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お父さん、魔法少女になる  作者: 春風ヒロ
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第10話「全力究極限界突破!!!」5

第10話「全力究極限界突破!!!」5


 キャロティアが正気を取り戻したのを確認すると、パンプティアは倒れているトランスのもとへ歩み寄った。

 トランスの姿は酸鼻極まりないものだった。顔は原型をとどめないほどに腫れ上がり、全身のあちこちから血が噴き出している。手足はあり得ない方向にねじ曲がっていた。大型トラックにはねられたのだと言われても、疑わずに信じてしまいそうな状態だった。

「癒しの奔流、ほとばしる火と水と風、萌え出ずる若葉。大地の息吹をこの者に届けよ、ピピマ・ルケール・キュアヒルト!」

 トランスの体が柔らかな光に包まれた。傷口がふさがって血が止まり、腫れが治まり、手足が正常な向きに戻っていく。

 ボンヤリと虚空に向けられていた目が焦点を取り戻し、トランスはムクリと体を起こした。顔の前に両手を掲げ、拳を開閉して動きを確かめる。

「すげえな……。あっという間に、全部、治っちまいやがった……」

 こんな力があれば、試合の後の回復期なんて必要ない。毎日だって戦える――そんな考えが浮かんだものの、彼が口にしたのは、全く違う言葉だった。

「良かったのか? せっかく倒した相手を、治しちまって……」

「でも、決着はついたでしょう? どっちが勝って、どっちが負けたかは、アナタが一番分かっていると思うの」

 パンプティアはそう言うと、黄色のスカートをヒラリと翻し、穏やかに笑った。

「私たち、もう誰も死なせないって決めたの。たとえ、それがアナタたちでもね」

「そうか……」

 トランスは大きくため息をつくと、ゴロリとその場に寝転がった。

「オレは、なんのために戦ってたんだろうな……」

 この世界で与えられた役割だったからとはいえ、年齢も、体重も、自分の半分にも満たない少女たちをいたぶり、殺そうとした。そして、逆に自分が叩きのめされた。

「ばかばかしい……」

 ヘドローンのおかげで超絶規格外のパワーを手に入れた。それが、どうだと言うのだ。

 力とは、限界の果てに至るまで積み重ねた努力の先に、ようやく得られるものだ。努力なしに手に入れた力など、なんの価値もない。そのことは自分が一番よく知っているはずだった。

 それなのに、こんな「まがい物の力」が自分のすべてなのだと思い込んでいた。

 腕を掲げると、手首に巻きつけたブレスレットが目に入った。ミートジェムは相変わらず、ドロドロと濁った光を放っている。

 トランスはブレスレットを力任せに引きちぎった。そして、適当な方角に全力で投げ捨てた。

「ヘドローン、返すぜ! 後はもう煮るなり焼くなり、好きにしやがれ!」


 光のゲートを抜けて、見慣れた会議室へと戻る。

 体のケガはパンプティアに治してもらっていたが、疲弊しきった精神までは回復していない。目の前にあった折り畳み式のパイプ椅子にグッタリと座り込んだところで、江藤が声を掛けてきた。

「おお、松嶋、早かったな。どうだった?」

「部長……。私が『あっち』に行ってから、どれくらい時間が経ちましたか?」

「ほんの二、三十秒といったところだな。どうする? 話の続きをするか?」

「いえ、ちょっとそんな余裕は……。本気で死にかけたので……」

「そうか、まあ相手はプロの格闘家だったんだから、無理もないか」

「できれば今日は、このまま有休をとって帰宅したいんですが……」

「何をバカなこと言ってるんだ。月曜の朝礼が終わって、一週間が始まったばかりだろうが。そら、仕事に行け、仕事に!」

「お、鬼や……。ここに鬼がおるでぇ……」

 この時ほど、江藤のことを腹立たしく思ったことはない。

 私はノロノロと立ち上がると、自分の席に向かった。

 引き出しにストックしてあるドリンク剤を飲んで、その場しのぎの元気を取り戻そう。ドリンクの効き目が切れたら――

「後はもう、煮るなり焼くなり、好きにしやがれ、ってか……」

 そうつぶやいて、私は苦笑した。


 岡田トシヤの所属する総合格闘技団体が、スポーツ新聞や格闘技専門誌など、複数のマスコミにファックスを送ったのは、数日後のことだった。

 本来なら完全に畑違いの『兜山TOWN』編集部にも、そのファックスは届いていた。

「なんだ?『当ジム所属 岡田トシヤより、緊急記者会見のお知らせ』……? どうしてこんなものが、うちに届いたんだ?」

 数人の記者や江藤に尋ねてみたが、誰も心当たりはないという。

 普段なら部下の一人に取材をさせるところだが、つい数日前、死闘を繰り広げたばかりの相手である。私が直接、取材に行くことにした。

 記者会見は、岡田の所属する格闘ジムで行われるという。私がそのジムを訪ねたときには、すでに何社かの記者が待ち構えていた。互いに顔見知り同士なのか、雑談を交わしている記者もいる。そのやり取りの合間、「引退……」「年齢的に……」といった単語が漏れ聞こえた。

 ジム内は非常にシンプルな作りだった。リングが据えられ、空いているスペースにはプレスベンチやバーベルなどのトレーニング機器が整然と並べられている。部屋の片隅には、いくつかのサンドバッグが天井から吊り下げられていた。

 二、三人の若手選手が、ガチャガチャと音を立てて折り畳み式の長机や、パイプ椅子を並べ始めた。どうやら、記者会見はこの場所で行うようだ。

 周囲の記者が手慣れた様子で小型レコーダーのスイッチを入れ、長机の上に置いていく。私もポケットからレコーダーを取り出し、ほかのレコーダーの横に並べた。

 ほどなく、ジムの代表と思われる年配の男性と、岡田トシヤが現れ、並んで長机に座った。超重量級の岡田が見事な体格をしているのは当然だったが、隣の男性も、かなり大きい体格をしていた。

「本日はお忙しいなか、当ジム所属、岡田トシヤの緊急記者会見にお集まりいただき、ありがとうございます。岡田より皆さまに、お伝えすることがございます。質問は後ほどうかがいます。よろしくお願いします」

 ズシリと腹に響く、重みのある声で代表があいさつをした。

 続く岡田は、軽く頭を下げるとおもむろに立ち上がった。

「先日は無様な戦いを見せてしまった。チャンピオンとして、まったく情けない。調整がうまくいかなかった、なんて言い訳をするつもりはない。負けたオレが弱かった、ただそれだけだ」

 集まった報道陣がざわついた。岡田はこれまで、どちらかというと傲岸不遜といった印象の強かった選手であり、こんな弱腰の発言をすることはなかったのだ。

「だが、たった一度、負けただけであきらめるようじゃ、チャンピオンじゃない。ベルトは手放してしまったが、すぐに取り戻してやる。三十歳になっても、四十歳になっても、五十歳になっても、オレは頂点に立ち続けていたいし、立ち続けるつもりでいる」

 ダン! と音を立てて椅子に片足を乗せると、両腕を曲げてポーズを決めた。

 ダブルバイセップス。

「待ってろ、チャンピオン。ベルトはすぐに取り戻してやる。オレの最終目標は『世界最強』だ!」

 カメラのフラッシュを浴びながら、岡田はニヤリと笑った。

(オレは何度でも立ち上がってやる。どれだけ打ちのめされても、諦めてやるもんか。トランス・ファットじゃなく、岡田トシヤとして、死ぬまで最強を目指し続けてやる! だから――)

「見てろよ、ベジーティア」

 そのつぶやきは小さく、誰の耳にも届かなかった。しかし私は、確かに彼の唇がそう動くのを見たのだった。

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