タイトル未定2024/04/10 07:03
「おはよ~」
「……おはよう」
望月は大きく手を振って、佐久は小さく手を上げて白馬に声をかける。
望月はハーフパンツに黒のレギンス、上着は青いパーカーを羽織ってちょっとした山ガールだ。茶色くウエーブのかかった髪との色合いがすごく良い。
佐久はソフトジーンズに上は茶のジャンパーと、アウトドアな活動に慣れていないためかごく地味な出で立ち。それでも彼女の透けるような白い肌と宝石のような瞳は色褪せない。
「女子二人とお出かけか…… よく考えなくてもこれってすごいことなんだよな」
タイプの違う美少女二人を迎えながら、水やつまめるものにタオル、カメラなどをザックに入れた白馬は呟く。
霧ヶ峰市からバスで三十分ほど行った里山、霧去山の登山口。
待ち合わせ場所のバス停では目の前に森のかたまりのような山がそびえ、すぐ近くの舗装道路では乗用車やトラックが行き交っている。
富士山や北アルプスなど、テレビでよく見るような山のイメージとはかけ離れているが、これも山だ。
週末の日曜日、朝九時。木々の隙間から差し込む春の日は優しく、山から草木の香りを運ぶ風は香しい。
「おはよう。榛名さん、妙高さん。体調に問題はない?」
「大丈夫! 元気いっぱいだよ」
「……体温も平熱、酸素飽和度も正常。排便も良好。発作もなかった」
「そ、そう。じゃ、じゃあ、行こうか」
少し熱くなった頬をごまかすように、白馬たちは登山道に足を踏み入れた。舗装された道路はすぐに土の地面へと変わり、歩くたびに落ち葉の乾いた音がする。
春山ならではの鮮やかな赤いヤマツツジの花がところどころで咲き誇り、竹林の隙間からは白馬たちの腰ほどに伸びたタケノコがモンスターのように見えた。
数年前だったらすぐにカメラを構えていた白馬だが、霧去山は家からも近いので何度も来ている。加えて今回は連れもいるので自重した。
「うわ、何あれ? ツツジ? でもたっか、私たちの背丈越えてるんだけど」
「……あの竹林に所々生えてる、茶色くて先の尖った不気味なのなに?」
「ヤマツツジだね。市街地の濃い紫のサツキツツジとは色が違うし、剪定もしないから高く伸びるんだ。あの茶色いのはタケノコの伸びたやつ。もう少し成長するとあの焦げ茶色の皮がはがれて、中から青竹が出てくるんだ」
「……ああ、よく見たら道の駅で売ってる掘りたてのタケノコに似てた」
二人に合わせ、普段よりかなりゆっくりと歩く。
白馬は父親と行く以外はソロ登山しかしたことがなかった。自分のペースで進めるし、気に入った景色があれば何十分でも足を止めて見てられる。
女子二人と行くことに期待と同時にうっとうしさも感じてはいた。だがしばしば足を止めてはしゃぐ望月と、立ち止まってじっと見入る佐久を見ているとなぜか嬉しい。
自分の知っていることに興味を持って、同じように喜んでくれるのも楽しい。
さらに山道を進んでいくと、傾斜が急になっていく。一歩ごとに足にかかる負担が大きくなり、道沿いの木々から伸びる根を踏み越えるのもきつくなる。
佐久の息が荒くなってきたのが、先頭を歩く白馬の耳に聞こえてきた。
初心者を連れていく場合には先頭が副リーダー、一番後ろをリーダーが務めるのが原則だ。だが今回は観光目的でもあるので白馬が先頭を歩く。
「休憩にしようか」
坂が途切れたところで休憩を呼びかけると、佐久はほっとした表情で道端の岩に腰を下ろす。
普段なら汚いと思う自然の岩でさえ、山道を歩いているとありがたく感じられるものだ。佐久は体をそらせて、木々の間からふいてくる穏やかな春風に身を任せている。
汗のにじんだ体に、緑の香りのする風がたまらなく気持ちよい。腰まである黒髪が流れ、一枚の絵画のようにはためいている。
引き寄せられるように白馬は背負っていたザックからミラーレスの一眼カメラを取り出し、佐久に向けてシャッターを切っていた。
シャッター音に気が付いたのか、自分の方を見た佐久と目が合うと、慌てて頭を下げる。
「ご、ごめん! 勝手に人を撮ったりして」
「……別に気にしてない。それより写真、見せて」
座ったままの佐久の隣にしゃがみ込み、カメラ背面の画像モニターで写真を見せる。
「……」
「は~……」
隣の佐久も、後ろからカメラを覗き込んだ望月も言葉がなかった。
普段はすました日本人形のような顔立ちが、春風の下で無垢に笑っている。風を受けてたなびく黒髪の広がりが、まるで雑誌のモデルのようだった。
「ど、どうかな?」
白馬は写真は好きだが、撮るのは風景ばかりで人はほとんど撮ったことがない。さらに自分が撮った写真を人に見せるのさえ、家族を除いては初めてだった。
だが被写体である佐久の表情を見ると、そんな不安は消し飛んでしまった。
「……きれい」
一方、一緒に写真を覗き込んでいた望月の表情はどことなく固い。
「ど、どこかおかしかったかな?」
手ブレもないし、主役である佐久が背景に隠れるようなこともない。ポイントは抑えてあるつもりだが……
「私も撮ってくれるかな?」
さりげない作り笑いと共に、望月の口からそんな言葉がもれた。
言われたとおりに白馬はカメラを構える。ここにも鮮やかな山ツツジがあったので、それを背景に望月を撮ることにした。
普段の優しげでもどこか冷めたような眼とはまるで違う、対象を射抜くかのように真剣な白馬の視線。心地よい甘さを胸に感じながら、望月はカメラのシャッターが切られる音を聞いた。
同じように三人でカメラの画像モニターで写真を確認する。
ありのままの一瞬を切り取るスナップ写真と違い、やや表情が硬いものの山ツツジの鮮やかな赤をバックにした望月は、雑誌の表紙のように完成された美しさを感じさせた。
うっとりとした表情で見入る望月の表情に、白馬は胸をなでおろす。
「本当、うまいね……」
「写真部にでも入ったら? あ、でもうちの高校にはないか」
一時期、白馬は別の学校で写真部に入っていたことはある。だが転校のため、すぐにやめてしまった。
だがそのことを話す気にはなれず、あいまいに笑ってごまかす。
三人はやがて、再び山頂に向かって歩き始めた。




