第10話「全力究極限界突破!!!」3
第10話「全力究極限界突破!!!」3
「ポンニュ……帰っちゃダメ?」
「ダメニュ! きっ、気持ちは分かるけど、帰っちゃダメニュ!」
光のゲートを抜け、目の前に広がる光景を見た瞬間、私はクルリと回れ右をして、ポンニュに尋ねた。ポンニュの返事はまったく予想通りのものだったが、正直に言って、もう一度振り返り、「あれ」を正視せねばならないのかと思うと、それだけで気が滅入った。
私たちの目の前には、ビキニパンツ一枚だけを着て、ボディビルのポーズを決めるトランス・ファットの姿があった。
「やっぱりアレ、見てるだけでも暑苦しいし、そもそもあんな変態チックな恰好のキャラを子供向けアニメに出しちゃダメでしょ!? せめて服を着させなさいよ服を!!! あれと女子中学生を戦わせるとか、もう絵面が犯罪なのよ犯罪!!!」
「ぼ、ボクに言われても困るニュ!」
言いたい放題の私に、ポンニュが戸惑いながら答える。
「ま、それもそうね……」
私は荒い息をつきながらポンニュを解放した。
「トランス・ファット! ……女の子相手にその恰好は何とかならないの!?」
「馬鹿を言うな! 戦いのリングに上がる男が、服なんか着ていられるか。動きにくいし、袖や裾をつかまれたら不利だろう。そんなことも知らんのか? そもそもオレに言わせたら、お前たちの恰好のほうがどうにかならんのか? その長い髪の毛をつかまれて振り回されたら、簡単に首の骨が折れるぞ? そのヒラヒラした服だって、敵につかんで引きずり回してくださいと言ってるようなもんだろうが!」
「うわあ……。思ってた以上にガチな答え……」
「当然だ! 戦いをナメるな!」
「プロ格闘家『岡田トシヤ』としては、やっぱり真剣に戦いたいってワケ?」
「ああ、そうだ。……って、どこでオレの本名を知った?」
「確証はなかったんだけど、やっぱりそうだったのね……。私も兜山の住人で、こっちではこんな姿だけど、本業はマスコミ関係者なのよ」
「じゃあ、この前、オレが無様に負けたことも知っているんだな?」
「無様だなんて……。試合には運も不運もあるし、相手との相性だってある。それに、これまでずっと団体の最前線で戦って、王座を防衛してたじゃない!」
「はっ……。運? 不運? 相性? そんなものに勝ち負けを左右される時点で、ソイツの実力は『その程度』だったってことだ。本物の強さは、運や相性なんかに影響されない。何十回勝ち続けても、ただ一回負ければ、それで終わりなんだよ。ベルトは奪われ、王者は敗残者になる。オレたちの世界は、勝つか、負けるか、ただそれだけだ!」
「でも、あなたは、どうしてこっちでも戦うの? この世界と向こうの世界は、つながり合っているのよ。こっちの世界でけがをしたり、死んだりしたら、向こうの世界の自分もけがをしたり、死んだりしてしまう。こっちで戦ってけがをして、本業の試合ができなくなったら、意味がないじゃない!」
「意味? 戦うことに、意味が必要なのか? この世界のトランス・ファット(オレ)には、岡田トシヤ(オレ)が望んだ理想のパワーがある。せっかくパワーがあるのに、使わなかったらもったいないじゃないか。お前だって新しく買ったばかりのスポーツカーに乗ったら、最高何キロまでスピードを出せるのか、試してみたいと思うだろう?」
「でも、ヘドローンの狙いは、この世界全てをヘドロで飲み込むことなのよ! ハイブがどんな殺され方をしたか、知らないの!? アナタのそのパワーも、結局、ヘドローンに奪われて殺されてしまうのよ!」
「だからどうした」
「……え?」
「殺されるから、どうだと言うのだ! 死ぬのが怖くて格闘技ができるか! 殺されるのが嫌でパワーを失うぐらいなら、さっさと死んでやるわ!」
「そんな……」
「さあ、言いたいことはそれだけか? オレを止めたければ、力ずくで止めろ! 拳でオレを納得させてみろ!」
「無茶苦茶というか……、アナタに理屈が通じないってことは、よく分かったわ」
「安心しろ。死なない程度には手加減してやる。死んだほうがマシかもしれんがな!」
「……それはそれは、お気遣い痛み入ることで」
「全員まとめて相手してやる。最初からフルパワーで来い!」
「遠慮なく、そうさせてもらうわ。みんな、行くわよ!」
「ベジージェム――」
「ミートジェム――」
「「全解放ッッ!!!」」
私たちとトランスは同時にベジージェム、ミートジェムのパワーを解放した。
「スピナティア、パンプティア、援護お願い! 深入りしないでいいからね!」
「分かったです!」
「任せて!」
「ラディシティア、行くよ!」
「オッケー!」
攻撃に移る直前、私の脳内に、新しい衣装の情報が映し出された。
(これは……、前回のハイブ戦で覚醒した新能力だな!)
私は瞬時に判断し、
「チェンジ! 戦闘特化形態!」
衣装が新デザインのものに変わり、炎のように揺らめくオーラが全身を覆う。
私にとって見た目の変化よりも、形態変化に伴う能力アップのほうが重要だった。
ベジージェム解放による能力の底上げに加えて、「戦闘特化」の名にふさわしく、攻撃時に発動できる呪文の種類と威力が大幅に増加する。何よりありがたいのは、解放したベジージェムのコントロールが容易になっていることだった。前回のハイブ戦の際、気を抜けば暴走しそうになるパワーを制御するため、神経をすり減らしながら戦ったのが嘘のように、軽々と体を動かすことができた。そのうえ、敵の攻撃を受けると自動的に魔法による反撃が発動するオートカウンター機能もあるようだ。
(いいな、コレ……。かなり戦いやすくなるぞ)
私はファイティングポーズを取ると、つま先で軽くステップを踏みながらトランスとの間合いを計った。ミートジェムを解放した相手との戦いでは、離れていても一瞬たりと気を抜くことはできない。全てにおいて規格外のパワーを持つトランスが相手となれば、どれだけパワーアップしても十分ということはあり得ないと考えるべきだ。
(来る!)
相手が動き出すよりも先に、体が危険を感じ取った。素早くステップを踏む。一瞬遅れてトランスの剛拳が体スレスレの場所を通り抜けた。風圧でコスチュームのフリルやリボンが大きく揺れた瞬間、「バチン!」という音と共に火花が飛んだ。
「イテッ!」
連撃を浴びせようとしていたトランスが、痛みのために、一瞬、動きを止めた。
「なんだ今の! 静電気か!」
確かに、それは空気の乾燥する冬など、金属製品に触れようとした瞬間に発生する静電気によく似ていた。
トランスが再び殴りかかってくる。私が拳を避けた瞬間、やはり同じような「バチン!」という音と火花が飛んだ。
「イテッ! ええい、うっとうしい!」
いら立つ様子を隠せないトランス。
(これがオートカウンター機能か。決め手になるようなダメージにはならないだろうけど、地味に効いてきそうだな。それに加えて――)
私は思いっきりキャロットソードを振り抜いた。剣先がトランスの胴を的確にとらえ、手に衝撃が伝わってくる。
(キャロットソードの分だけ、こっちのほうが間合いが長い!)
キャロットソードは剣の形態を取っているが、鋭利な刃を持っているというわけではない。メタミートの体を切り裂くことができるのは、魔法で斬撃効果を高めているからだ。しかしいま、私は、あえてキャロットソードの斬撃を強化せず、打撃によるダメージを蓄積させることだけを意識した。トランスの肉体が持つ圧倒的な防御力を貫通するためには、一回一回の攻撃に相当の魔力を上乗せしなくてはならない。攻撃するたびに魔力を消耗していくよりも、ここぞという瞬間のために魔力を温存しておきたかった。
スピードを生かして連続攻撃を仕掛け、トランスの意識を自分に引き付ける。トランスの背後に回り込んだラディシティアが、完全な死角からハンマーを振り下ろした。
「甘いわ!」
トランスは片手でアッサリとその一撃を受けとめ、弾き飛ばした。私とラディシティアは、大きく飛びのいてトランスから距離を取る。
「いいぞ! よく連携が取れてる。その調子だ! だが、まだまだ足りん!」
トランスは私のほうを見て、ニヤリと笑った。
ドン! と地面を蹴り、一瞬で私との間合いを詰める。私の頭上で両手を組み合わせ、大きく振りかぶった。
(ヤバい!)
直感的に私は危険を感じ取り、大きく飛び下がった。
「ハンマークラァァッシュ!」
組み合わせた両手を振り下ろす。衝撃波をまとった重く強烈な一撃。私は体の前で両腕を交差し、魔力を集中させて身構える。かろうじてトランスの拳は避けることができたが、衝撃波と、砕けた地面から飛散する無数の石礫は避けられなかった。いくつかの石片はオートカウンター機能で迎撃できたようだが、それでも体中、ありとあらゆる場所に石の破片が食い込み、激痛が走る。
「直撃を避けてもこれなんだから……。相変わらず、デタラメすぎるパワーね……」
歯を食いしばって痛みをこらえ、キャロットソードを振り抜く。刃先から発生した衝撃波が、追撃を仕掛けようとしていたトランスの顔面をまともにとらえ、炸裂した。衝撃で目をつぶらせ、ほんの一瞬でも時間を稼ごうと思ったのだが、トランスは目を見開いたまま再び一気に間合いを詰め、私の腹に剛拳を打ち込んできた。
内臓が口から飛び出すのではないかと思うほどの、強烈な衝撃。肺の中の空気が押し出され、一瞬、意識が遠のく。
(さすがプロ……。殴られても、目をつぶらないのは当たり前か……)
「キャロちゃん!」
吹き飛ばされた私の体を、パンプティアが受け止めてくれた。
「ありがとう!」
胸と腹の痛みは強烈だったが、私は無理やり体勢を立て直し、再び地面を蹴ってトランスとの間合いを詰めた。痛みにひるんでモタモタしていたら、トランスが後衛の二人を襲いかねない。それだけは、絶対に避けねばならなかった。
「麻痺の斬撃――!」
キャロットソードの刀身が、青白い火花をまとう。連続で切りかかるが、トランスはウィービングやスウェーで斬撃のほとんどを避けていく。それでも、何度かの斬撃はトランスをとらえ、「バシッ!」と乾いた音と共に青白い火花が炸裂した。
「クッ!」
体内に送り込まれる電流によって、一瞬、筋肉が固縮する。こればかりは、どれだけ筋肉を鍛えたところで避けることができない。オートカウンターの電撃と合わせて、たとえ十分の一秒、百分の一秒でも、トランスの動きを止めることができれば、勝機につながるはずだ。
「蜻蛉撃!」
トランスの動きが止まった一瞬を狙って、ラディシティアの一撃が炸裂する。
白山流空手で鍛えた肉体から繰り出される、隠神流で磨かれた技。彼女の攻撃は重く、強い。
トランスは右腕でハンマーを受け止めていた。普通なら腕の骨が砕けていてもおかしくはない。しかし、トランスはわずかに顔をしかめただけで、動揺は見られなかった。それどころか、ニヤリと笑って手招きをする。
「おおっ、効くなぁっ! それでこそ、倒しがいがある!」
「危ない!」
私が警告するより一瞬早く、トランスの左手が動いた。ハンマーを振ってがら空きになっていたラディシティアの胴体に、鋭いジャブが突き刺さる。
「うぐうっ!」
ドムッ、という重い音が響き、ラディシティアが吹き飛ばされた。
「ラディシティア!」
「大丈夫!」
ラディシティアは歯を食いしばって踏ん張り、ハンマーを構え直す。
ダメージは小さくないと思われるが、まだ、彼女の目には力がみなぎっている。私はそれを見て取ると、再びトランスとの間合いを詰めた。私が肉薄する直前、パンプキンボムが立て続けに炸裂し、爆炎が上がる。
(ナイス牽制!)
熱気に耐えながら爆炎を抜けると、目の前にトランスの顔があった。
私はキャロットソードを振りかぶると、全身の魔力を剣先に集中させる。極限まで圧縮した魔力をブチ当て、一気に炸裂させた。
「切裂刃!」
コレスと戦ったとき、彼女の攻撃を受ける部位だけに魔力を集中させ、瞬間的に防御力を高めた。同じ要領で、攻撃する瞬間だけキャロットソードに魔力を乗せて攻撃力を高めたのだ。
キャロットソードはトランスの左肩に食い込み、ざっくりと大胸筋を切り裂いた。本来なら鮮血が噴き出し、凄惨極まりない状況になるはずだが、血の代わりに傷口から真っ白な光が噴き出している。アニメ的表現、ということか。
「うおおおおおおおおおっ!」
トランスは苦痛の叫びを上げながらも、両拳を強く握り、全身の筋肉を引き締めた。筋肉の圧力で体内に浸透していた魔力を押し出し、傷口を強制的にふさぐ。
「やるじゃないか! これなら……どうだ! メガトン・トルネード!」
トランスは両腕を広げ、高速回転を始めた。
(……ザンギュラのスーパーウリアッ上?)
私が連想したのは、対戦格闘ゲームに出てくるプロレスラーの必殺技と、それを紹介したゲーム雑誌の伝説的な誤植だった。もし、この技がそのキャラクターの技と同じ性質を持っているのだとしたら――。
(マズい!)
飛びのいて距離を取ろうとしたときには、既に遅かった。高速回転する拳が周囲の空気を吸い込み、トランスを中心に竜巻が発生する。近くにいた私の体は空気と一緒に吸い込まれ、まともに顔をぶん殴られた。オートカウンターの電撃がバチバチと私の周囲で弾けるが、トランスは一切構わず、ガッシリと私の腰に腕を回してきた。
ベッタリと汗ばんだ肌が、顔に、体に、押し付けられる。
「何すんのよ変態!」
叫んだ瞬間、私の体は宙に浮いていた。
(ヤバい! 防御障壁全力展開!!!!)
攻撃に使っていた魔力を、自分の背中に集中させ防御障壁を作る。次の瞬間、私は背中から地面に叩きつけられた。
バックドロップ。
プロレスにおいて、ごく基本的な投げ技の一つだ。しかし、いくら基本技といっても、衝撃を吸収するリングマットの上ならともかく、硬い地面に叩きつけられたら、命にかかわる。
バギンッ!
背中に展開した防御障壁が一瞬で粉砕され、分厚いガラスが砕けるような音が耳元で響いた。衝撃で脳が揺らされ、目の前が真っ白になる。それでも頸椎や脊椎が折れなかったのは、防御障壁を張り巡らしたおかげだった。
「まだだ!」
トランスは倒れた私の左腕をつかんだままだった。その腕に、トランスの両足がかかる。両脚で腕と肩の動きを固定し、ひじの外側に置いた足を支点として、本来、曲がることのない方向へ腕を曲げようと引っ張る――。
腕ひしぎ十字固め。
関節がミチミチと音を立て、腕の靭帯が引き延ばされる。
「うわあああああああああああああああああああっ!」
筋肉が裂け、そのまま腕が引きちぎられるビジョンが脳裏に浮かぶ。それほどの激痛だった。見た目は地味な技ではあるが、プロの格闘家にキッチリと関節を極められてしまったら、逃れるすべはない。
(ま、魔力を……ッッ!)
私は激痛をこらえながら、必死で魔力を左腕に集めた。肘関節を魔力で固定し、引き延ばそうとするトランスの力に対抗する。しかし、重機並みのパワーで引っ張ってくるトランスに対抗しているだけで、ガリガリと魔力のストックが目減りしていくのが感じられた。
「このぉっ!」
ラディシティアがトランスの頭に全力のサッカーボールキックを打ち込んだ。さらに、がら空きになったトランスの胸元に真上から容赦なくハンマーを打ち下ろす。ヘビー級鈍器の直撃はさすがのトランスも耐えきれず、私の腕を放してのたうち回った。
私は左腕をかばいながら立ち上がった。魔力を急激に消耗したせいか、頭がクラクラする。加えて、肘の関節がおかしくなってしまったのか、左腕が思うように動かない。
(左腕をやられたか……。しかし、アニメやゲームみたいなブッ飛んだ技と、リアル格闘技の技を併用するなんて、凶悪そのものだな……)
右手だけでキャロットソードを握り、右半身の構えでトランスに向き直る。
トランスも胸を押さえながら、体を起こした。
「いいぞ、ベジーティア。その調子だ。束になってかかってこい。一人ひとり、虫のようにひねり潰してやる……」
不気味に笑う。
(こちらがどれだけパワーアップしても、規格外のパワーでそれを跳ね除けやがる。ホンットーに、ケタ違い、常識外れのバケモノなんだから……)
私は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
もちろん、通常のメタミートとの戦いでも、一つ間違えれば命を落とす危険は常にあった。また、コレス、プリン、トランスとの戦いは、いずれも文字通り、命がけの死闘だった。
しかし、それらの死闘を乗り越え、パワーアップを重ねてもなお、トランスと対面すると「死」そのものに向き合っているような、筆舌に尽くしがたい恐怖を覚えるのだ。
どんなに攻撃しても、通用する気がしない。
どんなにガードを固めても、ダメージを防げる気がしない。
(それでも、やるしかない……ッ!)
奥歯を噛みしめ、大きく踏み込む。視界の端で、ラディシティアがほぼ同時に突っ込むのが見えた。
「腕断!」
ラディシティアは、トランスが突き出す右腕を紙一重でかわし、肘の関節を目がけてラディッシュハンマーを振り下ろす。
(――そこに、合わせる!)
一瞬遅れて、私もトランスの左肘にキャロットソードを振り下ろした。
「切り裂く刃!」
肘を狙ったキャロットソードは、やや狙いを外し、トランスの前腕にザックリと食い込んだ。やはり、片手では十分に力が乗らない。
「ムゥン!」
「きゃあっ!」
トランスは右腕を一閃し、ラディシティアを弾き飛ばす。さらに、気合と共に、キャロットソードが刺さったままの左腕に力を込めた。
「くっ、抜けな――」
筋肉に挟まれて、食い込んだキャロットソードが抜けない。私が無理に引き抜こうとした瞬間、トランスの腕が伸び、コスチュームの裾をつかんできた。
「しまっ……!」
コスチュームを引っ張られ、体勢が崩れる。そのまま私の体は、無造作に地面に叩きつけられた。さらに私の目の前に、トランスの巨大な足の裏が迫る。
踏みつけ(ストンピング)。
私は必死で首をよじり、トランスの足を避けた。かろうじて直撃こそ免れたものの、耳と髪の毛を踏まれ、焼けつくような痛みと、ブチブチと髪の毛が千切れる音が耳に残る。
さらに、トランスは私の体の上にまたがり、のしかかろうとしてきた。
(マウントポジション――ってか、レイプされる!?)
押さえ込まれ、自分の動きを封じられたうえで振るわれる、圧倒的暴力。少女になっているいま、それは想像を絶するほどの生理的な恐怖だった。踏みつけられたままの服や髪が千切れるのも構わず、必死で体をよじり、トランスの足元から抜け出そうとする。
「キャロティアを放せぇっ!」
「ぐおぉっ!」
体勢を立て直したラディシティアが、渾身の力を込めてハンマーを叩きつける。その衝撃でわずかにトランスの体が揺らいだ隙をついて私は地面を転がり、立ち上がった。
踏みつけられた耳が、ジンジンと痛む。引きちぎられたコスチュームの切れ端が垂れ下がり、その下からチラリと素肌がのぞいていた。
(本ッッ当に容赦ないというか、シャレにならないな! 子供向けアニメに、こういう、マジなリアリティなんて必要ないだろ!)
心の中だけでツッコミを入れる。口に出している余裕はなかった。そもそも、第一話で主人公の一人が死ぬところから始まった作品なのだ。服が破れてはだけるぐらい、問題ないのだろう。
しかし、のんびりとあれこれ考えている暇はない。相手はプロの格闘家なのだ。一瞬の隙も見逃さず、こちらの息の根を止めに来る。
「このおっ!」
痛みをこらえながら再び片手で斬りかかろうとした瞬間、スピナティアの放った矢が、トランスの足元に突き刺さった。
「地の底より出でよ紅蓮火、逆巻く風に乗り我が敵を焼き尽くせ! 紅蓮炎嵐!」
地面に突き立った矢から、トランスの体を包み込むように火柱が噴き出す。炎から逃れようとトランスが動き回るたび、炎の渦は前後左右に位置を変え、中心にとらえ続けた。
「ぐあああああっ!」
肉の焼け焦げる、形容しがたいニオイが立ち込める。
(炎の矢……じゃない。炎と風の複合魔法?)
私が知っているスピナティアの炎属性の攻撃魔法は、威力に差はあれども、火矢のように命中した場所に炎を発生させ、敵を燃やすだけのものだった。
以前、プリン・タイと戦ったとき、スピナティアは風と氷の魔法を組み合わせ、氷点下の泡の塊を町中に降らせていた。そのときと同じように、複数の魔法を組み合わせて発動させているのだろうか。
「ツインハンマーッ!」
トランスが振り上げた両手を地面に叩きつける。トランスを中心に発生した衝撃波が、一瞬で炎の渦を吹き飛ばした。
「け……拳圧だけで私の魔法を……」
「じゃあ、これならどう!」
パンプティアが、バレーボールのサーブを打つように、投げ上げたパンプキンボムを右手で叩いた。滑らかで力みのない動作と裏腹に、叩かれたボムは超高速で飛び、トランスの腹に炸裂した。
「ぐあああああっ!」
「ブースターショット。爆風を収束させて、音速近くまでボムを加速して飛ばしてるの。戦車砲並みの破壊力があるから、まともに受けないほうがいいわよ」
とんでもないことを淡々と言うパンプティア。爆炎が晴れると、トランスが地面に片膝をついてうずくまり、腹についた焼け焦げの跡を押さえていた。
「戦車砲並みの直撃受けて無事なの!」
私は思わずツッコミを入れる。トランスの強さが常識のワクを超越していることは承知の上だったが、それでも言わずにいられなかった。
「一度でダメなら……」
「何度でもブチ込んでやるです!」
スピナティアとパンプティアが、それぞれ武器を構える。
「紅蓮炎嵐・単撃!」「二連!」「三連!」「四連!」
「ブースターショット・浴びせ撃ち!!」
二人は早回しアニメーションのような高速動作で、立て続けに矢弾を撃ち込んだ。
離れた場所にいる私でさえ、前髪が焦げるのではないかと思うほどの圧倒的な熱量が炸裂する。超高温となった炎は黄白色に輝き、網膜に痛いほどの光を放っていた。
「ちょ、ちょっと、やりすぎ……」
思わず、私はつぶやいていた。
生身の生命体であれば、これほどの熱量をぶつけられて肉体を維持することすら難しいだろう。トランスが再起不能になるだけならまだしも、これで命を落としてしまったら……。「岡田トシヤ 事故死」「岡田トシヤ 謎の焼死」などの新聞の見出しが脳裏に浮かんだ。
「はあ……はあ……。これで、どう……」
「私たちの、本気の、全力ですよ……」
爆炎が少しずつ薄らいでいく。
私は爆心地からゾッとするほど濃厚な魔力の波動を感じ取った。
(ヤバい!)
魔力障壁を最大出力で展開し、トランスの前に立ちはだかろうとする。しかし、私の動きよりも、トランスの放った衝撃波がスピナティアとパンプティアを捉えるほうが早かった。全力で魔力を放出したばかりの二人は、なすすべもなく吹き飛ばされた。
「きゃああああああっ!」
「スピナティア! パンプティア!」
「甘いわ! 力を出しきった瞬間こそ、最大の隙になるのだ! このオレに全力で防御させたことは認めてやる。しかし、本当にオレを倒したかったら全力の上にも全力を重ねてこい! 息継ぎしてる余裕などあるものか!」
トランスは全身からブスブスと煙を立ち上らせ、あちこちに無残な焼け焦げを残している。あれだけの熱量を、魔力障壁と自らのタフネスで耐えきったというのか。
「確かに……トランスの言う通りだ。二人の攻撃を見守っていないで、追撃するべきだった。私の考えが甘かった……。本気で、全力を出さないと、コイツには勝てない……」
「トランス・ファット」というキャラクターの持つ特性に、中の人「岡田トシヤ」の持つ戦闘能力が加われば、常識の通用しない強さになる。そんなこと、最初から分かっていたことではなかったのか。彼と前回戦った時だけでも、そのケタ外れの強さは散々思い知らされていたはずなのに。まだ私自身、彼の強さに対して、心のどこかで常識の枠を当てはめ、過小評価しているところがあったのだ。戦いに無縁の生活を送り、デスクワークばかりしている私の見通しの甘さを、まともに指摘されたような気がした。
額から頬へ、冷や汗が垂れる。
「過剰に過剰を重ねるぐらいで、ちょうどいいってワケね……」
恐怖と緊張のカクテルが、背中にビリビリと悪寒を走らせる。
もはや、覚悟を決めなくてはなるまい。
この手で、生きている人を殺すかもしれない、という覚悟を。
人を殺す覚悟。そして、自分が殺される覚悟。
その両者を併せ持ち、死力を振り絞らなければ、この男は倒せない。
私はあらためてキャロットソードを構え直した。
さっきトランスに腕ひしぎを掛けられた左腕は、まだ動かない。もう、左腕の痛みにこだわっている場合ではなかった。命がけの一撃を放つのであれば、腕の一本や二本、どうなってもいい。両腕が使えなければ蹴りで、両足も使えなくなれば体当たりで、最期の一撃を出せばいいのだ。
全魔力、全生命力を込めた最高の一撃を。
そのために必要なもの。
私は、大きく息を吸い込んだ。
精神を研ぎ澄まし、漆黒の闇の中心に一人で立つ自分の姿をイメージする。
キラキラと輝く水滴が水面に落ち、光の波紋が広がっていく。波紋は周囲の木々や石、トランス、仲間たち、さまざまなものに触れて跳ね返り、無数の波を描く。
自分を取り巻く、ありとあらゆる物体の動きが「視える」。
「止水」
私は大地を蹴り、一気に間合いを詰めた。




