っていた望月が軽く彼女の背中をさする。

「……大丈夫。ずっと座ってたから、きつくなってきただけ」


 佐久の途切れ途切れの一言に小梅がスマホで時刻を確認する。その際に他のメンバーにそっと目配せした。

「そろそろ時間もいいし、帰らん?」

「賛成~」

「りょ」


 皆が通学鞄を持って席を立つと、佐久も望月に肩を貸してもらいながら立った。視界に入った時計の針はまだ十七時を回ったばかり。


 迎えの車で帰った後、佐久は自室からコミュニケーションアプリで小梅に連絡を取る。


 佐久の自室は一人用と思えないほどに広い。畳に敷かれた羽毛の布団、本や漫画が隙間なく詰め込まれた本棚。薬や衣類が収納されたローチェストの上にはコップと電気ケトルが置かれていた。


『……さっきはありがと。時間的にも、まだ遊びたかったでしょ?』


『ああ、あのこと? いいって別に。他のメンバーは二次会でカラオケ行ったみたいやけど、ウチはホントに用事があったし』


 耳に押し当てたスマホからは、何かを炒めるような音や炊飯器のタイマーの音が聞こえてきた。


『……それでもほんと、ありがとう。おかげで空気、悪くしないで済んだ』



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