第11話「最終決戦を前に」3
第11話「最終決戦を前に」3
「何だろう……。すごく、不思議な感じだね。よく分からないけど、この場所には、何か不思議なパワーがあふれてるって気がする」
城井佳奈が周囲を見渡して言った。
週末、私たちは四人で兜山に向かった。首塚の近くの駐車場に車を停め、降りた瞬間、私たち全員がそれを感じ取っていた。
「……こんな激しい反応、これまで見たことないです」
緑山さながほうれん草のブローチを差し出した。その手の中で、ベジージェムは赤から黄色、そして緑、青、紫……と、さまざまに色彩を変えながら激しく輝いている。
私は首塚に歩み寄ると、無言で手を合わせた。そして、ポンニュを呼ぶ。
「ポンニュ、向こうの世界で、いま、私たちがいるのと同じ場所に転移させてくれ」
「分かったニュ。マジックゲート、オープン!」
ゲートをくぐる。目の前に広がったのは、何の変哲もない山の中の景色だった。うっそうと木々が生い茂り、シダやツタ、ササなどがびっしりと足元を埋めている。
「おおっと!」
不安定な斜面で足が滑り、バランスを崩しそうになった私は、思わず大声を上げた。とっさに近くの木立にしがみつき、滑落を防ぐ。
しかし、私以外の三人は悲惨だった。
「きゃあ! ちょっと、虫が……!」
「いやあっ、靴がぐちゃぐちゃになるですぅ!」
「枝がっ、スカートの中にっ!」
かろうじて尻もちをついて滑り落ちることは免れたようだが、三人とも大騒ぎだった。
往年の名コメディアンではないが、「ダメだこりゃ!」と言いたくなる惨状である。いくらなんでも、こんな場所にマジックキャッスルはないだろう。
「ここは危ない! みんな、飛翔形態で変身するんだ!」
私が言うまでもなく、三人とも即座に変身し、空中で体勢を立て直していた。私も飛翔形態に変身し、飛び上がる。
「さすがにこんな藪の中に、マジックキャッスルはないだろうし、このまま、山頂まで行ってみようか」
「うん、ボクもそれがいいと思う」
「こんな場所、歩いて登りたくないですぅ……」
私たちは生い茂る木々の上まで上昇し、そのまま山頂を目指した。
(……ハイキングしてる人がいたら、『女の子が空を飛んでた!』なんて騒ぎになったりするかもな)
ふと、そんなことを考えたが、幸い、誰にも見られることはなく、私たちは山頂にたどり着いた。
さすがに見晴らしがよい。山頂には小ぶりな展望台が設えられてあり、眼下に兜山市によく似た街並みが一望できた。
「ここならマジックキャッスルがあってもおかしくなさそうだけど……。パンプティア、何か感じる?」
マジックキャッスルの「伝説の魔法陣」を解放するカギは、パンプティアが握っている。マジックキャッスルが近くにあれば、彼女が何かを感じ取れるはずだった。
「うーん……。さっきの首塚と一緒で、不思議なパワーは感じるの。だけど……、はっきり『コレ!』って言えるような感じじゃないっていうか……」
パンプティアは首を傾げる。
「もしかして、私の魔力に反応するかも。ちょっとこの辺りでいくつかボム投げてみよっか?」
「やめて」
物騒なことを言うパンプティアに即答する。
昔のアクションゲームなら、何もない場所で爆弾を爆発させたり、魔法を使ったりすることで、隠れキャラが登場することもあったかもしれない。しかし、常識的に考えれば、何もない場所でボムを爆発させたところで、自然破壊行為にしかならない。まかり間違って山火事でも発生すれば大惨事だ。爆弾テロとして通報されてもおかしくない。
「でもさ、首塚のあった場所はただの斜面だし、山頂にも何もないし。これで白龍神社の場所にも何も見つからなかったら、お手上げじゃない? ボクは、ボム試してみてもいいと思うんだけどなあ」
と、ラディシティアが周囲を見回して言う。
「ベジージェムを解放してみるのはどうです? 魔力に反応して、何か起きるかもです」
「まあ、それぐらいならだいじょ――」
「ベジージェム、解放ッ!!」
私が最後まで言い切らないうちに、パンプティアがベジージェムを解放した。普段はおっとりしたお嬢様なのに、パンプティアに変身すると、ガラリと性格が変わるのだから困ったものだ。
「ちょっと、パンプティア……」
私は彼女をたしなめようとしたのだが、周囲の様子を見て、言葉を飲み込んだ。予想だにしなかった光景が目の前に広がっていた。
私たちの周囲を湯気のようなものが取り巻き、渦巻きながら流れていたのだ。パンプティアの体から立ち上る黄色のオーラ光に照らされた場所だけ、その湯気がはっきりと見えている。
これが、龍脈を流れるエネルギーなのだろうか。
風が吹いて木々がざわめく。しかし、湯気らしきものは風の影響を受けず、一定のスピードで流れ続けている。
よく見ると、湯気は山裾から山頂に向かって地を這うように流れ、山頂で地面にしみ込むようにして消えていた。自然の法則を無視したこの湯気は、どこから流れてくるのだろう。
「パンプティア、オーラの範囲を広げることはできる?」
パンプティアは私の言葉にうなずくと、魔力の解放量を増やした。オーラに照らされるエリアが広がり、湯気の流れがはっきり見えるようになる。
「このモヤモヤの発生源を探してみようよ」
ラディシティアの言葉にうなずき、私たちは登山道をゆっくりと下った。足元をたゆたう湯気が、一歩ごとに複雑な動きを見せる。
山道を下るに連れて、足元の湯気は徐々に濃さを増していった。私たちは確実に、発生源へと近づいていた。
一時間近く山道を下り続け、たどり着いた場所。そこは、山の中腹の公園だった。
公園と言っても、遊具などは何一つ置かれていない。サッカーコートがすっぽりと入りそうなだだっ広い空間が、ぽっかりと広がっているだけの場所である。不思議なことに、こんな山の中の、きめ細かな手入れなどできそうにない場所にあるのに、広場には草一本生えていなかった。
その公園の一角からこんこんと湯気が湧き出し、一部は山頂へ、一部は山裾へと流れ、一部は広場から出る前に地面へとしみ込んでいる。なんとも、不思議な眺めだった。
「ここって、もしかして……」
私は、ふと気づいて上空へ飛び上がった。上空から周辺の景色を見回し、頭の中の兜山の地図と照らし合わせる。
「やっぱり……」
そこは、私たちの住む兜山市では、白龍神社のある場所だった。決して大きな神社というわけではないが、鳥居から本殿へと向かう参道や、それを取り巻く森を合わせると、ちょうどこの公園と同じぐらいの広さになるだろう。
湯気が湧き出している場所は、湧水が出る場所と重なり合っていた。
「ここ……知ってる! 私、夢で見た! あの子に教えてもらった!『もうすぐ必要になるから、しっかり覚えて』って!」
明日香が興奮した様子で、湯気の噴出口へ駆け寄る。
「……『あの子』?」
首をかしげているのは私だけで、ラディシティアも、スピナティアも、「ああ、あの子が言ってたのね」と、訳知り顔でうなずいている。私はラディシティアの隣に降りると、「『あの子』って、なんの話?」と尋ねた。
「ボクたちがピンチになったとき、不思議なパワーでたすけてくれた女の子がいたんだよ。多分、ボクたちよりちょっと年下。小学生ぐらいかな? 新しい形態や呪文を教えてくれたんだ。多分、その子のことだと思う」
「ああ、その子のことなら、私も声だけは知ってる……と、思う。だけど、そんな小さい子の声だったかな……?」
私が記憶しているのは、初めてマジックゲートを抜けたときに聞こえた「ようこそ――」や、コレスと初めて戦ったときの、「大切な人を守りたいという気持ちを忘れないようにしなさい」といった声だった。しかし、あの声は子供のものには思えなかった。どちらかというと成人女性か、どんなに若く見積もっても変声期を過ぎた、ベジーティアと同世代の女の子の声だった。
ラディシティアたち、もしくは私が思い違いをしているのだろうか。
それとも、「導き手」は何人かいるのだろうか。
考えたところで、答えが見つかるわけではない。私は軽く首を振って思考を頭から追い払い、目の前の景色に意識を向けた。
パンプティアはこんこんと湧き出す湯気の中にうずくまり、地面に両手をつけ、ブツブツと何かの呪文らしきものを唱えている。
やがて彼女はおもむろに立ち上がり、パンッと音を立てて両手を合わせた。
「全解放ッッ!!!」
黄色のオーラが弾けると共に、ゴオッと湯気が大きく渦巻いた。不定形の渦が光の中で激しく動く。と、突然、地面に光の線が伸び始めた。
目の前で繰り広げられる壮大な光景に、私は息をのんだ。
パンプティアの足元から広がった光の直線は、一定の長さに伸びると直角に曲がり、枝分かれし、再び曲がり、地面に図を描いていく。それは、巨大な建物の実物大の間取り図そのものだった。
地面に描かれた線から、今度は垂直方向に光の壁が現れる。壁から天井、そして上階の壁、城壁、尖塔……と、私たちの目の前に、巨大な建物が姿を現わしていく。アニメなら、かなり迫力のある見せ場になるだろう。
「これは、ちょっとしたスペクタクルだな……」
やがて、私たちの目の前に光り輝く城が現れた。
この城のどこかに、魔法陣がある。その封印を解けば、ヘドローンを倒す「大いなる力」が解放されるはずだ。
魔法陣を探すため、私たちが城に入ろうとした時だった。
「――よく見つけてくれた」
背後から声がした。
同時に吹きつけてくる腐敗臭。強烈な悪意と殺気。
混沌とした邪悪そのものが形を持って顕現した、そんな気配。
「ヘドローンッッ!!!」
振り向いた私たちの目の前にいたのは、私たちの知る巨大な不定形生物のようなヘドローンではない。
「それ」は、一人の少女の姿をしていた。
それでも私たちには、「それ」がヘドローンだとすぐに理解できた。
大雑把にヒトの形を模しただけの、ヘドロの塊。本来、顔のあるべき場所には目も鼻もなく、ただ黒々としたヘドロがあるばかり。ペタペタと歩くたび、地面にどす黒い足跡が残り、全身からヘドロのしぶきが散った。
ドロドロとした不定形のヘドロがヒトの形を取っているのは、不思議であり、不気味だった。
少女形態のヘドローンは私たちに向かって言った。
「この世界をヘドロに沈め、完全な混沌へと陥れる。我が力を妨げる最大の障壁こそ、このマジックキャッスルであった。しかし、この城は貴様らベジーティアの力によってしか、表出することができない。そのため、我はミートジェムを暴走させ、取り込んで、力を増幅させながら待つしかなかった」
「マジックキャッスルこそは、この世界における希望の象徴であり、善なる秩序と力の集積点。ゆえに、これを破壊すれば、この世界の善悪の均衡は大きく崩れる。秩序を失い、力が暴走することで、我が混沌は世界全土を飲み尽くすのだ」
「そんなことさせないっ! この世界は、私が――私たちが、守ってみせる!」
私は言い返した。
そして、パンプティアに目くばせをする。うなずいたパンプティアは、一人、城の中へと駆け込んだ。
「要は、パンプティアが魔法陣の封印を解くまで、時間を稼げばいいんでしょ? ヘドローン、お前を倒すのは簡単なことじゃないかもしれないけど、足止めぐらいならできるわ」
キャロットソードを構えて、一歩、前に踏み出す。隣にラディシティアが、少し後ろにスピナティアが、それぞれ武器を構えて並び立った。
「……面白い。できるものなら、やってみるがいい」




