第7話「誰も死なせない」2
第7話「誰も死なせない」2
「スピナティア2nd! 変身・飛翔形態!!」
「パンプティア2nd! 変身・飛翔形態!!」
最初に飛び出したのは、スピナティアとパンプティアだった。コスチュームを飛翔形態に切り替え、上空に舞い上がる。
私とラディシティアが一気に肉薄する。上空からの援護を受け、二人がかりで一気にコレスを叩くつもりだった。
「甘いっ!」
コレスが右足を一閃させた。そのハイキックは何もない空間をただ薙ぎ払っただけだった。しかし、次の瞬間、私の視界が歪んだ。
「うわあっ!」
私は正面から全身を何かに押され、体勢を崩した。それは、圧倒的な質量を持つ空気の塊。ただの蹴りの一撃が生み出した衝撃波だった。バランスを立て直すために必要な時間はほんの一瞬だったが、コレスには十分すぎるほどだった。
「ほぉらっ!」
コレスの顔が目の前に迫る。
(来る!)
そう思った瞬間、既に私のあごは蹴り抜かれていた。体の真正面を、真下から真上へと180度まで蹴り上げる見事な右の前上蹴り。衝撃で体が浮き、目の前が真っ白になる。脳が揺さぶられたおかげで受け身も取れず、私は背中から地面に叩きつけられた。
(早い!)
コレスは振り下ろした右足を軸に体をひねり、左回し蹴りを放つ。間合いに入ったラディシティアの体がなぎ倒され、地面に叩きつけられた。同時に発生した衝撃波が上空の二人の攻撃をそらし、コレスを狙ったはずの矢と爆弾は見当違いの方向で炸裂する。
「なんてデタラメなパワーアップだよチクショー……」
クラクラする頭を片手で支えながら起き上がる。
「分かる? ベジーティア。アンタたちがベジージェムでパワーアップしたところで、意味なんてないの。せいぜい絶望するといいわ」
勝ち誇った笑みを浮かべるコレスに向かって、私は両足を踏みしめて正対する。
「……あいにくだけどね。私にも、守りたいもの、守らなきゃいけないものがあるのよ。そのためだったら、どんなにつらくても絶望なんてしてられないし、何度でも立ち上がってやるんだから」
額から顎に向けて滴る脂汗を、手の甲で無造作に拭き取る。
「チッ……。小娘が、ナマ言ってんじゃないわよ」
「生意気でも、虚勢でも、自分の立場、自分の役目ってものがある以上、責任は果たさなきゃいけないのよ。それぐらい、わきまえているわ」
「ガキのクセに……」
(残念ながら小娘じゃなくて、大人なんだよなあ。多分、お前より年上だし……)
心の中でツッコむ。
コレスとしゃべっているうちに、少しずつ呼吸が整い、視界が定まってきた。
「さあ、おしゃべりの時間は終わりよ、ベジーティア。休憩させてあげたんだから、しっかりついてきなさい!」
言い終わるより早く、コレスが飛び込んできた。鳩尾に正拳突きが撃ち込まれる。たまたま体の正面に構えていた左手がそれを受け止める形になったおかげで、さっきのような一撃ノックアウトは免れた。しかし、骨が砕けたと思うほどの激痛に、思わず顔がゆがむ。
「えぇいっ!」
痛みをこらえ、右手のキャロットソードを振り下ろす。体を倒し、斬撃を避けたコレスを狙ってラディシティアがハンマーを振り下ろす。サイドステップでかわしたところに、スピナティアの連射する矢が、パンプティアの投擲弾が降り注ぐ。
「ああもうっ、目障りなっ!」
コレスが回し蹴り一閃。その衝撃波で、またしても体が弾き飛ばされる。かろうじて受け身を取り、背中から地面に叩きつけられることだけは避けたが、反撃する糸口まではつかめなかった。
(このままじゃ、勝ち目がない……。どうすればいいんだ……)
圧倒的なスピードとパワー。しかも、攻撃のたびに発生する衝撃波で、近づくこともままならない。
最初に考えたのは、二つ目のベジージェムを解放することだった。
(いや、それはマズい……)
今の連携攻撃は、もう少しでコレスに届くところだった。ここで私一人がパワーアップしてしまっては、連携が取れなくなる。加えて、私に合わせてコレスが二つ目のミートジェムを解放してしまったら、完全に勝ち目がなくなってしまう。
(何か手はあるはず……考えろ……!)
とはいえ、のんびり考えている時間はなかった。
コレスが再び飛び込んでくる。考えるよりも先に、右手で上段受けの構えを取っていた。ガードの上からコレスの足が叩きつけられ、衝撃で私は数歩よろめく。
(そうだ、あの時の……!)
思い出したのは前回、コレスと戦った時のことだった。
コレスに対して手も足も出せず、体と心の痛みに打ちのめされ、絶望の涙を流した。
それでも、負けたくない、負けるわけにはいかない、ミサを、仲間を守りたい――。その一心で立ち上がった時、何かの「スイッチ」が入った。
コレスの攻撃は見えないままだったが、それでも、何が、どこに来るか、感知することができた。
(あの時の感覚を思い出すことができれば……!)
しかし、具体的にどうすればいいのだろう。アニメであれば、「極限までの集中」とか「極度の興奮状態」、あるいは「無の境地・忘我の境地に没入する」などの表現がよく使われているが、何が私にとって、「スイッチ」を入れるきっかけになるか分からなかった。
(いや、ちょっと待てよ……? ここは、そもそもアニメの世界なのだから、似たような行動を取ることで『スイッチ』を入れられるんじゃないのか? たとえば……)
私はキャロットソードを体の正面で構えると、一度、深呼吸をした。
イメージするんだ。自分にそう言い聞かせる。
現在、全身に満遍なく広がっているベジージェムのパワーを、必要な場所だけに集中させる。
コレスの動き、彼女が放つ殺気、自分を取り巻く空気の揺らぎ。ありとあらゆるものを感じ、取り込み、体を対応させる。
(…………ッ!)
一瞬、何かを感じた。
しかし、反応する前にキャロットソードが下から蹴り上げられた。コレスの足はそのまま私の頭に向けて振り下ろされる。
かかと落とし。
「いたっ!」
直撃は免れたものの、額から鼻にかけてザックリとコレスのブーツがかすめていく。激痛が走り、一瞬遅れて届いた衝撃波で体が弾き飛ばされた。しかし、意識が飛ぶようなダメージは受けていない。
「キャロちゃん!」
「キャロティア!」
頭上から二人の緊迫した声が聞こえた。コレスのほうをにらんだまま右手を軽く上げ、大丈夫、心配ない、と合図を送る。
(さすがに、いきなり成功はしないか……。だけど、何となく感覚はつかめたんじゃないか? もう一度だ!)
体勢を立て直し、全身の皮膚をそばだて、息を詰め、イメージし直す。
(潜水艦のアクティブ・ソナーのように、まずはベジージェムの力でコレスの動きを読み取れ! 目で見るよりも、頭で考えるよりも早く、体を動かすんだ!)
ザワ、と全身の毛が逆立つような気がした。
体から放たれた魔力の波が、自分の周囲に広がっていく。
その波をかき分けて、コレスが飛び込んでくる。
跳ね返ってきた魔力の波を避けるように体を移動させる。
一瞬遅れて体の真横をコレスの連蹴りが通り抜けていった。
(できた!)
成功の喜びを噛みしめる余裕はなかった。魔力の波が立て続けに跳ね返り、肌に突き刺さってくる。右から、左から、上から、下から、容赦なく襲いかかるコレスの連続攻撃。一つひとつを必死で避けていく。後からやってくる衝撃波を避けるため、回避動作が大きくなり、わずかに気を抜いただけでも体勢が崩れそうだった。
「キャロちゃん、スゴい!」
パンプティアの声に、
(いや、スゴくないよ、必死だよ!)
心の中だけで返事をする。
「ああもうっ、チョコマカと鬱陶しい!」
コレスの声と同時に、特大の魔力の反射波が体の中心を貫く。
必殺の威力を持った一撃が来る、そう読み取った私はあえてコレスに向かって大きく踏み込んだ。
(左手に魔力を集めてガード!)
キュウン、と魔力が集まる。その魔力を束ね、緩衝材のように左手全体を包み込ませる。一気に左手を突き出し、コレスの右ストレートの出端を押さえ、体重をかけて押し戻す。コレスの重心が崩れ、体がわずかに傾いたところに、右手のキャロットソードを叩き込んだ。
「衝撃炸裂!」
最大出力の衝撃波は、しかし、ダメージを与えるためのものではない。
体勢が大きく崩れたところに、
「隠神流、蜻蛉撃!」
ラディシティアの狙い澄ました一撃が決まった。
ラディッシュハンマーの直撃。さらに、ハンマーから放たれた魔力が、コレスに流れ込む。高濃度のエネルギーが空気を振動させ、少し離れた私の前髪を跳ね上げる。
「ぐあああああああっ!!!」
コレスが苦悶の絶叫を上げた。そこに、上空から矢と爆弾が降り注ぐ。
全弾命中。爆炎が立ち上り、コレスの姿を包み隠した。
「こ……これで……、どうよ……」
私はゼイゼイと息をつきながら、爆炎の収まるのを待った。
ベジージェムのパワーを制御しつつ、コレスの超スピードに対応して動くのは、思った以上に負担が大きかった。少なくとも現時点では、何度も、自由自在に使える技ではなかった。
少しずつ爆炎と煙が収まってきた。
コレスのシルエットが浮かび上がってくる。
「……子供のくせに、やってくれるじゃない……」
息を荒げ、吐き捨てるように言う。コレスは片腕で頭を、片腕でボディをキッチリとガードし、攻撃をしのいでいた。
トランス・ファットと違い、相次ぐ攻撃でダメージを受けているのは間違いなかった。しかし、あれだけの攻撃が直撃してもなお、決定打になり得ていないこともまた、明らかだった。
「あの構え……。まさか……」
私の後ろで、ラディシティアがつぶやいた。
「どうしたの、ラディシティア?」
「ごめん、キャロティア、ちょっとだけ下がっていてほしいの」
ラディシティアはそう言うと、コレスに向かって歩み寄った。
シュン、と音を立ててラディッシュハンマーが大根のアクセサリーに戻る。そのアクセサリーをポケットに片付け、ラディシティアは空手の構えを取った。
「えっ、ちょっと、まさかコレスと素手でやるの!?」
私の問いかけに、返事はない。
ラディシティアは後ろに引いた片足に重心をかけ、前足は軽い爪先立ち。そして、半身にした体の前で両手を構える。
猫足立ち。
「……ふうん」
コレスはニヤリと笑うと、同じように後ろに引いた片足に重心をかけると、前足を浮かせ、体の左右で両手を構えた。
鷺足立ち。
どちらも蹴りを主体とした攻めの型だが、片足を完全に浮かせる鷺足立ちのほうが、攻め込まれにくい。ただ、安定性に欠けるため、不慣れな者がこの構えを取ると、簡単にバランスを崩されてしまう。
「やっぱり……」
ラディシティアが小さくつぶやいた。
コレスの左足はガッチリと根が生えたように上体を支え、片足立ちの不安定さを微塵も感じさせない。その構えは明らかに、空手の練達者のものだった。
「ハァッ!」
ラディシティアは裂帛の気合いと共に下段蹴り。さらに踏み込んで中段突きを放った。コレスはその連撃をどちらも左右の腕の最小限の動きで受け止める。
「フッ、甘いわね」
「これなら、どうだ!」
左右の連続蹴りから、さらに踏み込んで上段、中段の連突き。コレスはわずかにステップを踏んで下がり、蹴りに空を切らせる。
「アンタ、手筋は悪くないわ」
そう言うと、無造作に間合いを詰めた。
「――だけど、技術もパワーも速さも経験も」
実際には、流れるような動きでラディシティアの連突きをいなし、その攻撃をさばきながら間合いを詰めたのだ。ただ、それがあまりに自然な動きだったので、あっさりと前に出ただけのように見えたのである。
「全然足りない」
次の瞬間、ラディシティアは数メートル吹き飛ばされていた。
あごとみぞおちへ同時の掌底突き。さらに、それぞれから発生した衝撃波が直撃していた。
コレスは左右の両掌底を突き出した姿勢から、残心を取りつつ元の鷺足立ちへと戻る。
「ラディちゃん!」
「ラディシティア!」
上空の二人が慌てて飛び降り、ラディシティアを抱え起こす。
ラディシティアは二人に支えられながら、それでもしっかりと自分の足で立ち上がった。
「コレス! どうしてお前が、ボクと同じ白山流を使うんだ!」
ラディシティアが叫ぶ。
私は驚いて彼女のほうを振り返った。
白山流空手。『魔法少女ベジーティア』の白井若菜が使う空手の流派だが、現実世界においても、城井兼史という人物の運営する、同じ流派の道場が存在する。そして、白井若菜の「中の人」は、その城井兼史の娘だと推定される。
「オトナの秘密ってやつよっ!」
コレスは半笑いで、その問いかけを一蹴する。
その時、私はあることを思いついて愕然とした。
コレスも、我々と同じように「中の人」がいるのではないか。
その人物は、兜山市の住人。さらに言うなら、城井兼史の運営する白山流道場の関係者の可能性がある――!
(もし、そうだとしたら、若菜だけじゃなく、コレスを死なせるわけにもいかない!)
こちらで死んだ人間は、現実世界でも死ぬ。もちろん、自分が直接、相手を死なせるわけではない。「不慮の事故や病気、災害などによる死亡」とされる。だからといって、「自分の手で、誰かを死なせるきっかけをつくった」という事実が消えるわけではない。
「『若菜』! これ以上はダメだ! キミはこれ以上、コレスと戦っちゃいけない!」
私は叫びながら、ラディシティアとコレスの間に割って入った。
変身後のキャラ名の「ラディシティア」ではなく、あえて、変身前の「若菜」と呼んだ瞬間、コレスの表情がわずかに動揺したのを、私は見逃さなかった。
「どいて、キャロティア! ボクは――」
私の肩に手をかけ、ラディシティアが叫ぶ。私はその手をつかみ、ラディシティアに顔を寄せるとささやいた。
「コレスの『中の人』は兜山市の白山流城井道場の関係者だ! もしキミがコレスを手にかけたら、道場の知り合いを傷つけるか、最悪の場合、死なせることになりかねないぞ!」
「――――っ!!」
ラディシティアは驚きで言葉を失う。私は彼女を、そして近くにいた二人の仲間をゆっくりと見回した。
「聞いてくれ。私はこの世界では『赤坂ほのか』だけど、兜山市で、まったく別の人生を送っている。多分、君たちよりもずっと年上だ。妻も子供もいる。そして、コレスも、同じように兜山市で生活している人間なんだ。ここはアニメの世界だけど、キミたちがここ以外でも生活しているように、コレスも、そしてプリンやトランスも、現実に存在する人間なんだ。
『赤坂ほのか』は一度死んだ。そのとき、現実世界で『赤川のどか』も殺された。この世界で死ねば、現実世界のキミたちも死ぬ。メタミートはただの造形物だから倒しても消えるだけだけど、コレスやトランスを倒せば、現実世界に存在する人を殺すことにもなるんだ!」
「そんな! じゃあ、私たちはどうすればいいんですか!?」
「死ぬのは嫌だけど、のどかみたいに、大切な友達がこれ以上巻き込まれるのはもっと嫌ですぅ!」
「キャロティア……さん。ボクは……」
「こっちでは、これまで通り『キャロティア』でいいよ、ラディシティア。あくまで『私』は、戦う時だけお手伝いに来ているようなものだから。とにかくみんな、少しの間でいいから、アイツを足止めして。私の魔法で、アイツを拘束する。ただ、絶対に無理はしないで。みんなも、コレスも、死んだらダメだからね」
私の言葉に、ラディシティアはため息をついた。
「……無茶苦茶だね。でも、キャロティア……の、言う通りだ。誰も死なない、死なせないように、やるしかない。みんなで、力を合わせて!」
全員が一斉にうなずき、コレスに向き直った。
「何をコソコソ相談してるのか知らないけど、そろそろ終わった?」
あくび交じりにコレスが言う。
「律儀に待っててくれて、ありがとね。おかげで、話もバッチリまとまったよ」
「あっそ。じゃあ、行くわよっ!」
ゴウ、という風のうなりと共に、コレスが飛び込んできた。ラディシティアが踏み込み、正拳突きで迎撃する。わずかに動きの止まったコレスに、上空からの弾幕。さらにラディシティアが追撃する。
(まだだ……。まだ……)
私はキャロットソードに魔力を集中させていた。刀身が徐々に青く光り、魔法の準備が整っていく。
「おらあああああああっ!」
ラディシティアの攻撃の合間を縫って、コレスが反撃する。三人はそれを必死でかわし、防ごうとするが、あっさりと弾き飛ばされた。
(もう少し……。もう少しだけ、辛抱して……)
刀身から青白い火花が散り、パチパチと鋭い音がする。はやる気持ちを抑えながら、ひたすら刀身に魔力を集める。
「どうした、ベジーティア! 三人では所詮、足止めにもならんぞ! さあ、何をやるつもりか知らんが、さっさとやってみろ!」
コレスは三人をまとめて無造作に蹴飛ばし、私のほうに向き直った。一瞬で間合いを詰めてくる。こみ上げる焦燥感を必死で押さえつけ、ギリギリの限界まで相手を引き付ける。コレスの連撃を紙一重でかいくぐり、
「麻痺の斬撃!」
フルパワーの魔力を乗せて、斬撃を叩き込んだ。
「あああああああああああああああああああっ!」
コレスが悲鳴を上げる。「麻痺の斬撃」は、本来なら攻撃に合わせて発動させ、一瞬、敵を硬直させるだけの魔法である。しかし私はコレスにキャロットソードを密着させ、限界まで集めた魔力を流し続けた。高圧電流にも似た魔力の奔流がコレスの筋肉を縛り、強制的に動きを止める。
悲鳴が途切れ、コレスが倒れた。見た目には傷一つついていないが、全身がビクビクと痙攣するたび、火花が爆ぜる。筋肉が硬直し、もはや指一本動かすことさえままならないはずだ。
こちらも、限界近くまで集めた魔力を一気に放出したため、全力疾走の直後のような脱力感に襲われている。膝に両手を突いて上体を支え、呼吸を整えようとした。
「これで……どうよ……。動けないうちに捕まえて、いろいろ聞かせてもらうからね……」
コレスは動かない。私はバッグの中から体操で使う練習用ロープを取り出し、コレスを縛り始めた。女子中学生が半裸に近い成人女性を縛り上げるという、ビジュアル的にはこの上なくいかがわしい状況だが、四の五の言ってる暇はない。麻痺が切れる前に、コレスの動きを完全に封じておきたかった。
手首を背後に回してから重ねて縛り、さらに両腕を体に密着するように拘束する。
「キャロちゃん……。なんか、縛り方が手慣れてるね……」
背後でその様子を見守っていたパンプティアが、明らかにドン引きした声を上げた。
「誤解しないでくれよ。前に仕事でアウトドア情報の特集をしたとき、ロープワークを習ったんだ。別に普段から人を縛ってるとか、そういうことじゃないから!」
「あ……、う、うん……」
その声は、どうやら全然信じてないらしい。私が大人だと分かった途端、明らかに距離を取られているような気がする。
しかし、今は赤坂ほのかと彼女たちの友情を心配している場合ではない。
「う……」
コレスがうめき、わずかに身じろぎした。
いけない。魔法が切れかかっている。私は拘束の手を早めた。
ロープを目いっぱい使って両腕をギチギチに縛り上げたところで、コレスがゆっくりと目を開いた。
「コレス、悪いけど拘束させてもらったわよ。『正義の味方』のキャラとしてはこんなことしたくないんだけど、もうセクハラされたくないからね」
「ここは……? 私は……? ゴルフに行く途中で……」
コレスの両目が落ち着きなく周囲を見回す。まったく状況が把握できないようだ。
(ゴルフ……?)
コレスのつぶやきを、私は聞き逃さなかった。
「ねえ、ゴルフって、どういうこと?。あなた、兜山で何をやっている人なの?」
「わたし……、私は……かぶとやま……」
そこまで言いかけたところで、不意にコレスの目が恐怖で見開かれた。
「い……や……」
「なに? 兜山の、何って言おうとしたの!?」
「いや、いや、いやだああああああ、やめてくれえええええええええっ!!!!!」
私の問いかけは、コレスの絶叫にさえぎられた。
「いやだああああああ、やめてくれえええええええええっ!!!!!」
いったい、何が起きているのか。
コレスは、何におびえているのか。
恐怖の対象は、私たちではない。なぜなら、コレスの視線は私たちではなく、その背後の何もない空間に向けられていたからだ。
私たちは訳が分からず、周囲をキョロキョロ見回すことしかできなかった。当然ながら、怪しげなものはどこにも見当たらない。
「やめて、勘弁してくれえええええええっ!!!!」
「コレス、何をやめてほしいの!? いったい何があるの!?」
「いやだああああっ!!!」
コレスは両足をばたつかせ、身をよじらせて、何かから必死に逃げようとしている。私は夜泣きする幼児をあやすようにコレスの体を抱きかかえ、両腕で包み込んだ。柔らかく、張りのある肢体は、抱きしめると意外に小柄――出るところは出て、くびれるところはくびれていたが――で、女子中学生のキャロティアよりほんの少し高いぐらいの身長しかなかった。
「落ち着いて、コレス! 大丈夫だから!」
抱きしめる両腕に力を込めると、コレスの絶叫が止まった。しかしそれは、決して安心したせいではなかった。
「ああaaAahaああぁァアaAAAAhaaアアぁぁぁアアッ!!!」
一瞬の間をおいて、声にならない声が上がる。
同時に、私は弾き飛ばされた。
拘束に使った練習用ロープも、千々にちぎれ飛んだ。
そして、私は見た。
コレスの全身が、深紅のオーラに包まれるのを。
それが、左右両方のブレスレットから噴き出しているのを。
(二個目のミートジェム……!)




