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1、突然の草原とスライム

新作です。気軽に読んでいただけるコメディ要素のある小説を目指してます。楽しんでいただけたら嬉しいです。

 目の前には色とりどりの光の海、聞こえてくるのは十年間歌い続けた俺らのデビュー曲、そして横には一緒にここまで走り続けた大好きな仲間達。


 そんな幸せなライブ空間、そのステージ上で幸せを感じていた俺は――なぜかどこまでも続く草原にポツンと一人で立っていた。手にはマイク、耳にはイヤモニ、服装はステージ衣装だ。


「ここ、どこだ?」


 さっきまで、つい数秒前にはステージ上で歌って踊っていたはずなのに……少しだけ眩暈がして咄嗟に目を瞑り、目を開いた時にはこの草原に立っていた。

 あの眩暈で倒れて、夢でも見てるのか? もしそうならライブを台無しにしてしまったかもしれない。

 

 三人組男性アイドルグループである、アリエーテ十周年記念ツアーの最終日、都心にあるドームで数万人を動員したライブだった。体調には細心の注意を払っていたはずなんだけどな……落ち込む。目が覚めたらどうすれば良いだろう。


 とりあえず理玖と幸矢に土下座して謝って、スタッフさん達にも謝罪行脚かな。事務所にも行かないと。そしてライブに来てくれていたファンの子達にも謝らないと……

 難しいだろうけど、ライブをもう一度やり直させてもらえないか頼んでみよう。


 そこまで考えて、ずっと俯いていた顔を上げた。頬を緩やかな風が撫でていき、その風に乗って草や土の香りが鼻をくすぐる。


「凄い、リアルな夢……だよな?」


 俺は段々と焦りを感じ始めていた。夢ってこんなにリアルなものだっけ? それにこんなに思考がはっきりしてることもない気がする。ここが現実なんてこと……さすがにないよな?

 俺は少しだけ震えている手を頬まで持っていき、ぎゅっと力一杯つねってみた。


「いたっっ……いけど、目が覚めない」


 ど、どうすれば良いんだろう……え、これ夢じゃないなんてことあり得る!? そんなことないよな、誰か夢だって言って、俺を叩き起こしてくれ!



 ――それから数十分間、自分の頬をつねったり走ってみたり大声で叫んでみたり、さらには寝ようとしてみたり、様々なことを試した。なのに俺はまだ、草原にポツンと一人ぼっちだ。


「やばい、これ夢じゃないのか……? 泣けてくるんだけど。こんなところに一人っきりとか、遭難?」


 俺って夢遊病でも患ってたのかな。可能性としては、ライブは普通に終わって家に帰って寝てる間に移動して、草原で意識を取り戻したとか?

 もしそうならライブは最後まで完走したのか。それならとりあえず心配の一つはなくなる。


 でもさ、こんな広い草原。見渡す限りどこまでも広がっている草原なんて日本にあるっけ? それに地面に生えてる植物が見たことないものばかりなのも気になる。

 夢遊病って飛行機に乗って海外まで行くこともあるのだろうか。でも待った……さっきの仮説があっていたとしたら、マイクを持ってイヤモニつけてステージ衣装を着てるのはおかしい。


 ということは…………どういうこと? いや、マジで意味が分からん! 誰か俺を助けてくれ!


「はぁ……喉乾いたな」


 周りには当然お店なんてないし、川などの水源も視界にはない。耳を澄ましてみても川のせせらぎは聞こえてこない。これ以上ここに留まっていたら、そのうち脱水で死ぬよな……気温はそこまで高くないけど、ずっと直射日光を浴びてたら体調が悪くなりそうだ。


 俺は訳の分からない状況に混乱しつつも、とりあえず生存のために場所を移動することにした。夢じゃなさそうだし……



 それから一時間ほど、体感だから実際は分からないけどかなりの時間を歩き続けた。しかし景色は一向に変わらない。俺は突然の事態と心細さと、さらにこれからの不安に疲れ切って、その場にしゃがみ込む。


「はぁ……マジでどうすれば良いんだろう」


 そう呟いたその瞬間、体にぽよんっと何かが当たる感触がした。それに驚いて咄嗟に立ち上がると、足元に透明な青色のゼリーのようなものが、ぽよんぽよんっと動いているのが視界に入った。


「何これ、生物? というかこれって、ゲームや漫画で出てくるスライムってやつじゃ……」


 逃げた方が良いのか、でももう逃げる気力もない。俺は色々に疲れ切ってそのままその場に立ち尽くしていると、スライムらしきものはにょんっと腕みたいなものを出して、俺の足をツンツン突いてきた。

 なんか……可愛いかも。悪いやつじゃないのか? 疲れと混乱から判断力が鈍っていた俺は、危険かもしれないなんてことは考えずにスライムに手を伸ばした。


 触ってみるとプルプルとした感触が気持ちいい。しかも冷たくて今の俺にとっては癒しだ。俺は徐にスライムを抱き上げて目の前に掲げてみた。


「なぁ、ここがどこだか知ってるか?」


 話しかけてみても何も反応はない。まあ、そうだよな。それにしてもこんな生物がいるって……もしかしてだけど、考えたくもないけど、ここって地球じゃないとかそんなことって……あり得る?


「なぜか突然この草原に居たんだけど、元の場所に帰りたいんだ。どうすれば良いのか知らない? ……って、こんなことスライムに言っても仕方ないか」


 俺はスライムをぎゅっと抱えてとりあえず歩き出すことにした。この冷たさで少しだけやる気が復活したのだ。なんだかさっきまでの疲れが抜けて、元気になった気がする。


「もう少し頑張ってみるかな。そういえば、お前はなんて名前なんだ?」


 俺は歩きながらまたスライムに話しかけた。なぜかこの子は俺の腕の中で大人しくしてくれている。当然返事がないのは分かってるんだけど、一人ぼっちの寂しさを紛らわせたくて話し続ける。


「スライムに名前ってないのか……じゃあ俺が考えよう。スライムだからスラッピとか?」


 あれ……今震えた? 腕の中のスライムがぷるぷるって細かく震えた気がする。


「もしかして、言葉が分かるのか?」


 今度はぷるんぷるんって大きく震えた! 本当に言葉が分かるのかもしれない! 大きく揺れる時が肯定で、細かく揺れるのが否定の意味なのかな。


「スラッピって名前は気に入った?」


 細かい震えが腕に伝わる。この名前はダメなのかも。


「そもそも君ってスライム?」


 今度は大きな震えだ。スライムで合ってたんだ……言葉が本当に通じてるのが凄い。


「じゃあ、スラ吉は? ダメか……スラ太郎は? スラ美はどう?」


 それからいくつもの名前にダメ出しされて、最終的にこのスライムの名前はスラくんに決まった。めっちゃ普通の名前になったけど、他のは全部却下されたのだから仕方がない。


「スラくん、これからよろしく」


 俺のそんな挨拶にも、ぷるんぷるんっと震えて答えてくれるスラくんが可愛い。もう完全に情が湧いている。もし俺から離れていくようなことがあったら、寂しくて泣きそうだ。

 俺はスラくんを離さないという意志を込めて、少し強めにぎゅっと抱きしめた。


「そういえば自己紹介してなかったな。俺は宮瀬涼太。地球って星の日本から来たんだ。ここに来る前はアリエーテってアイドルをやってた。歳は二十八歳で好きな食べ物はオムライス、嫌いな食べ物はゴーヤ。今一番求めてるのは水と日本への帰り方かな」


 そんな俺の言葉にスラくんは、にょんっと手みたいなものを出して俺の腕をつんつんしてくれた。これって慰めてくれてる……?


「……か、可愛いっっ!」


 俺はスラくんのプルプルボディーに頬擦りをして、叫び出したくなるような衝動を抑え込んだ。いや、既に叫んでたかも。

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