第11話「最終決戦を前に」1
第11話「最終決戦を前に」1
殺サナクテハナラナイ。
コロサナクテハナラナイ。
コ・ロ・サ・ナ・ク・テ・ハ・ナ・ラ・ナ・イ――!!!
ホワイトアウトした意識の中で、私はただ、ひたすら敵を殴り続けていた。
殺さなければ、自分が殺されてしまう。
誰かが私にしがみつき、腕を押さえようとしてくる。
邪魔をするな。いま、こいつを殺さなければ、私が殺されてしまうではないか。
しがみついている「誰か」が、耳元で何かを叫んでいる。
しかし、私にはそれが意味のある言葉として理解できなかった。
単なる騒音であり、動きの妨げになるものでしかない。
いまの私はベジーティアであり、目の前の敵を倒すことが使命なのだ。邪魔をするんじゃない。
しかし、どれだけ振り払っても、その相手は私の腕を押さえようとしてくる。
「あなたの力は、大切な人を守るための力だったはずだ! 人を傷つけるための力じゃない! ボクたちは誓ったじゃないか!『もう、誰も死なせない』って!」
誓った? 誰と、誰が? なんのために?
「ダメだよ! これ以上はダメだ!」
どうしてダメなんだ? 目の前のコイツは敵で、殺すべき存在なのに。
「ダメだよ! ヒロシさん!!!」
ヒロシ? 私はベジーティアであって、ヒロシではない。
いや、本当にそうなのか? 私の名前は……。
どうして、私は戦っているのだ……?
そうだ、私は松嶋ヒロシ。娘を守るために、ベジーティアとして戦うことを選んだのだ。
村野光龍のような悲惨な死に方をする人がこれ以上現れないように、誓ったのだ。
敵も、仲間も、誰一人として死なせない。
それなのに、暴走した力に意識を奪われて、人を殺そうとしてしまった――。
体の力が抜けて、徐々に意識が戻ってくる。
少女が、私の胸に抱き着いて号泣していた。
ああ、二十歳以上も年下の女の子に、こんなに心配を掛けてしまうなんて、何をやっているんだろう。
私はゆっくりと手を上げると、目の前の長い黒髪を優しく撫でた。
「ありがとう、佳奈」
彼女は私が「キャロティア・赤坂ほのか」ではなく、「松嶋ヒロシ」であることを思い出させてくれた。彼女の思いに応えるならば、「ラディシティア・白井若菜」ではなく、「城井佳奈」に向き合うべきだ。その時の私は、自然にそう考えていた。
パンプティアにケガを治してもらった私は、トランスのほうへ歩み寄った。
ブレスレットを投げ捨てたトランスは、大の字になって地面に寝そべっている。その顔からは鬱憤や葛藤など、ありとあらゆるネガティブな感情が消え去り、すがすがしさだけが残っていた。
私が差し伸べた手を握り、トランスは巨体を起こした。
「済まなかったな」
「よせやい。こっちは普段から殴って殴られて、それが仕事なんだ」
「でも、意識をなくしていたとはいえ、最後のあれは、やりすぎだった。試合ならあの時点でレフェリーストップが掛かっていたはずだ」
「あれはいいマウントポジションだったぜ。あの体勢コントロールはプロ顔負けだ。格闘技に興味があったら、いつでも世話してやるぜ」
「それはカンベンしてくれ……」
「でも、おかげでずいぶんスッキリした。お前のおかげで、大事なことを思い出させてもらった気がする」
「それはどうも。こっちはもう、二度とあんなキツい思いしたくないけどな」
そこまで話したところで、私はポンニュにツンツンとわき腹を突かれた。
「キャロティア、言葉づかいがヒロシさんに戻ってるニュ」
「あ、すまん……じゃない、ごめんなさい。とにかく、もうこれ以上、私たちの邪魔はしないでね」
「ああ、分かった」
「ところで、ミートジェムを投げ捨ててたけど……、その、大丈夫なの?」
「ん? 何がだ?」
「ヘドローンは、あなたたちが解放したミートジェムのパワーを吸収してパワーアップしようとしてる。そのためにコレスはミートジェムを暴走させられたし、プリンはヘドロに飲まれそうになった。そして……ハイブは、ヘドローンのベルトのせいで、全身がヘドロになって死んだ。ベルトを外しても、ヘドロ化は止められなかった……」
「ああ、そのことか。あいつらはミートジェムを使いこなせていなかったんだ。だから、パワーを引き出すために暴走させられたり、コントロールのためにベルトを渡されたりしていた。だが、オレはミートジェムのパワーも、そこから流れ込むヘドローンのパワーも、ずっと自分でコントロールしていた。だから平気なんだろう」
「ヘドローンのパワーもコントロールしていた、って……。サラッと、とんでもないこと言ってるけど……」
「ヘドローンいわく、肉体の強さもあるが、魔力に対する同調性の高さが、オレは飛び抜けて高かったそうだ。同じミートジェムを使っていても、こっちの世界の魔力適正が高ければ、引き出せる能力が高くなる。お前たちだって経験があるんじゃないか?」
「確かに……」
トランスの言葉に、私は思い出したことがあった。
ポンニュと初めて出会ったときの言葉だ。
「お母さん(松嶋サチヨ)は世界の危機を何度も救ってくれた、文字通り伝説の魔法少女だったんだニュ」
お袋が伝説の魔法少女だったのならば、その息子である自分もまた、「魔法少女遺伝子」を濃厚に受け継いでいるはずだ。であれば、私一人が早々にベジージェムを発現させ、飛翔形態、戦闘特化形態、そして究極形態へとパワーアップしていったのも、十分に納得できることだった。
「ともかく、これで残ってるのはヘドローンだけね。聖地・マジックキャッスルで最終魔法を発動させて、ヘドローンを倒せばいいんでしょ」
「あのう、キャロティア、そのことなんだけどニュ……」
ポンニュが妙に歯切れの悪い言い方をする。
「マジックキャッスルがどこにあるか、ボクも知らないニュ……」
「……は?」
私は思わず真顔になって、ポンニュを捕まえた。
「いやポンニュ、普通こういうのは、こっちの世界のナビゲーターのお前が詳しく知ってて、『ここが伝説の場所ニュ!』って案内するのがお約束ってもんじゃないの?『この世界のどこかにある』って、それを、一から情報集めてこれから探すの!? オレたちだけで!?」
「ひ、ヒロシさん、言葉! あと、苦しいニュ!」
「せめて、手がかりだけでも何か知らないの?」
「ごめんニュ……」
「マジか……」
ションボリとうなだれるポンニュから手を放し、私は呆然と天を仰いだ。
「ま、まあまあ、キャロちゃん。私たちも一緒に調べるから……」
「そうだよ。ボクたちみんなで力を合わせれば、きっと見つけられるさ」
慰めるようなパンプティアとラディシティアの言葉に、私は力なくうなずき返すのだった。
「とりあえずポンニュ、この世界の地図を用意して。私たち全員分ね!」
「わ、分かったニュ……」
グッタリと疲弊した心と体を抱えて光のゲートを抜ける。
目の前にあった折り畳み式のパイプ椅子に座り込んだところで、江藤が声を掛けてきた。
「おお、松嶋、早かったな。どうだった?」
「部長……。私が『あっち』に行ってから、どれくらい時間が経ちましたか?」
「ほんの二、三十秒といったところだな。どうする? 話の続きをするか?」
「いえ、ちょっとそんな余裕は……。本気で死にかけたので……」
「そうか、まあ相手はプロの格闘家だったんだから、無理もないか」
「できれば今日は、このまま有休をとって帰宅したいんですが……」
「何をバカなこと言ってるんだ。月曜の朝礼が終わって、一週間が始まったばかりだろうが。そら、仕事に行け、仕事に!」
「お、鬼や……。ここに鬼がおるでぇ……」
この時ほど、江藤のことを腹立たしく思ったことはない。
私はノロノロと立ち上がると、自分の席に向かった。
引き出しの奥にストックしてある滋養強壮剤を一本取り出し、一気に流し込む。薬液が胃袋に浸透するのを待ちながら、私はパソコンのメールソフトを起動した。
「健康のための宅配弁当」
「たった10秒で審査完了! お金を借りたい人は〇〇カードローン」
「広告出稿の件について」
「Re:原稿確認のお願い」
「マカとスッポンエキス配合率アップで男の自信を取り戻す!」
「Re:Re:兜山TOWN編集部の松嶋です」
「あなたは幸運なモニターに選ばれました。リンクをクリックして、当選金を受け取ってください!」
受信メールフォルダに、次々と新着メールの件名が表示されていく。仕事のメールもあれば、迷惑メールもある。その中に、「兜山の妖怪退治伝説」というメールがあった。差出人は「M―ETO」。江藤部長だ。
「部長……。こういうメールは公用アドレスじゃなくて、プライベートアドレスに送ってくださいよ……」
ボヤキながらスマホにそのメールを転送する。とはいえ、小さいスマホの画面でずっと文字を読み続けるのはつらいものがあるのも事実。私はそのメールの添付ファイルを開いた。
最初に表示されたのは、世界最大の検索サイトが運営するマップアプリだった。
兜山市とその周辺の町に、無数の赤いピンが表示されている。
密着しているように見えるピンが一つひとつ識別できるまで縮尺を拡大し、いくつかをクリックしてみる。
「隠神神社。祭神が鬼であり、鬼退治伝説も多数。古流武術『隠神流』を現在に伝える」
「兜山第二小学校。昭和四十年代、数人の児童が校内で行方不明に。『神隠し事件』として祓魔師が調査」
「鬼の洞。鬼が住みつき、通りかかる人を襲ったと伝わる洞窟。昭和四十年代に造成され、現在は住宅地に」
「細川隆基屋敷跡。室町時代の豪族で、家臣に謀殺された細川氏の屋敷跡。怨霊の噂が絶えない。現在はショッピングモールだが、工場、大型スーパーなど、幾度かの変遷を経ている」
それぞれのスポットに、簡潔なコメントが記されている。詳しい内容については個別にリンクをたどる必要があるが、概要を知るだけならこのコメントだけでも十分だった。こういった情報の取捨選択や、まとめ方の的確さは、やはり小規模とはいえマスコミ業界で三十年近く働いてきた江藤ならではと言えるだろう。
表示される情報に、どことなく引っかかるものを感じる。違和感、もしくは既視感とでもいうような、妙な感覚。それがどこから発生しているのか、はっきりと分からないのが、一層の気持ち悪さをかき立てていた。
「うーむ……」
右頬を指先でコリコリとかきながら考えにふける。
しかし、その思索は「松嶋さん、〇〇印刷のハルサキさんからお電話です」という声にさえぎられた。受話器を上げ、保留ボタンを押す。
幸い、しばらく考え事をしているうちにドリンク剤が効いてきたのか、意識はさっきよりもずっとスッキリしていた。これなら、仕事も十分にできるだろう。
電話口から聞こえる若い営業マンの声に耳を傾けながら、私はパソコンのブラウザを閉じた。
同日、夜八時。
私は全社員が帰宅して静まり返ったオフィスの会議室にいた。
妻にはあらかじめ、「大事な打ち合わせで遅くなる」と連絡を入れてある。
これから行う打ち合わせは、妻や娘のいる自宅でやるわけにいかなかった。
手元には数枚の地図。そして、目の前にはスタンドに固定したスマホ。
スマホはメッセージアプリを起動し、現在は私の顔だけが映し出されている。すでにグループのメンバーにはビデオ通話の招待通知を送ってあり、参加するのを待つだけとなっていた。
「こんばんは。あれ、ボクが一番乗り?」
私の顔の下に、城井佳奈の顔が映し出された。
「こんばんは、君が最初だね。ほかの二人もそろそろ来ると思うよ」
私が話しているうちに、
「こんばんはー。佳奈、早いねっ」
「こんばんはですぅ」
茂手木明日菜、緑山さなの顔が映り、画面が四分割された。
「みんな、時間を取ってもらってすまない。さっそく本題に入るけど、まず、ポンニュから地図は受け取ってくれたかな?」
私は自分の顔の横に地図を掲げ、画面に映した。
「うん、もらったよ」
「はーい、ちゃんと持ってるですぅ」
「私も、ここにあります」
三人がそれぞれ地図を見せた。
それは、ポンニュに用意させたベジーティアの世界の地図だった。世界地図といっても、全世界の国々が掲載されているようなものではない。県全域、市全域、そして町の主要部だけに相当するエリアを収録したものだった。加えて、私のほうからは、私たちが現在住んでいる県と兜山市全域、そして市の中心部の地図データを、すでに三人に送ってある。
「ベジーティアの世界と兜山市は、似ているところもあるし、似ていないところもある。『魔法少女ベジーティア』の作品の方向性を考えたら、マジックキャッスルが、こっちの世界でいうところのアメリカやアフリカ、あるいは北極、南極なんていう、とんでもなく遠い場所にあるとは思えない。おそらく、この兜山市に関係のあるどこか、もしくは、どんなに遠くても同じ県内にあるんじゃないかと思う。そんなわけで、みんなにも三種類の地図を用意したわけだ」
三人は画面の向こうで地図を見下ろしながら、「ふむふむ……」とうなずいている。
「肝心のマジックキャッスルがどこにあるか、現時点ではまったく手がかりがない。かといって、手当たり次第、適当に調べたところで見つけられるようなものではないと思う。そこで、どんなものでもいいから、手がかりとなりそうな意見をみんなに出してほしい」
「あ、あの、そのことだけどニュ……」
おずおずと、明日菜の画面の隅からポンニュが顔を出した。
「ポンニュ、姿が見えないと思ったら、お前そんなところでなにやってるんだ」
「ボクは普段はいつも、ずっとここにいるニュ。明日菜ちゃんのおうちのお友達ニュ」
「えっ、そうだったですか!?」
「ちょっと、ボクたちも知らなかったんだけど!?」
ポンニュの言葉に、さなと佳奈も驚きの声を上げる。明日菜は「あはは……」と、顔を引きつらせながら力なく笑っていた。
「困るって言ったんだけど、強引に住みついちゃって……。うち、部屋が広いからそんなに邪魔にならないし、追い出すのもかわいそうだし、仕方がないかなって……」
その言葉で、私は茂手木家が郊外の高級住宅街の中でも、特に大きな屋敷を構えていたことを思い出す。私も含め、明日菜以外のメンバーの家にポンニュが転がり込んでいたら、確かにすぐに見つかって大騒ぎになったことだろう。
「ニュ! そんなことより、大事な話ニュ! マジックキャッスルを見つけるためのヒントを思い出したニュ!」
ポンニュはポムポムと体を弾ませながら興奮した様子で話す。
「マジックキャッスルにつながるスポットには、魔力反応があるニュ! こっちの兜山市と、向こうの兜山市はリンクしてるから、こっちでもベジージェムの反応を見れば、手がかりが見つけられるはずニュ!」
「そうか。あとは、どんな場所なら反応がありそうか、だな……」
「うーん……。パワースポットで有名な場所、とか?」
「あ、それありそうです! 魔力もパワーの一種と思うです!」
「ベジーティアって食べ物がテーマのアニメだから、おいしいスイーツのお店とか?」
「それなら、果樹園や野菜の畑のほうが、関係ありそうじゃない?」
「逆に、空き家になってて普段は人が近づかない場所とか……」
三人が思いつくままに意見を出す。私はしばらく黙って聞いていたが、
「じゃあ、いま思いついた場所を、それぞれみんなで調査してみようか。もちろん、無理はしなくていい。各自、学校の勉強や部活、塾や習い事などに支障をきたさない範囲で調査して、反応があったら私に報告してほしい。私も仕事の合間に調査を進めるし、集まったデータを分析して、マジックキャッスルの場所を突き止めよう」
「はーい」
「分かりました」
「頑張るですぅ」
終了ボタンを押してビデオ通話を終える。
しんと静まり返った会議室。窓の外では、シトシトと冷たい雨が降り出している。
「ついこないだまで暑いと思っていたら、いつの間にか、すっかり寒くなってしまったな……」
私はスーツの上着に腕を通すと、真っ暗なオフィスを後にした。




