第14話「戦いを終えて」
第14話「戦いを終えて」
『魔法少女ベジーティア』の放送が終わった。
最終回に至るまでの数話は、息つく間もないバトルに次ぐバトルの連続だった。
そんなバトルの合間に、赤坂ほのかと母親、妹の正体が明かされた。
ほのかだけでなく、母エツコも、妹リサも、魔法少女だったこと。その力を受け継いだほのかが、真の魔法少女の力に目覚め、ヘドローンを倒す。
ヘドローン戦後、役目を果たした魔法城が消えるのに伴って、魔女っ子モモと聖ココアも姿を消す。その直前、変身を解き、赤坂エツコとリサに戻った二人が、ほのかを抱きしめた。
「これからも、私たちはずっと、あなたのそばにいるわ」
「おねーちゃん、元気でね」
二人はそう言って姿を消した。ほのかの手元にはペンダント型のお守りと、うさぎのぬいぐるみが残る。ほのかは涙を流しながら、二人の形見の品を胸に抱きしめた。
地上波放送では聞き取ることができなかったが、実はこの最後の場面で、私はモモから言われたことがあった。
「ミサちゃんと、生まれてくる妹ちゃんを、大事にしてあげるのよ」
「え!? 妹!?」
驚きを隠せない私の前で、モモはにっこりと笑った。
「これからも、私たちはずっと、あなたのそばにいるわ」
その言葉は、赤坂エツコから娘のほのかに向けられたものか。
それとも、松嶋サチヨから私に向けられたものか。
おそらく、その両方だったのではないか。
私は、そのように考えていた。
佳奈たち三人を車でそれぞれの自宅へ送り届け、私は帰宅した。
玄関で靴を脱いでいると、妻がリビングから出てきた。
「お帰りなさい。ちょっと大事な話があるんだけど」
改まった様子の妻。私は表情を引き締めてリビングに向かい、ソファに腰を下ろした。
「ここしばらく、月のものが来なくて……。病院に行ったら、『おめでとうございます』って」
「そっか、おめでとう! いよいよミサもお姉ちゃんになるのか!」
母の言葉を疑っていたわけではないが、実際のところ、私は半信半疑だった。しかし、妻の話を聞いて、確信を持った。
「名前、考えなきゃな」
そうつぶやくと、妻が盛大に噴き出した。
「ちょっとお父さん、何言ってるの。まだ妊娠が分かっただけで、性別が決まるのは何カ月も先よ」
「ハハ、それもそうか。ちょっと慌てすぎたかな」
笑ってごまかしながらも、私は確信していた。
生まれてくる子供は、きっと女の子だ。
その日の夜、私はリビングでビールを飲みながらノートパソコンを開いた。
検索エンジンに「魔法少女ベジーティア 感想」と打ち込む。すぐにアニメの感想を記しているブログや、ネット掲示板のタイトルがずらずらと表示された。
私はそれまで、ベジーティアの感想を意図的に見ないようにしていた。
自分たちの命がけの戦いを、とやかく言われたくなかったのだ。
しかし、全てが終わったいまなら、この作品を見ていた人たちがどんな感想を持っていたのか、平静な気持ちで見られると思った。
ブログや、まとめサイトの記事を次々と開き、流し読みする。
誰がかわいい、推せる、といった評価の中に、
「赤の子無双すぎ」
「キャロティアだけ強すぎて引く」
「戦闘シーンはやたらと迫力がある、ただ一人ひとりの戦闘力のバランスは悪い」
「キャロティア以外の子、もう少し頑張れ」
といった声。さらに、
「ほのかが時々オッサンっぽい」
「ほのかの中の人はきっとオッサン」
といった意見も書かれていて、私は思わず苦笑した。
また、
「深夜帯ならともかく、日曜の朝から見るには内容がキツい」
「敵の行動がガチすぎる」
という意見には、私も深くうなずくところがあった。
しかし、放送が進むにつれて、感想を記しているブログは減っていった。
「展開がぶっ飛びすぎて、ついていけない」
「戦闘シーンはきれいだけど、肝心の物語がヘビーすぎて……」
そんな感想と共に、多くの人が視聴を打ち切っていた。
放送開始時、二十パーセント近くあった視聴率は、回を重ねるたびに右肩下がりとなり、終盤の視聴率は一桁に下がっていた。
言うなれば、「大爆死」の「不人気作品」ということだ。
最終話までの意見をまとめた、数少ない感想サイトに書かれていた意見は、
「いきなり出てきた伝説の魔法少女がお母さんとかナニコレ意味不明」
「変身後の決めポーズ、ずっとやってなかったのに最終回でいきなりやったのは何故?」
「決めポーズできなかったラディシティアとスピナティアが不憫」
「後ろで元敵幹部たちが『オレたちも何かやったほうがいいの?』って困惑してたのマジで草」
「いくら不人気だからって、昭和の魔法少女とか前作の主人公を出演させるなんて、テコ入れの方向性を間違いすぎ」
「シン・最終形態いらんかったんちゃう? シャイニーブーケでヘドローン倒して完結で良かったやん。最後の最後までキャロティアだけ活躍させててほかの子ほったらかし。残念やわ」
といった、実に辛辣なものだった。
「まあ、仕方がないよな……」
私は苦笑しながらビールをのどに流し込む。
そんななかで、一つのブログが目に止まった。いくつものアニメの感想を記し、考察しているブログだった。
「『魔法少女ベジーティア』
この作品全体を通して描かれていたテーマは、友情と愛情でした。
主題歌の『大切な人守るためなら何度でも立ち上がる』『どんなに遠く離れていても、君のためならすぐに飛んでいく』という詞が、まさに作品全体を象徴していたと思うのです。
主人公のほのかのひたむきな行動は、家族や友人だけでなく、敵だった相手の心すらも動かし、共に戦う仲間へと変えていきました。
しかし、『大切な人を守る』ほのか自身も、母や妹といった『大切な人から守られる』存在だったのです。ナイフで刺されたとき、母親の形見のお守りがほのかの命を守りました。何度も危機に直面したとき、新しい能力に覚醒できたのは、死後も世界を守り続けていた母のサポートのおかげでした。
そして最終話で、いよいよ母親と妹が登場します。それまで一方的にサポートする存在だった二人が、最後はほのかと共に並び立つ。それは、ほのかが正当な力を受け継ぎ、魔法少女の正当な後継者として認められたからではないでしょうか。(魔女っ子モモと聖ココアの版権問題がクリアされているのかどうかは、非常に気になるところですが……笑)
『守られる存在』だったほのかが、真・最終形態に覚醒したことで、『共に戦う仲間』になった。この場面に、全てが集約されたように思います。
3年ぶりに再開された日曜朝の女の子向けアニメとしては、いろいろとツッコミどころの多い作品だったことは確かです。内容が重い、展開がグロいなど、番組制作スタッフに猛省を促したい部分もありました。
しかし、それでもなお、私にはこの作品が、『大爆死の不人気アニメ』という単純な評価で終わらせてしまうのはもったいないと思えてなりません」
私は記事を最後まで読んで、缶の底に残っていたビールを飲み干した。
これだけ丁寧な解説を書くのだから、ずいぶん熱心な『ベジーティア』ファンだったのだろう。辛辣な意見ばかりを読んだ後だけに、その記事は私の心を癒やしてくれるような気がした。
(さて……、寝るか)
パソコンの電源を切ろうとしたとき、ポンニュの声がした。
「ヒロシさん……、いま、大丈夫ニュ?」
私はさっと周囲を見回した。妻とミサは寝室だ。起きてくる様子はなさそうだった。
「ああ、大丈夫だ。出てきてもいいぞ、ポンニュ」
ポンと音がして、何もない空間からポンニュが現れた。
「ヒロシさん、今までありがとうニュ。おかげでヘドローンを倒すことができたニュ」
「一つ、確認しておきたいんだが、オレが最後に使った『極大浄滅光』って、ヘドローンを浄化するだけの魔法ではなかったんだろう?」
「そうニュ。あれは人の心を浄化する魔法ニュ。もともとヘドローンは人の心のマイナスのエネルギーが集まって生まれた存在ニュ。だから、人の心が浄化されたら存在そのものが消えてしまうニュ」
「ということは、マイナスのエネルギーが溜まっていけば、またヘドローンは生まれるってわけだな」
「そういうことになるニュ。だけど、この地球だけじゃなく、銀河系、宇宙全体、さらにもっと多くの多元宇宙の生命全てのマイナスエネルギーが何万年、何十万年と蓄積されて生まれたのがヘドローンニュ。だから、宇宙全体からまた同じだけのエネルギーが集まるのは、何万年もかかるはずニュ」
「じゃあ、『魔法少女』が戦う必要は、もうないと考えていいんだな?」
「……それはどうか、分からないニュ。ヘドローンがいなくなっても、悪いことを考える存在が全部いなくなるとは考えられないニュ。だけど、少なくともいま、ヘドローンや、その仲間がまた出てくるかもしれないっていうのは、心配しなくていいと思うニュ」
「そうか……。分かった」
私が気がかりだったのは、その部分だった。せっかくヘドローンを倒したのに、新たな敵が現れ、「新シリーズ」として戦いが再開されるのではないかと思ったのだ。
ふと、私の中にひらめくものがあり、問いかけた。
「なあ、ポンニュ。『魔法少女ベジーティア』は視聴率が右肩下がりで、ネットでは『大爆死』『打ち切られなかったのが奇跡』なんて言われている。おかげで次のシーズンは、魔法少女アニメが放送されないだろうと、もっぱらの評判だ。それはつまり――」
「そのほうが自然だからニュ。つまり、ヘドローンを倒したことで、もう魔法少女の敵がいなくなったニュ。だから、来シーズンからの放送はなくなったニュ。だけど、建前上は『低視聴率のため』という理由でないと、スポンサーさんへの説得力がないニュ」
「そういうことだったのか……。じゃあ、もうこれは必要ないんだな」
私はポケットから、ピンクのパスカードを取り出した。
『Year2023 JAPAN←→Vegethia World』
魔力を帯びたカードは、何度も使ったのに手垢一つついておらず、いまでも新品同様の輝きを保っていた。
よく見ると年号が「Year2022」から「Year2023」に変わっていた。知らないうちにデータのアップロードが行われていたのだろうか。
「そういうことニュ。だけど、邪魔にならなければ、そのパスも、キャロットソードも、持っていてほしいニュ」
「……記念になるからか?」
「それだけじゃないニュ。そのパスもキャロットソード、正確にはベジージェムも、魔法城とつながるための触媒になってるニュ。これを持っているだけで、多元宇宙の魔法少女たちから力を受け取ることができるし、逆に、いざというとき、力を送ることもできるニュ」
「そういうことか。分かった、じゃあなくさないように気をつけよう。とはいえ、オレ自身がこれを使うことは、もうないだろうな」
「そうだと思うニュ。……じゃあ、ヒロシさん、そろそろお別れニュ」
ポンニュは短い前足(右手?)を差し出した。そのプニプニした前足を握る。思い返せばコイツをブン殴りたいと思ったことも、頭ごなしに怒鳴りつけたこともあったけれど、いまとなっては何もかもがただ懐かしかった。
「二度と会わないことを願ってるよ」
「その言い方、なんだかすごくヒドいニュ……」
「ところで、明日菜や佳奈たちとのお別れは済ませたのか?」
「まだ、これからニュ。最初にヒロシさんのところに来たニュ」
「そうか。今日はもう遅いから、行くなら明日、もう少し早い時間にすることだな。じゃあ、元気でな」
「ヒロシさんも、お元気で。バイバイニュ」
名残惜しそうな顔でポンニュは手を振ると、ポンと音を立てて姿を消した。
静けさの戻ったリビングで、私は手元に残ったパスカードとニンジンのアクセサリーを見た。子供の目にふれないよう、カギのかかる引き出しの奥に入れて、仕舞い込むつもりだった。
もう、私がこのアイテムを使うことはないだろう。
しかし、もしまた敵が現れて、誰かが戦わねばならないときが来たら。
子供たちを守るためなら、躊躇なく「お父さん、魔法少女になる」。
その決意は揺るがなかった。
いつか再び、邪悪なものが目覚めるその日まで。
この平穏で、変わり映えのない平和な日常を歩き続けよう。
それが幸せというものなのだ。
完
本作のネタを最初に思いついたのは、もう10年以上も前のことでした。
最初は第1話だけの短編小説だったのですが、構想を練るうち、どんどんと物語がふくらみ、とうとう20万字を超える長編小説となりました。
最後までお読みくださった皆様、お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
本作のほかにも、兜山市を舞台にした作品を現在鋭意執筆中です。
いずれ機会があれば、皆様にご覧いただきたいと思います。
またお会いできるその日を楽しみに。




