第6話「圧倒的パワー」2
第6話「圧倒的パワー」2
ゲートを抜け、目の前に広がったのは採石場を思わせる荒れ地だった。
どうやら今回はメタミート戦抜きで、いきなりトランス・ファットと戦うことになっているらしい。
既に私の左右には、変身を済ませ、それぞれの武器を構えた仲間もいた。
十数メートルの距離を置いて、トランスが無造作に立っている。黒のビキニパンツ一枚だけを身に着けた、身長約二メートルの大男。隆々たる筋肉に包まれた全身は、既にうっすらと汗ばんでいる。
(アウトー! もう、見た目がアウトーッ! 確かこの前登場した時は、ちゃんと服着てたはずなのに!)
私は内心、盛大にツッコミを入れる。
「お前たち、ずいぶん強くなったそうだな」
ニィ……と笑いながら両腕を広げ、上向きに曲げる。そして、今度は両手を腰の高い位置に当て、肘を前に押し出す。ポージングによって筋肉の隆起や凹凸が強調され、深い陰影が全身に浮き上がった。
(上腕二頭筋を強調する『ダブルバイセップス』からの、『ラットスプレッド』……。なんて筋肉量だ……)
ドンビキしながらツッコミを入れたことも忘れて、私は一瞬、息をのんだ。まったく、ほれぼれするような筋肉だった。離れていても、筋繊維の一本一本がツヤツヤした皮膚を突き上げ、自己主張しているのがはっきりと分かる。
「お前たちの強さは、オレの筋肉に通じるかな……? 行くぜ」
トランスは軽く膝を曲げると、ミサイルのような勢いで突進してきた。
「スピナティア、パンプティア、弾幕を!」
私とラディシティアは左右に分かれて射線を開き、迎撃態勢を取った。
真正面から突撃してくるトランスに、スピナボウとパンプキンボムが相次いで炸裂する。
ただの射撃ではない。二人はそれぞれ、拘束、爆裂、氷結、裁断など、一射ごとにさまざまな効果の魔法を込めて撃ち出している。敵の足止めができるよう、的確にダメージを与える連携攻撃のスタイルを作り上げていた。
しかし、トランスのパワーはあまりにも規格外だった。
炸裂した魔法の爆炎から飛び出してきた姿を見て、
「嘘でしょ!?」
私は思わず叫んでいた。
全弾直撃。それでも無傷。足取りに乱れ一つない。
「ハハハハハハハ!! その程度かね!!」
通常のメタミート戦なら、この二人の連携攻撃だけで決着がついてもおかしくない。そんな攻撃を真正面からまともに受け、平然と走り続けているのだ。
瞬く間に肉薄する。
私とラディシティアは左右から渾身の一撃を叩きつけた。岩の塊を殴りつけたような衝撃が私の両手に走る。
「……ヌルい!」
トランスは右拳で私の剣を、もう左拳でラディシティアのハンマーを、あっさり受け止めていた。
「フンッ!」
「きゃあっ!」
拳に弾かれ、数メートル後ろへ吹き飛ばされる。
(ミートジェムを使ってるわけでもないのに、なんてデタラメなパワーなんだ……。ベジージェムを使わないと、対抗できない!)
しかし、ベジージェムを使うのは、できれば避けたかった。身体能力が上がるのはいいが、パワーアップしすぎてしまうため、ほかの三人との連携が取れなくなってしまうのだ。前回のように一対一の対決であれば良かったが、四人で戦うのであれば、一人だけで突出するわけにはいかない。
「パワータイプのくせに、なんてスピードなんだ!」
ラディシティアが吐き捨てるように言う。ゲームやアニメでいえば、この手のパワーファイターは圧倒的な攻撃力を持つ代わりに機動性に欠け、動きは鈍重なのが「定番」のはずだった。
トランスは再びニヤリと笑う。
「『力』イコール筋力だけだと誰が決めた? 持久力、耐久力、そして……走力、瞬発力。オレは百メートル六秒のスピードを維持したまま、フルマラソンを走りきることだってできるんだぜ」
「む、無茶苦茶ですぅ!」
「すべての力は、オレに通じている。オレこそがパワー、パワーこそが正義。つまり、オレは絶対正義ッッ!」
「な、何を言ってるのか理解できない……」
「そんな『正義』があってたまるか!」
「力を持たない者が何を言っても、意味はない! 口先でなく、パワーで語れ!」
ブン、と風を切る拳の音が聞こえた、ように思った。一瞬遅れて全身に大型トラックがぶつかったような衝撃が走り、気づいたときには、既に自分の体が吹き飛ばされていた。
背中から地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。
(ダメだ、やっぱりベジージェムなしでは話にならん!)
私は荒い息をつきながら体を起こした。
「スピナティア、パンプティア! 私を巻き込むことは考えなくていいから、全力でラディシティアを援護して!」
「わ、分かりました!」
「了解ですぅ!」
「ラディシティア、私に合わせようと思わずに、全力で行って!」
「分かった!」
「じゃ、本気で行かせてもらうからね! ベジージェム、全解放!!」
全身がオレンジ色のオーラに包まれた。
細胞一つひとつに魔力が流れ込み、活性化していく。
空気中の分子の動きさえ読み取れそうなほどに、感覚が研ぎ澄まされる。全身の反応速度が上がった分、相対的に、超スピードで動いているはずの仲間の動きが一気に鈍くなったように見える。
一気に距離を詰めた。カウンターを狙って突き出されるトランスの鋭いパンチを、文字通り紙一重で避ける。一瞬、頬をかすめた拳が、圧倒的な風圧とチリッとした感触を残すが、ダメージはない。そのままむき出しの腹に、キャロットソードを叩き込む。
「分子崩壊!!」
問答無用で、最強の攻撃魔法発動。どれだけ分厚い筋肉の鎧で守られていても、全身を分子レベルで分解してしまえば、こちらの勝ちだ。
剣先からキラキラと光が広がり、トランスの腹筋に沁み込んでいく。皮膚が、筋繊維が分解されて――
「フンッッ!!!」
気合一閃。トランスの腹部を包んでいた光が、アッサリと弾け飛んだ。
(ヤバい、捕まる!)
とっさの判断で私はトランスの腹を蹴って体を浮かせ、後方宙返りをした。頭のすぐ真下を、トランスの腕が通過する。着地と同時に全力で地面を蹴り、後ろへ飛びのいた。
あと一瞬遅かったら、あの腕につかまっていた。
あのむき出しの胸板に抱きすくめられると考えただけでも、ゾッとした。ましてや、肌を密着させる関節技などを掛けられたら――どう考えても、放送禁止の事態になる。
「チョコマカと……。しかし、キャロティア、今の攻撃はなかなか良かったぞ。あの魔法が効いていたら、もっと良かっただろうな」
「そうね。ま、あの程度で倒せるなんて、思ってなかったけどねっ」
精一杯の虚勢を張る。しかし、私は内心、焦りまくっていた。
自分の中で最強の攻撃魔法がまったく通用しなかったのだ。
あとは、四人の連携攻撃でひたすらダメージを蓄積させていくよりほかに、手だてがない。
(せめて熱に弱いとか、冷気に弱いとか、何か弱点があればいいんだけど……)
しかし、いわゆる「属性攻撃」に効果がないのは、最初の弾幕攻撃で既に判明している。
(ああもうっ、ホント、どうすればいいってんだ!)
考えても、答えは出ない。しかも、わずかな隙を見つけた瞬間、超重量級の攻撃が容赦なく飛び込んでくる。
「ラディシティア、危ない!」
トランスの右ストレートがラディシティアを捉える寸前で、私は拳の前に身を割り込ませる。構えたキャロットソードが弾き飛ばされそうな衝撃。しかし、ベジージェムでパワーアップしたいまなら、
(耐えられないってワケじゃない!)
地面に踏ん張った両足が、衝撃でズズッと後ろへ滑る。それでも、私の上体は衝撃に耐え抜き、完全にトランスの拳を受け止めていた。
「キャロティア!」
「私は大丈夫っ、だから、手を止めないで!」
「ボクは……もう、守られるだけの存在じゃないんだ! 隠神流『腕断』!!」
ラディシティアが、ハンマーをトランスの右腕に振り下ろした。十分な加速をつけた一撃が肘の真上を叩く。真剣による斬撃であれば、間違いなく肘から下を切断していただろう。トランスの拳を叩き落とし、体勢を大きく崩させるには十分な効果があった。
「ナイス、ラディシティア!」
体勢の崩れたトランスに、全力の連撃を打ち込む。
通常のメタミートなら、一撃で葬ることができる必殺の攻撃。それを、息つく間もなく叩き込む。何度も、何度も、繰り返し――。
(それでも……)
私は必死の攻撃を続けながら、以前、取材したプロボクサーの話を思い出していた。
「格闘技における階級の違い。つまりウェイト(体重)の差ってのは、ヘタをすると命に関わるほどの差になるンです」
彼は、そう話していた。
「つまり我々、ボクサーは毎日、相手をいかにブッ倒すか、そのためのトレーニングを積み重ねてるンです。素人さンでも、ケンカして殴り合ったらケガするっしょ? 我々は、その殴り合いのプロなワケ。そんなボクサーが、二人いると考えてみてください。
一人はライトヘビー級。一人はミドル級。体重で言えば、一七五ポンド(約八〇キロ)と、一六〇ポンド(約七二・五キロ)、だいたい八キロの差がある。普通の……つまり、素人さンなら、『そこそこガタイのいい人』と『かなりガタイのいい人』ぐらいの差ッス。だけど、ボクシングじゃあ階級が二つも変わるンッス。そんな二人のボクシングの技術はほとンど同じ。だとしたら、ライトヘビー級が圧勝します。なンでか分かりますか?
重さが段違いなンスよ、一発一発のパンチの。
これは素人さン向けに、あえて分かりやすい言い方をするンスけど、ミドル級のパンチ数発と、ライトヘビー級のパンチ一発が、同じぐらいの威力なンスよ」
「……つまり、ざっくりした計算ですけど、ミドルの人がライトヘビーを倒すのに三、四〇発のパンチが必要だとしたら、ライトヘビーは一〇発程度ヒットさせればいい、と」
「そうそう、そんな感じ。ぶっちゃけ、実戦ではもっといろんな要素が絡んでくるから、単純計算はできないンスけどね。技術が同じだったら、当たるパンチの数も同じ。そしたら、パワーのあるほうが勝つ。当然っしょ?」
「なるほど……」
「格闘マンガなんかで、体の大きいファイターが、小柄な相手にブッ倒される場面があるっしょ? あんなの、現実にはまずあり得ないンス。ウェイトの違いは攻撃力だけじゃなくて、耐久力の差にもなる。体がデカいってことは、それだけ打たれ強いワケで、よっぽどのことがない限り、自分より小さい相手の、軽い打撃を受けたぐらいじゃ倒れるワケないッスよ。大の大人が、小学生に殴られて失神KOすると思いますか? しないっしょ?」
「なるほど。現実にはあり得ないからこそ、そういう表現が読者にスゴさを伝えるわけですね」
「もちろン、まったく手がないワケじゃない。たとえば、体重が増えればスピードは維持しにくくなる。ラグビーやアメフトの選手の中にはヘビー級と同じウェイトで一〇〇メートル一〇秒近いスピードで走るバケモンみたいな連中もいるけど、そンな一部の例外を除けば、やっぱり体の軽いほうがスピードじゃ有利だ」
「つまり、何かの理由で上の階級の人と戦うことになるとしたら、ヒット&アウェイとスピードで相手を攪乱するのが、基本戦術になるわけですね」
「ま、理屈で言やあ、そうッスね。実際には、世の中にはそれが通用しないバケモンもいるし、ぼーっと突っ立ってくれる相手ならともかく、全力で向かってくるヤツを相手にしたら、そううまくいくもンじゃないンスけど――」
「あくまでこれはもしもの話ですが、ヘビー級のウェイトとライト級のスピードを併せ持つ人がいたら、あなたならどう戦いますか?」
「ンなもン、無理ッスよ。相手がバケモンじゃ、話になンない。こっちが何発ブチ込ンでも、相手の一発を食らえば終わり。しかも相手と自分の全速力が同じ、スタミナは向こうのほうが上なんて……」
そう言って、彼は軽く首を振った。
「間違いなく、一方的な虐殺になりますね」




