チート能力でパーティ追放、されません!
「――バニシア、お前はクビだ」
どこか重苦しい薄明かりの部屋。
パーティのリーダーが「クビだ」と私に言い放った。
彼は組んでいた足を苛立たしげに逆に組み直すと、背後の他メンバーへと視線をやる。
「前々から思っていたんだ。お前は貴重な占星術師なのに、何の役にも立っていない!」
「そ、それは……」
二の句が継げない。
言い淀んだ私の声に被せるようにして、彼は続ける。
「お前の役割は星詠みの権能としてのサポートだろう? それがどうした、戦闘でただぼーっと突っ立っているだけじゃないか! 少しは星辰に語り掛けたらどうなんだ?」
彼は片手に持っていた葡萄酒の容器を投げ付け、私の横で叩き割った。
赤い飛沫が上げると、私の服に染みを作る。
「占星術師だったらこのくらい察知して避けられるだろう!? 今のがドラゴンが放ったブレスだったらお前は丸焦げで死んでるぞ! お前だけじゃない、これがパーティなら今ので全員即死だ。お前は今俺達を殺したことになるんだ」
「はあ、そうですね……」
投げ付けられたものは葡萄酒だから、避けなくても死なないけれど。
肯定だけをした私の物言いがお気に召さなかったのか、彼は真横の丸椅子を蹴り飛ばした。
盛大に壁に激突した椅子は支柱が砕け、ごろごろと転がり私の足元で静止する。
「うむ、そうだな。俺もどうして彼女がパーティにいるのか分からなかったんだ。俺が知らないだけで必要な存在だと思っていたのだが、やはり役立たずか」
「あーあ、だから変な役割なんかいらないってアタシ言ったじゃん! こんなやつ放っておこうよ! 女なら紅一点のアタシだけでいーでしょ?」
「こらこら、こんなところでイチャつくんじゃありません。しかしこれで財源を食い潰す寄生虫がいなくなるわけですから、少しは我々の生活も豊かになるというものですね」
荒ぶるリーダーに続くよう他のメンバーも次々に罵詈雑言を並べ立てていく。
しかし、私は特に何も言い返すことはない。
ただ葡萄酒に濡れた顔を上げ、彼らの言葉を黙って聞くだけ。
最後に立ち上がったリーダーが、人差し指を突きつけて言い放った。
「さっさと出ていけ! この役立たずの穀潰しが!」
◇
という〝光景〟を視た。
薄明かりでぼーっと立っていた私が周囲へ視線を配らせると、先程未来で私をいじめられっ子のように扱った彼等が仲良く談笑している。
パーティリーダー――ラディオは葡萄酒を一口飲み、玉座みたいな椅子に腰掛けて。
そして私の方へ首を向けると、
「――バニシ」
「えい」
「アァアアアアアア!!?」
言い切られる前に、私は椅子の背もたれに事前設置した爆薬を起動した。
彼の言葉は焦熱と爆炎に遮られた後、私の横を勢い良く突き抜けて壁に激突する。
痛そ。
しかし他のメンバーはといえば、壁にへばりついたリーダーではなく、謎の爆発によって床に開いた大穴を放心状態で見つめていた。
「え、あれ見て……あいつ、アタシ達の標的よ!? きっと階下で何かあったんだわ!」
穴の向こうを見下ろして、メンバーの一人が叫んだ。
その声に釣られて私と、他の皆も穴の下を見る。
視線の先には、絶賛指名手配中盗賊ギルドの長が仰向けで倒れていた。
爆発の際に崩れた瓦礫に押し潰されてしまったのだろう、完全に意識を手放している状態だ。
よく見れば彼の周りに何人もギルドのメンバーが倒れていた。
瓦礫に埋もれていて助けを求める者、血まみれで意識朦朧な者、立ち上がろうとしている者――様々な人間のうち、立ち上がろうとしていた奴に上から飛び蹴りをかまして降りた私は、ガッツポーズ一つ。
「ラッキーですね捕まえましょう!」
こうしてリーダーの追放宣言を発言前にひねり潰し、無事依頼の一つを達成したのだった……。
◇
その夜。
私はラディオに一人呼び出されることになっていたため、先んじて部屋で待機していた。
待機しながら、〝それ〟を視る。
それとは、いつか起こるはずの出来事。
――それを事前に知ることができるのが、私の占星術もとい、チートスキル『未来視』である。
これは死んで転生した時、神様から貰った特別な力だ。
未来視で得た情報は確定しておらず、私が行動を変えることで結果そのものも覆せる優れもの。
残念ながら占星術ではないので、ラディオが求めていることは何一つとしてできないけれど。
まあ、似たような事実は実行できる。
ただしチートスキルには魔法の発露も予備動作もない上に、派手に変えようとすると私の行動が『未来』に阻害されて上手く覆せないため、誰にも気付かれないのが実情だった。
こうして彼の追放宣言を偶然と奇跡のやりくりで切り抜けたのは何度目であろうか。
「うわっ何だお前! なんでお前が俺の部屋にいる? まあしかし丁度いい……」
部屋にやってきたラディオは扉を開けた瞬間に映った私に驚愕の表情を作ると、すぐに頭を振って元のしかめっ面に戻った。
「えへへ、何でもいいじゃないですか。今日はお金を稼げたから高級葡萄酒買って来たんです! 飲みましょうよ~」
「……む、むう? 葡萄酒か……ふむ、お前が?」
「たまたま歩いてたら美味しそうな匂いがして~、ふらっと寄ったお店にあったんですよね」
ちなみにラディオは無類の葡萄酒好きである。だから用意した。
ただ彼は味の違いが分からないので、格安酒でも高級と偽れば真に昇華できるのである。
この前本当に高級なやつを買って安物だと嘘を吐いた時も「俺は……味の違いが分かる男だ、こんなクソ不味い酒など飲めん」と自信満々に言ってた。
いや、今のは未来視の出来事だったので言ってなかったかもしれない。
「そういうことなら頂こう。今日は酒でも飲みたい気分だったんだ」
知ってます。
このように話の軸は意図して逸らされ、彼は安酒を味わう。
私がついでにテーブルにセットしておいたおつまみの干し肉を存分に喰らいつつ、「あれ……?」と彼は首を傾げる。
ちっ……この仕草は、気付いたな?
彼の口元の動きが予兆となって、私の未来と重なり合う。
「――俺は、お前に言いたいことがあったんだ! 酒なんて飲んでる場合じゃない!」
「え、でも高級ですよ?」
「高級だからどうした!?」
「やはり深い味わいを嗜み楽しみつつ、余韻と味から香る世界観に浸るのが醍醐味なのでは。葡萄畑が見えるみたいな」
「何言ってるか分からん!」
適当なこと言うんじゃなかった。
がくりと項垂れる私の前に、金属製の容器がとん、と置かれる。
「ふん……まあ、気遣いしようという気持ちだけは受け取っといてやろう」
「え?」
「――昼間の事だ」
彼は置いた容器に並々と液体を注ぎつつ、私に寄越してくる。
そんなに注がれると味わえないのだけど、残念なことに嫌がらせではなく……彼の素なのである。
あれ、しかし今、ラディオはなんて?
私が想像していた言葉は「お前を追放しようと思っていた」「やはりお前はこのパーティにはいらん」「今すぐ荷物を纏めて出ていけ」だったはずだけど、何か粋な計らいで未来が変わったのかもしれない。
「何ポカンとしてやがる。ああした危険を事前に察知するのがお前の、〝占星術師〟の役割だろうが。俺じゃなかったら死んでたわ」
「ははは、そんなわけないじゃないですか~爆薬に指向性……おっとっとえっと葡萄酒の話ですよね!?」
「今お前なんつった!?」
おっといけない。
思わず爆薬の詳細を説明してしまうところだった。
どうして私が爆発物に詳しいのか根堀り葉掘り聞かれると詰んでしまう可能性があったのだが、私はお馬鹿キャラなのでセーフ。
「ったく……話を戻すぞ。俺じゃなかったら死んでたんだ、反省しろ」
「ごめんなさい」
爆薬を設置したのは私です。殺すつもりはありませんでした。
でも設置しなかったら今頃素寒貧で放り出されていたかと思うと、ここで変な酒を振る舞えて良かったと思います。
「――治しましょうか?」
「いや、良い。変な液体と葉っぱを貼られる俺の気持ちになれ。民間療法じゃなく回復魔法で治そうとしろ」
「ですから変な液体と葉っぱですって」
「やめろ! ソイツを俺に近付けるな!」
擦り傷のある額に絆創膏を近付けようとすると、思い切り跳ね除けられてしまう。
「……しかし今日は幸運なことに、謎の爆発で俺達は捜索中の標的を捕らえることができたわけだ。まさか連日探し回っても見つからなかった奴らが、俺達の宿の下に潜んでいたとは思わなかったがな。どうやら巻き上げた金品の振り分けで内部抗争が起こってたらしい」
ご丁寧に解説どうもありがとうございます。
「……なあ、いい加減にお前も自覚してるんじゃないか? 全員の居ないところで切り出した俺の優しさに感謝しろよ」
「ありがとうございます」
「……オイてかその葉っぱいい加減降ろせよ!? 隙あらば貼るつもりだろ!」
「じゃあ貼りません」
「ちっ、とにかくそういうことだ。役に立ってくれ、占星術師」
「頑張ります!」
ところで占星術師って何? とは今更聞けない台詞である。
彼らがサポートとかバッファーとか散々言うから大体のことは分かっているけれど、具体的に何して欲しいのかは分からないのだ。
もしそれが凄い魔力とかで攻撃力とか防御力を上げてくれって話ならよく分かんないから無理だし、仮に私が「右方向から攻撃が来ますよ!」って言っても信じないでしょ。
魔力の発露、ってやつがないから。
全く困ったものである。
チートスキル『未来視』がどういう判定食らったのか知らないけど、文句はギルドのパーティ募集板に占星術師と記載したギルドに言って欲しい。
「ったく……もう俺は寝るぞ。お前も今日は帰れ」
ぐい、と葡萄酒を麦酒のように飲み干したラディオは、しっしと私を手で払う。
私はその手を覆うように両手で引っ掴んだ。
――そして、〝未来〟を視る。
私がこの部屋に来た本当の目的は、彼の呼び出しを先回りするためなどではない。
具体的なことは何も言えないけれど、私は行動でそれを示すことができる。
「帰りません」
「は? お前、何言って、……え? まさか」
――行動のズレで容易く世界は書き換わる。
本来、彼はこの時間に私と出会わず、酒も口にしない。
そして寝室へと潜り込み――爆散する。
盗賊ギルドの残党が仕掛けた、意趣返しの復讐によって。
けれど、そうはならない。
私の瞳が光り輝く。映った輝きは、玩具のような爆弾のそれではなく――人一人そのものを容易く消滅させる、本物の破壊兵器の熱。
だが怯えることはない、泣き叫ぶことはない。
その全てを、私は既に〝視て〟いるのだから。
私は少しだけラディオの手を引き、自分の方へと寄せる。
私が彼に本当を伝えることはない。
ラディオは無能の私を決して信じないから。
けれど葡萄酒で心を解され、そこに混ぜ込んだ睡眠薬があれば……油断した彼を少し動かすくらいは成立するのだ。
倒れ込んだ彼の上から覆い被さり――身を屈める。
瞼を閉じた私の視界が真白に焼かれ――轟音と耳鳴り、やがて何も聞こえなくなる。
そして再び顔を上げると、夜空が私を出迎えた。
遠巻きに騒ぎ立てている人集りが視える。
まだ音は何も聞こえていないけれど、それが見えたならば充分だ。
さて、私の役割はここまで。
重たい。
ふと視線を下ろすと、眠りこけたラディオの顔が、私の胸に沈んでいた。
「■■■、■■!」
思わず叫んで、そして思わず彼を支えていた手を離してしまう。
――ゴツン!
大きく額を床に打っても微動だにしない彼を視て、私は流石に違和感を覚えた。
……あ、やっばー☆
薬の量多すぎたかもー☆
◇
同日で二度目の爆発騒ぎ。
そんな偶然なる不運に見舞われた私達のパーティは、次の日も同じ町で別の宿を借り滞在していた。
ちなみに、爆発騒ぎを起こした盗賊ギルドの残党は既に捕縛済である。
何やらギルドにタレコミがあったらしく、逃げ場を封じ込められていたらしい。
怖いね。
なのにどうして私達が用もない町に残っているかというと――。
「……はっ、ここは」
「あ、おはようございますラディオさん!」
宿屋のベッドで眠りこけていたラディオは、何か悪い夢でも見たのか飛び起きるように目を覚ました。
「昨日は大変だったんですよぉ……! ラディオさんが敵の仕掛けた爆発に巻き込まれて、私、私……っ!」
「え、は? 爆発? いやていうかお前、あれ、あの酒」
「うわああん! しかも奴ら確実に私達を殺そうと睡眠薬を使ってきたんです! あぁなんという卑怯で悪辣な手口なんでしょう……私、許せません!」
とにかく目覚めて良かった!
涙ながらに訴える私の傍で、彼は放心した表情のまま額に手を当てた。
「……おいてめぇ! なんで葉っぱ貼り付けてんだよ!」
「え? 抵抗されませんでしたし、貼っといた方がよく効くので」
「バニシアァ! ああ、本当にてめぇは――」
さ、今日も頑張って追放、回避するぞ〜!