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エピローグ

これで完結です。

 誰かが訪ねてきたことを知らせるチャイムの音がしてすぐ、私はお母さんから声をかけられました。


「クロエ、出てくれない? お母さん、今、手が離せないの。」


「はーい!」


 ちょうど、毎週楽しみに見ているアニメ『魔法少女キュアルーン』が終わったばかりだったので、私はテレビのスイッチを切って、すぐに立ち上がりました。






「あっ、エイスケおじさん! こんばんは!」


「おお、クロエ。元気そうだな。いくつになった?」


「うーんとね。4歳! でも、もうすぐ5歳になるよ!!」


「ほう、そりゃ、大したもんだ。これ、土産だ。」


 ぶっきらぼうにそう言って、大きなお菓子の包みを差し出してくれたのは、お母さんのお友達の、エイスケおじさんでした。


「ありがとう、エイスケおじさん!」


 私がお礼をいうと、おじさんは大きな手であたしの頭をぐりぐりとかき回しました。






「まあ、丸山さん! いつ、こちらに? 連絡してくださったら、お迎えに行ったのに。さあ、お上がりになってください。」


 手を拭きながら、お母さんが玄関にやってくると、エイスケおじさんは大きく手を振りました。


「いや、下に車を待たせてるんだ。この後、またすぐ工房に戻んなきゃならなくてさ。今日は、たまたまこっちの研究所ラボに来る機会があったんで、帰る前にちょっと寄ってみたんだよ。」


 エイスケおじさんとお母さんは、玄関で話し始めました。でも私は、手の中のお菓子が気になって、それどころではありませんでした。






「ねえ、お母さん。このお菓子、開けてもいい?」


「まあ、お行儀の悪い!」


 お母さんは途端に目を吊り上げました。でも、エイスケおじさんが私を助けてくれました。


「おお、いいぞクロエ。奥でそれ開けて、食ってきな。ただし、一個だけだ。」


「もう、丸山さん!!」


「固いこと言うなよ。それによ、クロエの前じゃ、話しにくいこともあんだろ。」


 エイスケおじさんは、玄関からすぐ見える、居間に目を向けてそう言いました。おじさんの目の先にあるのは、棚の上に置かれた小さな写真立て。お母さんとエイスケおじさん、それにお父さんとお友達が写ってる写真が飾ってあります。


 その視線に気づいたお母さんは、少し困ったような顔をして、私に「じゃあ、一つだけよ。丸山さんにお礼を言いなさい」と私に言いました。






 私はもう一度、エイスケおじさんにお礼を言った後、テレビの前に座ってお菓子の包みを開けました。箱いっぱいに入っていたのは、ツヤツヤした白いお饅頭です。


「きょ、う、と、め、い、か!」


 私は包み紙に書いてあるひらがなを、指でなぞりながら読みました。他にも漢字が書いてあるけど、私にはまだ読めません。


 早速一つ、頬張ってみます。ふんわりとした白い生地の奥から、口いっぱいにあんこの甘みが広がっていきます。甘いものが大好きな私は、夢中になって1つ目のお饅頭を食べてしまいました。


 エイスケおじさんは『きょうと』の『ちゅうおうこうぼう』というところで働いていて、時々、こうしてうちにお菓子を持ってきてくれます。


 ちょっと太めな体型からも分かるように、おじさんはすごい食いしん坊で、お菓子選びがとても上手なのです。お母さんも「丸山さんの選ぶお土産には、絶対にハズレがないわねぇ」と、いつも感心しています。






 箱の中にずらりと並んだお饅頭が、私を誘惑してきます。私は2つ目のお饅頭に手を伸ばしかけましたが、目をぎゅっとつぶってその手を止めました。


 今、2つ目のお饅頭を食べてしまったら、間違いなく夕ご飯を残してしまいます。お母さんは普段とても優しいですが、私が約束を破ったときと、ご飯を残したときだけは、ものすごく怖いのです。


 私は誘惑を避けるため、目をつぶりながら、お菓子の箱を閉めました。そして、お菓子から気を逸らそうとして、お母さんたちの方を見ました。






 お母さんとエイスケおじさんは、小さな声で話していました。でも、うちはとても部屋が狭いので、二人が何を話していることが、私にも聞こえてきました。


 そのほとんどは、お仕事の話のようでした。お母さんはこの高天原城砦の『ちゅうおうらぼ』というところで働いています。『らぼ』は第1城砦にあるのですが、お母さんはこの第3城砦の北門区にあるここ、「だい2しろつめそう』から、バスで毎朝通っています。私はその間、幼年舎でお母さんが帰ってくるのを待っているのです。


 お母さんたちは、しばらく話し込んでいました。でも、私がだんだん退屈になり、またお菓子の誘惑に負けそうになってきた頃、エイスケおじさんがこう言うのが聞こえてきました。






「もうあれから5年、いや直に6年になるんだな。早いもんだ。」


「そうですね。この間、マリちゃんも、マギホで話したときに、そう言ってました。」


「大陸調査兵団だったよな。今、あいつらどこにいるんだ?」


「中国南西部、重慶の辺りに駐屯しているそうです。現地の人達と協力して、魔力結節ノードに居座った巨獣を攻略してるって言ってました。」


 マリさんというのは、お母さんのお友だちの一人です。旦那さんのテイジおじさんと一緒に、世界中を飛び回って、魔獣と戦うお仕事をしています。


 私は小さい頃に一度だけ、二人に会ったことがあります。でも、すごく小さい時なので、あまり良く覚えていません。ただ、二人とも、すごく大きくて強そうだなと思ったことは、今でもはっきり覚えています。


 エイスケおじさんは「相変わらずだな」と苦笑いした後、しばらく黙り込みました。私はどうしたのかなと思って、ふすまの陰から、そっと玄関の方をのぞきました。






「お前は・・・まだここに?」


 エイスケおじさんは少し困った顔をして、そう言いました。すると、お母さんは笑顔で大きく頷きました。


「はい。あの人が帰って来るとしたら、まずは、ここに来るはずですから。」


 エイスケおじさんは、なんとも言えない表情でお母さんを見ていました。でも、すぐに大きくため息を吐いたあと、お母さんに言いました。


「そうか。そうだな。」


 おじさんは居間の写真の方に目を向けました。そして、私が覗いていることに気がつくと、大きな声で私を呼びました。






「どうだ、饅頭、美味かっただろ?」


「うん! とっても!!」


 私がそう言うと、おじさんは私の頭をかき回してから、私の顔をじっと見つめました。


「お前の髪と目は、本当に、父ちゃんそっくりだな。」


 そういうおじさんの目の端は、少し濡れていました。でも、私がそれを言う前に、おじさんは自分の目をゴシゴシとこすり、洟を大きくすすりました。






「なあ、今度クロエを連れて、家に遊びに来てくれよ。うちのチビたちも、クロエに会いたがってるんだ。」


「本当!? 私、行きたい!」


 私が元気よくそう言うと、お母さんは少し困ったように笑いながら、おじさんに言いました。


「そうですね・・じゃあ、お言葉に甘えて、次のお休みのときにでも、お邪魔します。博士のお墓に、お花をお供えしたいですし。」


「ああ、そうしてやってくれ。カナも喜ぶ。」


 おじさんはお母さんにそう言った後、しゃがみこんで私と目を合わせました。






「俺は帰る。クロエ、今度来たとき何か欲しいもんあるか?」


「ほしいお菓子?」


「いや、何でもいいぞ。別に菓子じゃなくたっていい。」


「丸山さん、そんな!」


 お母さんはおじさんを止めようとしましたが、おじさんはニコニコ笑って私の方を見ていました。私は少し考えた後、パッと閃いて、大きな声でおじさんに答えました。


「私、弟か妹が欲しい!」


 私は今、一番欲しいものを、おじさんにおねだりしました。私のお友達はみんな、兄弟や姉妹がいっぱいいます。幼年舎でも、一人っ子なのは私だけです。私は、お友達が羨ましくて仕方がなかったのです。


 すると、おじさんとお母さんは、ハッとしたように顔を見合わせました。私は二人の表情を見て咄嗟に「怒られる!」と思い、体を固くしました。






 でも、おじさんはそんな私の頭を優しくなでながら、こう言いました。


「そうか、でも、そいつはちっと難しいな。代わりに、うちのチビたちが、クロエの兄ちゃん、姉ちゃんになってやるよ。それじゃ、ダメか?」


 お母さんは辛そうな様子で、唇を固く結んでいました。それを見た私は何も言えなくなり、こくんと小さく頷きました。


 おじさんは「今度、美味い菓子をどっさり持ってくるからな」と言って帰っていきました。






 お母さんは夕ご飯の支度に戻りました。でもなぜか、そのお母さんの背中が、私にはとても寂しそうに見えました。私は、後ろからお母さんの足に飛びつきました。


「クロエ。どうしたの、急に?」


「お母さん、ごめんなさい!」


 私はなんて言っていいか、分からなくなりました。そして、気がついたときには、声を上げて泣いてしまっていました。お母さんはそんな私を、ぎゅっと抱きしめてくれました。


「ありがとう、クロエ。あなたは私とお父さんの、大切な宝物よ。」


 私はお母さんの胸に、顔を埋めて泣きました。お母さんの心臓の音が、いつもよりも早く聞こえるような気がしました。


 私が泣き止むのを待って、お母さんは夕ご飯の支度を始めました。私はお母さんのお手伝いをしました。そんな私をお母さんは「クロエはいい子ね」とほめてくれました。


「私がいい子にしてたら、何かいいことがあるかな?」


 そう聞いた私の頭をそっとなでながら、お母さんは「きっとね」と私に言いました。












 夕ご飯を食べ終わった後、二人でお片付けをしていると、また、玄関のチャイムが鳴りました。


「あら、丸山さん、何か忘れ物でもしたのかしら?」


 台所でお皿を片付けているお母さんの代わりに、私は玄関に向かいました。ドアののぞき窓を覗くと、そこには知らない男の人が立っていました。


 私がそのことを伝えると、お母さんは戸棚の中にあった『たいじんじゅう』を手に隠して、玄関に向かいました。私は、居間のふすまの陰から、ドキドキしながらその様子を見ていました。






「どちら様ですか?」


 お母さんが玄関から少し離れた場所からそう尋ねると、ドアの向こうから、少し気の弱そうな声で返事がありました。


「あの、こちら小桜、いや新道ホノカさんのお宅ですよね?」


「そうですが、何か?」


 お母さんは硬い表情でそう答えました。『じゅう』を握るお母さんの指に力が入ったのが、私にもはっきり分かりました。


「あの僕、いえ、その私、新道カナメって言います。」


 ドアの向こうで、男の人がしどろもどろの声でそう言うのが聞こえた途端、お母さんはギリッと奥歯を噛み締めました。






 うちにはお父さんがいません。でも、時々、お父さんを名乗る人がこうやって訪ねてくることがあります。お母さんが言うには、これは『いやがらせ』なのだそうです。


 私のお父さんは、この国を救った『ゆうしゃ』です。でも、今は別の世界にいるのだと、お母さんは私に教えてくれました。


 ただ、そのことで、お父さんやお母さんのことを、よく思っていない人たちもいるらしいです。


 中でも『きしゃ』や『ますこみ』という人たちの中には、お母さんから強引に話を聞こうとして、こんな風に『いやがらせ』をすることがあるのだと、ひいおじいちゃんが私に教えてくれました。


 だから私は、『きしゃ』も『ますこみ』もいなくなっちゃえばいいのにと、いつも思っています。


 お母さんは、チェーンを掛けたまま、ドアの鍵を開けると静かに、でも、すごく怖い声で、男の人に言いました。






「いい加減にしてください。これ以上、近寄るなら、衛士隊に通報しま・・・。」


 そこまで言ったところで、お母さんは突然、黙り込みました。そして、急にチェーンを外すと、ドアを大きく開きました。


 私はお母さんが危ないと思い、すぐにお母さんに駆け寄りました。そして、お母さんの前に立って、男の人を睨みつけました。


「お母さんに、近寄らないで!!」


 すると、その黒髪の男の人は、今にも泣きそうな顔で、私とお母さんを見ました。その顔を見た途端、何故か私は、その男の人がすごくかわいそうに思えてきました。






「あの、急に訪ねたりして、本当にごめん。でも、マギホもないから、連絡のしようがなくて。」


 男の人は、お母さんを見ながら、そう言いました。見慣れない服を着たその男の人は、とてもきれいな瞳をしていました。


 お母さんは、凍りついたように男の人を見ていました。お母さんの手から滑り落ちた『じゅう』を見て、また男の人が話し始めました。


「今さら、のこのこ、変だよね、やっぱり。でも、どうしても君に会いたくて。向こうにいる間もずっと、君のことを考えていたから・・・。」


 男の人がそこまで言ったところで、突然、お母さんが男の人に抱きつきました。私と男の人は、驚きのあまりぽかんと口を開け、同じ顔をしてお母さんのことを見つめました。






「おかえりなさい、カナメくん。」


 背の高い男の人の体に回した腕に力を込めながら、お母さんはそう言いました。男の人はびっくりした顔をして、私とお母さんを見ました。でも、すぐに表情を改めると、お母さんの体に手を回し、同じように強く抱きしめてこう言いました。


「うん、ただいま。」


 私は、その二人の様子を見て、すごく嬉しい気持ちが胸の奥からどんどん溢れてくるのを感じました。そして、これも私がいい子にしていたからかもしれないな、と思ったのでした。

いままで読んでくださった方、本当にありがとうございました。書き足りない部分もたくさんありますが、これで終わろうと思います。もし、ご感想やご質問などいただけましたら、嬉しいです。

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