第3話「お父さんの覚悟」2
第3話「お父さんの覚悟」2
戦闘が始まって、三十秒もたたないうちに戦況はほぼ固まろうとしていた。
強さのレベルがケタ違いなのだ。
こちらの攻撃はほとんど当たらず、敵の攻撃だけは的確に命中する。
ベジーティアに変身したことで肉体能力は飛躍的に上昇しているが、それでも、コレスの超人的スピードを視認するのがやっとだった。攻撃が来ると分かっていても、脳が反応するより先に拳が、蹴りが、体にめり込んでくるのだ。耐えられるのは、魔法で全身の耐久力、防御力が強化されているからに過ぎない。何度も弾き飛ばされ、崖に、地面に、体が叩きつけられた。生身であれば、確実に命を落としていただろう。
「つまんないわぁ……。もうちょっと楽しめると思ったんだけど。じゃあ、そろそろ一人ひとり手足をつぶして動けなくしてから、裸にして弄んであげようかな。それとも、快楽責め専用の触手で、体中の穴という穴を犯し尽くしてあげようかな。洗脳して奴隷にしちゃうのもいいわね」
コイツは本当に、日曜朝に放映されるアニメの敵キャラなのだろうか。青年向け深夜アニメと間違ってるんじゃないのか。言動が、あまりにも強烈すぎる。
「どれもお断りだよっ!」
若菜がラディッシュハンマーで殴りかかるが、あっさりとかわされ、蹴り飛ばされる。崖に全身を強く打ち付けた若菜は、地面に倒れると、そのまま動かなくなった。
「ラディシティア!」
助け起こそうという気持ちだけはあるものの、私も地面に叩きつけられ、体を起こすのがやっとだ。後衛のパンプティアとスピナティアは、既に叩き伏せられ失神している。
守りたい。
でも守れない。
負けたくない。
でも通用しない。
俺がやらなきゃ。
でも、かなわない。
ジャリジャリと石ころを踏みしめながら、コレスが私の近くへ歩いてくる。
その足音は、死そのものに思えた。
無慈悲な死が、近づいてくる。
痛い。
怖い。
痛い。
怖い。
痛い。
怖い。
死にたくない――。
私の目の前に浮かんでいたのは、圧倒的な絶望感。そして、恐怖だった。
レベルが違う。
ごく単純な、そのひと言を目の前に突きつけられている。
全身の毛穴から、脂汗がにじむ。
知らないうちに、涙があふれてくる。
止めようとしても、体が勝手に震えだす。
圧倒的なパワー差の前には、守りたいという気持ちも、負けたくないという思いも、全くの無力だった。
「どんなに『負けたくない』とか『仲間を守りたい』なんて言ってもね。力がなければ、意味がないのよ。弱さは無力、弱さは罪。そして、はっきり教えておいてあげる」
コレスが舌なめずりをしながら、ゆっくりと言う。
「あなたたちは……」
「弱い」
まったく、返す言葉もないとはこのことだった。
それでも。
私はギリ、と奥歯を噛みしめて立ち上がる。
ここで諦めてしまったら、仲間たちがこの女の毒牙にかかる。何より、自分が「退場」させられたら、次はミサがベジーティアをやらされてしまうのだ。
たった五歳で、父親を失ったミサが。
死ぬのは嫌だ。
痛いのも、つらいのも嫌だ。
それでも。
それでも、まだ幼稚園児の、つい二、三年前までオムツをしていたような、抱っこ大好きの甘えん坊、そんな子供に、こんなに痛くて、つらくて、苦しい思いをさせられるか。
子供のためなら、子供を守るためなら、この痛みだって耐えてやる。
守り抜いてやる。
何が何でも。
それが、父親だ。
「絶対に……」
思わず知らず、唇を割って言葉が漏れる。
「ん? 何か言った?」
よそ見をしていたコレスが向き直る。
「絶対に、負けるわけにはいかないんだっ! 守るって、決めたんだっ!」
心臓ごと吐き出すぐらいの気持ちを込めて絶叫する。
その瞬間、私の中で何かが「カチリ」と音を立てたような気がした。
「無駄よ」
その言葉と同時に、背後で空気が動く。
瞬間、体を反転させキャロットソードを振り抜いた。それは全く無意識の動きだった。コレスの蹴り足の防具とキャロットソードがぶつかり火花を散らす。
「なにぃっ!」
コレスが驚きで目を見開く。
「これならどうっ!」
左フック、右ストレートからの左ミドルキック。
続いて、右後ろ回し蹴りからの右バックナックル。
そして左ジャブ、右ストレート。
空気を切り裂く、稲妻のような連撃。
見えたのではない。ただ、それらが「来る」と感じた。
拳が、蹴り足が体に届く寸前、その場所から体を外す。
目で見るのでもなく、音を聞くのでもなく、ただ肌が「来る」と感じるだけ。その根拠なき直感だけを頼りに、私は体を動かした。
拳が、蹴り足が空を切る。頬に、額に、風圧がかかる都度、チリッと肌に衝撃が走る。
でも、それだけだ。
さっきまでのように、肉に食い込み、骨をきしませる打撃はない。
「チョコマカと逃げ回ってるんじゃ――」
そう言って追撃してくるコレスの脇腹に、
「ええいっ!」
渾身の力を込めて、キャロットソードを叩き込む。
「衝撃炸裂!」
「うわあああぁっ!」
キャロットソードの先端からほとばしる衝撃波がコレスのむき出しの脇腹に炸裂し、その体を弾き飛ばす。
見た目は派手だが、攻撃魔法としての威力はそこまで大きいわけではない。どれぐらいのダメージを与えられるかは分からなかった。それでも、とにかく少しでも距離を取り、時間を稼ぎたかったのだ。
「みんな、大丈夫!?」
倒れた仲間たちのところへ駆け寄る。
ゲームなら、ここで回復アイテムか、回復魔法を目いっぱい使うところだろう。しかし、現時点で私の使える魔法の中に、そんな便利なものはなかった。
さっきまでのパワーアップが、持続性のあるものなら勝ち目はあるかもしれない。しかし、火事場の馬鹿力とか、死に際の集中力によるものだとすれば、その効果は一時的だ。こうしてほんの数秒、時間を稼ぐことはできても、形勢逆転につなげられる保証はない。
(頼むぞ、無事でいてくれよ……)
願いを込めて、失神したままの若菜と明日香、さやかの様子を確認する。呼吸がひどく弱々しい。
柔道の絞め技などで意識を失ったのであれば、活を入れることで意識を取り戻せるかもしれない。しかし、強烈な打撃で脳震盪などを起こしているのだとしたら、無理に動かしてもダメージを増やすだけだろう。
(どうすればいい……?)
これまで記者として取材し、脳内に蓄積してきた情報を必死で検索する。
インフルエンザやノロウイルスなど、感染症の予防法。
熱中症になったときの応急手当。
けがをしたときの止血法。
簡易ギプスの巻き方。
やけどの応急手当。
おぼれたときの心肺蘇生法。
自動体外式除細動器(AED)を使った心室細動の対処法。
どれも、いまの三人に施すべき適切な処置だとは思えなかった。
背後から足音がする。コレスが近づいているのだということは、わざわざ振り向かなくても分かっていた。肌がひりつくほどの殺気が、じわじわと大きくなってくる。
「やってくれたじゃないの。だけど、ほんのちょっと攻撃が当たったぐらいで、勝った気にならないでよ」
キャロットソードを構えて向き直る。
さっきのように、あの超スピードについていけるだろうか。
意識を失ったままの三人を守りながら、戦えるだろうか。
不安や疑問は後から後から湧いてくる。しかし、考えている時間は、もう残されていない。
「はああああああああっ!」
雄叫びを上げてコレスが突進してくる。私はキャロットソードを正眼に構え、敵の動きに全神経を集中させた。
(来る――!)
その瞬間だった。
空から柔らかい光が降り注ぎ、スポットライトのように私たちを包み込んだ。その光は優しく、温かく、厳寒の真冬に挿入される小春日和のように心地よい。光の中で全身の痛みが溶け、傷口が急速に癒やされていった。
「ううん……」
「あったかぁい……」
「何ですか、この光は……?」
意識を失っていたはずの三人が、光の中でゆっくりと体を起こす。
しかし、コレスにとってその光は、理不尽な障壁そのものだった。
「キャアアッ!」
光に触れた瞬間、コレスは弾き飛ばされていた。何度か光の中へ侵入しようとするが、そのたびに弾かれ、私たちに近寄ることすらできない。
「なんだ、この光は!」
忌々しげに叫ぶものの、彼女に為す術はなかった。
「ベジーティア。大切な人を守りたいという気持ちを忘れないようにしなさい。それは、いつでも大きな力になるのです」
光の中で、女性の声がした。
「あなたは……」
私は声の主に向かって尋ねようとする。しかし、その声がどこから発せられたのかも定かではなく、正体は判然としない。
ただ、その声に聞き覚えがあった。
初めてマジックゲートを抜けたときに聞いた声だ。
あのときに感じた、不思議な懐かしさが再び込み上げてくる。
「その力で、大切な人を守るのです……」
一方的にメッセージを伝えると、女性の声は徐々に遠ざかっていく。
「待って!」
声の主に呼びかけるが返事はなく、やがて光も少しずつ薄れて消えていった。
声の主の女性が何者なのか疑問は尽きなかったが、今はそれを追求するわけにいかなかった。
まだ目の前に、コレスがいるのだ。
幸い、さっきの光で体は完全回復し、三人の仲間も復活した。挽回のチャンスはあるはずだ。
「チッ……。面倒臭いわね。今日のところはこれぐらいにしといてあげるわ」
舌打ちをしたコレスは、そう言い捨てると姿を消した。
「ふう……、助かったね。いまのボクたちじゃ、アイツには勝てなかった」
「キャロティア、ありがとうです。あなたのおかげで、みんな無事でした」
「ううん、私の力じゃないよ。さっきの、あの不思議な光のおかげ」
「ところでキャロちゃん、それ、どうしたの?」
スピナティアがキャロットソードを指さして尋ねる。刀身に、見覚えのない深紅の宝石が一つ埋まっていた。
「え? 何これ、私も全然気づかなかった。ポンニュ、これ何なの?」
私は近くを漂っていたポンニュにキャロットソードを見せる。
「それは『ベジージェム』! ベジーティアの力に目覚めた印だニュ!」
「敵をやっつけたらもらえるんじゃなくて、パワーに目覚めたら出てくるの?」
「そういうことニュ。キャロティアはさっきの戦いでベジーティアの力に目覚めたから、これが現れたニュ」
「じゃあ、パワーに目覚めなかったら出てこないの?」
「そうニュ」
「……そっか。分かった」
確認のため、仲間のアイテムを見せてもらうが、ベジージェムらしきものは見当たらなかった。
つまり、私だけがレベルアップしたわけだ。今後、仲間たちがパワーアップを果たすまでは、コレスを始めとする幹部クラスと戦うのは私の役目になるだろう。
それでいい、と思った。
古来、戦いなんてものは男の役目だったのだから。
自分が少しでもパワーアップすることで、家族を、仲間を守れるなら、それでいい。
「ボクも修行して、パワーアップしなきゃな」
「キャロちゃんだけレベルアップするなんて、いいなー」
「私も、頑張らなきゃです……」
口々にそんなことを言い合う仲間たちを眺めて、
「ついさっき、死にそうな目に合ったばかりだというのに……」
私は小さく、ため息をついた。
光の道を抜け、見なれた街並みに戻ってくる。
自宅の最寄りのコンビニに入ると、大して欲しくもないガムとジュースを買って帰宅した。
「あっ、お父さんが帰ってきたー。ねえねえ、お父さん、遊ぼうよー。どっか連れてってよー」
テレビを見終わり、暇を持て余したミサがふざけて足元に絡みついてくる。
無事に戻ってきた。この子を守れた。
その実感が込み上げてきた私は、無言でミサを抱き上げ、強く抱きしめたのだった。




