第1話「魔法少女始めました」
第1話「魔法少女始めました」
「お父さん、ベジーティア始まるよ!」
日曜の朝八時半。五歳になったばかりの娘、ミサはテレビの前に座って新しいアニメの放送開始を待ち構えている。
お目当ては、三年ぶりに放送が始まる魔法少女のアニメだった。少子化の影響によるものなのか、ここ数年、放送されていなかったアニメが、今期から放送されるという。日曜の朝、これまで放送されていなかった女の子向けの作品がスタートするということで、ミサはこの時間をことのほか楽しみにしていた。
「お野菜の力で変身! 魔法少女、ベジーティアー♪」
キャッチフレーズと共に、オープニングテーマが流れ、アニメが始まった。
主人公はある町の中学校に通う4人の女の子たち。
彼女たちはある日、「ポンニュ」という不思議な生物と出会う。真っ白なバレーボールに短い手足を生やし、フワフワと空中を漂い、語尾に「ニュ」をつけてしゃべる「ポンニュ」は、少女たちに悪魔「ヘドローン」と、その手先の「メタミート」がこの世界を侵略しているという話をする。「ポンニュ」によって選ばれた少女たちは、魔法少女として「メタミート」と戦う……という内容のようだ。
そして、今シリーズの魔法少女たちは、一人ひとりがニンジンやカボチャ、大根、ホウレン草といった野菜の力を使って変身し、野菜をベースにした魔法で敵と戦うらしい。
主人公の女の子が変身する時のかけ声が、「好き嫌いは許さないんだから!」というあたり、野菜嫌いの子供に向けた食育なども意識しているのだろうか。野菜をきちんと食べないといけないのは間違いないのだが、肉も魚もバランスよく食べないと、結局、体によくないのでは……。
私はそんなことをぼんやりと考えながら、娘と一緒にテレビを見ていた。
第1話は佳境を迎えていた。魔法少女が怪人・メタミートを追い詰め、そろそろ必殺技で敵を倒して終わり――のはずだった。
「甘いわベジーティアども! これでも食らえ!!」
突如、怪人の指先から光線が放たれる。
「キャロティア、危ないニュ!」
ポンニュが叫ぶ。しかし、
「えっ!? きゃあーっ!」
光線は主人公「キャロティア」の胸をアッサリと貫いてしまった。主役の少女がバタリと倒れる。その拍子に変身が解け、少女は制服姿に戻ってしまった。
「キャロティア!」
「キャロ!」
「キャロちゃん!」
仲間が悲痛な声を上げて主人公のもとへ駆け寄るが、主人公はピクリとも動かない。
「ふふふ……ははははは、貴様ら全員、同じように殺してやるわ! はははははー!」
怪人の高笑いが響くなか、エンディングテーマが流れ始めた。
「あれ?『来週のベジーティア』、ないのかな?」
ミサが首をかしげた。
エンディングテーマが終わると、すぐに次の番組――特撮変身ヒーローの番組――が始まったのだ。
私もエンディングテーマが終わるなり、次の番組が始まったことに違和感を覚えていた。だいたいこの手のアニメなら、次回予告と「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました」というテロップが入るはず。それすら省略されて、いきなり次の番組が始まることなど、あり得ないはずだった。
(第1話だから特別に、次番組の直前までの枠を取っていたのだろうか……? ま、あまり深く考えるようなことではないが……)
「キャロティア、死んじゃったのかな……? 来週、どうなるんだろ?」
不安そうに尋ねてくる娘に、
「どうなるんだろね。来週も早起きして、続きを見なきゃいかんね」
と答え、テレビを消した。
「さあ、お母さんの用事が済んだら、買い物に出かけようか」
それっきり私は魔法少女のことなど忘れ、のどかな日曜を過ごしたのだった。
土曜、日曜と二日間、ゆっくり羽を伸ばした反動からか、月曜の朝は、いつも若干の憂鬱さを感じる。
しかし今日は、ひときわ気が重かった。
「こちらが悲劇の現場です。被害者の赤川のどかさんは、この場所で通り魔に襲われました!」
ニュースワイドショーで、レポーターが早朝の街並みをバックに解説を続けている。
テレビに映っているのは、見慣れた兜山市の風景だった。
この場所で昨日の朝、市内に住む女子中学生が通り魔に襲われ、命を落としたというのだ。犯人はすぐに逮捕されたが、意味の分からない供述を繰り返しており、警察では精神鑑定して犯人の責任能力の有無を調べる方針だという。
「……こんな事件で娘を亡くした親は、やり切れんだろうな」
制服を着て幼稚園へ向かう娘の姿を思い浮かべると、胸が痛くなった。
「おっと、もうすぐ7時か。いかんな、仕事仕事」
感傷を振り払い、出勤する。
いつもの時間に、いつもの道を通って、いつもの駅へ。何も変わらない通勤のはずだった。
「松嶋ヒロシさん、だニュ?」
真っ白なボールに短い手足がくっついた、不思議な生き物に声をかけられるまでは。
「……『ポンニュ』?」
昨日、アニメで見た魔法世界の生き物が、目の前にいた。
「ボクのこと、ちゃんと見えてるんだニュ。じゃあ話は早いニュ。お願い、『魔法少女』になって、世界をたすけてほしいニュ」
唐突すぎる言葉に、私は絶句するしかなかった。
「いやいやいやおかしいだろ! なんでアニメのキャラが出てきてるんだよ、え、ドッキリ? 何これ、ドッキリ番組? カメラどこ? うっわー、よくできてるなー。本物みたいに動くし、フワフワ飛んでるし、しゃべるし……」
硬直が解けた私は、思わずポンニュをつかみ、上下左右をひっくり返してチャックやスイッチを探し、さらに周囲をキョロキョロ見回して、隠しカメラを探そうとした。
「ちょ、本物ニュ! 本物の『ポンニュ』なんだってば! 話聞いて、話ニュ!」
噛みつかれたり、ツバを吐きかけられたりというすったもんだの後、本当に本物の「ポンニュ」だと納得した私は、まだ半信半疑ではあったが、話を聞くことにした。
彼の話を要約すると、次のような内容だった。
・魔法少女は実在する。ただし、魔法世界や魔法少女の存在が表ざたになると、いろいろと問題が起きるので、監督や脚本家、声優などの名前をかぶせて、「この物語はフィクションです。実在の人物・団体などとは関係がありません」ということにしている。
・アニメ世界の少女たちのパワーだけでは、魔法少女に変身することはできても、戦うことはできない。だから戦闘のときだけ、現実世界の人間が魔法世界に召喚されて、戦いを手伝うことになっている。特撮ヒーロー番組で、変身前の姿を演じる人がアクションシーンを演じるわけではなく、専門のスーツアクターが存在するようなもの。
・魔法世界で大けがをしたり、死んだりすると、現実世界の人間も(要因はさまざまだが)大けがをしたり、死んだりする。たとえば、通り魔に刺されたり――。
「ちょ、ちょっと待て!」
私は思わずポンニュの話を遮った。
「もしかして、主人公の女の子って……」
「そう。今朝、ニュースで流れてたと思うニュ。『赤坂ほのか』の中の人、赤川のどかが、通り魔に刺殺されたニュ。魔法世界で死ねば、この世界でも死ぬニュ。
……話、続けていいニュ?」
・本来であれば、より強い魔力を発揮できる「少女」に代役を頼むのだが、現代の世界で魔法使いの力を受け継いでいる人は、もうほとんど残っていない。
・自分は伝説の魔法少女・松嶋サチヨと、その仲間の血を引く子供たちを探して、見つかり次第に声をかけてきた。
「松嶋サチヨって……俺のお袋が、魔法少女!?」
「そうだよ、知らなかったニュ?」
「知るか!」
「お母さんは世界の危機を何度も救ってくれた、文字通り伝説の魔法少女だったんだニュ」
そう言われて、ふと思い出したことがあった。子供は自分一人しかいないのに、小さいころ、家にはやたらと魔法少女の変身ステッキやブローチ、化粧用コンパクトなどのオモチャがあった。あれは、もしかして……
「そう、お母さんが『魔法少女』として実際に使っていた物だニュ」
「マジでー!?」
私は膝からヘナヘナと力が抜けそうになるのを感じた。
「ポンニュ」は、さらに話を続けた。
「……本当は、あなたのお母さんにお願いしたかったニュ。だけど――」
「――お袋は3年前に死んだ。それに、もし生きていても70を過ぎたばあちゃんだ。さすがに、戦うのは無理。だから、俺のところに来たってわけか」
「そういうことニュ。もし、どうしてもあなたが手伝ってくれないのなら、あまり気が進まないけど、ミサちゃんに声をかけるしかないニュ」
「ミサに!?」
一瞬で頭に血が上り、目の前が真っ赤になった。
「ミサはまだ5歳だぞ! そんな子供が、もしかしたら死ぬかもしれない戦いの場に出るってのか!?」
「……言いたくないけど、そうニュ」
「ふざけんな! 娘にそんな真似させられるかっ!」
このフザケたバレーボールを絞め上げて、今すぐ地の果てまでぶっ飛ばしてやりたい衝動に駆られていると、ポンニュは思いがけないことを言ってのけた。
「じゃあ、あなたが『魔法少女』として戦ってくれるニュ?」
「俺が魔法少女……って、どう考えても無理だろ! そもそもこんなオヤジが『少女』とか!」
「無理じゃないニュ。あくまで『中の人』として戦ってもらうだけだから、見た目はキャロティアのままニュ。魔法少女と性別や年齢が近いほうが、それぞれの情報をリンクしやすいから、より強い魔法を使えるようになるってだけで、おじいさんでも、おばあさんでも、魔法少女になれないわけじゃないニュ」
あきれて言葉が出なかった。
しかし、もし私がこの提案を断れば、ポンニュはミサを勧誘にいくのだろう。
それだけは、父親として許すわけにいかなかった。
「……魔法少女として、何をやったらいいんだ?」
歯ぎしりする思いで、言葉を吐き出す。
「とにかく敵と戦ってくれたら、それでいいニュ。いわゆる『日常パート』は、キャロティア、つまり『赤坂ほのか』本人が担当するニュ。変身する前、つまりアニメで言う『戦闘パート』に入ったら、ヒロシさんの出番ニュ。戦い方は特に指定しないし、魔法の使い方は、向こうの世界へ行けば自動的に理解できるシステムになってるニュ」
「……気をつけるべきことはあるのか?」
「魔法少女にふさわしくない言動は控えてほしいニュ。エッチなことや、はしたない行動はやめてほしいニュ。ある程度は魔法(編集技術)でごまかせるけど、あんまりひどいと、フォローしきれなくなって、世界が『修正』されちゃうニュ」
「どうやって、向こうの世界へ行くんだ?」
「このパスを使ってもらうニュ」
ポンニュが差し出したのは、パステルピンクに金や銀のラメが散りばめられた定期券だった。
『Year2022 JAPAN←→Vegethia World』
「いかにも女の子向けのおもちゃになりそうなパスだな」
「戦いをサポートするにはお金も必要になるから、オモチャ業界とのタイアップは欠かせないニュ」
「……妙に世知辛いというか、生々しいな」
「コホン。このパスを使ってマジックゲートを抜けたら、すぐに向こうの世界に行けるニュ。マジックゲートは空間だけじゃなく、時間もある程度操作できるから、向こうへ行って戦ってからこっちへ戻って来ても、時間は全く経ってないことにできるニュ」
「つまり、俺の日常生活には何ら支障をきたさないわけだ。……俺が向こうで死なない限りは」
「そういうことニュ。じゃあ、そろそろマジックゲートを開いていいかニュ?」
「ああ……行ってやろうじゃないか!」
「マジックゲート、オープン!」
ポンニュの声を受けて、目の前に光の門が開いた。その中に、自動改札機のような装置が見える。
「その改札機にパスを軽くタッチして、中に入るニュ!」
ポンニュに導かれて、私は光の中へ足を踏み出した。
「ようこそ、ベジーティアの世界へ……」
どこか遠くから、そう呼びかける声が聞こえた。その声はなぜか、ひどく懐かしく聞こえた。
「キャロちゃん! 大丈夫なの!?」
耳元で叫ぶ少女の声で、私は意識を取り戻した。
周囲を見回すと、緑や黄色のカラフルな衣装を身に着けた少女たちが、自分を取り囲んでいる。皆、心配そうな顔をしている。
(うわあ……本当に、魔法少女なんだな……)
そんなことを考えながら、体を起こした。スカートがまくれ上がり、下着が見えそうになる。そのとき、身につけているのが体になじんだスーツではなく、女物の制服になっていることに気付いた。
「ちょっと、下着見えるニュ!」
「ああもう、分かったってば」
耳元で叫ぶポンニュを振り払い、足元に気をつけて立ち上がる。
(これもサービスカットってやつになるのかね。中身は40前のオヤジだってのに、こんな恰好して……。俺、何やってんだろう……)
「……気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃないニュ! 早く変身してアイツを倒さないと、あなたもみんなも危ないニュ!」
あれこれ考えると、気持ちがどんどん落ち込みそうになる。そんな様子を察したのか、小さくささやいてきたポンニュに、「分かってる」と答え、ブレザーのポケットに手を入れた。
ポケットには、手のひらにすっぽり収まるサイズの、ニンジン型アクセサリーが入っている。
(恥ずかしい……が、仕方ない。いまの俺は女子中学生、いまの俺は魔法少女……)
アクセサリーを握りしめ、昨日、見たばかりの変身ポーズを取り、呪文を唱える。
「……好き嫌いは許さない。チェンジ、ベジーティア!」
途端に自分の体が光に包まれるのが分かった。着ていた服が光の粒子に変わり、魔法少女のコスチュームへと再構成されていく。同時に「シャキーン」「キュピーン」といった効果音を伴いながら、胸元や首、肩、手首、腰などにフリルやリボンが現れ、衣装を飾り立てていった。ニンジンのアクセサリーもサイズが代わり、剣のような形になる。
「ベータカロチンで免疫力アップ、キャロティア参上!」
ニンジンの剣を怪人に向けて構え、ビシッとポーズを決める。仲間たちが心配そうに見つめているが、いま説明している時間はない。怪人が再攻撃してくる前に、決着をつけなくてはならない。
「キャロットソォォォド!」
高校時代の体育の授業で習った剣道を思いだしながら、剣を体の後ろに軽くなびかせるように構え、一気に間合いを詰める。魔法少女に変身しているせいか、足が驚くほど軽い。
(これなら……行ける!)
「チッ、しぶといやつだ。全身切り刻んでやる!」
怪人が立て続けに光線を放った。頭や胸など、一つでも当たれば致命傷になる場所を的確にねらっているのが分かる。
(必要最低限の動きでかわせば、問題ない! 大切なのは勢いを落とさないこと!)
そんなことは、普段なら絶対に無理だ。たとえ抜群の運動神経を持っていたとしても、ナイフや銃を向けられれば、誰でも緊張や恐怖で筋肉が委縮する。だからこそ、格闘技の選手は過酷なトレーニングを繰り返し、身体能力を最大限に引き出す「習慣」を身につけるのだ。
「魔法少女」に変身すれば、肉体と精神の力を超人的なレベルに引き上げ、強化することができる。結果として、アニメのように普通の人間では不可能なはずの動きが可能になるのだ。
敵との間合いを詰めながら、私はそんなことを考えていた。
時間にすれば、わずか数秒。戦闘の真っただ中にそれだけのことを考えられるほど、私の精神は研ぎ澄まされていた。
耳元や肩、腕を光線がかすめる。衣装がはじけ飛び、焼けた鉄の棒を押し付けられたような痛みが走る。
(熱い、痛い、でも怖がるな!)
自分を叱咤し、ひたすら走る。
怪人が剣の届く間合いに入った。
鮮やかなオレンジ色(ニンジン色?)の光を放つ剣を振り下ろす。刀身はそんなに鋭利に見えなかったが、熱したナイフをバターの固まりに差しこんだように、アッサリと怪人の体を両断した。
「分子崩壊!」
キャロティアが使える魔法の中で、斬撃後に発動するタイプの最強魔法を唱える。その名の通り、敵の身体を分子レベルで崩壊させ、そのまま分解、消滅させるのだ。
「がああああああ!」
断末魔の絶叫を上げる怪人。しかし、肉体が光の粒に変換され、キラキラと輝きながら消えていくにつれて、その声も聞こえなくなった。
「お野菜のチカラは、甘くないんだからねっ☆」
怪人のいたあたりを剣で差し、最後のポーズを決める。
(自分で使っておいて、こんなことを言うのも何だけど、相手を分解消滅させるって、ものすごく凶悪な術だよなあ……)
いつものくせで、こめかみのあたりをコリコリと指先でかく。その頃になって、ようやく驚きから立ち直った仲間たちが駆け寄ってきた。
「キャロちゃん! 大丈夫なの? 撃たれたと思ったら、急に人が変わったみたいにパワーアップして……」
黄色い衣装の女の子――カボチャの力を使う、パンプティア――が、おずおずと尋ねた。
「ア、アハハハ……(だって、『中の人』が変わってるんだもんなぁ……)」
私は引きつった笑いを浮かべることしかできない。
「そ、それはホラ、『死にそうな目に合うと潜在能力が引き出されてパワーアップ』ってやつよ、ネ」
「……どこの戦闘民族ですか、まったくもう! 心配したんですよ!」
そうツッコミを入れたのは緑の衣装――ホウレン草の力を使うスピナティア。
「でも、キミが無事で本当によかった。さすがのボクも、さっきはちょっとヒヤッとしたよ」
そう言いながら、私の肩をポンと叩いてきたのは大根の力の使い手、ラディシティア。
「もうっ、いいじゃない、勝てたんだから! さ、みんな、帰りましょ!(これ以上おしゃべりしてたら、余計なこと言っちゃいそうだからなぁ……)」
「あ、キャロティア、ちょっと待ってほしいニュ。はい、コレを受け取って」
変身を解こうとした私に、ポンニュが冊子のようなものを差し出した。
「……何これ? ファイル?」
それは仕事用の資料をまとめるのに使う、ファイルブックに似ていた。真っ白なページに黒線で怪人の姿が描かれている。
「……塗り絵?」
先日、娘に同じような本を買ってあげたことを思い出す。しかし、塗り絵と違っているのが、最初のページに描かれている怪人だけは、すでに色が塗ってあった点だ。
「これは――!」
着色されている怪人は、さっき私が倒した相手だった。
「そうニュ。このファイルには、敵の怪人が描かれているニュ。みんなで力を合わせて、全部の怪人を倒してほしいニュ」
(……これ、子供向けのオモチャとして売り出すんだろうなぁ。『怪人を倒して、ファイルに色を塗ろう! ベジーティア塗り絵!』なんていうテレビCMが目に浮かぶようだ。でも、この塗り絵を発売しちゃったら、これから先の展開がバレてしまうんじゃないのか? いったい、どう処理するつもりなんだろう……)
パラパラとページをめくりながら複雑な顔をしている私に、
「キャロちゃん、どうかしたの?」
パンプティアが不思議そうに尋ねる。
「ううん、何でもないよ」
私はそう言って笑うと、パタンと音を立ててファイルを閉じた。
ポンニュの作りだしたマジックゲートを抜けて、私は現実世界へ戻ってきた。
見慣れた景色と、体になじんだスーツの感触が、「戻ってきた」ということを強く実感させた。
腕時計は午前7時ちょうどを指している。
「時間を操作できる」と言っていたポンニュの言葉は、事実だったようだ。
(本当は『朝から変な夢を見ただけ』ってことにしてしまいたかったけどなあ……)
しかし、スーツのポケットにはパステルピンクの定期券が残っており、さっきまでの出来事が間違いなく現実のものだと告げていた。それに、
「本当にありがとうニュ! 予想以上のパワーで、ビックリしたニュ! さすがは伝説の魔法少女の息子さんニュ! これからも、その調子で頑張ってほしいニュ!」
やたらとハイテンションで語りかけてくるポンニュが、すぐ隣にいた。
「あー、お前、こっちの世界じゃあんまり派手に話しかけるなよ。空中を漂う、手足の生えたバレーボールなんて、見つかった日には世界中大騒ぎだ」
「ばっ、バレーボールじゃないニュ! それに、この世界では、ポンニュの姿は魔力を持ってる人にしか見えないニュ」
「……なるほどな。だから一番最初に『ボクのこと、ちゃんと見えてるんだ』って言ったわけか」
しかし、いくらポンニュの姿が他人に見えていなくても、手足の生えたバレーボールが自分の周囲でフワフワ飛んでいたら、気になって仕方がない。
それに「見えない何か」と話しているところを誰かに見られでもしたら、間違いなく「変な人がいる」と思われてしまうだろう。
(これじゃ、とてもじゃないが『なかったこと』にはできないな。ニンジンのアクセサリーや、怪人のファイルをこっちの世界に持って来ずに済んだだけ、よしとしよう……)
何かの拍子にピンクの定期を落としたりしないよう、定期入れのチャック付きポケットの中に入れて、スーツの胸ポケットにしまう。こんな派手なカードを持ってるのが嫁さんにでも見つかったら、妙な誤解を招きかねない。
「おっと、とにかく仕事だ、仕事!」
非現実的な世界の出来事に心をとらわれて、現実をないがしろにするわけにはいかない。
私は駅へと向かういつもの道を、足早に歩き始めた。