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お父さん、魔法少女になる  作者: 春風ヒロ
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第13話「最終決戦」1

第13話「最終決戦」1


「ヤツが来る! ヘドローンが!!!」

 聞こえるはずはないと分かっていても、私は叫ばずにいられなかった。

「そんな、まさか――」

 聖ココアの言葉が終わるよりも早く、魔法城の前の空間が歪み、何もなかった空中からヘドロがボタボタとあふれ出た。見る間にヘドロが地面に溜まり、緑の草原がどす黒く染まっていく。

「私の全力の凍結魔法アインフリエンド・マギでも、時間稼ぎにしかならなかったっていうの!?」

 血の気の引いた顔で、聖ココアが言う。

「ヘドローンはこの世界だけじゃなく、無数の多元宇宙から負の感情を集めて自分のエネルギーにすることができるの。言い方は悪いけど、雑草みたいなものね。葉っぱをどれだけ刈り取っても、地下に無数に張り巡らされた根っこを断ち切らないと、また生えてくる。それと一緒よ」

 そう話す魔女っ子モモの表情も暗い。

「まずいわね……。まだしばらく、門を開くパンプティアちゃんの魔法は終わらないわ。このままだと、五人が危ないわね」

「そんな……。母さん、みんなをたすけることはできないの!?」

 私は掴みかかりそうな勢いで魔女っ子モモに尋ねた。

「パンプティアちゃんの魔法が完成して門が開けば、私たちが応援に行けるんだけど……。いま、できることと言えば、ポンニュちゃんを通して『おたすけアイテム』を送ってあげることぐらいかしら……」

「なんでもいいよ、今すぐできることをしてあげないと、みんなが危ない!」

 私たちがそんなやり取りをしているうちに、ヘドローンは完全にその姿を表していた。さっきと違い、ヒトの姿すら模していない。それは、ただ巨大なヘドロが集合した、不定形の球体だった。

「ヘドローン! てめぇが出てくるのを待ってたんだ! 今すぐブチ殺してやるぜぇ!」

 トランスがヘドローンに向かって突撃する。

極大爆裂放射ギガ・エクスプロージョン!!!」

 小規模の核爆発にも等しい高密度エネルギー波を放出し、高熱と爆風で敵を焼き尽くす、トランスの最大最強の攻撃技だ。しかし――

「……ダメ、それだけじゃヤツは倒せない!」

 魔女っ子モモが、冷たくつぶやく。

 トランスが放った高密度のエネルギー波は、ヘドローンを直撃した。しかし、ヘドローンを焼き尽くすどころか、表面をわずかにブクブクと泡立たせる程度で、ヘドロの中に飲み込まれていく。

「な、なんだと……!?」

 画面の向こうで、トランスが驚愕に目を見開く。自分の攻撃がまるで効果なかったのだ。驚くのも無理はないだろう。

「パンプティア、頑張ってくれ……。早く門を開いて……」

 私は三つ目のベジージェムを強く握りしめ、祈るような気持ちで画面の向こうを見つめた。


「絶対にまた出てくるとは思ってたけど、こんなに早いなんてね……」

 ボトボトとヘドロを滴らせながら、虚空から現れたヘドローンを見て、ラディシティアは言った。表情が険しいのは、鼻を突くヘドロの腐敗臭のためだけではないだろう。

 トランスたちと力を合わせて、ようやくメタミートの群れを全滅させた直後だった。

 不意に「ヘドローンが来る!」というキャロティアの声がどこからか聞こえたような気がして、ラディシティアは空を見上げた。その瞬間、何もなかった空中の一部が歪み、ヘドロが湧き出したのだ。

「先ほどは、よくもやってくれたな……。あの小娘に不意を突かれたが、今度はそうはいかんぞ。全員まとめて、ヘドロの底に飲み込んでくれよう――」

 ヘドローンの言葉が終わるよりも早く、トランスが突撃する。

「ヘドローン! てめぇが出てくるのを待ってたんだ! 今すぐブチ殺してやるぜぇ! 極大爆裂放射!!!」

 最大最強の攻撃は、しかし、ヘドローンの体の表面をわずかに泡立たせるだけで、ジュブジュブと飲み込まれていく。

「おい、お前ら! なにボサッと突っ立ってやがる! ヘドローン相手に正々堂々なんて考えるな! ヤツがまともに出てくる前に、全力でぶっ飛ばすぞ!」

「え、あ、はいですっ!」

「オッケー!」

 トランスに怒鳴りつけられ、スピナティアとプリンが慌てて戦闘態勢を取る。

「プリン! 撃って撃って撃ちまくるですよ! 全力全解放マックスフルボリューム氷凍結撃射フリージングシュート・極!!」

「分かってる! 手加減も、出し惜しみもナシ、本気の全力だ! 永劫凍結獄!!」

 二人が同時に最大出力の冷気属性攻撃を放った。

変身チェンジ飛翔形態フライトモード!」

 ラディシティアとコレスが飛び上がり、冷気の矢や光線をかいくぐってヘドローンに殴りかかる。

 五人がかりで、一瞬の間断もなく撃ち込み続ける全力攻撃。しかし、ヘドローンは

「効かぬ……。涼風ほどにも効かぬ……」

 まったく意に介さずゆっくりと虚空から巨体を顕現させている。ボタボタと落ちてくるヘドロは地面をどす黒く染め、腐敗臭が強さを増した。

「これなら、どうだ!」

 トランスが腰を落とし、右手を体に引きつけた。拳に光が集まる。大地を蹴って飛び上がり、光の集まった拳をヘドローンに撃ち込んだ。

 ドン、という重い打撃音に続いて盛大な水音が響き、ヘドロがそこら中に飛び散った。ヘドローンの体が爆散し、広場一帯にどす黒いヘドロ溜まりが広がる。四方八方に散らばったヘドロが、グジュグジュと音を立てながら一カ所に集まろうとする。

「させない!」

 ラディシティアが、スピナティアが、プリンが、コレスが、それぞれ散らばったヘドロに冷気属性の攻撃を撃ち込み、凍結させて動きを封じた。

「笑止。それしきの欠片を凍らせたところで、我が身を封じることなどできぬ。貴様らのやっていることは、手杓で大海の水を汲み出すに等しい愚行ぞ」

 ヘドローンの声には、明らかな嘲弄の響きがある。

「我が眷属よ、この鬱陶しい者どもを食らい尽くせ!」

 その言葉と共に、ヘドローンの体から無数の黒い靄のようなものが、低い羽音を響かせながら噴き出した。

「ハエです! ただのハエじゃない、触れたら皮膚も肉も食いちぎられます! 防御障壁を切らさないで!」

 プリンの警告が終わるよりも早く、その場にいた全員の体がハエの群れに飲み込まれた。

「うわあっ!」

 バシバシと音を立ててハエが防御障壁にぶつかる。それはあたかも、ゲリラ豪雨の真っ只中に小さな傘一つで立ち尽くすようなものだった。自動反撃の火花が散るたび、何十匹というハエが体を焼かれ、地面に落ちる。しかし、圧倒的な数の大群を前に、そのわずかな反撃はほとんど意味をなさなかった。

「その程度で終わりだと思うなよ!」

 ヘドローンの体から、無数のヘドロの弾丸が撃ち出された。

 ついさっき、キャロティアの体を貫いたのと同じものだ。その破壊力は、ハエとは比べものにならない。軽機関銃の速さで、対戦車ライフル弾を撃ち出しているようなものだ。一撃でもまともに当たれば、即死のダメージを受ける。たとえ防御障壁を張り巡らしていても、攻撃を受け続ければ、瞬く間に魔力が尽きてしまうだろう。

 ハエの大群を防ぐための障壁を維持しながら、ヘドロの弾丸を避けるため全力で飛び回る。一瞬でも気を抜けば、全身をハエに食いちぎられるか、ヘドロの弾丸で蜂の巣にされてしまうだろう。

「このままじゃジリ貧か……」

 トランスが苦々しくつぶやいた。

 圧倒的な破壊力を前に、五人はなすすべもなく身を守ることしかできなかった。しかし、それとても一体どれほどの時間、耐え続けられるというのか。反撃の糸口をつかめないまま魔力が尽きれば、自分たちが全滅するのは間違いなかった。

「お前ら、五秒だけでいい、時間を稼げ!」

 トランスが叫んだ。

「む、無茶ですう!」

 スピナティアが泣きそうな声で答える。右へ左へ、上へ下へと目まぐるしく飛び回り、追撃してくるハエの群れとヘドロの弾丸を避けるのに必死で、彼女に反撃する余裕はない。それは、ラディシティアも同様だ。そんな彼女たちに、ヘドローンの攻撃を引きつけ時間を稼ぐなど、到底不可能だった。

「任せとけ!」

 応じたのはコレスだった。ヘドロの弾丸を避けながらトランスの前に降り立ち、鷺足立ちの構えを取る。次の瞬間、ヘドロの弾丸とハエの大群が二人を包んだ。

峻岳巓しゅんがくてん!!!」

 コレスが右足、次いで左足で蹴りを放った。

 白山流空手の奥義だ。

 本来であれば、敵の攻撃を連続の蹴り技で受け弾き、相手の隙を突いて反撃する攻防一体の技である。

 峻岳とは極めて険しく、登ることが困難な山。巓とは、その頂きを意味する。槍の穂先のように鋭く、不安定な足場でも体勢を崩すことなく、蹴りを、拳打を、間断なく撃ち込むところに、その名は由来していた。

 しかも、コレスの蹴りはただの蹴りではない。一閃と同時に衝撃波を発し、ハエの大群を、そしてヘドロの弾丸すらも弾き飛ばし、寸時の空白地帯を作り出していた。

 さらに蹴り足をそのままの勢いで踏み込む。衝撃で地面から土砂が奔流となって舞い上がり、上空のハエや弾丸を撃ち落とした。

(す、すごい……。これが江藤のおじさんの全力……!)

 ラディシティアは戦慄する。アニメの世界の中で能力が強調されているとはいえ、いまの自分の全力で、このような衝撃波を生み出し、ヘドローンの攻撃を押し返すことができるだろうか。ベジージェムの全開パワーを使ったとしても、とても、太刀打ちできるとは思えなかった。

 しかし、コレスの内心に余裕はなかった。

 降りしきる豪雨を、自分の手足だけで払いのけているようなものなのだ。

 連続の蹴り。さらに両腕による回し受けからの掌底突き。さらに蹴り。無限に思える攻撃をひたすら受け、捌き、払い、弾き、ようやく得られるゼロコンマ数秒の間隙。それを一つひとつ積み重ね、一秒、二秒といった時間を稼いでいるのだ。

(ミートジェムのパワーがあれば、もう少し出力を上げられるのだが……!)

 キャロティアとの戦いの後、ミートジェムはヘドローンによって奪われていた。いま、ヘドローンの攻撃を撃ち返しているのは、純粋に、コレス=江藤がこれまで蓄積してきた空手の力によるものだった。

 ふと、コレスの体勢が崩れた。それは毛の先ほどのわずかなズレであり、本人以外、誰も気づかないような、微かな乱れだった。しかし、その一瞬が生死の境となる。

「しまっ……!」

 コレスの右肩をヘドロの弾丸が撃ち抜いた。ごっそりと肉がえぐられ、血しぶきが飛ぶ。右半身全体に広がる衝撃と、脳天に突き刺さる激痛。一瞬で意識が飛びそうになるのを、コレスは意志の力だけでこらえた。しかし、痛みで体の反応が一瞬遅れるのは避けられなかった。

 無数の弾丸がコレスに迫る。実際には一瞬だが、コレスには一つひとつの弾丸がくっきり、ゆっくりと迫ってくるように見えた。

(避けられないッ!!!)

「理力防御障壁全力展開!」

 コレスの前に立ちはだかったのは、プリンだった。体の前面に防御障壁を最大出力で展開し、ヘドロの弾丸を受けとめる。

 しかし、非力なプリンの防御障壁が弾丸を遮ることができたのは、わずか一秒余りの時間だけだった。暴風雨のようなヘドロの連直撃に一瞬で魔力を使い果たし、プリンの体は、後ろに立っていたコレスもろとも吹き飛ばされた。

「お前ら、よくやった!」

 トランスが叫んだ。

 二人が命がけで稼いだ、わずかな時間。その間、トランスは全神経を集中させ、ヘドローンの魔力を探っていた。

 不定形のヘドロが「ヘドローン」という生命体として存在するためには、魔力によってヘドロをまとめ、結合させ、維持させることが必要だ。その魔力の源となるのがコアである。人間であれば心臓や脳に相当する器官であり、それを破壊すれば、たとえヘドローンと言えども生命を維持することはできず、倒せるはずだった。

 とはいえ、それは容易なことではない。ヘドローンの体は無限に等しい大きさであり、核はサッカーボールほどの大きさしかない。例えるなら、太平洋のどこかに浮かんでいるたった一つのボールを、五秒で探し出せと言われているようなものだった。

 しかし、トランス・岡田トシヤには確信があった。

 岡田トシヤが総合格闘技の世界で何度も勝ち続け、何年もチャンピオンとして君臨することができたのは、持ち前のパワーのおかげでもあったが、相手の弱点を瞬時に見抜き、的確かつ最大効果を発揮する攻撃ができる格闘センスによるところが大きかった。

 さらに、肉体武闘派の見かけによらず、四人の幹部の中で最も高い魔力適正を持ち、さまざまな能力を使いこなしていたのが彼だった。だからこそ、ただでさえ規格外のパワーを持つ肉体から、さらに限界以上の能力を引き出し、最強の名をほしいままにすることができたのだ。

 岡田トシヤの、総合格闘技で培い、磨き抜いた、敵の弱点を見抜く力。

 トランス・ファットの魔力で強化された、規格外の感覚。

 その二つを合わせれば、たとえ太平洋のどこかを漂うサッカーボール一つでも、宇宙のどこかを漂っている未確認飛行物体でも、見つけ出せる。トランスは、そう信じていた。

魔力感知ディテクトマジック・全力全解放!」

(魔力が特に集中しているところだ! ただでさえヘドロくせぇ魔力が、さらに濃く、ドロドロと集まっているところを探せ!)

 ヘドローンの体内を光速に近い速さで探る。どこもかしこも、濃密なヘドロがうごめいているばかりで、魔力の濃淡など、ほとんど分からない。コレスやプリン、ベジーティアたちでは、核がどこにあるかなど、絶対に分からなかっただろう。

 しかし、トランスの目には、魔力のごくわずかな揺らぎが、蠢動が、はっきりと映し出されていた。その魔力の流れを遡上し、濃度の、密度のより高い場所を探し出す。そして――

(……見つけた!)

 それはヘドロというより、もはやコールタールのように濃密な粘着質の塊の中にあった。不定形のまま、収縮し、膨張し、魔力を周囲に送り出している。間違いなく、それが核だった。

 トランスは大地を蹴り、飛び上がる。オーラを流星の尾のようになびかせながら飛翔し、ヘドローンの体内に飛び込んだ。

 猛烈な悪臭が全身を包む。ヘドローンの体を構成するヘドロは、ただのヘドロではない。触れただけで生命力を、魔力を吸い取り、生きとし生けるもの全てを腐らせる猛毒なのだ。防御障壁を張り巡らしていても、気休め程度の効果しかない。一秒でも早く離脱しなければ、ヘドロで溺れ、全身を溶かされて、自分もヘドロの一部になってしまう。

「貴様、何をする!」

 ヘドローンの声が響いた。これまで嘲弄と侮蔑にあふれていたその声に、初めて驚愕と焦燥の色がにじんでいる。

「オラァッ、食らいやがれ! 極大爆裂ギガ・エクスプロードパンチ!!!」

 全力の拳打を叩き込む。拳から撃ち込まれた魔力が、小規模な核爆発にも等しいエネルギーとなって炸裂した。

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 ヘドローンが叫ぶ。その場にいた誰もが、初めて聞いたヘドローンの悲鳴だった。

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