第8話「希望、願望、そして過ち」1
第8話「希望、願望、そして過ち」1
「たすけて!」
かん高い悲鳴が、沢渡拓人の耳に突き刺さった。
日曜の昼下がり。多くの人が行きかう商店街を、沢渡は恋人と並んで歩いていた。
恋人の名は、赤川のどか。いつも元気で明るく、いかにもアニメの主人公に選ばれそうな性格の、クラスの人気者だった。
その彼女が、町のど真ん中で通り魔に刺された。
倒れた体の周囲に、血だまりが広がっていく。
「沢渡君……たすけて……」
血まみれの少女が、自分の目を見てたすけを求める。しかし、自分は身動き一つできず、ただ、惨状を眺めることしかできない。
なぜなら、自分は、その場にいなかったからだ。
赤川のどかが通り魔に刺されて死んだ。それは、まぎれもない事実だった。
しかし、彼女が刺されたのは昼ではなく、朝だ。そして、沢渡はその日、前夜から徹夜でゲームを続けており、一歩も外へ出ていなかった。
だから、のどかが死んだときの様子を、自分は直接見たわけではなかった。
さらに言うなら、のどかが恋人で、自分にたすけを求めるというのも、現実にはあり得ない話だった。
なぜなら、彼女は生前、自分とほとんど言葉を交わしたことがなかったからだ。
ただの同級生というだけで、特に仲が良かったわけではない。ただ、自分が一方的に好意を持っていた。そして、思いを打ち明けるどころか、話しかける勇気さえ持てないまま、片思いが終わりを迎えたというだけだ。
それなのに何度も何度も繰り返して見る夢の中では、日曜、自分とのどかがデートしていて、目の前で彼女が刺されたことになっていた。
「沢渡君が一緒にいてくれてたら……」
そうつぶやいて、のどかは息を引き取った。
「赤川さん!」
叫んだとき、体がビクンと動き、その衝撃で沢渡は目を覚ました。
見慣れた天井。壁に貼ったアニメのポスターと、飾り棚に並べたアニメキャラのフィギュアが、ニッコリと笑って自分を見下ろしている。
夢の中の最後のセリフが、脳内でリフレインする。
(沢渡君が一緒にいてくれてたら……)
現実には、そんなことを彼女が言うはずはなかった。
これは彼女の死を受け入れたくない自分が作り出した、都合のいい妄想。あるいは、自己都合による記憶の捏造だ。そんなことは分かっていた。それでも沢渡は、同じ夢を繰り返し見るうち、それが現実だと思うようになった。
(そうだ……。ボクが一緒にいたら、赤川さんが死ぬことはなかった……。ボクに力がなかったから、赤川さんを死なせてしまったんだ……)
ギリ、と拳を握りしめる。アニメであれば、爪が食い込んだ手のひらから、ポタポタと血が滴るような場面だ。しかし、白く細い拳をどんなに握りしめたところで、手のひらがわずかに痛むだけだった。
(現実なんてクソだ……。陰キャはどんなに努力しても報われないし、認められない。誰もボクのことなんて分かってくれない……)
ジンワリと痛む拳を開き、枕元に置きっぱなしのスマホを手に取った。アニメ柄の手帳型ケースの内側に差し込んであるのは、「Purine-Tye」と記した漆黒の定期券。
(そうだ……。ボクには、これさえあればいい。あっちへ行けば、ボクは強くなれる。ボクのことを認めて、必要としてくれる)
スマホをグッと握りしめた。
「我には、お前が必要なのだ。お前の知略が、お前の実行力が。お前の望むもの、すべてを手に入れさせてやる。だから、我と共に来るのだ」
ヘドローンはそう言って、自分に力をくれた。
士は己を知る者の為に死す。前に読んだ小説で、登場人物が言っていた言葉だ。
自分を認めて、必要だと言ってくれる相手に、忠誠を尽くす。ヘドローンはもちろんだが、微妙にガキっぽいところもあるイケメンのハイブ、やたらとオッサンくさいコレス、脳筋のトランスも、自分のことを「大切な仲間」だと言い、協力して戦ってくれる。だから、自分は仲間のために力を尽くすのだ。仲間が「悪党」か「善良」かなどはどうでもよかった。
「そうだ……。ボクなら、ベジーティアだって倒してみせる。悪役が活躍する世界だって作れる。どうせ遊ぶのなら、思う存分、あの世界で遊び尽くしてやる!」
沢渡はベッドに寝転がったままニヤリと笑うのだった。
「おとーさん、ベジーティア終わったら、どこか連れて行って!」
日曜朝の惰眠を満喫していた私を、ミサが強引に起こしにきた。カーテンを開け、朝の光を部屋中に満たす。
「分かった……。分かったから、ベジーティア終わるまで寝かせてくれ……」
「だーめー。一緒にベジーティア見るのー」
無理やり手を引かれ、布団から出ることを余儀なくされる。
勘弁してくれよ……とボヤキつつも、妹か弟ができて、一緒にテレビを見てくれるようになったら、こんな風に言ってくれることもなくなるのだろうと思うと、(まあ、今だけだしな)と受け入れてしまう。
今週の放送は、番組の放送時間ほぼ全部を使って、コレスとの戦闘を描いていた。
キャロティアの力の覚醒。ラディシティアとコレスの空手対決。「麻痺の斬撃」で動きを止めた直後、二個目のミートジェム解放によるコレスの暴走(ロープで縛る場面はカットされていた)。キャロティアが二個目のベジージェムを解放し、コレスと相打ち。パンプティアがキャロティアを回復させて大団円。
いつもの二倍か三倍くらいの長さの、内容盛りだくさんの死闘だと思っていたが、編集されたアニメで見ると、あっという間に終わってしまう。展開が早いうえ、「なぜキャロティアが急にパワーアップできたのか」「なぜコレスが白山流空手を使っていたのか」「なぜパンプティアが急に回復魔法を使えるようになったのか」など、いくつもの「?」が解決しないまま残され、視聴者からすると、ストレスのたまりそうな内容だと思った。
ただ、作画のクォリティは非常に高く、目が回りそうなほどのカメラワークを駆使して繰り広げる戦闘アクションは、見ているだけで爽快だった。ミサのように、難しい理屈など考えず、バトルアクションアニメとして見るだけなら、十分楽しめる作品に仕上がっていると言えるだろう。もちろん、実際にあった戦闘シーンをアニメとして公開しているのだから、「作画のクォリティが高い」と評価するのが妥当なのかどうか、個人的に疑問の残るところではあったが……。
朝食代わりに二杯目のコーヒーを飲み、しっかりと目を覚ましたところで、私はミサに尋ねた。
「ミサは、どこか行きたいところはあるの?」
「この前の公園がいい! あんまり遊べなかったから!」
私はキッチンで洗い物をしている妻に尋ねる。
「そっか。母さん、今から弁当の準備はできる?」
「簡単なもので良かったら、三十分ほどあれば用意できるわよ」
「じゃあ、お願いしようかな。準備ができたら、公園行こうか」
「やったー!」
こうして私は、二週間続けて同じ公園へ行くことになった。幸い、この日は終日、ポンニュの呼び出しを受けることがなく、私はミサを心行くまで遊ばせてやることができた。帰り道、遊び疲れて車の中で熟睡する娘の寝顔を見ながら、こんな穏やかで幸せな日々がいつまでも続けばいいと、私は心の底から願うのだった。
「松嶋主任、お客様が来られてます」
いつものように、部下から提出された原稿をチェックし校正・校閲をしていた月曜の昼下がり、急にそんな取り次ぎを受けた。
「来客の予定はなかったはずだけど……?」
念のため、スマホのカレンダーでスケジュールを確認してみるが、この時間には何の予定も入っていなかった。とはいえ、私の仕事柄、アポなしの来客も決して珍しいわけではない。「うちの店を取材してほしい」「今度、こんなイベントをやるからTOWNで予告を出してほしい」といった取材依頼から、「こんなものを書いたのだが、本にしてくれないか」という自費出版の相談、保険や先物取引、自動車に広告代理店の営業まで、いろいろな客が訪れるのだ。どうせ、その手の一人だろうと高をくくって、私は編集部の受付窓口まで出ていった。
「お待たせしました、『兜山TOWN』のまつし――」
名乗りかけたところで、私は絶句した。
そこには、白地のセーラー服を着た少女が立っていた。私の姿を見て、ペコリと頭を下げる。
(……『白井若菜』!)
気まずい沈黙が流れた。私はどう反応すればいいのか分からず、無言のまま立ち尽くしていた。
「突然、すみません。うちの白山流空手道場の関係者のことで、ちょっとお尋ねしたいことがありまして……。先日、名刺を頂いた松嶋さんのお力を借りたいと思ってお邪魔したんです」
「え、あ、そう、ですか。えっと、ここじゃなんだから、ひとまずこちらへ……」
私はすぐ近くにある小会議室を指し示した。普段、三、四人程度の少人数でのミーティングに使う部屋だが、インタビュー取材など、プライバシーを保つ必要のある面会でも使っている部屋だ。女子中学生と密室で二人きり、という状況が気にならないわけではなかったが、どんな話が出てくるのか分からない以上、人目に付く玄関ホールの応接セットで対応するのは避けたかった。
小会議室に入った「若菜」は、私の勧めた椅子に座ると、ポケットから何かを取り出して確かめるように見つめていた。
(……スマホかな?)
そう思った矢先、彼女はコト、と音を立てて手の中のものをテーブルに置いた。
それは、大根をかたどった変身アクセサリーだった。
「こちらで、きちんとあいさつをするのは初めてですね。城井佳菜です。――キャロティア……だよね」
それは質問ではなく、確認だった。やはり私は、どう反応すればいいのか分からず、無言のまま右手の人差し指で頬をコリコリかくことしかできなかった。
「どうして分かったかっていうと、これなんです」
彼女は大根のアクセサリーを持ち上げた。中央に埋まったベジージェムが、オレンジ色の輝きを放っている。
「ベジージェムは仲間が近くにいると、そのパワーに反応して色が変わるんです」
「ええっ!?」
私は驚いてポケットの中の人参アクセサリーを取り出した。中央に埋め込まれた二つのベジージェムは、赤ではなく、白っぽい光を放っていた。
「こんな機能があったなんて……」
「ボクたちも、最初は気づかなかったんです。だけど最近、さながベジージェムの色が変わることに気づいて、いろいろ確かめてみたら、近くのベジージェムに反応することが分かって。さなに近づけば緑に、明日菜に近づけば黄色になるんです。だから、松嶋さんが来たとき、これがオレンジに変わったのを見て、キャロティアだって確信が持てたんです」
「そうか……。それは、身近に仲間がいたからこそ、確認できたことだね。ところで、今日の要件は?『キャロティア』の素性を探りに来ただけではないんだろう?」
「はい。実は、こちらで働いている江藤のおじさんのことで、相談がありまして……。単刀直入に聞くんですが、江藤のおじさんとコレス・テロールって、つながりはありますか?」
「ちょ、ちょっと待って。君は、江藤部長と知り合いだったの!?」
「はい。江藤のおじさんは、父の大学の先輩なんです。私が子供のころは、休みの日によく道場へ来て父と稽古してましたし、私も何度も指導してもらいました。だから、この前の戦いでコレスが白山流空手を、しかも、江藤のおじさんが得意にしていた鷺足立ちからの足技を使うのを見て、『もしかしたら……』と思ったんです。しかも、あの戦いの直後に事故に遭って入院したっていうから……」
「なんてこった……」
私はそうつぶやいて、頭に手を当てた。
(部長……。アンタ、もう少しで自分が指導していた後輩の娘まで手にかけるところだったんだぞ……)
ため息が漏れる。そんな私の様子を見て、佳菜は事情を察したようだった。
「……そうだ。私が本人から聞いたことだから、間違いない」
あらためて、私は真相を告げる。
「やっぱり……」
「私がキャロティアだって知って、驚いていたし、後悔もしていたようだったよ。『もうあっちの世界に来ないでくれ』と釘を刺しておいたけど、どうなることやら」
「あの人たちは、向こうの世界でケガをしたり、死んだりすると、こっちの世界でもケガしたり、死んだりするって知らないんでしょうか?」
「そうらしいね。ヘドローンからは、『この世界はお前の住む世界と何のつながりもない』と説明されていたらしい。私の話を聞いて、ショックを受けていたよ」
「もしもの話なんですけど、こっちの世界でトランスやプリンの『中の人』を見つけて説得すれば、戦いを避けることができるんじゃないですか?」
その提案については、私も考えたことがあった。話し合うことで敵幹部との戦いを避けられるなら、命の危険を大幅に減らすことができるだろう。しかし、私は首を振った。
「おそらく、難しいと思う。一つには、『中の人』を特定する手段がない。江藤部長の場合、同じ職場で長年の付き合いがあった。たまたま預かった名刺入れにヘドローンのパスがあったから、コレスだと分かった。ベジージェムがミートジェムに対しても反応するなら話は変わってくるけど、今のところ、トランスやハイブの『中の人』を探し出す手立てはないと言っていいと思う」
「松嶋さんのマスコミ関係のコネで、そういう情報って入ってこないんですか?」
「はは、さすがに、それは無理だよ。事件や事故が起きた後で、詳細を調べることはできるけど、何も起きてないうちから、ちょっと様子がおかしいというだけで特定の人をマークするようなことはできないよ。それに、私が手掛けてる『兜山TOWN』はあくまで街の情報誌であって、事件や事故を扱う報道メディアではないからね。私だってサツ回りなんてしたことないし」
「そうですか……」
「でも、あっちの世界でトランスやハイブから何か情報を引き出すことができれば、特定のためのヒントはつかめるかもしれない。チャレンジしてみる価値はあると思うよ」
「分かりました。じゃあ、もし今度、あの人たちと戦うことがあったら、聞いてみたいと思います」
「話が通じればいいけどね」
そんな話をしていたとき、ポンとコミカルな音を立ててポンニュがテーブルの上に現れた。
「ポンニュ!」
相変わらず、こちらの都合を考えず、いきなり登場してくるところは心臓に悪い。一緒にいたのが城井佳菜・ラディシティアだったから良かったものの、まったく無関係な人だったら、大騒ぎになっていたことだろう。
(ん? でも、魔力のない人はポンニュの姿を見ることができないから、ビックリするのはオレだけなのか。だとしたら、コイツはわざとオレを驚かすために、いきなり出てきてるのか?)
ジト目でにらみながら、そんなことを考えていた私に、ポンニュは思いがけないことを言った。
「ヒロシさん、佳菜ちゃん、一緒にいるなら好都合だニュ。二人にお願いがあるニュ。これから二人で一緒に、修業してもらいたいニュ!」
「修業って、いったいどういうことだ?」
『魔法少女ベジーティア』の放送が2クール全26話で構成されているのだとすれば、そろそろ中盤から終盤に差し掛かる時期だ。今さら、修業などをする必要があるのだろうか?
「仕方がないんだニュ! 本来ならそんな予定はなかったんだけど、ヒロシさんがこの前の戦いで相変わらずデタラメなパワーアップしちゃったから、シナリオのうえで整合性をつけないといけないんだニュ! パワーアップの伏線を回収して、みんなで最終戦に向けて準備を進めていくための修業なんだニュ!」
「オレのせいだって言うのか? こっちは必死だったっていうのに!?」
「それが終わったら、もう少し平和な日常回が続く予定ニュ! だから、頑張ってほしいニュ!」
「日常回って言ってもオレたちが関わるのは戦闘シーンだけだろうが!」
「文句はメタミートに言ってほしいニュ! あいつらが出てこなければ、ヒロシさんたちが危ない目に合うこともないんだニュ!」
「……やれやれ。不毛なやり取りを続けても、それこそ仕方がないな。まあいい、行くとしよう。城井さんも、それでいい?」
「あ、はい、大丈夫です」
「じゃあ、行こうか。ポンニュ!」
「了解ニュ! マジックゲート、オープン!」
カードを自動改札機にかざし、私と城井佳菜は並んで光のゲートを抜けた。




