第5話「I save you」3
第5話「I save you」3
「ヒロシさん、早く早くっ!」
光のゲートを抜けるなり、ポンニュの悲痛な声が響いた。
私は自分の体を確かめ、ほのかがレオタードから制服に着替え終わっているのを確認した。
(着替え前や着替え中だったらどうしたものかと思ったが……。いや、それはそれで、いわゆる『サービスシーン』になったのか?)
「馬鹿なこと言ってる場合じゃないニュ! 三人が危ないニュ!」
「そうだったな、スマン。変身、ベジーティア!」
私はポケットからキャロットソードを取り出し、変身ポーズを取った。
「待ってて、みんな!」
変身が終わると、私は全力で駆け出した。
ラディシティアは、地面にハンマーをついて体を支え、荒く浅い呼吸を繰り返していた。
すぐ目の前には、冷酷な笑みを浮かべたハイブが立ちはだかっている。
「……話になんねーな」
「うるさいっ!」
渾身の力を込めてハンマーを振るが、ハイブはそれを避けようともしない。虫でも追い払うかのように、軽く右手を振るだけでアッサリとハンマーの一撃を弾き飛ばす。
「ミートジェムは、お前たちの持つベジージェムと対をなすものだ。その力を解放することで、オレたちは大幅にパワーアップする。まだベジージェムを持ってないお前たちがどんなにあがいたところで、千に一つも勝ち目はないんだよ」
事実、ミートジェム解放前に通じていた三人の攻撃が、解放後はまったく通用しなくなっていた。最も威力の強いラディシティアの攻撃でさえ、軽々と弾き飛ばされるのだ。三人に、なす術はなかった。ラディシティアがそれでもハイブの前に立ちはだかり、必死の抵抗を続けていたのは、「自分があきらめたら、後衛の二人は一瞬で蹂躙されてしまう。何が何でも、二人を守らなくてはならない」という使命感によるものだった。
「ボクたちは、あきらめないっ! お前たちメタミートに、負けるわけにいかないんだっ!」
「無駄だっつーの」
その言葉と同時に繰り出された掌底突きがラディシティアの鳩尾をとらえ、その体を跳ね飛ばした。
「うわっととと!」
地面に叩きつけられる寸前、ラディシティアの耳元で素っ頓狂な声が響いた。同時に、硬い地面ではなく、柔らかな体に背中が抱きとめられる。
「ゴメンね、遅くなって」
すっかり馴染みになった、友人の声。
朗らかで、この上なく頼もしい。
「キャロティア……遅いよ、本当に……。でも、来てくれてありがとう……」
そうつぶやくと、ラディシティアは、キャロティアの腕の中で意識を失った。
「スピナティア、パンプティア。ラディシティアをお願い」
地面にラディシティアの体を横たえ、離れた場所にいる二人に声を掛ける。
「キャロちゃん、一人で大丈夫なの?」
不安そうに尋ねるパンプティアに、親指を立ててウインクを返す。
「だいじょーぶ! あとは私にまかせて長太、ってね」
「……チョータ? え、ナニ?」
目が点になる二人。一瞬で、空気が凍り付いた。
(す、すべったーっ! 雰囲気を変えようとして大ヤケドしたーっ! 普段めったに親父ギャグなんて言わないのに、こんなときに限ってーっ!)
私はドッと噴き出した冷や汗をごまかすように、頬を人差し指でかきながらハイブに向き直った。
ちなみに『まかせて長太』とは、昭和38年から40年にかけて『少年』に連載された赤塚不二夫の漫画である。主人公の長太の父親は、「しごとなんでもまかせてちょう」が口癖で、町で何でも屋を営んでいる。しかし、生来のあわてんぼうで何をやっても失敗ばかり。長太がいろいろツッコミを入れながらフォローし、ドタバタアクションを繰り広げる。『おた助くん』や『おそ松くん』といった他の赤塚作品のキャラクターもふんだんに出演する、切れ味鋭い伝説のギャグ漫画である。
なお、『まかせて長太』を連載していた漫画雑誌『少年』は、手塚治虫の『鉄腕アトム』、横山光輝の『鉄人28号』、白土三平の『サスケ』、藤子不二雄Aの『忍者ハットリくん』など、不朽の名作を掲載し、戦後の少年漫画雑誌界を牽引した名誌である。
「と、とにかくっ! 私の大事な友達をひどい目に合わせた報いは、受けてもらうからねっ! ベジージェム、解放!」
ビシッとキャロットソードを突きつける。深紅の宝石から透き通ったオレンジ色のオーラが噴き出し、全身を包んだ。
「おもしれぇ。できるもんなら、やってみろよっ!」
ハイブが超スピードで突進してきた。連続で繰り出されるパンチを、蹴りを、しかし私は難なく両手でガードし、払いのけ、体捌きでかわしてみせた。
(一つひとつの攻撃がキツいっ! でも、いける……。これなら、ついていくのは無理じゃない!)
一瞬の隙を突いて、ハイブのボディに左のストレートをぶち込む。カウンター気味に決まった攻撃で、ハイブの体が吹き飛ばされた。しかし、ハイブは簡単に体勢を立て直し、ニヤリと笑った。
「やるじゃねーか。やっぱ、こうでないとバトルは楽しくねーよなあ。メタミートどもを使って暴れさせるのもいいんだけど、自分で戦うほうがずっと面白いぜ!」
「……面白い?」
私は唖然とした。
もちろん、生と死の紙一重のせめぎ合いに陶酔感や緊張感を見出し、命がけのひりつくような感覚を楽しむ人たちがいることは知っている。しかし、そんなことは、たとえば格闘家や職業軍人など、一部の人が自分たちの決めた枠組みの中でやっていればいいことであって、戦いなどにまったく無縁の、平和で穏やかな日常を送っていた子供たちを相手に言っていいことではないはずだ。
「面白い、だって? こっちは必死なんだぞ!」
私は思わず叫んでいた。
「平凡で平和な日常を送ってたのに、いきなりこんな戦いに巻き込まれて、痛いのも、怖いのも我慢して戦ってるんだ! 泣きたくても、つらくても、大切な人を守りたいから戦ってるんだ! それがベジーティアになった私(父親)の役目だから!」
戦うのが面白いなんて言う戦闘狂と、ミサが戦わねばならないとしたら。そんなことを考えるだけで、私の目の前は真っ暗になりそうだった。
「私のこの力は、大切な家族を、友達を、守るための力なんだ! 戦いを楽しむための力なんかじゃない!」
「ああ、そうかよ。その点に関しては、分かり合えそうにないなっ!」
再びハイブが突進し、連続攻撃を仕掛けてきた。ジャブが、ストレートが、アッパーが、その合間に左右の蹴りが、さまざまな角度から飛び込んでくる。一瞬でも気を抜いたら、あっという間に叩き潰されてしまいそうだった。
(なんだコイツ……。こっちは全力出してるってのに、平然とついてきやがって……)
息つく間もなく連撃を繰り出しながら、ハイブは戸惑っていた。
攻撃が通用していないわけではない。しかし、キャロティアの表情には、焦りも戸惑いも見られない。淡々と彼の攻撃を受け止め、受け流し、反撃してくる。
(コイツ……やっぱり、強い! ベジーティアの中で、コイツだけは別格だ!)
(コイツ……やっぱり、強い! 幹部の四人は、メタミートたちとは比べ物にならない!)
私はハイブの猛攻に圧倒されていた。決して、平然と対応していたわけではない。一瞬たりと気の抜けない攻防の中で、ハイブに焦りを読み取られないよう、必死でポーカーフェイスを保っていただけだった。
(だけど……)
攻撃の合間、ふと私は考えた。
放送禁止寸前のセクハラをしてきたコレスや、子供をマインドコントロールして襲わせてきたプリンに比べると、ハイブは、まだずっとまともな敵なのではないか。少なくとも、明らかに卑劣な手段は使っていない。
(コレスやプリンが戦いの手段を選ばないガチの悪役だとしたら、コイツはいかにも子供向けアニメの敵キャラっぽいな……)
そう思ったのは、ハイブの攻撃が強烈な反面、こちらの顔面や下腹部など、急所は決して狙ってこないことに気づいたからでもあった。
「……ねえ、ハイブ。あなたには、守りたい人はいないの? 大事に思う人はいないの? 家族は? 恋人は? 友達は? あなたがけがをしたり、命を落としたりして、悲しむ人はいないの?」
ラッシュをしのぎ、一度距離を取った私は、ハイブに問いかけた。
「……ッ!」
ハイブは何かを言いかけたが、口ごもり、そっぽを向いた。
「そんなの関係ねーよ。オレはオレの好きなことをやって、楽しくやれたらそれでいいんだよっ!」
吐き捨てるように言う。
「かわいそうな人だね」
「なんだと!?」
私の言葉に、ハイブの顔が引きつった。私は言葉を重ねる。
「いや、かわいそうと言うより、悲しい人。自分のことだけしか考えられない、自分さえ楽しければ、それでいい。人に迷惑をかけたって、自分には関係ない。誰にも必要とされなくたって構わない。そんな幼稚な考え方しかできない、悲しい人だね」
「オレがかわいそうだと? オレが悲しいだと!? オレが間違ってるって言うのなら、オレを納得させてみな! 力ずくでな!」
「ほら、そうやって、力ずくでしか物事を解決しようとしない。三歳の子供でも、きちんと教えてもらったら、やっていいことと悪いことの区別はつけられるよ。自分の気に入らないことは力ずくで済ませるなんて、オムツが湿って泣いてる赤ちゃんと同じだよ」
「ふっざけんなああああああ!!!」
「ふう……。そういうところが、かわいそうなんだよ」
ムキになって突っ込んできたハイブを軽くいなし、私は、彼の頭を抱え込むように抱きしめた。
「どれだけカッコつけたところで、所詮、子供が駄々こねてるだけ」
「…………っ!」
「めっ!」
ハイブの頭に、ゲンコツを落とす。
「は……離せっ!」
顔を真っ赤にしたハイブに、私は突き飛ばされた。思わず「のわっ!」と――少女にふさわしくない――声が漏れる。
「お、覚えてろっ!」
陳腐な捨て台詞を残し、ハイブは赤面したまま姿を消した。
ハイブの気配が完全に消えたのを確かめると、私の中で張り詰めていた糸がプツンと音を立てて切れるのを感じた。
「終わったあー! あーもう、疲れたよー!」
私は地面に座り込み、そのまま大の字に寝転がった。
本当に、疲れていた。できることなら、このまましばらく昼寝でもしてしまいたかった。
光のゲートを抜け、見慣れた会社のトイレに戻る。
腰をかがめ、個室の床に散らばった資料を集めていると、先ほどまでの激戦の疲労がぶり返し、思わずうめき声が漏れた。
しかし、声が漏れたのは疲労のせいだけではなかった。
「めっ!」
ミサが悪いことをしたとき、注意するのと同じ感覚で、ハイブを抱きしめ、ゲンコツのお仕置きをしてしまったこと。「男を胸に抱きしめる」という、四十年近い人生でも初体験の感触に、今さらながら、形容しがたい生理的嫌悪感がこみ上げてきたのだった。
本来なら横っ面を張り飛ばして、「ガキが、甘ったれてるんじゃねえ!」と説教してやるつもりだった。ギリギリのところで、その行為が「魔法少女ベジーティア」にふさわしくないと思いとどまったのだ。だからといって、幼児を叱るように「めっ」なんて言うのがふさわしいとは思えないのも事実だが……。
「まあ、良しとしよう。『魔法少女らしくない言動』ってほどのことではなかっただろうし……」
カモフラージュのための水を流し、私はトイレを後にした。
自分の席に戻ったら、引き出しの中に常備している滋養強壮剤を一本飲んで、終業までの二時間余りを乗り切ることにしよう。
闇に包まれた城塞の一室。ハイブは大きな窓の下に両足を投げ出すようにして座り、ぼんやりと空を見上げていた。
「どうしたんです? アナタが考え事とは、珍しいですね?」
プリンがからかうような口調で声を掛ける。
「は? べ、別にっ、何も考えちゃいねーよ!」
ハイブは顔を赤らめ、ひどく動揺した様子で首を振る。
「そうですか。キャロティア一人に負けたからって、腑抜けるのは大概にしてくださいね」
「うるせぇ! キャロティアに一方的にボコられたお前に言われる筋合いはないっ!」
「……ふんっ」
プリンが立ち去ると、ハイブは再びぼんやりと空を見上げた。
彼の頭の中では、キャロティアの声が繰り返し響いていた。
(泣きたくても、つらくても、大切な人を守りたいから戦ってるんだ!)
(あなたには、守りたい人はいないの? 大事に思う人はいないの?)
(かわいそうな人だね)
(めっ!)
抱きしめられたときの、柔らかく、温かな感触。
頭に落とされたゲンコツの、微妙な痛み。
普段のバトルで味わう命がけの打撃とはまったく次元の違う感覚に、戸惑いを隠せなかった。
「あーもうっ、なんなんだっ、クソッ!」
ガシガシと頭を掻きむしり、ハイブは大きなため息をついた。
「キャロティア……」
「キャロティア……」
若菜は沈む夕陽を見つめながら、長い髪をなびかせ、ため息をついた。
「ボクには……足りない。いまのままじゃ、みんなの力になれない」
ギュッと握りしめた拳。手の甲、人差し指と中指の付け根が、硬く盛り上がっている。長年、空手を続け、巻き藁に向かって正拳突きを繰り返してきた証の拳ダコだった。
(泣きたくても、つらくても、大切な人を守りたいから戦ってるんだ!)
キャロティアの声が耳の奥によみがえる。
「ほのか……」
顔を赤らめ、若菜は再び拳を握りしめた。
「ボクのことを『大切な仲間だ』って言ってくれたほのかのために、ボクは強くなりたい……」
それぞれの思いを乗せて、時は流れてゆく。




