第6話「圧倒的パワー」1
第6話「圧倒的パワー」1
「……本気で言っているのか、若菜」
「はい、お父様。いえ、師範」
しんと静まり返った道場で、正座して向き合う道着姿の二人。眉間にしわを寄せ、腕組みをしているのは、白井若菜の父親、白井拳司。白山流空手道場の師範である。向かう若菜は、道場の床に両手をついて頭を下げている。
他流稽古に出たい。それも、刀槍術や組手など、いわゆる「武芸十八般」を扱う古流武術の道場に――。
およそ、中学生の女の子が、父親におねだりする内容ではない。
確かに拳司は、小さいころから若菜に空手を教えてきた。それはひとえに、空手によって心身を鍛え、難事にぶつかっても折れたり倒れたりしない精神を持ってもらいたかったからだ。決して、空手バトルマニアを育てたかったわけではない。
「お前はまだ十四歳だ。体が出来上がってるわけではないこの時期に他流稽古などすれば、空手の本道から外れることにもなりかねん」
「分かっています。しかし、ボクなりに武の道を求めるうえで、空手以外の技も習いたいという思いが、どうしても止められないのです」
若菜は、手をついたまま言う。
(仲間のために。ほのかのために。強くなりたい――)
拳司は腕組みを解き、軽いため息をついた。
「分かった。お前はオレに似て、こうと決めたら頑固だからな。外稽古を許そう。ただし、白山流の看板を背負うとか、自分の強さを試そうなどと思うなよ。新たな道を見出すために教えを乞い、自らの武と真摯に向き合うのだぞ」
「ありがとうございます!」
「おい、松嶋。この前話してた『スポーツの秋』特集企画案だけどな――」
兜山TOWN編集部。
休憩スペースでコーヒーを飲みながら資料を眺めていたところに、江藤マサト出版部長が話しかけてきた。
「あ、はい。兜山市のスポーツジム特集ですね」
「あれ、一つひとつのジムの差別化は可能なんだろうな? スポーツジムなんて、どこだって似たようなもんじゃないのか?」
「心配ありません。ボディビルディングに重点を置いたパワー系のジムもあれば、ダイエットしたい女性向けの有酸素運動に重点を置いたジム、会員一人ひとりにパーソナルトレーナーがついて個別指導をするジム、一カ月三千円くらいの料金で設備を使い放題の格安ジムなど、かなり特色があることは調査済みです」
「そうか。それならいいが、たとえば格闘技の道場はどうする? 隠神流みたいな古流武術はともかく、道場によっては、ダイエットプログラムを提供しているところもあるだろう?」
そういった視点は、いかにも格闘技好きの江藤らしい。
「もちろん、取材する予定です。ただし、あまり手を広げすぎると収拾がつかなくなるので、あくまで初心者向けプログラムをやってるところだけに絞るつもりですが」
「そうか。まあ、松嶋なら大丈夫だと思うが、あんまり誌面を広告っぽく組むなよ」
「分かってますよ、部長」
「あとは、『夜の個別指導』やってくれるところなんかも情報があれば、なおイイけどな。ウヒャヒャ」
真面目に仕事の話をしていたかと思えば、下ネタをぶち込んでくる。本当にこの人はそのうち、セクハラで訴えられるんじゃないかと心配になる。
「そういうのは、よそでやってくださいっ」
カラカラと笑いながら休憩スペースを出ていく江藤部長の背中に向かって言うと、私は再び手元の資料に目を落とした。
そこに書かれていたのは、
「白山流空手道場、兜山市洞門一丁目三。道場主・城井兼史。伝統派。週に一度、空手とエアロビクスを組み合わせた『カラテビクス』教室を開催」
道場の外観写真も添付してある。その建物は、つい先日、放送されたばかりの「ベジーティア」で出てきた道場と、あまりに似ているのだった。
(偶然……か? あるいは、何か関係があるんだろうか……?)
どれだけ考えても、答えは出ない。やはり一度、現地に足を運んでみるほうがいいだろう。
(行ったところで、どうするつもりもないが……)
腕時計をチラリと見た。時間はある。
自分の居場所を示すホワイトボードに「市内 取材」と書き込むと、私は会社を出た。
公用車のナビに道場の住所を入力し、車を走らせる。目的地の洞門地区は、市の東側にある兜山の麓にあった。ナビは兜山の裾に広がる新興住宅街の一角を示していた。
先日放送された「ベジーティア」で、白井若菜は父親に紹介してもらった古流武術「隠神流」の道場へ入り、刀や槍などの武器を使う技や、柔術の投げ技、組み技などを修行していた。
「ほのかに守られるだけの存在でいたくない」
「ボクにはもっと力が必要なんだ」
その思いでさまざまな修行を乗り越える若菜。後半のメタミート戦(肉まんが変身した、肉まん型メタミートだった)では、隠神流で仕込まれた見事な体捌きでラディッシュハンマーを振るい、たった一人でメタミートを退けていた。
「一人で戦うなんて、危ないでしょ! 何かあったら、どうするつもりだったのよ!」
遅れて駆けつけたほのかたちが口々に若菜を叱り、
「本当にごめんね。でも、ボクなりに自分の力と向き合っていきたいんだ」
などと話したところで話が終わっていた。
この兜山町の「白山流空手道場」に、「ラディシティアの中の人」がいるかどうかは分からない。もし、いたとしても、「実は私、『キャロティアの中の人』なんですが……」なんて、いきなり話しかけるわけにもいかない。
ただ、私としては、同じベジーティアの一員として肩を並べて戦っているのが、アニメの中のキャラクターという架空の存在ではなく、血肉の通った生身の人間であるという実感を得たかった。
(もし、本当に『白井若菜』がこの町にいれば、の話だが……)
道場の近くにあった公民館の駐車場を借り、車を止める。車を降りると、容赦なく降り注ぐ日光のおかげであっという間に全身から汗が噴き出した。
道場の前に着く。汗を拭きながら中の様子をうかがうが、静まり返って人の気配はない。隣接する住宅に「城井」と表札が掛かっているのを見つけ、そちらに声を掛けてみようかと考えていたときだった。
「あの、うちに何か御用でしょうか?」
背後から声を掛けられ、私は振り返った。そこにいたのは、長い黒髪を後ろで一つ結びにした美少女だった。白い半袖のセーラー服――兜山中学の制服だ――が目にまぶしい。
(若菜!)
切れ長の瞳。スラリと伸びた背筋。一目見ただけで、間違いなく彼女だと思った。それほどまでにそっくりだった。
「あ、えっと、『兜山TOWN』なんだけど、お父さんの取材の打ち合わせに来たんだ」
名刺を取り出し、とっさに理由をでっち上げる。
「そうですか……。スミマセン、今日は稽古が休みでして、父は朝から出かけているんです。ボクもこれからまた出かけますので、日を改めていただけるとありがたいです」
(この声としゃべり方……、間違いない。この子が、『白井若菜の中の人』なんだ!)
「あ、どうぞお構いなく。こっちも、アポなしで急に来ちゃったもんだから。また今度、きちんと連絡してから来るよ」
会釈しながら名刺を渡し、車に戻ろうとする。そこで、ふと私は足を止めて振り返った。
「ところで、君……。『ベジーティアの白井若菜』に似てるって言われない?」
「は、……えぁっ!?」
少女は明らかに動揺していた。
(……この反応、間違いないな)
全く無関係なら、「ナニ言ってんの、この人……」と眉をひそめるか、「誰、それ……?」と首をかしげるだけ。どう答えればいいのか、あるいは、どうごまかせばいいのか、とっさに思いつかなかったからこそ、素で慌ててしまったのだろう。
「あ、いきなり変なこと言っちゃってごめんね。うちの娘が毎週『ベジーティア』楽しみにしてて。そこに出てくるキャラクターがきみにすごく似てたから、つい。じゃあ、また改めて連絡するので、お父さんによろしく」
私はそう言い残して車に向かう。少女はおもむろにポケットから何かを取り出し、その名刺と、ポケットから取り出したものを慌ただしく見比べていた。
帰り道、私はあらためて「仲間を守る」という決意を固めていた。
これまでも、その意識を持っていたことは間違いない。
しかし、現実に「若菜の中の人」と出会ったことで、彼女たちが架空の存在や、「自分の知らない、どこかの誰か」ではなく、同じ市内に住み、生活を送っている、血肉を持った存在として、強く意識することができたのだ。
まだ出会っていないが、緑川さやかと萌黄明日香の「中の人」も、この町のどこかで生活しているに違いない。
(かわいい子だったな……)
そんなことを考えながら運転していると、不意に耳元でポンニュの声が響いた。
「ヒロシさんっ、出番だニュ!」
「うおわっ、ビックリした! 運転中にいきなり叫ぶんじゃない、ポンニュ!」
心臓が飛び出しそうなほど驚き、一瞬、ハンドルをグラリと傾けてしまう。車が車線から大幅にはみ出し、冷や汗をかきながらハンドルを戻した。一つ間違えれば、交通事故を起こしていただろう。同乗者がいないのをいいことに、ポンニュに向かって大声を返す。
「ごっ、ゴメンナサイニュ! トランス・ファットが来たんだニュ! ヒロシさん、急いで!」
「くそっ、どこかに車を止めないと……」
幸い、道路沿いにほどなくコンビニが見つかった。駐車場に車を滑り込ませ、エンジンを止める。
「オッケー、いいぞ、ポンニュ」
「マジックゲート・オープン!」
光に包まれ、私の体は車の中から消失した。




