第10話「全力究極限界突破!!!」2
第10話「全力究極限界突破!!!」2
週明けの恒例行事、兜山出版の全社員が出席する全体朝礼の場に、江藤マサト出版部長の姿があった。
「入院中はいろいろとご心配をおかけしました。ようやく退院できました。また、これから仕事に取り組んでいきますので、よろしく!」
事故のことなどなかったかのように、はつらつとした声であいさつをする。その様子に、一部の女子社員が顔をしかめていたのは、過去、江藤にセクハラを受けたからだろう。
朝礼後、私は自分の机の片隅に積んであった何冊かの週刊誌を、江藤の机に持っていった。
「休んでた間の分、ちゃんと買い置きしときましたからね」
「おお、松嶋、スマンな」
それは格闘技専門の週刊誌だった。売っている店が限られるため、江藤の入院中、私が代わりに買っていたのだ。わざわざ個人経営の書店で購入しなくても、ネットのサブスクリプションサービスを使えば簡単に購読できるのだが、江藤に言わせると、「書店で本を買わなくなってしまったら、俺たちがどんないい本を作っても売る店がなくなってしまうだろうが! 俺たちだけでも、街の本屋を支えなきゃいけないんだよ」ということである。
最新号の表紙は、つい先日行われた総合格闘技団体の日本チャンピオンタイトルマッチのものだった。チャンピオン・岡田トシヤのこめかみに膝蹴りが食い込み、顔が苦痛に歪んでいる。顔の周囲に飛び散る無数の汗のしぶきが、打撃の強烈さを表している。横には、特大フォントで「世代交代の一撃!」のアオリが記されていた。
学生時代の岡田はアマチュアレスリングの選手で、国体に出場した経験もあった。その後、プロレスを経て総合格闘技に転向し、二十代半ばで日本チャンピオンに上り詰めたのだ。格闘技ファンの江藤からしたら、ずっと注目してきた選手の一人だろう。
江藤はその表紙を見るなり、残念そうにつぶやいた。
「岡田なあ……。まだまだ若いと言いたいけど、三十を過ぎたし、格闘家としてはもう年かもな。ずっと応援してたんだけどなあ」
格闘技の中でも、打・投・極、全てのスキルを求められる総合格闘技は、選手生命が短いことで知られる。試合は年に数回しかできないうえ、深刻なけがを負うリスクも高い。わずか数年で選手生命を絶たれるケースもあるこの世界で、十年にわたって現役を続けてきた岡田の実力は間違いなく「本物」だった。
「『もう三十』か、『まだ三十』か、ですね。あとは、本人のやる気次第じゃないですか?」
「やる気だけで、どうにかできる世界じゃないからな……」
格闘技経験者の江藤は渋い表情で表紙を見つめている。
「ところで部長、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「おお、何だ?」
「……ここではちょっと話しにくい案件なので、できれば小会議室へ。すぐに終わります」
「分かった。……実はオレも、お前に話しておきたいことがあるんだ。ちょうど良かった」
私と江藤は連れ立って近くの小会議室に入った。
江藤は会議室のドアを閉めると、ポケットからスマホを取り出した。
「そんなに時間を掛けるわけにいかんから、手短に済ませよう。このファイルを後でお前に送るから、ゆっくり見てくれ」
そう言いながらざっと画面をスクロールさせる。小さな画面には、兜山市内に点在する古い寺社仏閣の画像が映し出されていた。
「兜山の人口は二十万人に満たない。全国的に見れば、特に大きいわけでも、小さいわけでもない地方都市の一つと言っていいと思う。そんな町に、どうしてベジーティアも、ヘドローンの幹部も、集中しているんだと思う?」
それは、私も以前から感じていた謎だった。魔法少女の素質は、母から私、そしてミサへと受け継がれている。つまり、遺伝的要素によるものである可能性が高い。だとしたら、赤川のどかや城井佳菜もまた、「魔法少女の家系」に生まれ、その家族も「魔法少女遺伝子」を持ち合わせているのではないだろうか?
しかし、そんな特殊な力を持った人間が、あちこちにいるのだろうか? 現在、判明しているだけで、この町にはベジーティアと敵幹部、合わせて八人の「現役魔法少女・敵幹部」がいる。私の母やミサ、死んでしまった赤川のどかを加えれば、十人を超える。もし、同じような比率で魔法少女遺伝子・敵幹部遺伝子保持者がいるとしたら、魔法少女と幹部の数は、日本だけでも六千人を超えることになってしまう。
つまり、兜山という町には、不自然なほどに、魔法少女遺伝子保持者が集中して住んでいる。
「アニメの展開の都合」と言ってしまえばそれまでの話だ。しかし、もしもこの町になんらかの理由があって、魔法少女遺伝子保持者が多いのだとしたら――。
「この町には、明治時代の廃仏毀釈の影響を受けず、残っている寺社仏閣が多い。奈良や京都のように古い歴史がある町ならともかく、決して有力な豪族や大名がいたわけでも、幕府の支配力が強かったわけでもない、何の変哲もない地方都市なのに、だ。そして、ほとんどの寺や神社に、『鬼退治』や『妖怪退治』、『悪霊退治』の伝説が伝わっている。一番有名なのは、隠神神社だな。オンガミは『鬼神』が転じたというし、祭神は鬼だという伝説もある。この神社に伝わる古武術の『隠神流』は、もともと、妖怪退治のために生まれた流派だと言われている。つまり、この町には、なんらかの形で鬼や妖怪、悪霊退治に関わった人間の末裔が、多く存在しているんじゃないか?」
「確かに、ベジーティアにしても、戦隊ヒーローや仮面ライダーにしても、考え方によっては現代の『妖怪退治』みたいなものかもしれないですね……」
「普通に考えたら、馬鹿な話だと思う。だが、入院中、いろいろ調べ始めたら、偶然だと考えるには、あまりにもできすぎている気がしてきてな。まあ、ヒマな時にでも見てくれ」
「ありがとうございます」
「さて、次はお前の話を聞こう。聞きたいことって、何だ?」
「……最近の『魔法少女ベジーティア』を見ていますか?」
この質問だけを取り出せば、何とも異常なやり取りである。少なくとも、三十代後半と、五十代の男が真顔で交わすような話題ではない。
「いや、最初からほとんど見てない。何というか……自分の恥部を突きつけられるというか、見ていると、居たたまれない気持ちになってな。それに、あんなアニメを一人で見ているところを家族に見られたくもないしな」
ああ、やっぱり。私は自分の推測が裏付けられるのを感じながら、話を続けた。
「……ヘドローンは、あなたたち幹部全員を始末し、ミートジェムのパワーを吸収したうえで、私たちベジーティアとの最終決戦に臨もうとしています。そして先日、ハイブがヘドローンによって殺され、『中の人』の少年も死にました。私は、その葬式に行ってきました。もうこれ以上、ヘドローンに誰かを殺されたくない。もちろん、仲間も失いたくないんです」
自分の腕の中でヘドロになって死んでいったハイブの、生々しい体の感触をあらためて思い出す。
「あと、私たちが戦っていない幹部はトランス・ファットだけです。もし、トランスの『中の人』と、こっちで話ができるのであれば、話をしたい。説得したいんです。彼について、何か知っていることがあれば、教えてください」
「ああ、そのことか……。アイツは――」
江藤が話し始めた矢先に、ポンっとコミカルな音が響いた。空中に、短い手足を生やしたバレーボール状生命体が飛び出す。
「ヒロシさん、トラン――」
「「ポンニュ!」」
私と江藤の声が重なった。
「えっ、ええっ!? ヒロシさん、こ、この人、誰……って、フギャッ!? い、痛いニュ!」
江藤が素早くポンニュを捕まえ、しみじみとその丸っこい体を眺めた。ポンニュは顔をしかめながら、手足をジタバタさせている。
「本当に、実在したんだな……。向こうではベジーティアと一緒にいるのを見たが、こっちで見るとは思わなかった……」
「と、ところでヒロシさん、この人、誰ニュ?」
「……オレの上司であり、向こうで『コレス・テロール』をやってた人だ」
ピシ、とポンニュの顔が凍りつき、動きが止まった。
「こここここコレス!? そんな人と何を仲良くおしゃべりしてるニュ!?」
「向こうで敵同士だったからといって、こっちでも戦う必要なんてないだろ。元から知り合いだったんだし……」
「そ、そうだったニュ……。ところで! いつまでつかんでるニュ! 痛いニュ!」
「イテッ!」
ポンニュが江藤の手を引っかき、体を振りほどいた。
「そんなことより! ヒロシさん、トランスが出たニュ! 早く来てほしいニュ!」
「んなっ、もう来たのか!? ついこないだ、ハイブと戦ったばかりだろ!?」
「だからそういう都合は相手に言ってほしいニュ! は、早く来てニュ!」
「本人に会って説得するどころじゃないなんて……。これも、ヘドローンの計画のうちなのか!?」
「ボクに聞かれても困るニュ……」
「ちっ……。そうだな、分かった。……じゃあ部長、ちょっと行ってきます」
「まあ、頑張ってこい。死ぬなよ」
「はい。では――」
「あっ、待て、言い忘れるところだった! トランスの中身のことだ。はっきりと本人から名前を聞いたわけではないが、奴はこっちで、プロの格闘家として活動していると言っていた。年のころは三十を過ぎたぐらい。団体でチャンピオンベルトを取ったこともあるとか……」
「まさか……」
偶然だとしたら、あまりに出来すぎている。
だけど、この手のアニメ作品では、そんなご都合主義とも思えるような展開が、往々にして待ち受けているものだ。
私たちの脳裏には、膝蹴りの衝撃で、無数の汗のしぶきをまき散らしながらリングに沈む巨漢の、苦痛にゆがんだ顔がまざまざと浮かんでいた。




