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お父さん、魔法少女になる  作者: 春風ヒロ
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第12話「つながり合う思い」2

第12話「つながり合う思い」2


「ここは……?」

 意識を取り戻した私の目に映ったのは、見渡す限り、どこまでも広がる青い空と青い海。その真っ只中で、私の身体は中空を漂っていた。

 真っ先に思い出したのは、ハイブと戦ったときの精神世界だった。あのときはベジージェムとミートジェムが共振し、二人の精神が一体化したことで、この世界が生まれた。

 しかし、いま、ベジージェムが誰かと共振しているわけではない。

 では、ここは一体どこなのか――?

 そこまで考えながら自分の体を見て、私は「松嶋ヒロシ」ではなく、キャロティアの姿のままであることに気づいた。

 だとすると、キャロティアと誰かの精神が共振し、この世界が生まれたということなのだろうか?

「――おねーちゃん、『導きの世界』へようこそ」

 白と黒を基調にしたドレスを身に着けた少女が声を掛けてきた。

「ミサ!?」

 私が驚いて尋ねる。少女は少し困った顔をしながら、右手の指先で頬をコリコリと引っかいた。

「私の名前は竜ケ崎心音。おねーちゃんたちの世界では、『ハートの守護天使・聖ココア』っていうアニメになってて、一応、その主人公だったの」

 ミサにそっくりな顔で、竜ケ崎心音と名乗った少女は話す。よく見ると、少女はミサよりも年上で、小学校高学年ぐらいに思われた。

「でも実は、私にはもう一つ名前があるの」

 少女はそこで言葉を切り、私の顔を真っすぐに見つめた。

「私の名前は、赤坂リサ。赤坂ほのかの妹だよ」


 私が直接知るところではなかったが、リサの説明は、先ほどポンニュがラディシティアとスピナティアに聞かせたものと、ほぼ同じだった。

 この世界は無数の平行世界と共に存在しており、それぞれに関連し、干渉し合っている。

 それぞれをつなぐ鍵となるのが魔法城マジックキャッスルだ。魔法城はそれぞれの世界に存在し、お互いにつながり合って、干渉し合っている。

 また、魔法城から放たれる魔力は龍脈に乗ってさまざまな場所へ運ばれ、超常現象を引き起こしたり、魔法的能力の素地を持つ人間に干渉し、一般的には「超能力」と呼ばれるような不可思議な力を発生させたりする。

 魔法や超能力といった非科学的なものが存在しないはずの私たちの世界で、「魔法少女遺伝子」とでも呼ぶべきものを持った、魔法少女に選ばれる人材が兜山市に集中しているのは、それが原因だったのだ。

 この「ベジーティアの世界」の魔法城によって魔法の力に目覚め、魔法少女「聖ココア」として活動することになったのが、赤坂リサだったのだ。

「だから魔法少女アニメの中には、別々の作品なのに似たような顔の主人公がいたりするわけか。『作画監督が同じ』とか『キャラクターデザイナーが同じ』っていうことになってるけど、実際、同じ人が『中の人』になってるから、顔が似ていても不思議じゃない、と……。ずいぶん、ややこしい話だな」

 私は思わずそうつぶやく。

「しかし……、リサちゃんは、交通事故で死んだのではなかったっけ?」

 プリンと一回目に戦ったとき、私は不思議な夢を見た。

 リサと自分が遊んでいる夢。そして、交通事故で母親とリサが命を落としたときの夢。それは、ベジーティアの作中人物、「赤坂ほのか」の記憶だった。

「……それについては、私から話すわ。リサが話すには、ちょっとつらすぎる記憶だから」

 不意に私の背後から少女の声がした。その声はなぜかひどく懐かしく、落ち着くものを感じさせる。私は振り返り、新しく現れた少女の姿に心の底から驚いた。

「魔女っ子モモ!?」

 鮮やかなピンクのエプロンドレスを身につけ、カラフルなバトンを持った少女。その姿は昭和の魔法少女(当時は『魔女っ子』という呼び方をされることが多かった)アニメの定番スタイルだ。魔法のバトンで変身し、魔法の力でさまざまなトラブルを解決するスタイルの原型テンプレートを作った作品こそ「魔女っ子モモ」であり、いま、私の目の前にいる少女その人であった。

「魔女っ子モモとかラブリーメグとか魔法使いピンクキャットとか……。ほかにもいくつもアニメになった作品があるけど、この世界ではほのかとリサの母、赤坂エツコ。そして――松嶋サチヨ、よ。久しぶりね、ヒロシ」

「か、母さんーっ!?」

 死んだはずの母が。

 少女の姿になって。

 目の前にいる。

 驚きが大きすぎて、私にはもはや何が何だか分からなくなっていた。


「順を追って説明するわ」

 目の前の少女が自分の母親だという事実を受け入れるのは、容易なことではなかった。

 しかし、実の母親でなければ知っているはずのない、自分の小学生時代の思い出や家の中での出来事などを次々と暴露されては、信じるよりほかなかった。

「まず、私はこれまでいろんな魔法少女の『中の人』として活動してきたの。そのことはポンニュちゃんから聞いてるわよね?」

 母の言葉に、私はうなずく。

「元の世界の『松嶋サチヨ』はもう七十近いおばあちゃんだったけど、こっちの世界では主人公と同じ年齢になる。だから、何歳になっても『魔法少女』を続けることができたわけ。私たちの敵は、この世界では『ヘドローン』だけど、『ゴクアッカ』や『ワルモーン』といったいろんな形を取って、時空を超えて登場する。魔法少女とヘドローンの戦いは、もう何年も、何十年も繰り返されてきたの。

 そして、私はこの世界で、今度は新たな魔法少女を育てる母親としての役目を任されることになった。そうして生まれたのが赤坂ほのかであり、リサだったというわけ。ちょうどあなたが大学を卒業して兜山出版で働きだしたおかげで、時間に余裕のできたころだったわ。

 リサのほうがずっと魔法の素質は高くて、力も強かった。だから、リサは四年前、『聖ココア』の中の人に選ばれて、ワルモーンと戦うことになった。ところが、『聖ココア』の放送が終わった直後、ワルモーンの分身、いまのヘドローンが私たちの正体に気づいてしまったの。私たちはヘドローンに襲われ、命を落としてしまった。それが、いまから三年前の話ね」

 私はうなずきながら、三年前、母が死んだときのことを思い出していた。

 それまで病気一つしたことのなかった健康そのものの母だった。しかし、本当にある日突然、心臓が「動くのやーめた」と宣言でもしたかのように、パタリと死んでしまったのだ。当時二歳のミサは祖母の死をなかなか理解することができず、「おばあちゃん寝てるの?」「おばあちゃん起きないの?」と、何度も何度も尋ねてきたものだった。

「あの日、最初にヘドローンに襲われたのはリサだった。私が駆けつけたときには、もう手遅れだったの」

 エツコ(=サチヨ)が駆けつけたとき、リサはかろうじて意識を保っていたが、全身をヘドロに蝕まれ、既に虫の息だった。さらに、エツコもヘドローンの攻撃を受けて瀕死の重傷を負ってしまう。最後の力を振り絞って最大級の浄化魔法を発動し、ヘドローンを封じ込めたエツコは、自分とリサの肉体と精神を切り離し、精神体のみの存在となって世界を守るようになる。そして、ほのかがこれ以上、戦いに巻き込まれることのないよう、「エツコとリサがヘドローンとの戦いで命を落とした」という記憶を「ドライブ中の交通事故で他界した」と書き換えたのだ。

「三年前、赤坂エツコの体がヘドローンに壊されてしまったから、松嶋サチヨも死んでしまった。だけど、肉体と精神を切り離したおかげで、私たちは魔法少女の守り神みたいな存在として、この世界に留まることができたというわけ。

 魔法城の力を使えば、次元を超えて世界に干渉できる。だから、あなたたちの力を覚醒させたり、サポートしたりすることもできたわけよ。私が直接、サポートしたこともあれば、リサにサポートしてもらったこともあったわ」

「初めてこのパスを使ってこっちの世界に入ったとき、妙に懐かしい声が聞こえたと思ったのは、そのせいだったのか……。これまで、いろんな形でサポートしてくれていたのだとしたら、リサが『ママもあたしも、お姉ちゃんをずっと守ってる』って言ってたのも納得がいくな」

 いろいろなことがつながり、腑に落ちていく気がした。

「私の魔法で、ヘドローンは三年間、ずっと身動きが取れなくなっていたの。だけど、少しずつ力を蓄えたヘドローンは、最近になって、魔法特性の高い何人かの人を勧誘しはじめた。それがハイブ君やトランス、コレスちゃんだったわけ」

 メタミートを使って人の悪意や憎悪を増幅させ、ミートジェムのパワーを集めることで完全復活を果たす。そんなヘドローンの目論みに気づいたサチヨは、ポンニュを通じて新たな魔法少女のチームを結成させる。それが、ベジーティアだった。

「……つまり、ここ三年ほどニチアサで魔法少女アニメが放送されていなかったのは、人気がなかったわけでも、少子化の影響でもなくて――」

「ヘドローンが活動できなくなっていたおかげで、魔法少女が戦う必要もなかったからよ」

「そういうことだったのか……」

 本来であれば、サチヨ自身が新たな魔法少女として戦いの場に身を投じるはずだった。しかし、肉体を失った今となっては、直接、戦いの場に立つことはできない。だから、自分の代わりとして戦うことのできる、魔法少女の素質を持つ人間を集めたのだ。

 兜山市の住人の中で、魔法少女の素質を強く持ち、なおかつ「ベジーティア」とリンクしやすい年齢(十代前半)として選ばれたのが、赤川のどか、城井佳奈、緑山さな、茂手木明日菜の四人だった。

 しかし、赤川のどかはベジーティアとしての力をうまく制御できず、初めての戦いで命を落としてしまう。そして急遽、のどかの代わりに選ばれたのがヒロシだった。

「本当のことを言うとね、あなたのことをベジーティアに選びたくはなかったの」

「そりゃまあ、アラフォー子持ちの男が魔法少女だなんて、どれだけタチの悪い冗談なんだって話だからな」

「……それもあるけど、やっぱり自分の子供が危ない目に合うのは嫌なのよ。親としてはね。もちろんそれは、よその子供だったら危ない目に合ってもいいっていうわけじゃないわよ。でも、いくつになっても、あなたが私の息子であることに変わりはないのよ。あなたがミサちゃんを守りたいと思ったように、私もあなたを、そしてミサちゃんを守りたい。それが親というものなのよ」

「そっか……」

 シンミリとした気分でうなずく。

「いま、パンプティアちゃんがやっている儀式は、魔法城の力を解放するためものよ。あの儀式が終われば、多元宇宙の全ての魔法少女の力がつながり、一つになる。そうすれば、ヘドローンの力の根源を断ち切ることができるわ。あとはこの世界で、今、魔法少女をやっているあなたの仕事よ。だから、これを渡しておくわ」

 目の前の少女は、自分の持っていた変身バトンを私に手渡した。受け取ったバトンは私の中でまばゆく輝き、小さく縮んでゆく。やがて、バトンは見覚えのある小さな宝石に姿を変えた。

「これは……ベジージェム!」

「ベジージェムは、単にベジーティアの力を増幅させるだけのものではないの。魔法城を通じて多元宇宙に干渉し、その力を引き出すためのカギなのよ。その力を引き出した結果として、ベジーティアの力が何倍にも大きくなるというわけ。このベジージェムを使えば、私が最後に使った浄化の魔法を使えるようになるわ」

「……分かった。ありがたく受け取るよ」

「魔法少女として世界を守ってきたのはいいんだけど、おばあちゃんとしては心残りね。ミサちゃんにいっぱいしてあげたいことがあったし、幼稚園、小学生、中学生と、育っていくのを見守っていきたかったわ。だけど、その願いはもうかなわない。残念だわ。あ、そうそう、ヒロシ。あなた仕事に打ち込むのもいいけど、晴香ちゃんのこと、もう少し大事にしてあげなさいよ! あんないいお嫁さんいないんだから、大事にしなくちゃダメよ!」

「って、いきなり説教かよ……」

 思わず苦笑いを浮かべる。説教のときの口調は、私の知る生前の母そのものだった。

「あ、かーさん、始まったよ」

 不意にリサが言った。何が始まったのかを尋ねる前に、少女は私たちに片手を差し伸べる。その手の先に、タブレット端末か何かで動画を再生するように、映像が浮かび上がっていた。

「これは……みんな!」

 ラディシティア、スピナティア、トランス・ファット、コレス・テロール、プリン・タイ。五人が並び、魔法城へと迫るメタミートの大群を、今まさに迎え撃とうとしているところだった。

「ラディシティアちゃんとスピナティアちゃんは、二人だけであなたとパンプティアちゃんを守ろうとしてたのよ。ポンニュちゃんがトランス君やプリン君たちを説得して、仲間にしたのね」

「そういうことか……」

 うなずく私の脳裏に、不意にひらめくものがあった。

 トランス脂肪酸やプリン体、コレステロール。それらは生活習慣病の主原因として、とかくやり玉に挙げられる。私自身も毎年受けている職場の健康診断で、コレステロール値や血中脂肪値の上昇を指摘されている。

 しかし、それらは本来、いずれも体に必要な栄養素の一つなのだ。過度に摂取し、体内に必要以上の量を蓄積することで、体調に異変をきたすだけなのだ。

 何ごとも、大切なのはバランスだ。

 野菜の栄養だけで生命活動を維持するのは容易ではない。さまざまな栄養素を幅広く取り入れることで、健全な体が作られていく。

 この世界も同じなのだ。ヘドローンが目指しているような、悪意や憎悪だけで形作られた腐敗と混沌の世界など、あってはならない。しかし、人々の笑顔や喜び、悲しみ、憎しみ、無数の感情が共に存在し、お互いを受け入れ合って成立する調和のとれた世界こそが、大切なのだ。

 一方的な善も、一方的な悪も存在しない。その調和を保つ存在こそが、私たち魔法少女なのだ。

 この世界を守ることは、自分たちの住む世界、そして多元宇宙のいくつもの世界を守ることにもつながっているのだ。

「やってやる……。守ってみせるさ、この世界を!」

 私は三つ目のベジージェムが輝くキャロットソードを握りしめ、力強く宣言した。


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