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短編集・散文集

町角へ

作者: Berthe

 待ち合わせのために外へでると、灰色につめたく湿った空からは今にも雨が落ちそうで、連日の(しゅう)()にしっとり濡らされた地面のそこかしこには、大小の水たまりに木々や家屋が儚くも優しげに反映しながらさらさらとゆらめくその陰で、小さな茶色い枯葉が静かに溺れていた。


 (けい)()は歩道に無作為にならぶ三色の煉瓦から白をえらびつつ、つま先立ちにそれからそれへと子どものように跳ねるうち、次第にあきるままに踵をつけて歩みながら横道の前でそっと立ち止まりそちらをのぞくと、歩道との境のない道を車がすれすれにゆっくりとすれ違ったそのあとから、黒板に白と赤と黄色で書きつけているらしい立看板がつつましく見えた。


 ふいと心惹かれたものの今はそちらへの用はないし、待ち合わせの相手がすでに到着していると思うと、丸くて小さな愛らしい顔とむっちり細い肢体、おっとりしていながらせかせかしたところもある芽依(めい)がすでに待ち詫びて、いつもの優しい白い顔をほんのり染めながらぷりぷりしているさまが浮かんで来る。


 渓斗はにわかに微笑ましくなり、焦るというよりかえって心浮き立つままに足が軽やかになるのに身をまかせながら、水たまりをよけつつしばらくして着いた曲がり角の前でひと呼吸おき、ふっと笑みがこぼれるのを抑えきれぬままにぬっと顔を差し出すと、それと期待して胸躍らせていた光景には出会えず、渓斗は小首をかしげて腕組みをしながらその場で突っ立っていると、ふいに後ろから聞こえだした靴音にすっと胸弾ませながら振り返るや否や、目に飛び込んだのは待ち人とは縁遠い、しかし自分と同じく若くてすらりとした男。


 もちろんこちらから芽依があらわれるはずはないと反省する間もなく、渓斗はその学生らしきがそこらに水たまりが散乱しているのも構わず、塵埃(じんあい)によごれた水を辺りへ散らしながら走りを緩めないのに辟易(へきえき)して、舌打ちしながらすばやく角を曲がると共に、反対から歩いて来る恋人がみえた。


 先の情景とは打って変わった愛しき天使の訪れに、たちまち苛立ちは遠のいて微笑みながら片手をふりかけて、渓斗は途端に照れくさくなるままにその手を戻し、やわらかな頬にふれると、きゅっと刺すような冷たさがしっとり浸透した。


 それから両手をこすりあわせて待つうち、芽依はなおも俯きながらゆっくり歩いていたものの、ふいに顔をあげると共にこちらへ視線をなげるが早いかパッと心づくと、すぐさま小股にせかせか向かって来て、そばへ着くと共に、


「ごめんね。待ったよね」


 と言いながら近寄って、切りそろえた前髪の下の愛らしい瞳にしっとり反省の色をたたえつつ、巧みな上目づかいでこちらを見つめるのに、渓斗はたちまちほだされながら、


「そんなことないよ。おれも今来たところだから」


 と通例ならば待ち侘びた者がそれを否定するための決まり文句に、事実待っていないのだからちょっとしたばつの悪さと可笑しさをおぼえつつ、そう答えると、芽依は早くもにっと微笑みながらすばやく恋人の腕をとって、人通りのまばらな郊外を好い事にそのまま歩道へ連れゆくと、そっと立ち止まり、


「ねえ、わたし早くケーキ食べたい。ずっと雨模様だし。もう入ろうよ」と甘え声をだしながらさらに身を寄せて、道路の向こうをすっと指差した。


 渓斗はこちらをいちずに見上げる恋人のやさしくて燃えるような瞳と、衣服の奥のやわらかで暖かな火照りに今更のようにくらくらと身震いして若い血が脈打つのを感じながら、すでに幸福が溢れかえって心身を満たすままに零れ落ちそうになるのに耐えられぬがごとく空を見上げると、一面の灰色が一層つめたく湿っているそのなかで、寄せ合った二人だけは永遠にぬくもりつづけるのを祈りつつ、


「行こうか」と腕を解いて手をにぎりながらそっと芽依へ顔をむけると、至極おだやかに微笑んだ。

読んでいただきありがとうございました。

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