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お父さん、魔法少女になる  作者: 春風ヒロ
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第3話「お父さんの覚悟」1

第3話「お父さんの覚悟」1


「最近の『兜山TOWN』は上品だねぇ。女子高生のパンチラスポット特集とか、風俗店特集とかやったら、新規読者も増えると思うぜ。どうよ、いいと思わんか?」

 私の向かいに座った男は、脂ぎった顔にいかにも好色な笑いを浮かべながら焼鳥を口に運び、クチャクチャと音を立てて咀嚼した。それをジョッキのビールで流し込み、盛大なゲップをすると、

「おねーさん、ビールお代わり!」

と声を張り上げる。

 金曜の夜の居酒屋は、仕事を終えたサラリーマンでいっぱいだった。店内はタバコの煙で白くかすみ、そこかしこから笑い声が上がる。テーブル席の間を駆け回っていた女性店員がサッと近寄り、携帯端末にオーダーを入力すると、空になったジョッキを受け取る。その間中、彼はずっと女性店員の胸を舐め回すように見つめていた。

 そのうち、セクハラで逮捕されますよ部長。私はそんなことを思いながら、口にしたのは別の言葉だった。

「江藤部長……エロ路線に走れば、新規読者以上に大多数の既存読者を失うことになりますよ」

「んなこたぁ分かってるんだよ。だから『兜山ウラ事情』とか『ウラ兜山TOWN』を創刊して、地域密着型のエロ情報をだなあ!」

「それ、取材と称して部長が風俗店情報を探したいだけじゃないんですか?」

 私がそう言うと、向かいの男はゲラゲラと笑いながら

「当たり前じゃねえか」

と答えた。

 この男、江藤マサトはわが社の出版部長。つまり私の上司である。普段は真面目なふりをしているが、見ての通り酒が入ると際限なく下品になる。もう五十に近いはずだが、いまだに月に数度は風俗店通いを続けているというのだから呆れるしかない。奥さんと、大学生になる子供がいたはずだが、家族はこの人の風俗店通いのことを知っているのだろうか……?

「で、部長……『大事な話』って何なんですか? できれば、真面目な話は酔いが回る前に聞いておきたいんですが」

 私は飲みかけのビールジョッキを置いて尋ねた。今日はさっさと帰るつもりだったのに、終業間際になっていきなり、江藤から「松嶋、ちょっと大事な話があるから付き合ってくれんか」と声を掛けられたのだ。しかし、江藤は焼鳥とモツ煮込みをビールで流し込むばかりで、一向に「大事な話」を切り出す様子がなかった。

「あー……実はな……」

 江藤はスーツの内ポケットに手を入れ、何かを取り出そうとした。しかし、そのまま「あー……うー……」と躊躇し、やがて、何も持たないまま手を出した。

「……なあ、松嶋。もし自分が女の子になったらどうする?」

「はあ?」

 まったく想像していなかった問いに、声が軽く裏返る。一体、この人は何を言いだすのだ!?

 五十を過ぎたオッサンがこんなことを言えば、普通なら、頭がおかしくなったと思うところだろう。しかし、私自身が現在、「魔法少女の中の人」として活動している以上、この突拍子もない質問にも、何かの必然性が隠れているように思えてならなかった。

 まさか、私がベジーティアになったことをどこかで知ったのか!? ポンニュとしゃべっているところを見られたとか? 頭の中に浮かんでは消えるでさまざまな考えを整理するため、私はジョッキに残っていたビールを飲み干して時間を稼いだ。

「……何ですか、それ。男子中学生じゃあるまいし、そんなの考えたこともないですよ。そんなことより、考えなきゃいけないことが山積してるんですから」

「実はオレな……」

 江藤はしばらく口ごもっていたが、やがてため息をついて、運ばれてきたビールのジョッキに手を伸ばした。

「なんでもないわ、忘れてくれ」

「……はあ」

 中途半端に話を切り上げた後、江藤は、最近注目している総合格闘技の団体について話し始めた。いまではすっかりオジサン体型になってしまったが、江藤は学生時代、空手で全日本選手権に出場したことがあり、今でも格闘技全般にかなり詳しい。笑って相槌を打ちながら、私は江藤がさっき何を言おうとしていたのか、ずっと考えていた。


「お野菜の力で変身! 魔法少女、ベジーティアー♪」

 ベジーティアのテーマソングがテレビから流れ、色とりどりの衣装をつけた少女たちが走ったり、飛び跳ねたりしながら敵と戦うアクションシーンが映し出された。

 オープニングテーマが終わり、タイトルコール。そして学校を舞台にした日常パートが始まる。私は戦闘シーンしか関わっていないため、ほのかたちが学校生活を満喫している様子を見るのは非常に新鮮だった。

 やがて放課後になり、四人はショッピングモールへ寄り道をして帰ろうという話をする。

 百円均一ショップで文具を買い、服や小物の店を眺め、新しいスマホをチェックして、歩き疲れた四人はフードコートで休憩する。


「若菜はどのアイスにするですかー?」

「そうだなー、ボクはこのローズストロベリーに、トカラーチョコスプレーをトッピングしようかな」

「私は……抹茶とバニラのハーフ&ハーフにします。さやかさんは、やっぱりいつもの?」

「もちろんですぅ! スパイシーワサビ・七味唐辛子トッピングに勝るものはないですぅ!」

「あっはっは、相変わらずさーやの好みは理解不能だね」

「私は、このトロピカルサンデーにしようかな♪」


 聞き覚えのあるやり取りが始まった。続いて、ほのかが、さやかのアイスを口にねじ込まれ、涙目で悶絶する。やがて緊迫感漂うBGMが流れ、次々と爆発するスイーツと、甲高い声で「ニククェー!」と叫ぶ鳥型メタミートが登場。パニックになった人々が逃げ惑う。

 自分の体験した出来事が、そのままアニメとしてテレビで放映されているというのは、何とも不思議な感覚だった。

 これまでは何も考えず、ミサと一緒にただ眺めているだけだったが、どこかに敵の情報や今後の戦いのヒントが隠されているかも……と思うと、つい真剣に画面をチェックしてしまう。

 だから、突然耳元で

「ヒロシさん、メタミートが来るニュ!」

 ポンニュの声がしたときは、心臓が飛び出すのではないかと思うほどビックリした。動揺を隠し、無言のままポンニュを鷲掴みにする。そして、足早にトイレへ駆け込んだ。

「ねえねえ、おかーさーん、いま、ポンニュの声がしたよ?」

 背後で、ミサがキッチンで洗い物をしている妻に話しかけるのが聞こえた。

「なあに? テレビの音でしょ?」

「ううん、ポンニュがお父さんと話してたー」

「あら、そうだったの? 気のせいじゃなくて?」

「うーん、わかんなーい。でも、さっきテレビにポンニュ出てなかったー」

 そんなやり取りが聞こえてくる。私はバタン!と音を立ててトイレのドアを閉め、カギをかけて、つかんでいたポンニュを解放した。

「ひどいニュ、痛いニュ、乱暴にしないでほしいニュ!」

 ポンニュが涙目で抗議する。私はそれを無視して、

「家の中でいきなり話しかけてくるんじゃない!」

 ドアの外に音が漏れないよう、抑えた声でポンニュに怒鳴った。もしも、この不思議生物をミサが見つけて、「あたしもベジーティアになりたい!」なんて言いだしたら大変だからだ。

「でも、仕方ないニュ。メタミートたちがやって来るニュ」

「時間を調整する魔法があるんだろうが。こっちの日常生活に支障をきたすようなタイミングで出てくるんじゃない!」

「時間調整の魔法は、ヒロシさんがこっちの世界とベジーティアの世界を行き来する時にしか使えないニュ。それ以上の文句は、メタミートたちに言ってほしいニュ……」

 大きな目に涙をためてプルプル震えるポンニュを見ていると、自分が弱い者いじめをしているような気がしてくる。私はため息をついてポンニュの頭(?)を撫でた。

「すまなかった。今度から気をつけてくれよ。じゃあ、ゲートを開いてくれ。できるだけ静かにな」

「分かったニュ。マジックゲート、オープン!」

 ポンニュが小声で呼びかけると、トイレのドアがあった場所に光の道が開いた。その奥に、いつもの自動改札機が見える。私はそのゲートをくぐろうとしたところで、足を止めた。

「あ、すまん、ポンニュ。パスをスーツに入れっぱなしだ。持ってくるから、お前は家の外で待ってろ」

 ガクッとアニメチックな動きでずっこけるポンニュを窓から外へ押し出し、私はカモフラージュのために水を流してからトイレを出た。

 スーツのポケットからピンクのパスと財布を取り出し、チノパンのポケットにねじ込む。

「ちょっとコンビニ行ってくる」

 妻にそう言い残すと、私は足早に玄関を出た。待ち構えていたポンニュを脇に従えてしばらく歩き、家から離れる。

「よし、そろそろいいだろう」

「じゃあ、気を取り直して……マジックゲート、オープン!」


 光の道を抜け、目の前に広がったのは、いかにもアニメのバトルシーンにありがちな荒野だった。そびえ立つ崖の上に、敵の幹部と思われるキャラクターが何人か立っている。

 いかにもデータ分析が得意で、戦闘中に「○○の可能性、何パーセント」なんてつぶやきそうな、メガネの少年キャラ「プリン・タイ」。

 ボディビルダーのように全身を筋肉で包んだ、二メートル近い大男。パッと見ただけでもパワーファイターだと分かる「トランス・ファット」。

 長い髪を風になびかせて、キザなポーズを決めている優男キャラ「ハイブラッド・グルコース」。

 体の際どい場所を最低限隠すだけのボンデージスーツを着た紅一点、色気担当キャラ「コレス・テロール」。

 四人の敵幹部が一人ひとり名乗りを上げ、ベジーティアに向かって「ヘドローン様の邪魔をするヤツは許さない!」と怒鳴っている。その幹部たちの背後に、ドロドロしたシルエットが見えるのが、「ヘドローン様」とやらだろう。

 私が敵幹部たちの様子を観察していた矢先、コレス・テロールの姿が消えた。

「ほのか、後ろ!」

「ウッフフフフ……、カワイイわねえ……。あんなコトや、こんなコトしたくなっちゃうわぁ……」

 明日香の声に反応する間もなく、不意に耳元で甘くささやく声がして、生ぬるく、粘ついたものが首筋に押しつけられた。同時に、尻をいやらしい手つきで撫で回される。

「どゎあっ!」

 私は女子中学生にふさわしくない悲鳴を上げて飛びのく。コレスが尻を触りながら首筋を舐めてきたのだと理解すると、嫌悪感で背筋がゾワゾワした。

「あら……、ウブな反応。カワイイわあ……。女同士なんだから、恥ずかしがらなくてもいいじゃなぁい?」

「そっ、そういう問題じゃない! スケベ! 変態! 痴漢!」

 生理的な気持ち悪さに対する「赤坂ほのか」の肉体反応なのか、涙がこみ上げてきた。そんな私の横から、

「フンッ!」

 若菜が正拳突きを繰り出す。風を切って突き出した拳を、コレスはじゃれつく子猫をあしらうように軽い身ごなしでかわし、すれ違いざま、若菜の脇腹を蹴り飛ばした。

「キャアッ!」

 若菜の体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「若菜!」

 慌てて若菜に駆け寄る。変身前の生身の体であんな衝撃を受けて、大丈夫だろうか。心配だったが、若菜は苦痛に顔を歪め、咳き込みながらすぐに体を起こそうとしていた。ダメージは小さくなさそうだが、どうやら無事のようだ。

「ダメよぉ、人が話してるときに割り込んじゃあ。そんな女の子、モテないぞ」

「アンタなんかにモテなくても、私たちは全然困らないですぅ!」

 さやかが怒鳴り返す。コレスは冷ややかな目でさやかを見ると、一瞬で彼女の背後に回り込んだ。

「……アンタから殺してあげようか?」

 そうささやきながら、さやかの首筋を両手で柔らかく撫でる。その触り方は壊れ物を扱うように丁寧だったが、だからこそ恐ろしかった。私はいつでもこの首を切り落とすことができるのよ? そう言っているのが明らかだった。

「ダメよ、さやか! 変身しないと太刀打ちできないわ!」

 私はそう言って、ニンジン型アクセサリーを取り出した。

「好き嫌いは許さない! チェンジ、ベジーティア!」

 身につけている衣服が光の粒子に変わり、ドレスやリボン、フリルを形成する。髪が伸びてニンジンのアクセサリーが自動的にセットされる。体感時間ではたっぷり三十秒から一分ぐらいかけて変身しているように見えるが、実際には一秒に満たない、ごくわずかな時間で変身は終わっている。背後では、ほかの三人も変身を終えていた。

 コレスは余裕の笑みを浮かべ、腕組みをしながら私たちの変身が終わるのを待っていたが、おもむろに言った。

「教えてあげるわ、ベジーティア。変身しても無駄だってことをね」

「やれやれ……。じゃあ、ここはお任せしますけど、遊び過ぎないでくださいね。あなたとベジーティアのパワー比は四対一。勝率八十パーセントだから、まず負けることはないと思いますが、油断したら足元をすくわれますよ」

「じゃあね、子猫ちゃんたち。また会おうじゃん。『次』があればいいけどね」

「…………」

 崖の上からプリン・タイとハイブラッド・グルコースが呼びかけ、トランス・ファットは無言のまま姿を消す。コレスは姿を消した仲間にヒラヒラと手を振ると、ゆっくりとこちらに向き直った。

「じゃ、始めよっか」

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