第13話「最終決戦」3
第13話「最終決戦」3
「やった!」
画面の向こうで、ラディシティアの放った「ベジーティア・ビタミンストライク」がヘドローンの核を撃ち砕いた瞬間、私は思わず大声を上げていた。
シャイニーブーケに込められた歴代魔法少女の力が、そして、魔法少女を応援する子供たちの祈りの力が、ヘドローンを倒す。それはまさに、つながれてきた思いと希望の勝利であり、かつて敵として戦った相手とベジーティアが力を合わせてもぎ取った劇的な勝利である。最終決戦の決着にふさわしい、大団円の姿と言えた。
そんな私に冷や水を浴びせるように、モモが言った。
「キャロティア、喜んでいるところに水を差すようで悪いんだけど、これで終わりじゃないわよ。シャイニーブーケは、ただの『おたすけアイテム』。ヘドローンを倒す決め手にはならないわ」
「え、でも、ヘドローンの核を砕いて倒したはずじゃ……?」
「そうね、『この世界の』ヘドローンを倒すことはできたわ。だけど、さっきも説明したように、ヘドローンは無数の多元宇宙から負のエネルギーを集めている。それを全て断ち切らないと、アイツは何度でもよみがえってくるわ」
その言葉を裏付けるように、禍々しい声が響いた。
「よくも……よくも、やってくれたな……」
ほらね、とでも言うように、モモは私に向かってうなずいてみせる。
「そんな……」
あっけにとられている私の肩を、モモは優しく叩いた。
「あなたまで絶望してどうするの。仲間を、そしてこの世界を救うために、私たちがいるんでしょ。さあ、そろそろパンプティアちゃんの魔法が終わって、門が開くわ。準備しましょ」
「そ、そうだったね、うん。よし、行こう!」
私はキャロットソードを強く握りしめた。
脳裏には、たったいま目にしたばかりの、何千、何万というヘドローンの姿が焼きついている。
しかし、不思議と気持ちは落ち着いていた。
「待っててね、みんな。もうすぐ、たすけに行くから」
不意に私たちの足元に、虹色にきらめく光線が伸びた。一本の直線から無数の曲線が枝分かれし、複雑な紋様を描いていく。それが巨大な魔法陣を形成していることに、私は気づいた。
全ての線がつながり、魔法陣が完成する。虹色のきらめきは一層の強さを増し、三人を包み込んだ。
「解放!」
パンプティアの声が響いた瞬間、私たちの姿は「導きの世界」から消えた。
「……我が願いの元、古の約束に基づき、扉よ出でよ!」
パンプティアは詠唱を終えた。
額から滴る汗を、ポケットから取り出したハンカチでゆっくりと拭う。
魔法の発動に支障をきたすため、詠唱中は汗を拭くこともできなかったのだ。
何回、同じことを繰り返しただろう。
始源の魔法少女に教わった通り、定められた言葉を、定められた動作と共に、所定の旋律、抑揚で繰り返し唱え、魔法陣を解放する。それは、無形の魔力から有形の爆弾を練成する彼女にしかできない魔法だった。
彼女の目の前の床には、虹色にきらめく大きな魔法陣が広がっていた。
しかし、これで終わりではない。
まだ、魔法陣をこの世界に呼び出しただけなのだ。ここから、魔法陣の力を解放し、門を開かねばならない。
「……頑張れ、私」
大きく一度、深呼吸。そして、あらためて精神を集中した。
「門よ、開け!」
パンッと音を立てて両手を合わせる。パンプキンボムを生成するときの要領だ。お腹の底まで空気を吸い込み、糸のように細く、途切らせることなくゆっくりと吐き出す。その呼吸に合わせて、全身の魔力を手のひらへと集めていく。魔力が集中すると共に、合わせた手のひらが熱くなる。
二度。三度。繰り返し魔力を集め、手の中に収束させ、練り上げる。最初、綿くずを集めたようにフワフワとしていた魔力が、手のひらで密度を増し、重金属のように重く、強くなっていった。
限界まで練り上げたところで、パンプティアはその力を放出した。
「解放!!」
魔法陣がひときわまばゆい光を放った。その光は部屋を満たし、渦を成す。魔力の粒子が擬似的な突風となって吹き荒れ、パンプティアの長い髪を、衣装を、大きくはためかせた。
光はやがて一カ所へと集まり、収縮していく。小柄な人間くらいの大きさにまで――。
光が消えた。魔法陣の中心に、少女の姿があった。
一人はパンプティアにとって、あまりにも見慣れた、身近な少女。
「お疲れ様。そして、門を開いてくれて、ありがとう、パンプティア」
キャロティアが立っていた。
「え、ええーっ!? どうしてキャロちゃんが出てくるの!? ……と、その二人は?」
「初めまして。『魔女っ子モモ』と、」
「おねーちゃんとは『初めまして』だよね。ハートの守護天使・聖ココアだよ!」
「は、え、えええええっ、ど、どういうことなのーっ!?」
疲労のため、今にもへたり込みそうになっていたパンプティアだったが、あまりにも驚きが大きすぎて疲れも吹っ飛んでいた。
彼女は、キャロティアがヘドローンに胸を撃ち抜かれ、瀕死の重傷を負ったことを知らない。キャロティアが「導きの世界」でモモやココアたちと会っていたことを知らない。当然、モモがキャロティアの母親、ココアが妹であることも知らない。
ラディシティア、スピナティアと一緒に行動しているはずの仲間が、いきなり魔法陣から出てきたら、驚くのも無理はなかった。
それも、ただの魔法陣ではない。「ヘドローンを倒し、世界を救う究極魔法」を発動させるための魔法陣だと聞かされていたのだ。究極魔法を発動させるつもりでいたら、魔法陣からひょっこりと仲間が出てきた。しかも、隣には数年前、自分が見ていたアニメの主人公も連れている。事情を知らないパンプティアにしてみれば、タチの悪い冗談でしかないことだろう。
「あー……、まあ、事情が分からないんだから、混乱するのは無理もないよねぇ……」
キャロティアは困ったような笑いを浮かべながら、コリコリと右頬を人差し指で引っかいている。
「きちんと説明してあげたいのは山々なんだけど、時間がないんだよね。だから、詳しいことはまた後で。いまは急がないと、みんなが危ない!」
キャロティアはそう言うと、足早に部屋を後にする。
「え、ちょ、ちょっとー、もう、何なのー!?」
パンプティアは、疲れた足取りでキャロティアの後ろを必死に追いかけるのだった。
ラディシティアたち五人は絶体絶命の危機に追い込まれていた。
先ほどのヘドローンとの戦いで、既に全員が満身創痍なのだ。まともに反撃する力さえ、ほとんど残っていない。
ヘドローンは五人を十重二十重に取り囲み、無数の弾丸を間断なく撃ち込んでいた。それは文字通り、ヘドロの暴風雨であった。
先ほどまでであれば、ほんの数秒で全員の魔力が尽き、防御障壁が消失して、一人残らずヘドロに飲み込まれていただろう。
五人がその猛攻を耐え続けられたのは、シャイニーブーケの力によるものだった。防御障壁が劇的に強化され、ヘドロの直撃を受けても大きなダメージを受けずに済んでいたのだ。
しかし、それにどれほどの意味があるのだろう。
逃げることも、反撃することもできない。羽も足もちぎられた昆虫が、のたうち回りながら緩慢な死を待つことしかできないように、彼らもまた、なすすべなく、逃れようのない死を一秒、また一秒と遅らせるためだけに攻撃を耐えていた。
五人にとって何よりつらかったのは、苦闘の末に一度、ヘドローンを倒していたことだ。一瞬、「勝った」という喜びを味わったために、緊張の糸が切れてしまったのだ。
例えるなら、全精力を注ぎ込んでフルマラソンを完走し、ゴールテープを切ったと思った瞬間、「ここはゴールじゃありません。もう一度、最初からやり直しです」と宣告されたようなものだ。
一度、切れてしまった気持ちを立て直すのは、容易ではない。まだ体力にも、気力にも余裕があれば、切り替えることができただろう。しかし、五人にそんな余力はもはや存在しなかった。
五人の存在は文字通り、風前の灯だった。
(もう、ダメだ……)
誰もがそう思った瞬間のことだった。
「ブースターショット!!」
一陣の光がヘドロで濁った空間を切り裂いた。
刹那の間を置いて発生した強烈な衝撃波と熱波が、ヘドローンを吹き飛ばす。同時に、落雷のような炸裂音が響いた。
爆風を収束し、超加速させることで亜音速に達した爆弾。その運動エネルギーと衝撃波だけでも、恐るべき破壊力を生み出す。さらに着弾後の爆発によって生まれる魔力の爆風は、ヘドローンだけを的確に吹き飛ばした。
「思いよ届け、あなたの胸に! パンプティア!」
爆弾投擲フォームから、パンプティアが決めポーズと共に名乗りを上げる。
「究極浄化魔法」
聖ココアが掲げるロザリオから、柔らかな春の日差しを思わせる光があふれ出る。人間にとっては、ただ心を和ませ落ち着かせるだけの光だが、ヘドローンの肉体が触れると、見る間にヘドロが浄化され、純水へと変わる。光の届く範囲にいたヘドローンの姿が消えたことで、戦場にぽっかりと空白地帯が生まれた。
「あなたに、神の導きを。聖ココア!」
ロザリオを握り、聖ココアが祈りのポーズを取る。
「癒やしの風」
モモが呪文を唱えながらバトンを振る。さわやかな風がヘドロの悪臭を吹き払うと共に、傷ついた五人の体を癒やした。
「バトンひと振り夢キラリ☆ 魔女っ子モモ、ただいま参上!」
クルクルと回転させたバトンを、頭上でピタリと止めて魔女っ子モモがポーズを決める。
最後に、キャロティアが降り立ち、キャロットソードを正眼に構えた。
「ベータカロチンで免疫力アップ、キャロティア参上!」
「ラディシティア、待たせてごめんね。いままで頑張ってくれて、ありがとう」
キャロティアはラディシティアに歩み寄ると、手を差し伸べた。ラディシティアはその手を取って立ち上がりながら尋ねる。
「キャロティア……。ケガは? もう、大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫。ずいぶん心配かけちゃったね」
「そうだよ、ボクもスピナティアも、本当に心配したんだからね」
「分かってる。でも、もう大丈夫だから。ところで、シャイニーブーケ、もらっていい?」
「うん、もちろん」
キャロティアは地面に落ちたままだったラディッシュハンマーを拾い上げた。シャイニーブーケは軽く触れただけでポロリと外れる。キャロティアはそれを、キャロットソードの刀身にはめ込んだ。
「さあ、ヘドローン! これで最後よ! 多元宇宙全ての魔法少女たち、そして、この世界に生きる全ての人たちの心の力を、いま、解き放つ!」
キャロティアの言葉に反応するように、刀身に埋め込まれた三つのベジージェム、そしてシャイニーブーケが鮮やかな光を放った。
「ベジージェム、全解放!」
光の中で、キャロティアの衣装が純白に変わる。
最終形態。さらに、額には複雑な意匠を凝らしたサークレット、胸にはペンダント、手首にはブレスレットが現れた。
「おおおおおおおおおおおおおっ!」
浄化されずに残ったヘドローンたちが突進する。無数のヘドロの弾丸、毒虫、毒ガスなど、およそ、生きとし生けるもの全てに害をなす、ありとあらゆるものが、キャロティアへと殺到した。
正装した、どこかの国のプリンセスのような姿で、キャロティアはキャロットソードを高く掲げた。
刀身が放つ光は邪なるものを清める力を持つのか、ヘドロの弾丸も毒虫も瞬く間に浄化され、消えてゆく。
「真・分子崩壊! 極大浄滅光!!!」
キャロットソードを一閃する。
それは、先ほど聖ココアが使った「究極浄化魔法」を、遥かに強化した魔法だった。
ヘドローンの肉体を構成するヘドロを分子レベルにまで分解し、浄化する。
聖ココアの魔法が光の届く範囲だけを浄化したのに対し、キャロティアの魔法は、この世界全体に影響を及ぼした。いや、この世界だけではない。ベジージェムと魔法城を介して多元宇宙全体に干渉し、ヘドローンの力の根源となる負のエネルギーを浄化したのだ。
この日、世界から争いが消えた。
小規模なところでは、縄張りを取り合ってケンカをしていた小動物から、領土や宗教、人種問題などで争っていた紛争地帯の人々に至るまで、誰もが争いの手を止めた。
人々の心に優しさと穏やかさが満たされ、平和が生まれた。
もちろんそれは、負のエネルギーを浄化する魔法の効果によるもので、永続的なものではなかった。
しかし、たとえ一時的なものであっても、負のエネルギーが完全に断ち切られたことで、ヘドローンは存在そのものが消失することになった。
その場にいた誰もが、ヘドローンの声にならない断末魔の叫びを聞いた。
光が収まった。
私は手の中のキャロットソードを見た。
さっきまで太陽よりも激しい光を放っていたベジージェムとシャイニーブーケは、すっかり穏やかさを取り戻し、真昼の日差しを反射して輝くだけになっている。
衣装も、最終形態から見慣れた通常形態に戻っていた。
周囲をぐるりと見回す。
ヘドローンの姿は、どこにもなかった。
腐敗臭も、禍々しい気配も感じられない。
振り返れば、眼下に兜山の市街地が広がっている。その景色はあまりにも平和で、どこもかしこも変わり映えのない日常のように見えた。
私は仲間たちのほうに向き直った。
ラディシティア。
スピナティア。
パンプティア。
コレス・テロール。
プリン・タイ。
トランス・ファット。
聖ココア。
魔女っ子モモ。
皆が私を見つめている。
私は、にっこりと笑った。
「終わったよ」
それ以上の言葉は必要なかった。
「うわあああああっ!」
戦いが終わった。その実感が歓喜の叫びになって、全員ののどからほとばしった。
私たちは手を取り合い、飛び上がって喜んだ。
戦いは、終わったのだ。
劇中挿入歌(魔法少女ベジーティアエンディングテーマ『ワタシはベジーティア』)
1.
いつだって手をつなぎ 乗り越えてきたトラブル
みんな一緒に チカラ合わせて
仲間たちと つないできた思い
どんな時でも夢は生きていく力
一かけらのスパイスを足してくれる
だから 仲間を信じて歩いていけるんだ
泣きたいときもある
くじけそうな日もある
それでもずっと立ち止まらずに来た
どんなに遠く離れても忘れないから
君の明日を守るため すぐに飛んでいく
そうよ ワタシはベジーティア
みんなを守るため 何度でも立ち上がる
2.
いつまでも時を超え 守り続けてきたプロミス
誰も知らず 誰も気づかず
ただ一人 果たしてきた誓い
どんな時でも愛は守り抜く力
一かけらのスパイスを足してくれる
だから 自分を信じて戦っていけるんだ
折れそうなときもある
壊れそうな日もある
それでも私 踏みとどまってきた
絶望にまみれ 痛みに打ちのめされても
君の未来守るため 何度でも立ち上がる
そうよ ワタシはベジーティア
君の笑顔守るため 何度でも立ち上がる
そうよ ワタシはベジーティア
君の笑顔守るから いつまでも忘れない




