桜
ひらひらと、桜が舞う。
咲いたばかりの花は雪のように白く。
散る直前の花弁は、薄紅色に色づく。
咲いて散るを毎年繰り返す桜に対し、死という形で散れば再び咲くことはない人間。存在をあざ笑うかのように桜は盛大にその花を散らす。
四方に山が霞んで見える、ここ霧ヶ峰高校の入学式。
ブレザータイプの制服をまとった多くの新入生たちが期待と不安に胸を膨らませながら、肩を組んではしゃいだり、記念の写真を撮ったりしていた。
「並んで、並んで~」
「はい、チーズ」
「ウエーイ」
その中を、我関せずといった感じで新入生が一人歩いていく。短く切りそろえられた髪に中肉中背ながらも制服の下に隠された筋肉。
歩みはどっしりとしているがやや鈍重な雰囲気で、スポーツマンとも違う独特の雰囲気をまとっていた。
髪に積もる白と薄紅の花弁をうっとうしそうに払いのける。穏やかだがどこか冷めた印象のする目元が、忌々しげに歪んだ。
「……?」
そんな彼を、写真を撮っていた少女の一人が物珍しそうに見ていた。
ウエーブの軽くかかった髪を茶色に染め、切れ長の瞳と整った鼻梁が印象的だった。
そして高めの身長に似合ったバストサイズ。制服を綺麗なお椀状に盛り上げ、異性の視線をくぎ付けにしている。
「ねえねえ、君どこ中? 俺らはさ」
気と手が早い男子はさっそく声をかけていくが、
「声かけてくれてありがと~。でもホームルームの時にまとめて話すね?」
嫌味にならないよう、男子のプライドを傷つけないよう断っていく。
誘った男子も手慣れたもので、脈なしと見ると足早に去って次のターゲットを探しに行った。
「よかった……」
声をかけられた女子は声をわずかに震わせて大きく息をつく。
「佐久…… 一緒に、来たかったな」
茶髪少女のつぶやきは、桜吹雪にまぎれて誰にも聞かれることなく散った。
入学式もつつがなく終わり、新入生たちは各々の教室に集められる。人見知りや慎重なメンバーは中学時代の友人とだべるかソロ活動を満喫していたが、すでに初対面の幾人かと連絡先の交換を終えたメンバーはさっそく話に花を咲かせる。
その中でも特に目立つのはショートヘアをアッシュに染めた少女だ。綺麗にカールさせたまつ毛とつぶらな瞳、クラス一の巨乳で仲間の輪の中心に自然とおさまっている。
「どこ中なん? ウチはね……」
「小梅さん、メイクめっちゃうまくない? 特にまつげ、全然かなわんわー」
「お母さんが色々教えてくれたけんね、」
女子の興味はいつの時代もファッションとスイーツだ。新入生の中で頭一つ抜けたメイクのセンスは、クラスの関心を一手に集める。
だが髪をかき上げた指だけは荒れ気味で爪も伸ばしておらず、おしゃれの痕跡が見当たらなかった。
教室の一部にぽっかりと空いた空間がある。一番後ろの窓際だけは誰も座らず、鞄さえ置かれていなかった。
そして小梅の集まったグループとは別の一角、茶髪に切れ長の瞳の少女が数人の男子に取り囲まれていた。
「同じクラスだね!」
「マジ、これって運命じゃね?」
「榛名望月、か。いい名前だ」
桜の並木道と同じような光景が、教室の中でも繰り返されている。榛名は切れ長の瞳を細めて作り笑いを浮かべながら、一人一人と丁寧に受け答えしていた。
話が盛り上がってくると、自然と連絡先を聞く段階になる。
「もっと話したいし、榛名さんの……」
特に顔面偏差値の高い男子がスマホを取り出した途端、榛名の表情がわずかに曇る。
本当にわずかだったため、榛名と同席していた他の女子でさえ気づかなかった。
ふと、ずっと座席に一人でいた穏やかで冷めた目つきの男子が立ちあがる。鞄からスマホを取り出して、顔面偏差値の高い男子の下へ近づいていった。
「ちょっといい?」
自分より背の低い、顔つきも地味な男子に話を遮られ、顔面偏差値の高い男子はイラついた表情を見せる。
だが初対面ということで、一応は受け答えすることにした。
「……なんだよ? 今、話し中なんだけど」
「連絡先、教えてもらってもいいかな?」
「はあ?」
脈絡もない同性からのアプローチに、周囲の視線が集まる。だが空気をものともせず、地味な男子は続けた。
「僕、白馬峻っていうんだけど。転校続きでさ。この近くのこともよくわからないから。色々教えてもらえると助かる」
「なんで急に、俺に……」
「一番、イケてそうだったから」
無表情に、どこか冷めた優し気な視線の男子はそう答える。
「あ、ああ。そりゃ当然だぜ」
ビビらず、穏やかな雰囲気で話す白馬に顔面偏差値の高い男子の高い男子は毒気を抜かれ、素直に連絡先を交換してしまった。
その様子を、榛名とその隣の数人の女子が驚いた様子で見つめている。
「誰、あの男子?」
「私は見たことないけど……」
「なんていうか、地味だね。背も顔も」
「勇気あると言うか、空気読めないタイプ?」
「でも助かったよ~。ちょっとあの男子怖かったから」
やがてホームルーム開始を告げるチャイムが響き、みな席に戻り始める。
「おらー、お前ら席につけー」
扉をガラガラと開けて入って来た1-Aの担任教師が、出欠を取りはじめる。
「白馬峻―」
「はい」
穏やかだが冷めた目つきの少年は簡潔に返答し。
「榛名望月―」
「はい!」
茶髪と制服の上からでもわかるお椀状の胸を持った美少女ははきはきと返事をする。
「水川小梅―」
「は~い」
髪をアッシュに染めた巨乳の少女は満面の笑顔で答えた。
「妙高佐久―」
教室のどこからも返事がない。
「妙高佐久!」
わずかにざわめき始めたころ、担任教師は一番後ろの窓際の席に目を向けた。
「あ、すまん。妙高は欠席か」
「入学式から欠席?」
「体調悪いのかな」
「てか、初日から欠席とかヤバくね?」
「不登校? 引きこもり? マジウケる~」
心配する声に混じって揶揄する声がちらほらと聞かれ、望月は切れ長の瞳で彼らをにらみつける。
「そういう言い方、よくないよ」
「そーそー」
「男子マジひどい」
「サイテー」
「はあ? いい子ぶるなって」
妙高佐久を擁護する台詞と、小馬鹿にする台詞でクラスは騒然としはじめる。だが。
「みっともなかろ。高校生にもなって」
巨乳少女のなまり交じりの一声がクラス内の空気を切り裂いた。
すでにカースト上位としての地位を築きつつあった小梅の言葉に、周囲の女子たちが一斉に賛同する。会話の流れはそれで完全に変わった。
やがてホームルームも終わり解散となる。
「望月、マジでカッコよかった」
「男子相手にもビビらんとか、マジでヤバくない?」
「そ、そんなことないけん」
小梅の席を大勢の男女が取り囲み、彼女の武勇伝を持ちあげている。
だが中肉中背の少年、白馬だけは穏やかな視線を向けながらも、輪には入らず教室を後にした。
廊下をくぐり、校門を抜けて山々を臨む町を歩く。
立ち寄った公園の一角でスマホを起動して一つの画像を立ち上げる。そこに映ったのは雪の残る山道と、冬でも青さを失わない榊や松の木。
日付はちょうど一か月前の三月。
雪の白に枝葉を彩られた木々が、青い空を背景として春を待ちわびている。
同じ時刻、霧ヶ峰高校から少し離れた別の場所。一人の黒髪の少女が真っ白なベッドに横たわっていた。
鼻につく消毒液の臭いの中で、庭に植樹された大樹の桜を見上げる。骨のように白い花びらと、血のように赤いおしべとめしべ。
日本人形を思わせる少女の口からは、呪いのような言葉が漏れる。
「桜なんて、この世からなくなればいいのに」