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お父さん、魔法少女になる  作者: 春風ヒロ
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第9話「Tragedy」1

第9話「Tragedy」1


「どーなってんだよ!? コレッちゃんに続いて、プリンまでサボりだなんて!」

 ヘドローンの城の一画で、ハイブラッド・グルコースが大声を上げた。

 四人の幹部のうち、城に出てきているのはハイブとトランス・ファットの二人だけである。ベジーティアと対戦し、敗北したコレス・テロールとプリン・タイは、その後、まったく連絡が取れなくなっていた。

「負けたって言っても、別に殺されたわけでもないんだし、やり直せばいいじゃないか。そもそも、オレたちが一人ひとり別々に出ていくんじゃなくて、協力すればいいだろ? ベジーティアも四人で戦ってんだしさ」

 ハイブの目の前では、トランスが巨大なトレーニングマシンを使って黙々と筋トレを続けている。

「なあ、トランスってば! お前、何か知らないのかよ!」

「知らん。どうでもいい。トレーニングの邪魔をするな」

 トランスは不愛想に言い放つ。ハイブは舌打ちをした。

「あと、協力して戦うとかいう話は、ほかの奴らとやれ。オレにはオレの戦い方がある。邪魔するのは許さん」

「へっ、あーそうかよ、分かりました! 勝手にやってろ!」

 そう言い捨てて、ハイブは部屋を後にした。石の床にわざと強く靴をぶつけ、大きな足音を響かせる。

「ったく……『ほかの奴らとやれ』ったって、そのほかの奴らがみんなサボってんじゃねーかよ……」

 ブツブツと文句を言いながら歩いていると、

「ハイブよ……」

 突然、足元から声が響いた。小型犬ぐらいの大きさのヘドロの塊が、足元でうごめいている。連絡役などに使われているヘドローンの分身だった。

(おわっと! もう少しで踏みつけるところだったじゃねーか! 相変わらず、気色の悪い生き物だぜ……)

 心の中で毒づきながら、「はいっ」と答える。

「直ちに我の元へ来い……」

「わっかりましたー!」

 返事をして、ハイブはヘドローンのいる王の間へ急いだ。


 王の間の奥にヘドローンの姿があった。

 ハイブは王の間に入ってすぐの場所にひざまずいた。それは、ヘドローンに敬意を表してのことではない。

(相変わらず、くっせぇなあ……)

 近寄れば近寄るほど、ヘドローンの腐敗臭が強くなる。だから、あまり近寄りたくないのである。ちゃらけた態度を取っているのも、込み上げてくる吐き気をごまかすためだった。

「ハイブよ。ベジーティアはさらなる強化を遂げている。貴様に勝算はあるか?」

「…………」

 ハイブは答えない。答えることができない。

 前回、ミートジェムを解放し、全力でキャロティアと戦って、勝つことができなかったのだ。キャロティアがさらにパワーアップしているのなら、現状ではまったく勝ち目はないと言えるだろう。

 ヘドローンは言葉を続ける。

「貴様が望むのなら、二個目のミートジェムをくれてやろう。どうだ?」

「……くれるなら、欲しいです!」

「しかし、使いこなすのは容易でないぞ。コレスでさえミートジェムの力を制御できず、暴走してしまったのだからな」

「オレなら大丈夫です!」

 力強く断言したが、根拠はない。自分だけは大丈夫と思いこむ、心理学でいうところの「正常性バイアス」である。

「ならば、試してみるがいい」

 ヘドローンの言葉とともに、左手首のブレスレットが光った。その光が収束し、深紅の宝石に変わる。

 ハイブが両手首を掲げ、きらめくミートジェムを眺めていると、ドロドロとうごめくヘドローンの分身が近づいてきた。すぐ近くまで来ると、分身は人型に姿を変えた。顔はドロドロののっぺらぼうだが、全身のフォルムはベジーティアに似せてあった。

「そのパワーを使って、こいつを倒してみろ」

「りょーかいっす!」

 ハイブはその場でファイティングポーズを取った。

 偽ベジーティアが一瞬で間合いを詰め、ハイキックを打つ。

(速っ――!)

 予想よりもはるかに速い一撃。かろうじて右腕でガードする。骨が砕けたかと思うほどの衝撃が走った。

「――――ッ!?」

 強烈な痛みで言葉を失う。右腕がしびれて動かない。歯を食いしばって痛みをこらえているうちに、鳩尾に正拳突きが打ち込まれた。体が木の葉か何かのように軽々と吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられる。衝撃で肺から空気が押し出され、息が止まった。

「そいつはベジージェムを解放したキャロティアとほぼ同じ強さだ。油断すると死ぬぞ」

 ヘドローンが言う。

(そーゆーことは先に言えっ!)

 心の中だけで怒鳴り、ハイブは無理やり大きく息を吸い込んだ。

 顔の前で両腕をクロスさせる。

「ミートジェム、全解放!」

 躊躇なく、ハイブは二つのミートジェムの力を解放した。

 視界が深紅に染まる。熱湯を無理やり流し込まれたように、体の奥から熱が込み上げ、全身がギシギシと痛い。

(なんだ……これ……っ!)

 力が制御できない。一歩踏み出そうとした瞬間、体が部屋の反対側まで吹き飛び、頭から壁に突っ込んでいた。立ち上がろうと壁に手を突けば、その反動で天井まで体が吹き飛ばされる。

 自分ではほんの数センチ動いただけのつもりが、実際には数メートルの大ジャンプになっているのだ。暴走する力がまったく制御できない。自分が絶叫していることさえ、ハイブは気づかなかった。

 突然ブツンと音がして、全ての魔力が消失した。糸が切れた操り人形のように、ハイブは倒れ伏して動きを止める。

 しばらく倒れたままのハイブだったが、

「……ガハッ! ゴホッ!」

 やがて、激しく咳き込みながら体を起こした。

「やはり、今のままの貴様では無理のようだな」

 膝をガクガク震わせるハイブに、ヘドローンの無情な声が響く。

「こんなモン……どーしろってんだよ……」

 ハイブは吐き捨てるように言った。先ほどまでの威勢は、既にない。

「これを使うがいい」

 偽ベジーティアが差し出したのは、幅の広いバックルのついた、漆黒のベルトだった。年輩の人であれば、昭和末期にテレビ放映されていた特撮ヒーローの変身ベルトを連想したかもしれない。しかし、ハイブは、

「……でっけーベルトっすね」

 そんな感想を述べただけだった。

「そのベルトにミートジェムを当てながら、全解放してみろ」

「……分かりました」

(ホントに大丈夫かよ……)

 不安ではあったが、ヘドローンを前に拒否することはできない。ハイブはベルトを腰に巻き付けると、両腕を体の前で交差させ、ブレスレットのミートジェムを押し当てた。

「全・解・放!」

 両手首から噴き出した深紅のオーラがハイブの全身を包む。ハイブはしばらく暴走を警戒してジッとしていたが、やがて、そろそろと動き出した。数歩、歩いてみたうえで、軽いパンチやキックを打ってみる。そのたびに手足の先の空気が渦巻き、衝撃波となって王の間を揺るがせた。さらに、軽く念じて指先に集中させたパワーを解放すると、分厚い鉄板でも一瞬で貫通するような熱量を持った光線が飛び出した。

 先ほどと打って変わって、パワーが確実に制御されている。しかも、カッコいい光線技まで使えるようになった。

「これなら、イケるかも……」

 ハイブはニヤリと笑った。

「試してみろ」

 ヘドローンの声と同時に、再び偽ベジーティアが攻撃してきた。

 しかし、ハイブにはそれがさっき自分を一瞬で叩きのめした相手だとは信じられなかった。

 さっきは目で追うのがやっとだった動きが、ハッキリと見えているのだ。

 偽ベジーティアがハイキックを繰り出す。ハイブは右手のひらで受け止める。さっきまでなら、その一撃だけで手の骨が粉々になってもおかしくなかっただろう。しかし、ハイブの手は、やすやすと重いキックを受け止めていた。

「おいおい、マジかよ、コレ……。手加減してるワケじゃねーよな?」

 続けて繰り出されたパンチも、わずかな動きだけでかわし、あるいは受け止める。

「隙だらけじゃん」

 そう言いつつ、一瞬で偽ベジーティアの背後を取り、パンチを打ち込む。たった一撃で偽ベジーティアの体が砕けてヘドロに戻り、衝撃波で部屋の隅まで吹き飛んだ。ハイブは自分の右手をまじまじと見つめ、その破壊力の大きさに感嘆した。

「満足したか、ハイブよ」

「……かなりイイ感じっすね、コレ。こんぐらいパワーアップすれば、アイツらがまとめてかかってきても楽勝っすよ」

「では、行ってこい。朗報を待っているぞ」

「わっかりましたー!」

 ハイブは軽い足取りで王の間を出た。自分が劇的なパワーアップを果たしたこと、そして何より、ヘドローンの悪臭から離れられることがうれしかった。

 そんなハイブは、気づいていなかった。

 腰に巻いたままのベルトから、植物の根か、軟体生物の触手のようなものがゆっくりと生え出ていることに。いまはまだ一ミリにも満たない、ごく小さなものだったが、それらは明らかに邪悪な意思を持ち、ウネウネとうごめいていた。


 正午を過ぎたばかりの明るい陽光が、窓から教室に差し込む。向かい合わせにくっつけた机の上に弁当を広げた緑山さなは、おもむろにつぶやいた。

「……あの子、いったい誰だったんでしょう?」

「あの子って、誰のこと?」

 箸の動きを止めて、城井佳菜が問い返す。

「この前、プリンと戦った時、私に話しかけてきた女の子がいたですよ」

「あ……。それって、もしかしてテレパシーでアドバイスをくれる子のことですか? 私も前にキャロティアがピンチだったとき、いきなり女の子が話しかけてきたんですよ」

 茂手木明日菜が言った。

「多分、その子ですぅ。あのとき――」

 さなは、遠くを眺めながら、先日のプリンとの戦いを思い起こして語り始めた。


「いやああああっ!」

「たすけてええええっ!」

 町のあちこちで火柱が上がり、人々が助けを求めて逃げ惑う。

 スピナティアは目の前に広がる景色の、あまりにも現実離れした惨たらしさに言葉を失っていた。麻痺した思考の中で、社会科の資料集で見た阪神・淡路大震災の被災地や、太平洋戦争で空襲を受けた町の様子が、取り留めもなく浮かんでくる。

「馬鹿ァッ! だから、やることがエグいんだって、お前は!」

 すぐ隣で、キャロティアが絶叫した。

(ど……どうすればいいですか!?)

 考えがまとまらないまま、スピナティアはひたすら自問する。そして思いついたのは、「氷雨乱打」の魔法だった。これは半径数メートルのエリアに氷の塊の雨を降らせ、敵にダメージを与える魔法である。打撃効果を高めるためには、氷の粒を可能な限り大きくし、集中的に降らせる必要がある。しかし今回は、氷の粒をできるだけ小さくする代わりに、魔法の効果範囲を町全体に広げるのだ。

(町全体に雪を降り積もらせれば、この火も消せるかも……)

 しかし、そんなことが可能だろうか。町全体に範囲を広げるだけでなく、火が消えるまで魔法を維持しなくてはならない。魔法を展開する範囲だけでも通常の数千倍の広さなのである。それだけの広さにかけた魔法を、自分はいったいどれくらいの時間、維持できるだろう……? 魔力が尽きれば、ベジーティアとしての変身も維持できなくなる。炎に包まれたこの場所で変身が解ければ、瞬く間に焼け死んでしまうだろう。

(ああもう、グダグダ考えてる場合じゃないです! のどかだったら、こんな時、絶対迷わないです!)

 初めての戦いで命を落とした友人の笑顔を思い出し、湧き上がる恐怖をねじ伏せる。

(そう、私はベジーティアです! のどかの分まで、みんなのために戦うって決めたんです!)

 双眸に強い決意を込めて、炎に包まれる町を見渡した。

 そう決意したとき、ふと、少女の声が聞こえた。

(誰かのために戦う、その心は、何より大きな力になります。スピナティア。私が力を与えます。私の言う通りに、魔法を使うのです)

 その声は、スピナティアの脳内に直接語りかけてきた。聞き覚えのない声だったが、なぜか、友達のお母さんのような、安心できるものを感じた。

(えっ、誰です?)

 その問いに、答えはない。しかし今は、声の正体を詮索している場合ではなかった。時間がない。

「キャロちゃん……」

 無力感にさいなまれ、座り込んで地面を殴りつけるキャロティアの肩に手を置く。

「私が、やってみるです。もし、うまくいって、無事に帰れたら、駅前の星くずパーラーへ、小松菜だし醤油シェイク、一緒に飲みに行くですよ」

「ちょっと、何言ってるの、こんな時に!」

「みんな、プリンをよろしくです!」

 スピナティアはそう言うと、炎の中心に向かって走り出した。

「待って、スピナティア!」

 後ろからキャロティアの声が響くが、足を止めるわけにはいかない。

(スピナティア、ベジージェムを解放しなさい!)

「ベジージェム、全解放フルボリューム!!」

 緑のオーラが全身を包む。

(私に続いて詠唱して。『逆巻く風よ、雨粒をとらえ撹拌せよ。氷雨よ、風を捕まえ粘りの中に閉じ込めよ――』)

「さ、逆巻く風よ、雨粒をとらえ撹拌せよ。氷雨よ、風を捕まえ粘りの中に閉じ込めよ――」

(『氷の泡よ、嵐となりこの地を覆え! 氷泡アイスバブル・ストーム!』)

「氷の泡よ、嵐となりこの地を覆え! 氷泡アイスバブル・ストーム!」

 スピナティアは天に向かって矢を放った。緑の閃光を放ちながら上空に吸い込まれた矢は、打ち上げ花火のように炸裂し、無数の流れ星となって町へ降り注いだ。一つひとつの大きさがスイカほどもある流れ星は、地面に落ちるとボトッ、ボトッと音を立てる。

 氷結系の魔法である「氷雨乱打」に、風の魔法である「風刃乱舞」を組み合わせることで氷の泡を創造し、炎を覆って消火する。それは、スピナティアにはまったく思いもよらない方法だった。

 ベジージェムで魔力を増幅したおかげで、数キロ四方という途方もない広さに魔法を展開することも、今のところ大きな負担とは感じられない。

「火が消えるのが先か、私の魔力が尽きるのが先か……。ガマン比べです、プリン!」

 空を仰ぎ、弓を支える左手に力を込める。その手に、目には見えないけれど、小さく、温かな誰かの手が添えられるのを感じながら、スピナティアは魔法を維持し続けた。


「……そんなわけで、誰か分からないけど、女の子が手伝ってくれたですよ。魔力がなくなりかけたところで、明日菜にたすけてもらったです」

「あの時、そんなことになってたんだ……」

 さなの話に、佳菜は少し驚いた。明日菜が言う。

「その後が大変だったんですよー。さなが急に気を失ったから、慌てて私が支えに行って。回復魔法を使ってもしばらく動かなかったから、すごく心配したんですから……」

「うー、それはゴメンですぅ……。でも、あの回復魔法、本当にビックリするほど気持ち良かったですよ。疲れも痛みも、全部まとめてフッ飛んじゃったです! あれはちょっと、ヤミツキになっちゃう気持ち良さですぅ!」

「そ、そうなんですか……? でもあれ、私もかなり疲れるから、あまり連発はできないんですよ」

「それは残念ですぅ。あの魔法があれば、どんな敵が出てきてもヘッチャラだって思ったですのに……」

 明日菜の言葉に、さなはガックリと肩を落とした。

「ところで、さな……。弁当、食べなくていいの? 昼休み、終わっちゃうよ?」

 少しぬるくなったパック入りのジュースを飲みながら、佳菜が言う。

「へ?」

 さなは間の抜けた声を上げながら壁に掛かった時計を見上げた。昼休みは残り十分。佳菜も明日菜もいつの間にか弁当を食べ終わって、すっかりくつろいでいる。クラス内でまだ昼食を終えていないのは、話に夢中になっていた、さなだけだった。

「あわわわわ、い、いつの間に――!!」

 猛烈な勢いで弁当を食べ始めたさなだったが、教室に一人の男子が入ってきたのを見つけ、おもむろに箸を止めた。

「沢渡ー、久しぶり。髪切ったですね」

 赤川のどかの葬儀以来、ずっと学校を休んでいた沢渡拓人だった。

「ん、ああ、うん」

 小さくうなずいた拓人に、さなは言葉を重ねた。

「ずっと休んでたけど、勉強は大丈夫ですか?」

「ど、どうかな。これから頑張るよ」

 そう言って拓人は自分の席に着く。さなは、拓人にだけ聞こえるように言った。

「沢渡は髪、短いほうが似合ってるですよ」

「あ、ありがとう……。ところで緑山――」

 顔を真っ赤にしながら、拓人は右手でチョンと自分の頬を指さした。

「?」

 不思議な顔をしていたさなだったが、おもむろに頬に手をやり、そこにご飯粒がくっついていることに気づくと、恥ずかしさのあまり、「うあああああ……」と頭を抱えて机に突っ伏した。

 そんなさなを、佳菜と明日菜はあきれ顔で見つめた。

「さな……、本当に昼休みが終わっちゃうよ……」

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