アイドル
翌日。入学式の時には一つ空いていた席が今日は全て埋まっていた。
「妙高佐久は今日がみんなと初対面だからなー。軽く自己紹介してー」
担任教師の言葉と共に妙高佐久と呼ばれた少女がゆったりとした足取りで教室に入ってきた。
その瞬間、教室中にどよめきが起きる。
日本人形のように長く艶やかな黒髪に、涼しげな目元。日の光を浴びたこともないような真っ白な肌。深窓の令嬢という言葉が、これほどに似合う存在もないだろう。
「は~」
彼女と目が合った男子の数名は、それだけで呆けたようになっていた。
白馬もどこか冷めた視線を珍しく熱くしていたが、こぶしで胸を抑えて浮つく気持ちを必死に押さえつける。
彼にとって、友人や恋人などにあまり価値はないのだ。
教壇に立った彼女は細い手でチョークを持ち、ゆっくりと自らの名を書いていく。習字のお手本のようなその書体に、望月をのぞくクラス全員が見惚れていた。
「……妙高、佐久です。よろしく」
趣味もどこ中かも全くない簡潔な自己紹介。
「妙高……?」
だがクラスの何人かが佐久の名字に反応する。
ああ、まただ。佐久は心の中で悪態をついた。
「それだけ?」
「あー、他に何か質問は?」
担任教師の言葉に数名の男子が、さっそく下世話な言葉を投げかける。
「彼氏はいますかー?」
「今まで付き合った人数は?」
「ちょっと、男子やめなよ」
「初対面の子にいうことじゃないでしょ」
「そんなんだからモテないんだよ」
男子の言葉に女子が反撃し、教室は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
そんな騒ぎの中で白馬は窓の外に視線をやり、町を囲む山々を眺めていた。山頂にはもう四月だというのにうっすらと雪を残す山がちらほらと見える。
これ見よがしな溜息と共に、佐久は口を開いた。
「……うるさい」
騒がしい教室の空気を一刀両断にするかのような言葉。
佐久の発言に、教室内の空気が凍った。ざわめきがぴたりとやみ、佐久は空いていた席にさっさとついてしまう。窓際の一番後ろのその席は、ちょうど白馬の隣だった。
「すみません」
凍り付いた空気の中、望月が手を上げた。
わずかに茶色く染めた髪がその拍子に揺れ、よく通る声は教室中の注目を集める。
「佐久さんと私、中学時代からの友達なんです。だけど彼女体が弱くて、入退院を繰り返して。昨日やっと退院したばっかりだから、きっときついんだと思います」
望月が佐久にそれとなく目配せする。
「……そういうことです。すみません」
佐久が頭を下げると、教室内の空気が一気に弛緩した。
「そういうことは先生の口から説明しておくべきやない? 体育の授業とか、色々気を使うこともあるやろ」
「す、すまんな。じゃあ先生は次の授業の準備があるから、これで失礼する」
小梅のツッコミに対し、担任教師はそそくさと教室を後にした。
ホームルームが終わったのち、数人の女子が佐久の席に群がってくる。
「ねえねえ、妙高さんって、ひょっとしてあの妙高病院の?」
妙高病院とはここ、霧ヶ峰市有数の私立病院だ。
内科、外科、救急外来と大抵の病気はここで診てもらえる。
「……そう。パパが院長してる」
囲んでいた女子が一斉に黄色い声を上げた。
「すご~い!」
「妙高さんも医者になるの?」
「すっごいお金持ち?」
佐久は日本人形のように整った顔をしかめ、吐き捨てた。
「……不健康な人間が医者になれると思う?」
「そ、そうなんだ」
「……よく聞かれるけど、お金持ちではあると思う。でも仕事で忙しいからそんなに贅沢してる暇はない感じ。海外旅行に行ったこともなければ別荘があるわけでもない」
「そうなの?」
「……当直も残業も多い上に、有名企業に務めるより安い月給。受験と医学部の忙しさもあるし、自由な時間とお金は少ない。医者の娘としてみれば、正直医者はお勧めしない」
盛り上がっていた場が、現実を突きつけられて徐々に冷めていく。
「……もういい? 疲れた」
「じゃ、じゃあこれで」
佐久をアイドル扱いしていた女子たちは、一斉に散っていった。