第7話「誰も死なせない」3
第7話「誰も死なせない」3
(二個目のミートジェム……!)
放出されるオーラが物理的な質量を伴い、コレスの体は倒れた姿勢のまま宙に浮いている。暴風のようなエネルギー波が押し寄せて、気を抜くと私まで吹き飛ばされそうになった。
「アアaaAAahhhaaaaaアアああぁアッ」
コレスの体が反転し、顔がこちらを向いた。
眼球も深紅のオーラに染まり、どこを見ているのか分からない。それでも、コレスの視線は私を捉えていると感じた。
「――ッッ!!!」
次の瞬間、私の視界が深紅に染まり、体が吹き飛ばされていた。
突撃してきたコレスに跳ね飛ばされたのだと理解できたのは、数瞬後のことだった。
(体がかすっただけで、この威力かよ……。無茶苦茶すぎるだろ……)
最高速度で走る新幹線が、自分の体のほんの数センチ先を通過したような衝撃。まともに直撃すれば、たとえベジーティアに変身していても、ひとたまりもないだろう。
不幸中の幸いとでも言うべきは、コレスの突撃が狙いを定めたものではなく、ただ闇雲に飛び回っているだけのように見えたことだ。
「暴走……してるのか?」
だとすれば、まだチャンスは残っていると言えそうだった。
この期に及んで、仲間との連携や巻き添えなどを考えている暇はなかった。
「みんな、全力で逃げられるだけ逃げて!」
私は叫ぶと、キャロットソードを掲げた。
「ベジージェム、全解放ッッ!!」
オレンジのオーラに包まれた私は、全身から途方もない力が湧き上がるのを感じていた。細胞一つひとつからエネルギーがあふれ、感覚が研ぎ澄まされる。ほんの少しでも気を抜くと意識が吹き飛び、全身がバラバラになってしまうのではないかとさえ思った。
(これが……二個目のベジージェムの力……。ヤバい薬をキメた時って、こんな感覚になるんだろうか……)
軽く拳を突き出すだけで、ゴウ、と空気が渦巻き衝撃波が生まれる。そのとき、空気の粒子がどう動き、衝撃がどのように伝わっていくかまで、私は感じ取っていた。
(来る!)
そう思うより早く、反応していた。
体の前に両手を重ねて突き出し、両足を踏ん張る。そこに、真正面からコレスがぶつかってきた。強烈な衝撃が全身に伝わり、踏ん張った両足が地面にビキビキと音を立ててめり込んでいく。しかし、私の両腕はコレスの突撃を完全に受け止めていた。
「あAAあああAaaaaぁああaaaA嫌だイヤだ医や厭iヤ祖谷いYa胃やい屋イ矢aaaaa!」
これ以上の暴走被害を防ぐため、私はコレスの両手をつかみ、相手の動きを封じようとした。二人の魔力が混じり合い、弾け、エネルギーの奔流となってあたり一帯の岩や植物を、地面ごと吹き飛ばす。
(なん……って、パワーだ……、押さえ、る、だけで……、精一杯……)
意識がホワイトアウトしそうになるなかで、とにかく私は、コレスの体を押さえつけることだけに力を集中させた。それ以上の複雑な動作を考える余裕すらなかった。
「aaaa――――――――――――――――――――――ッ!!!!!」
既にコレスの絶叫は、言葉としての意味を持たないものになっていた。
両手をつかんだ姿勢での、単純な、真正面からの押し合い。
そんなシンプルな、しかし私からすれば一秒ごとに寿命がギリギリとすり減っていきそうな戦いの終わりは、あっけなく訪れた。
「あ……」
コレスの体を包んでいた深紅のオーラが消え、同時に私の両手にかかっていた力も消えた。突然、負荷が消えたことで、勢い余った私は前に何歩かつんのめる。その私の体をかすめるようにして、コレスがバタリと地面に倒れ伏した。
ブレスレットを飾っていたミートジェムの色が、くすんだ灰白色に変わっていた。
それが何を意味するか、考えることはできなかった。
エネルギーを使い果たした私の意識も、遠のいていたからだ。
(あ、これ、本当にヤバいかも……)
呼吸が浅くなり、心臓の脈動も止まりかけている。ただの貧血とは少し違った、体から生命そのものが抜けていこうとする感覚。しかも、それが分かっていても自分にはどうすることもできない。
「ダメぇぇぇぇっ!」
どこか遠くで、女の子の叫ぶ声がした。あれは――誰の声だろう? ベジーティアの仲間の声か、ミサの声か、もはや、それすらも私には分からなくなっていた。
キャロティアとコレスがぶつかる直前、ラディシティア、スピナティア、パンプティアの三人は飛行形態に変身し、全力で二人から離れていた。爆心地から数キロ離れた場所まで行ってもなお、背後から衝撃波が襲い掛かり、姿勢の制御もできないまま数百メートル吹き飛ばされた。
「みんな、大丈夫か!」
いち早く体勢を立て直したラディシティアが、周囲を確認する。
「な、なんとか……」
「目が回るですぅ……」
少し離れた場所で、ふらつく頭を押さえながらスピナティアとパンプティアが答えた。
「なんてことだ……」
振り返ったラディシティアは、思わず言葉を失った。
今回の戦闘の舞台になっていた場所は、もとから目立った構造物のない荒野だった。それでも地形には多少の起伏があり、荒地植物や岩などもあった。しかし今は、それらがすべて吹き飛ばされ、むき出しの荒土だけが広がる更地に変わっていた。
地面が真っ平らになってしまったおかげで、爆心地に立つ二人の人影は、数キロ離れた場所からもはっきりと見ることができた。
コレスが倒れた。
その後を追うように、キャロティアも倒れた。
「この世界で死ねば、現実世界のキミたちも死ぬ」
「コレスやトランスを倒せば、現実世界に存在する人を殺すことにもなるんだ!」
つい先ほどのキャロティアの言葉が頭をよぎる。
「ダメぇぇぇぇっ!」
絶叫したのはパンプティアだった。
これ以上、のどかのように、身近な人を死なせたくない。
キャロティアやコレスの中の人が誰だろうと、これ以上、兜山の人が死ぬのを見たくない。
パンプティアは飛んだ。
一秒でも早く。持てる力、すべてを前進のためのエネルギーに変えて。
彼女は無意識に、魔力の爆風を収束させ自分の後方へ噴射していた。飛翔形態の飛行能力に魔力のジェット噴射を加えることで、圧倒的なスピードを得ていた。
「はやっ!」
取り残された二人があっけに取られて後を追う。
パンプティアは一瞬でキャロティアの元にたどり着くと、重ねた両手をキャロティアの胸に置いた。すべて無意識のまま、「なんとかキャロティアをたすけたい」という思いのまま行った動作だった。
(――パンプティア、私の言う通りに唱えるのです)
不意に、パンプティアの頭の中に声が響いた。
(誰?)
聞き返す間もなく、パンプティアの脳裏に呪文の詠唱が響く。
(癒やしの奔流、ほとばしる火と水と風、萌え出ずる若葉の力――)
「い、癒しの奔流、ほとばしる火と水と風、萌え出ずる若葉――」
慌ててパンプティアは呪文を繰り返した。
(大地の息吹をこの者に届けよ、ピピマ・ルケール・キュアヒルト!)
「大地の息吹をこの者に届けよ、ピピマ・ルケール・キュアヒルト!」
詠唱が終わった瞬間、パンプティアの両手が淡く光り、それがキャロティアの体に吸い込まれていった。
「あ……」
私はこのうえなく爽快な気分で目を覚ました。
こんなに心地よい目覚めは、いつ以来だろう。
ほど良く運動した後でじっくりと温泉に入り、くつろいだところで腕利きの整体師に全身をマッサージしてもらって、ビールを何杯か飲んで気持ち良く酔っ払い、最高級ベッドで十数時間熟睡した後に迎えた朝――。適切なたとえが思い浮かばないが、とにかく、それぐらい気持ちよく目が覚めたのだ。いつも寝起きに感じるはずの、背中や腰の痛み、内臓の疲れ、ぼんやりとした倦怠感なども、まるで感じなかった。
目の前にパンプティアの顔があった。彼女の両手は私の胸に重ねたままになっている。大粒の涙がボロボロとこぼれ、私の戦闘コスチュームを濡らしていた。
何があったのか、はっきりしたことは分からない。しかし、パンプティアが私をたすけてくれたのは間違いないと思った。
「ありがとう。おかげでたすかったよ」
体を起こし、パンプティアの両手を自分の両手で包み込む。
「うわああああああん、よかったあああああ!」
パンプティアは私の手を振りほどくと、泣きながら抱き着いてきた。私は彼女の頭を軽く撫で、抱擁に応えた。遅れてやってきたラディシティアとスピナティアも、抱擁に加わる。私たちはしばらく、そうしてお互いの無事を喜び合った。
(ようやく、終わった……)
安堵のため息をついて、ふと私は我に返った。
「そ、そういえば、コレスは!?」
私は立ち上がって周囲を見回した。
コレスの姿は消えていた。私たちの周囲には、茫漠とした無人の荒地がどこまでも広がっているばかりだった。
光のゲートを抜ける。
目に痛いほどの陽光。丁寧に刈り込まれた芝生と、みずみずしい青葉を広げる木々。あちこちから聞こえる、子供たちの歓声。ついさっきまで死闘を繰り広げていた空間とは、何もかも対照的な空間が目の前に広がっていた。
「お父さん遅ーい!」
ミサが不平を漏らす。
「ゴメンゴメン、ついでにちょっとトイレに行ってたら、時間かかっちゃって。じゃあ、もう少し遊びに行く? それとも、お弁当に――」
言い終えるよりも早く、ポケットのスマホが震えた。
画面を開く。「兜山タウン編集部」の表示に嫌な予感を覚えながら、通話ボタンを押した。
「松嶋主任! 江藤部長が事故に遭って、救急搬送されたそうです!」
家族を自宅に送り届けた私は、江藤が搬送された病院へ駆けつけた。
家に帰るまでずっと不満を言い続けたミサにひたすら謝り、次の休日にはきちんと遊ぶと約束したのは言うまでもない。
江藤は個室に入っていた。全身に包帯を巻かれ、眠っている。その傍らで、点滴のチューブが静かに薬液注入を続けていた。
室内には、既に急報を受けた江藤の奥さんも駆けつけていた。
「松嶋さん……。休みの日に、ご迷惑をかけてしまってすみません……」
「ご迷惑だなんて、とんでもない。部長はご無事なんですか、いったい何があったんですか」
深々と頭を下げる奥さんに、こちらも何度も頭を下げ返す。
「私もよく分からないんですが……。取引先の方たちとゴルフに行って、途中のサービスエリアで休憩をした後、車に戻ろうとしたら、近くの車が急発進してはねられたそうで……。何カ所か骨折したものの、幸い、命に別状はないとのことなんですが、同行していた人たちは警察に事情聴取されてると……」
「ご心配ですね。何かお力添えできることがありましたら、いつでも言ってください。部長には日ごろ、お世話になっておりますから」
枕元でそんなやり取りを交わしていると、
「う……」
江藤がうめき声を上げ、目を開けた。
「お父さん、気が付きましたか。大丈夫ですか。松嶋さんがお見舞いに来てくれてますよ」
「さちこ……」
江藤の目がキョロキョロと動き、何かを探すようなそぶりを見せた。名前を呼ばれた奥さん――幸子――が、すぐに返事する。
「どうしたんですか?」
「めーし……めーしーれ……」
「めーしーれ? ああ、名刺入れですか? ここにありますよ。これがどうかしましたか?」
ベッド脇のミニテーブルに、財布やスマホなど、事故当時、江藤が持ち歩いていたものが置かれていた。その中に、黒革製の名刺入れもあった。
「中に何か入っているんですか?」
幸子の問いに、江藤は軽く左右に首を振る。
「手元に欲しいんですか?」
やはり首を振る。
「松嶋さんに渡すんですか?」
かすかにうなずく。
「じゃあ、松嶋さん、すみませんがこれを預かってもらえますか? 仕事に必要なんだと思いますので……」
「分かりました。お預かりします。部長、本当に私が預かっていいんですね?」
私が念を押すと、江藤は繰り返しうなずいた。
「じゃあ、ひとまず私はこれで失礼します。何かあったら、いつでもご連絡ください」
江藤の無事を確認できたのだから、これ以上の長居は避けたほうがいいだろうと思った。江藤の名刺入れをズボンのポケットにねじ込み、私は病室を後にした。
車に戻ると、私は名刺入れを取り出した。
「仕事に必要なんじゃなくて、家族に見られたくなかったんだろうな……」
その予想は的中していた。名刺入れには、江藤や取引先の名刺、電子マネーカードのほか、今ではすっかり見かけなくなったテレホンカードに偽装した風俗店の会員証、ラブホテルの会員カードが何枚も入っていた。
「やれやれ、まったく……」
ため息まじりにカードを繰っていた私の手が、ピタリと止まった。
「どうして、これが……!」
カードの束の中から、見覚えのある定期券によく似たものが出てきたのだ。
『Year2022JAPAN←→Hedrown World』
ただし、カードの色はピンクではなく黒。そして、「Choles-Terol」の名前が記されていた。
「部長……。アンタだったのか!」
目の前が真っ暗になりそうな気がした。
数日後、私は再び江藤の入っている病院を訪ねていた。
江藤の左腕と左足はギプスで固定されたままだったが、点滴や心電図モニターのコードなどは外されていた。顔色も良く、つい数日前、事故に遭って何カ所も骨折したとは思えないほど元気そうだった。
江藤はベッドを起こし、片手で文庫本を読んでいた。付き添いの家族の姿はない。
「ずいぶん元気そうですね」
「おお、松嶋か。まあな、昔から元気だけは人一倍だったからな」
「付き添いのご家族は?」
「夕方、着替えを届けに来てくれるだけだ。峠を越して、命に別条がないと分かった途端、ほったらかしだよ」
「そうですか……。実は、ちょっと大事な話があります」
私はおもむろに江藤の名刺入れを取り出した。
「おお、それな。さすがに嫁や子供に見られたら具合が悪いから預かってもらったが、退院するまでもうしばらく――」
江藤の話をさえぎって、私は一枚のカードを取り出した。
『Year2022JAPAN←→Hedrown World Choles-Terol』
真っ黒な定期券を、私は江藤の手元に置いた。さらにもう一枚。
『Year2022JAPAN←→Vegethia World』
ピンクの定期券を、その隣に並べる。
「私は、ベジーティアの一人。キャロティアとして戦っています」
「な……」
絶句する江藤に、私はこれまでの経緯を話した。
伝説の魔法少女である母の後を継いで、ベジーティアに選ばれたこと。自分が戦わなければ、娘が戦わねばならないこと。あの世界で死ねば、こちらの世界でも命を落とすこと――。
「あのとき、コレスにセクハラされたこと。殺されかけたこと。本当に、本気で、これまでの人生最大の恐怖でした」
「そうだったのか……。知らなかったとはいえ、すまなかった……。しかし、まさかお前に向かって『小娘』と言ってたとはな……」
江藤は絞り出すように言った。
「ヘドローンからは、『この世界はお前の住む世界と何のつながりもない。ゲームかアニメの中に入って遊んでいると思え。好き放題に楽しめ』と言われていた。『男の機能』がない以外は、快適でな……。眼鏡なしでも、小さい文字も、近くも遠くもよく見える。何より、体が軽くて、どこも痛まないのがな……」
江藤は学生時代、空手の全日本選手権にも出場したほどの腕前だった。しかし、それから三十年が経ち、すっかり体が鈍ってしまった。当初は女の体に戸惑いもあったが、柔軟性にあふれる体を駆使して格闘し、自由自在に動けることの心地よさを思い出してしまうと、やめられなくなったのだという。
そして、宿敵・ベジーティアと出会った。へドローンからベジーティアの抹殺指令を受けたとき、以前、取引先のゲーム制作会社から紹介された成人向けゲームの悪役を思い出し、真似をして演じたのだという。
(……いや、絶対あれは自分の趣味だっただろ)
思わず心の中でツッコむ。しかし、私の口から出たのは、違う言葉だった。
「知らなかったかもしれないけれど、あんたは、本気で人を殺そうとしてたんですよ。……実際に誰かを傷つけるなんて知らなかったら、アニメの世界だったら、何をやってもいいというんですか。誰かに『やっていい』と言われたら、自分の子供より年下の子にも、あんな、えげつないセクハラをするんですか。そのうえ、事故に遭って命も危ぶまれたような状況で、駆けつけた部下に最初に頼むことのが、風俗通いや浮気の隠匿ですか! 入社してから二十年近く、ずっと世話になってきたと思えばこそ、ただの上司ではなく、一人の先輩として敬意をもって付き合ってきました。だけど、ここまで見下げ果てた人間だとは――!」
そこまで一気にまくしたてた私は、一度、言葉を切って深呼吸をした。激昂して声が大きくなりすぎていた。いくら個室と言えど、院内で大声で怒鳴るのはまずい。
「……あの戦いの最後、暴走する直前、何かにおびえて『嫌だ』って言ってましたね。あのとき、いったい何を見たんですか?」
私の質問に、江藤の顔がこわばった。江藤はしばらく押し黙っていたが、やがて、ポツリとつぶやいた。
「……混沌。もしくは、ヘドロ」
「混沌?」
「どう言えばいいのか分からないが……、あの時、ドロドロとうごめくヘドロのような闇が、俺の意識を飲み込もうとしていた。底なしの泥沼のようなあの闇に飲まれたら、おそらく俺はヘドロに溶け込み、そのまま消えていたんじゃないか。そんな気がしたんだ」
「もしかして……それが、ヘドローンの力ですか?」
「おそらく、そうだ。ヘドローンは俺たちとはまったく違う存在だった。生き物でさえないのかもしれない。姿を見せるときはいつも、ヘドロの塊のような姿で、直接、頭の中に声を送り込んできた」
「ヘドローンの目的は、いったい何なんですか?」
「分からない。俺たちはとにかく好きなように暴れろ、ベジーティアを倒せと言われただけだった」
「そうですか……、分かりました。ひとまず、今日のところは帰ります」
私はそう言って立ち上がった。ベジーティアの定期券だけを取り返すと、代わりに江藤の名刺入れを叩きつけるように置く。
「あんたとヘドローンとの間で、どんな取り決めがあるのかは知りません。あんたが戦わないと、どんなペナルティがあるのかも知りません。だけど、できればもう二度と、私たちの前に出てこないでください」
そう言い残し、私は足早に病室を後にした。
一人残された江藤は、がっくりとうなだれたまま、漆黒の定期券を黙って見つめ続けていた。




