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最終話 旅立ち

最終話です。この後、エピローグを投稿して完結となります。

 カナメを取り囲む魔法陣が強い光を放ったその時、巨大化していた魔王が凄まじい咆哮を上げた。同時に魔王に向かって、周囲の魔素が一気に収束していく。


 スァーラによって施されていた封印が、精霊核の移行によって解除されてしまったからだった。封印から開放された魔王は、吸収した魔素を魔力に変換し、一気に上空へと解き放った。


 魔王の解き放った魔力は熱線となり、幾重にも折り重なった迷宮の階層を、易易と撃ち抜いた。背中に禍々しい巨大な翼を出現させた魔王は、熱線によって崩壊した迷宮の出口を目指し、ふわりと体を浮き上がらせた。


 魔王の崩壊させた迷宮の瓦礫が、周囲に降り注ぐ。棒立ちのまま、瓦礫に飲み込まれたカナメの姿を見たホノカは、細い悲鳴を上げた。しかしその声も、崩れ落ちる迷宮の轟音にかき消されてしまった。






「! 迷宮が崩れる! 魔王が脱出してしまうぞ!!」


「そんなことより殿下! このままじゃ俺達、迷宮ごと押しつぶされちまいますよ!」


 リコ内親王を中心とした討伐隊は、魔王の覚醒によって生じた魔素乱流と暴風に吹き飛ばされないように、体を低く伏せていた。しかし、迷宮を脱しようとしする魔王の姿を見たリコは、エイスケが制止するのも聞かず、崩壊する瓦礫の只中に飛び込み、魔王の後を追おうとした。


 必死に瓦礫を避けながら突進するリコだったが、次々と折り重なるように崩れてくる階層を避けるのは不可能。すぐに行く手を阻まれ、立ち往生することになってしまった。






「危ない!!」


 マリは外装によって強化された身体能力を限界まで発揮して、今にも瓦礫に押しつぶされそうになっているリコの体に飛びついた。そして、強引に体を反転させると、彼女を抱えたまま全力でその場から飛び退いた。


 凄まじい勢いのまま、頭から落下していくマリの体を受け止めたのは、彼女の後ろを影のように守っていたテイジだった。その直後、彼らの身を守っていた強化外装が溶けるように消え去った。瓦礫のよって、エイスケの端末が二人を素早く地面に立たせた彼のもとに、ホノカとエイスケも駆け寄ってくる。エイスケは、気を失ったスァーラを背負ったまま、荒い息を吐いた。


「こいつあ・・・まさに万事休すってやつだぜ。」


 こうしている間にも、次々と周囲から瓦礫が迫ってきている。しかし今の彼らは、なす術なく、崩壊の様子をただ見つめる他なかった。


 巨大な岩塊が彼らめがけて転がり落ちてくる。マリとテイジはそれを跳ね除けようと、外装に魔力を流し込んだが、圧倒的な質量を持つそれを破壊できるはずがない。ホノカは両腕でしっかりと自分の体を抱きしめると、ぎゅっと目をつぶり、「カナメくん・・!」と愛しい人の名前を呼んだ。






 その瞬間、彼らの頭上に巨大な半球形の魔力の結界が出現した。結界に触れた岩塊に、結界から無数の魔力弾が撃ち出される。撃ち出された魔力弾は、彼らに降り注ぐ岩塊をあっという間に打ち砕き、周囲に弾き飛ばしていった。


「これは・・・魔導機の攻性防壁か!?」


 エイスケが驚きの声を上げたその時、少し離れた場所に折り重なった瓦礫の下から、強い光が発せられた。それはまさに、ついさっきまでカナメが立っていた場所に他ならなかった。


 次の瞬間、瓦礫が跳ね除けられたその場所から、白く輝く機体が現れた。流滴型のほっそりとしたフォルムに、寄り添うように出現した6枚の魔力翼。それは、彼らにとって忘れようもない姿だった。






「防衛学校の汎用訓練機!? なぜ、こんな場所に・・・!」


 そんなリコの疑問の声を断ち切ったのは、感極まったマリの叫びだった。


「ねえ、マルちゃん! あれってあたしたちの『白鷹はくよう』だよね!!」


「ああ、信じられねえが、見間違うはずがねえ。あれは俺達の分隊機、あの『白鷹』だ!」


 エイスケは慄くような声で、そう言った。彼ら222分隊の訓練機だった『白鷹』は、皇国軍機の急襲によって撃墜され、すでに存在しない。しかし、今目の前にあるのは、確かにあの『白鷹』、彼らが絆を育んだあの機体だった。


「おい、新道! そいつを動かしてるのはお前だろ! 返事しろ、このクソ隊長!!」


 涙混じりの声でエイスケが叫ぶ。その声に、機体の船外拡声器から返事が返された。






「(遅くなって本当にごめん。でもこれで大丈夫。さあ皆、早く機体に乗り込んで。)」


 降り注ぐ瓦礫を攻性防壁で打ち砕きながら、『白鷹』はその機体を静かに浮かび上がらせ、エイスケたちのいる場所にそっと降り立った。エイスケたちは、開いた搭乗ハッチから、次々と体を滑り込ませた。


「おいおい、内装なかまで、そのまんまじゃねえか・・!」


 乗組員席に入った彼らは、信じられない光景に息を呑んだ。エイスケが改造した後方支援席も、テイジがつけた降下戦闘員待機所の傷も、マリが描いた小さな猫の落書きさえ、そのままに残っていたからだ。


「(今から、僕たち222分隊は、迷宮外そとに出た魔王を追いかけて討伐する。皆、配置について。)」


 機内通信から響くカナメの声に押されるように、彼らはそれぞれの持場に着く。リコは、気を失ったスァーラを救護席に寝かせ、その横に座った。






「おい、化け物! これはどういうことだ! 説明しろ!!」


 怒鳴るリコに対して、カナメは少し困ったような声で返事をした。


「(この機体が、クロの一族の秘宝、万能機ムイカーンです。どうやら使用者の願いに応えて、最強の武器へと変じてくれるようなんですが、僕が魔王を倒したいと願ったら、この『白鷹』が出てきてしまって・・・。)」


 それを聞いたリコは、途端に眉根を寄せた。


「こんな訓練機が、魔王討伐の切り札だというのか!? こんな機体一機だけで、一体何ができる!!」


 怒りに満ちた彼女の声に反応したのは、マリの明るい笑い声だった。それを聞いたリコは、激昂して彼女の方を睨みつけた。


「一体何がおかしいのだ、半獣人! 返答によっては、ただでは済まんぞ!」


 しかしマリは彼女の怒りをものともせず、あっけらかんと言い放った。






「大丈夫ですよ、殿下! だって、この機体に乗ってるあたしたちは、最強ですから! 絶対誰にも負けません。ね、そうでしょ、皆?」


 マリの言葉に驚いていた彼らだったが、互いに目を合わせると、やがて大きく頷いた。


「確かにそうだ。『白鷹こいつ』に乗った俺達ならやれるぜ。魔王なんてちょろいもんだ!」


 エイスケの言葉に、テイジが大きく頷く。ホノカは目に浮かんだ涙をそっと拭いながら、小さく何度も頷いた。その様子を見たリコは、憮然とした表情を浮かべていたが、何も言うことなく言葉を飲み込んだ。






「(じゃあ、皆。魔王討伐作戦を始めよう。ホノカさんは周囲の状況把握と、作戦案の提示をお願い。エイスケは機体のチェックと、マリさんたちの強化外装と機体のリンクを確認して。)」


「了解しました!」


「おう、任せとけ、隊長!」


 カナメの指示に、二人がすぐに反応してそれぞれの端末に向き合う。


「ねえ、ねえ! カナメっち、あたしたちは?」


「(戦闘員待機席に、強化外装が備え付けられてるよ。二人は機外戦闘に備えて、外装の装着と点検をしておいて。)」


「了解、りょーかい! 早く始めよう、テイジ!」


「マリちゃん、高高度での戦闘が予想されるわ。通常装備から、耐圧装備に換装しておいて。」


「おっけー! ありがと、ホノちゃん!」


 その言葉とともに、マリとテイジは素早く外装を装着し始めた。






「おい、この魔素出力、まじか。火力・推進力共に、常識の域を遥かに越えてやがる! 皇国軍の最新鋭戦闘魔導機の軽く10倍以上だぞ!」


 機体のチェックを終えたエイスケが、興奮した様子でホノカに声を掛ける。ホノカも、自分の端末の性能が向上していることに驚いていた。


「(出力が上がってる分、操作が難しいんだ。エイスケ、調整を頼むよ。ホノカさんは、向上した出力を加味して、行動案を立てて。)」


 機内通信で流れるカナメの声に、二人は力強く頷く。カナメの声は穏やかで、いつもの作戦に向かうときと何ら変わりがない。どんな困難な状況でも、大丈夫と思えるのは、個性の強いメンバーの中心に、穏やかな彼がいてくれるからだ。






「(じゃあ、皆行くよ!)」


 カナメの声を合図に、白く輝く機体はふわりと浮き上がった。攻性防壁で降り注ぐ瓦礫を跳ね除けながら、『白鷹』は迷宮を脱出し、魔王を追って大空へと舞い上がっていった。


 魔王を追って迷宮を脱した分隊機を、昇り始めたばかりの朝日が白く輝かせる。突入作戦開始からすでに、一日が経過しようとしていた。






「魔王を捕捉しました。10時の方角に高速で進行中。行き先はおそらく・・・皇都エリアです!」


「人がいる場所を目指してるのか? 小桜、現在位置は?」


「御殿場城砦の東方、距離約30km。」


「(最大戦速で追尾、射程に入ったら即追撃します。)」


「「了解!」」


 光の翼が強い輝きを放った次の瞬間、『白鷹』は雲一つない青空を、光の矢のように進み始めた。その推進力は凄まじく、旧東京上空から移動を開始して、わずか十数秒で、魔王の姿が目視でも確認できる位置まで移動することができた。


 この速度で移動すれば、本来なら、乗員は重力加速度によって、身動きすらままならない程の圧力を感じることになる。しかし、クロウェの力により、時空を僅かにずらした状態で移動しているため、エイスケたちはほとんどその影響を受けることなく行動することが可能になっていた。






「カナメくん!」


 目標捕捉完了ロックオンを終えたホノカが声を上げると同時に、『白鷹』の前方に5つの魔法陣が展開される。『白鷹』の精霊機関から膨大な魔力の供給を受けた魔法陣は、それを一点に収束させていった。魔素圧の変化によって、空中に発生した魔力風が乱流となる。乱流が生み出したプラズマが、機体の表面をなぞり、魔法陣をひときわ強く輝かせた。『白鷹』は魔王めがけて一斉に光弾を解き放った。


 接近する光弾に気がついた魔王は、素早く体を反転させた。魔王は両腕を前に突き出し、魔力の結界を作り出して光弾を防ごうとした。しかし、僅かに時間差をつけて放たれた光弾は、その結界を徐々に削り取った。ついに結界は崩壊し、残った最後の光弾が魔王の右腕を粉々に打ち砕いた。


 魔王は激しい怒りの声を上げ、真っ直ぐに接近してくる『白鷹』に向き直った。黒い瘴気でできた体は、すでに全長200m以上になっている。魔王はすぐに失われた右腕を再生させると、禍々しい翼をはためかせて、空中に静止した。






「機体周辺に、高エネルギー反応多数!」


 ホノカの声が終わらないうちに、空中に出現した無数の瘴気の塊から、黒い魔力の雷が放たれた。『白鷹』はきりもみするように空中で機体を旋回させ、それを避けたものの、すべてを躱すことはできなかった。『白鷹』の魔力防壁と黒い雷が接触し、激しく魔力光を放つ。ガクンと大きく機体が揺れたものの、すぐに制御を取り戻した『白鷹』は、魔王の周りを大きく回るように飛行しながら、僅かに距離をとった。


「大丈夫、カナメっち!?」


「(うん、なんとかね。助かったよ、エイスケ。)」


「おう、機体の制御は任せとけ。お前は飛ぶことに集中してろ!」


「第2波、来ます!」


 再び黒い雷が放たれたものの、今度は距離をとっていたため、ゆとりを持って回避することができた。雷の間をすり抜けるように飛行しながら、『白鷹』は魔王の周囲を飛んだ。






「いいぞ、新道! だがこのままじゃ、こっちからも攻撃できねえ! どうする?」


「(魔王の動きを止める必要があるね。マリさん、テイジ、行ける?)」


「もっちろんっ!! このマリさんたちに任せなさいって!!」


 マリはそう言うと、頭部外装の面防フェイスシールドを引き上げたまま、ホノカに向き直った。


「ホノちゃん、練習してた新技、行けるよね?」


「うん、大丈夫。その分、丸山さんに負担をかけちゃうことになるけど・・。」


「心配すんな。小桜並ってわけにはいかねえが、俺だって後方支援員の端くれだ。索敵と攻撃捕捉ぐらいこなしてやるぜ。お前は、阿久猫たちのサポートに集中してくれ。」


「さっすが先輩、頼りになるう! 伊達にダブってないね!」


「何だと、このバカネコ!!」


 エイスケはマリに拳を振り上げたが、マリはニャハハと笑って、降下デッキに逃げ込んでいった。






「いつでも行けるよ、カナメっち!」


「(分かった。じゃあ、突っ込むよ!)」


 魔王の攻撃を躱しながら旋回していた『白鷹』は、急速に速度を上げ、背後から魔王に急接近していった。


 黒い雷が機体を追って放たれ、躱しきれなかった雷が、防壁に触れて激しく機体を揺るがせる。衝撃で意識を取り戻したスァーラは、不安そうな表情で直ぐ側にいるリコに体を寄せた。


 だが、222分隊のメンバーは誰一人、臆することなく自分の持ち場に集中していた。そして、魔王まで数十mの位置まで近づいたとき、機内通信からカナメの落ち着いた声が流れ始めた。


「(降下予定ポイントまで、3,2,1、降下!!)」


 カナメのカウントに従い、開け放たれた降下ハッチから、マリとテイジが空中に身を躍らせる。腰部外装にある降下翼を最低限に展開した二人は、魔王めがけて真っ直ぐに突っ込んでいった。






「(喰らえ! 必殺マリキーック!!)」


 突き出された魔王の左拳に、マリが滑空したまま蹴りを放つ。魔力を帯びたその一撃は、魔王の体を形成する黒い瘴気を大きく削り取った。


「いいぞ、阿久猫! けど・・・ネーミングだせえな。」


 続いて降下してきたテイジが、巨大な金棒を魔王の前腕に叩き込む。金棒によって粉砕された前腕は、散り散りになって溶けるように消えていった。


「魔王に打撃は与えられましたね。しかし、あのままでは、二人が落下してしまうのではありませんか?」


 機内のメインモニターを見ていたスァーラがそう尋ねる。それに応えたのは、必死に二つの端末を操作し続けるエイスケだった。


「心配いりませんよ、見ててください。」


 エイスケの言葉通り、なんとマリとテイジは、何も無い空中にピタリと静止してみせた。そして文字通り、そのまま空中を駆けると、再び魔王めがけて攻撃を開始した。






「あれが、作戦開始前に其方らが言っていた『奥の手』か。」


 リコの言葉に、エイスケは一瞬手を止めて、彼女の方を向き直った。


「ええ、そうです。これまで、でかいやつと格闘することが多かったんで、そのために小桜と阿久猫たちで、考えた新技です。小桜の仙算術で空間に干渉して、見えない足場を瞬時に作り出してるんですよ。」


 本来なら、仙算術で空間に干渉すれば、術者に大きな負担がかかる。しかし、マリたちが必要とするほんの一瞬だけ、僅かな空間限定で書き換えることによって、継戦時間を飛躍的に伸ばすことができたのだ。


 しかも、足場はマリたちが望む場所に自由に作り出すことができるため、空中での立体機動が可能となっている。


 ホノカたちは、富士山頂での戦いの後、魔王戦に向けてこの技を考案し、練習していた。ホノカの人並み外れた集中力と戦闘員二人の格闘技術、そして彼ら相互の深い信頼があって、初めてなし得た戦法であることは言うまでもない。






 魔王は直接打撃を加えてくる二人の攻撃に対処しようと、その巨体で反撃してきた。しかし、素早い二人の動きに翻弄されるばかり。黒い雷による攻撃も、全く命中させることができなかった。


 カナメたちはこの隙を逃さなかった。素早く離脱し、魔王の正面に位置どった『白鷹』は、すべての魔力を集中させ、魔法陣を展開させた。


「魔力充填完了! ぶちかませ、新道!!」


 エイスケが機体を安定させたことにより、安定した軌道を得られた魔力弾は、魔王の体を正確に捉えた。


 魔王は腕を掲げて魔力弾を防ごうとした。


「させるか!!」


 マリの蹴りとテイジの金棒が、魔王の両腕を打ち砕く。防ぐもののなくなった魔力弾は、魔王の体を粉々に打ち砕いた。魔王の体を形作っていた瘴気が消え去った後には、人の心臓くらいの大きさの黒い球体が浮かんでいた。






「!! コアが露出したぞ! あいつを砕けば、魔王もおしまいだ!!」


 エイスケの言葉に反応したかのように、マリとテイジが暗い光を放つ黒い球体めがけて空中を駆ける。しかし、球体のすぐ手前で、二人は見えない壁のようなものに遮られ、それ以上近づくことができなかった。


 『白鷹』は核に向け、光弾を放った。しかし、それらはすべて、核に到達することなく、別の方向へと逸れていってしまった。それを見たエイスケは、核の周囲に力場のようなものが存在しているようだと予想した。


「!! また、核が魔素を集めてる!!」


 マリの言う通り、核の周りに魔素でできた黒い瘴気が渦巻き始めていた。『白鷹』の光弾によって簡単に吹き飛ばすことができたものの、またすぐに元に戻ってしまう。マリとテイジも攻撃を続けているが、どうしても核の周りの力場を突破することができない。






「このままじゃ埒が明かねえ! せっかくここまで来たっていうのに!!」


 エイスケが奥歯を噛み締めながら、両手を端末に叩きつける。しかし、その時、そんな彼にスァーラが声をかけた。


「ちょっと待ってください。何か聞こえませんか?」


 エイスケが弾かれたように索敵端末を操作する。


「おい、阿久猫、鬼留! 一旦攻撃やめろ!」


 『白鷹』の魔力レーダーが、微弱な魔力反応を捉えた。


「これの波形は・・・人間の声・・か?」


 エイスケはそれを拡張し、音声に変換して部隊内通信に乗せた。すると、彼らの通信端末から、嗄れた男の声が流れ始めた。






「(・・もう一度・・・世界をやり直すんだ・・・あのときに・・・戻って・・・。)」


 夢に浮かされたような、途切れ途切れのその声は、同じ言葉を何度も何度も繰り返している。


「ねえ、これってもしかして、伊集院博士の声なんじゃ・・・あの力場を作ってるのって、まさか博士なの!?」


 マリの叫びに、全員が言葉を無くす。


「世界をやり直すって・・・じゃあ、世界を滅ぼそうとしていたのは、博士自身だったってことか!?」


 自らを犠牲にして、世界を守ったはずの博士の真意に触れ、全員が言葉を無くす。その時、通信機を通して、カナメの声が響いた。






「(ねえ、みんな。力場を発生させているのが博士なら、彼と交渉できないかな?)」


「交渉って・・・博士を説得するってこと? 世界を滅ぼさないでくれって?」


 マリの問いかけに、カナメは答えた。


「(うん、まあ、そんな感じかな。魔王の玄室を守っていたマナさんが言ってたんだ。ゲンイチロウを悪夢から救ってくれって。もしかしたら、博士は、自分が世界を救ったことを、分かってないんじゃないかな?)」


「そんなことがあり得るのか? いや、だからといって、他に策があるわけではないが・・・。」


 リコの言葉に、皆、戸惑ったように視線を交わし合う。






「だが、説得って言ったって、どうするんだ? どうやったら、言葉が通じるかも分からねえってのに。」


「(それについては考えがあるんだ。あれは魔王の核、つまり魔力の器でしょ? 

だから魔力を同調させることで、博士の魂に触れることができるんじゃないかと思うんだ。)」


「確かに・・・理論的には可能だな。だが、そう簡単にはいかねえだろ。お前が言ってるのはつまり、むき出しの魂同士での接触をするってことだ。あまりに危険すぎる。それに、博士の発生させてる力場を瞬時に解析して、同じ魔力波形を生む術式を組むなんて、そんな人間離れしたこと・・・!」


 そこまで言ったところで、エイスケはハッと口を開いた。通信機を通して、カナメの笑い声がそれに重なる。


「(この『白鷹』の解析能力を使えば、ホノカさんとエイスケなら、それができるんじゃない?)」


 それを聞いたエイスケは、大きく鼻を鳴らした。


「お前、肝心なところは、いっつも俺たちに丸投げだよな! いいよ、やってやる! おい阿久猫、鬼留! いっぺん戻ってこい!」


 そう言うとすぐにエイスケは、眼の前の端末を操作して、機体内の術式を書き換え始めた。結果、戦闘員の二人が帰還して間もなく、ホノカの解析によって、力場を通じた魔力同調の術式が完成した。






「(じゃあ、僕が魔力を送り込んで、博士と交渉してくる。)」


「ああ、しっかりやってこい!」


「頑張って、カナメっち!」


「カナメくん、私、信じてる。」


 エイスケ、マリ、ホノカの言葉に続き、テイジが無言のまま大きく頷いて、サムズアップした。それを確認したカナメは、エイスケの構築した術式を使い、自分の魔力を博士に向けて送り込む。力場を術式が侵食するにつれ、カナメの意識は、暗い闇の中に溶け込んでいった。












 気がつくと、カナメは暗い一本道の上に立っていた。ついこの前、父親と再会したあの場所だった。ただ、前回よりも、道の果てにある光が小さく見えた。


「また、ここに来ちゃったな。さて、博士を探さないと。」


 カナメが光に向かって道を進むと、探している相手はすぐに見つかった。道を塞ぐ巨大な岩塊に鎖で縛り付けられている、白衣を着た黒髪の男。その顔は、歴史の教科書で何度も見た伊集院ゲンイチロウ博士、その人だった。


 博士は自分を縛る鎖を引きちぎろうと、必死に藻掻いていた。


「くそっ! また失敗だ! なぜうまくいかないんだ! あのクソッタレな彗星を消し去るための術式は、完璧なはずなのに!! もう一度やり直せば、今度こそうまくいくはずなんだ!!」


 彼は熱に浮かされたように、同じ言葉を何度も繰り返している。もう長い間、鎖と格闘していたのだろう。彼の体は、ひどく傷ついていた。これは、彼の魂が摩滅していることを示しているのだと、カナメは考えた。






「伊集院博士、聞いて下さい。」


 カナメがそう声をかけた途端、博士の動きがピタリと止んだ。


「そこにいるのは何者だ。まさか、私の邪魔をしに来たのか!?」


 博士は恐れ慄きながら周囲を見回した。闇の中にいたため、博士は視覚を失っているのだと、カナメは思った。


「僕は、あなたに命を救われた者です。あなたに伝えたいことがあって、ここにやってきました。」


 カナメは博士の体にそっと触れた。そして、自分の魔力の器を開放し、博士の体に魔力を注ぎ込んだ。






 目を閉じたカナメの脳裏に、これまで体験してきた様々な出来事が浮かんでは消えていく。それは同調した魔力を通じて、博士の中に入っていく。と同時に、伊集院博士の半生もまた、カナメの中に入ってきた。


 滅んだ世界を救うために、彼が時空を越え、世界の境界を越えて、辿り着いた長い長い時間の果て。それを目にしたカナメの目からは、自然と涙が溢れ出していた。


「伊集院博士、あなたのおかげで、僕たちの世界は救われました。本当にありがとうございます。」


 カナメがそう言うと、博士は引きつった声で、笑い始めた。






「救われただって? 人類の大半が死に絶え、魔獣に怯えながら暮らす世界! こんな世界のために、私は時を越えてここまで来たというのか!? こんな、世界のために・・・!」


 カナメは博士をじっと見つめた。博士の笑い声は次第に細くなっていった。そしてついには、ぐったりと肩を落とし、涙を流し始めた。


「暴力と苦悩が、多くの人々を苦しめている。君の暮らす世界は、本当に酷いところだよ。」


 ポツリと呟くようにそう言った後、博士はゆっくりと顔を上げて、カナメの方に向き直った。


「だが、君はそれでも、この世界に希望を見出しているんだな。」


 博士の問いかけに、カナメは力強く頷いてみせた。


「そうです。そして、この希望はあなたが繋いでくれたものです。」


 カナメがそう答えると、博士は大きなため息を吐いた。その瞬間、彼を戒めていた鎖と岩塊が、光の粒となって消え去っていった。






「私は間違っていた。君のおかげで、ようやくそれに気づくことができたよ。」


 暗い道に、自分の足で立った博士の体は、次第に透き通り始めた。そして、彼の傍らには、彼に寄り添うように立つ、ぼんやりとした人影が浮かび上がった。


「真奈。ずっと君に会いたかった。」


 博士がそう呟き、人影が小さく頷くような仕草をしたのを最後に、博士の姿は人影と一緒に、溶けるように消え去っていった。






 博士を見送ったカナメは、改めて自分の体を見た。消える直前の博士と同じように、彼自身の身体もすでにほとんど透明になっている。


「カナメ、君の目的は果たせたようだな。」


 背後から声をかけられた彼が振り向くと、そこには青い肌に白い髪をした偉丈夫が立っていた。


「クロ、だよね。それが君の本当の姿なんだね。」


 神官のような白い衣をまとった偉丈夫は、無言のまま小さく頷いた。






「もう、時間切れなんでしょ。僕を見送りに来てくれたの?」


「そのことについて、君に話があるのだ。」


「話? もしかして、僕の差し出す魔力たましいじゃ、足りなかった? でも、僕にはこれ以上、君にしてあげられることは・・・。」


「そうではない。私は君に礼を言いに来たのだ。」


 怪訝そうな顔をするカナメに、クロウェはいたって慇懃な態度で、話し始めた。






「ムイカーンの騎士である私の使命は、一族の秘宝であるムイカーンと、おさから託されたスァーラ姫を守ることだった。」


 そう言ったクロウェの表情が、途端に曇る。


「だがあの日、一族の信望を集めていたメテオラの裏切りによって、我々妖鬼トロール族は滅びの危機を迎えた。多くの同胞たち同様、私自身も深い傷を負った。闇の四氏族中、最も優れた技術と魔力を誇った我々は、敵の前になす術なく蹂躙されていった。」


 クロウェの魔力を通じて、彼の経験した光景がカナメの脳裏にも、映し出された。そこからは、追い詰められていくクロウェの無念さが、痛いほど伝わってきた。






「敵の目的は我らの殲滅と、ムイカーンの奪取だった。私は最期の力を振り絞り、ムイカーンを起動させて、スァーラ姫とともに奴らの手が届かない場所、次元の狭間へと逃げ延びた。それが、君と私が出会ったあの場所だ。」


 茫漠とした宇宙空間のような次元の狭間の様子を、カナメは思い出した。クロウェは話を続けた。


「あそこはどの世界にも属さない場所。君も体験した通り、到底生き物が生きていける場所ではない。私は姫の命を救うため、彼女を幼体化させ、ムイカーンの精霊核を彼女の体内に封入した。そして、偶然開いた異界門ゲートに彼女を送り出したのだ。私の主観的な時間で、およそ3000年以上前の話だ。」


「3000年!?」


「私は自らの肉体を捨てて、ムイカーンの一部となることで、あの世界を生き延びたのだ。そして、次元の彼方へと消えたスァーラ姫を探し続けていた。」


 気の遠くなるような時間の流れがカナメを襲う。クロウェの時間をほんの僅かに追体験しただけで、カナメは気がおかしくなるのではないかと思った。






「長命種族の私にとっても、それは長い試練の旅だった。しかしその旅も、ようやく終りを迎えることができた。すべては君のおかげだ、カナメ。」


「そんな。僕の方こそ、君に何度助けられたか分からないよ。お礼を言うのはこっちの方だ。」


「君は善良だな。いや、もしかしたら、底抜けに愚かなのかもしれない。私は、自分の目的のために、君の肉体を利用したのだぞ。そのうえ今、君の魂までも犠牲にしようとしている。」


 クロウェの言葉に、カナメは思わず笑みをこぼした。


「それはお互い様だって。僕だって自分の目的のために、君を利用したんだ。僕の気持ちはもう分かってるでしょ? だって、僕らは心の一部が繋がっているんだから。」


「ああ、そうだ。私は、君の心に深く触れてしまった。信じていた仲間に裏切られ、長い長い孤独の中にあった私が、仲間のためにすべてを投げ出そうとする君の心にな。」


 クロウェは、しばらく何かを考え込むように黙り込んだ後、再び口を開いた。






「結論から言おう。私は君を死なせたくない。」


「死なせたくないって・・・でも、僕の体はもうどうしょうもない程、崩壊してるよ。それに魂だって、魔力に変えて、全部ムイカーンの起動に使っちゃったし。」


「そうだな。おそらく今から君が生き残る確率は、限りなく低いだろう。だが、ゼロではない。私は、その一縷の望みを捨てたくなくなったんだ。」


「どういうこと?」


「君にこれを受け取ってほしい。」


 そう言ってクロウェは、カナメに虹色に輝く古めかしい鍵を手渡した。カナメがそれを受け取った途端、クロウェの体は、激しく明滅し始めた。






「クロ!?」


「それはムイカーンの起動鍵。本来なら実体のないものだが、君の魔力の一部を使って、一時的に具現化させてもらった。それを持っていれば、君の肉体はムイカーンの一部となる。何らかの手段によって、切り離されない限り、滅ぶことはなくなるはずだ。」


「でも、そんなことをしたら・・・!!」


「ああ、その通り。ムイカーンから切り離された私の肉体は、間もなく崩壊する。」


「どうして・・・!!」


「言っただろう。私は君を死なせたくなくなったと。」


「でも、肉体が残っても、僕のまりょくはもうじき消えちゃうんだよ! 君の死は、無駄になっちゃうじゃないか!」


「その問題については、私の協力者が解決してくれる。」


 クロがそう言うと、消えかかった彼の足元から、5歳くらいの男の子が一人ぴょこんと飛び出してきた。






「君は、ジン!?」


 驚くカナメに男の子、彼の異母兄弟であるジンは、ニッコリと微笑んだ。


「カナメ兄ちゃん、久しぶり。でも、僕の方は、そうでもないんだ。僕、兄ちゃんのことずっと見てたんだよ。」


 驚くカナメの顔を見たジンは、いたずらを成功させたような子どものような顔をして、クスクスと笑い出した。


「実は僕、今まで、カナメ兄ちゃんの魔力の中にいたんだ。兄ちゃん、僕が死んだあのとき、僕のこと抱きしめてくれたでしょう。僕、すっごく嬉しかった。兄ちゃんと一緒にいる間、僕すごく幸せだったんだ。」


 そう言うと、ジンはそっと目を伏せた。


「でも、同時にすごく申し訳なくなっちゃった。命令されていたとはいえ、僕は今までたくさんの人を傷つけ、死なせてきた。その人たちに何か、償いがしたいってずっと思ってたんだよ。」






「まさかジン、君も・・・!?」


「うん、そうだよ。僕が兄ちゃんのまりょくの一部の代わりをするよ。兄ちゃんの魂はすごく大きいから、全部引き受けることはできないけど、僕が代わりをすることで、兄ちゃんの魂の欠片は、肉体に留まることができる。そこから生き返れるかどうかは、兄ちゃん次第だけど。」


「そんなのダメだ! せっかく・・やり直すチャンスを得られるんじゃないか! なのにどうして!!」


「これは僕の償いなんだよ。僕は、世界を救うために命を捧げる兄ちゃんの、助けになりたい。できの悪い弟の、最後のワガママさ。」


 カナメは激しく明滅する二人に駆け寄ろうとした。しかし、クロが軽く右手を上げると、カナメはそれ以上前に進むことができなくなってしまった。






「崩壊した肉体の中に宿る魂の欠片。それが君に残された、唯一の希望だ。カナメ、どうかその希望を掴み取ってほしい。そして、幸せになってくれ。」


「クロ!! ジン!!!」


「さらばだ、カナメ。」


「さようなら、カナメ兄ちゃん。」


 クロが右手を下に向けた途端、カナメの足元の道が消失した。彼が足元の深い闇の中に落ちていくと同時に、クロと人の姿は、光に溶けるように消えていった。











「!! やったぞ! 力場が消えてる! やりやがったな、新道!!」


 空中に浮かんだ魔王のコアを監視していたエイスケが、快哉を叫ぶと同時に、『白鷹』に搭載された精霊機関が全力で動き始めた。次の瞬間、船首に出現した魔法陣から、凄まじい勢いで極大の魔力弾が射出され、力場を隠した魔王の魂を粉々に引き裂いた。


 数々の星を捕食してきた超巨大食星魔獣アンゴルモアは、ついに滅びたのだ。


「・・・これで、終わり?」


「ああ、意外とあっけないもんだ。だが、俺達は勝ったんだ! 魔王アンゴルモアに!! そうだろ、新道!!!」


 エイスケが機内通信機に向かって叫ぶ。しかし、カナメからの返事は返ってこなかった。


「新道!?」


 エイスケがカナメに呼びかけると同時に、『白鷹』は急発進して、その場から飛び立った。






「おい、新道! 返事しろ!! お前、どこに行くつもりだ!!」


「進路の解析完了、おそらく行き先は高天原城砦です。」


 不安の滲む表情でホノカが告げる。エイスケは自分の席を立つと、操縦者席コックピットにつながる非常用脱出路のハッチドアにかじりついた。


「ぐっ、なんだこりゃあ! ビクともしねえ!」


「マルちゃん、どいて!!」


 強化外装を着たままのマリとテイジがエイスケと入れ替わる。しかし、二人の力を持ってしても、ハッチをこじ開けることはできなかった。






「端末からのドア開放コマンドも一切受け付けません。というか、ほとんどすべての操作が無効化されています。まるで自動運転オートパイロットになってるみたいに。」


 僅かに震えているホノカの言葉に、分隊員たちの表情が大きく歪む。カナメに何か起こったことは、ほぼ間違いないと全員が確信していた。


 どうすることもできないまま、『白鷹』は高天原防衛学校の旧校舎発着場に到着した。途中、所属不明機の確認のために飛来した皇国軍の西部方面部隊と、リコが交信することができたため、発着場は多くの皇国軍兵士が待ち構えていた。222部隊の『白鷹』が、万が一暴走したときに、迎撃するためだ。


 空中を滑るように滑空した後、『白鷹』は発着場に降り立った。精霊機関が止まり、機体が静止状態に移行する。機体の周囲に展開されていた光の翼は、光の粒となって消え去った。






「!! システムが回復しました!」


 ホノカの声を聞いてすぐに動いたのは、エイスケだった。彼は非常用ハッチを開けるとすぐに、体を低くして操縦者席に潜り込んでいった。


「新道、無事・・・!!」


 機体と同調するため、操縦者を背中から包み込むようになっている座席を、背後から覗き込んだ彼は、その場の光景に絶句し、膝からその場に崩れ落ちた。


 そこにカナメの姿はなかった。いや、正確に言えば、そこにあったのは、かつてカナメだったものの残骸だった。






 座席の座面は、爛れて溶け崩れた血と肉の塊で埋まっていた。その間に白く見えるのは、内側から弾けたように砕け散った骨。座席の足元に落ちた樹脂製の義手と義眼、そして濡れた皇国軍服が、これが確かにカナメの痕跡であることを、彼に告げていた。


 動くもののない操縦者席コックピットで唯一、ブルブルと脈動していたのは、剥き出しになった心臓だけだった。


 エイスケは眼の前に転がるカナメの義手を震える手で拾い上げた。義手の表面は血と体液で汚れていたが、エイスケはその一部がすでに乾き始めていることに気がついた。


「お前・・こんな状態で今まで・・! この大馬鹿野郎がっ!!」


 エイスケは汚れた義手を自分の顔に押し当てると、それを強く抱きしめた。






「ちょっとマルちゃん、どうしたの!? カナメっちは無事!?」


 エイスケの背後からマリが声をかける。狭い非常用脱出路は、エイスケの体で塞がっていて、彼女たちには中の様子が分からなかったからだ。その声を聞いたエイスケは、ハッとして体を起こすと、すぐに振り返って、彼女たちを押し戻した。


「見るな! 新道を・・見ないでやってくれ・・!!」


「!! マルちゃん、その義手・・!!」


 マリとテイジは、エイスケが手にしていた血まみれの義手を見て、息を呑み、絶句した。エイスケは、非常用脱出路に蹲ったまま義手を抱きしめ、激しく慟哭した。ホノカは色を無くしたまま、その様子を呆然と眺めていた。






 リコとスァーラに促された彼らが機体を離れると同時に、『白鷹』は光を放ちながら消え去った。その後に残ったのは、透明な球体だった。バレーボールほどの大きさの、その球体の中心には、脈動を続けるカナメの心臓がふわりと浮かんでいた。


「こんなの!! こんなのって、ないよっ!! どうして、カナメっちがこんな・・・!!」


 エイスケから話を聞いて、錯乱状態になったマリは、子どものように声を上げて泣き始めた。テイジはそんな彼女に寄り添いながら、砕けるほど強く、奥歯を噛み締めていた。


 エイスケは、いくら促されてもカナメの義手を手放そうとしなかった。


 ホノカは、その場に崩れ落ちるように座り込み、自分の腹部を手で守るように抱えたまま、残された心臓をただひたすらに見つめていた。


 自失状態の彼らは、集まった皇国軍兵士たちに抱えられるようにして、救急施療院へと搬送された。


 こうして、200年に渡って皇国に巣食い、世界を滅ぼそうとしていた魔王は討伐された。彼らは、世界を救った勇者となったのだ。


 しかし、そのために彼らが支払った代償は、あまりにも大きなものだった。












 魔王討伐からおよそ1ヶ月後。半病人のように過ごしていた222分隊員たちは、リコによって京都にある皇国軍本部に呼び出された。そこで彼らは、スァーラから衝撃の事実を告げられることになった。


「カナメさんは、生きています。彼の魂は、今でもこの心臓の中に、留まり続けているのです。」


 スァーラはそう言って、手にした透明な球体を彼らに示した。衝撃で言葉を無くした彼らに、スァーラの傍らに立っていたカナ博士が、説明をし始めた。






「調査の結果、心臓が脈動するたびに、周囲の魔素を取り込み、球体内に循環させていることがわかりました。カナメさんの肉体は失われましたが、どういうわけか、この心臓だけは、ムイカーンと繋がることで、生きながらえているようです。」


「それはつまり、カナメっちが生き返る可能性があるってこと!?」


 希望に満ちた目で、マリが博士に問いいかけた。しかし、博士は痛ましい目をして、そんな彼女からそっと目を逸らした。博士に代わって口を開いたのは、聖女教白銀聖乙女団の団長、スィーリンだった。






「心臓内にカナメさんの魂が存在することは、私が確認しました。しかし、それは、魂の欠片といって差し支えないほどの小さなものなのです。そのため、彼の意思が残っているかは不明です。おそらく彼の魂の大半は、ムイカーンを起動した際に失われてしまったものと思われます。」


 続いて、スィーリンの副官ハフサが、団長の言葉を引き取って説明をする。


「聖女教には、死者蘇生の秘術も伝わっています。しかし、それは肉体から魂が離れた直後に、再び魂を呼び戻す術に過ぎません。カナメさんの肉体は、すでに失われています。我々の癒やしの魔法をもってしても、失われた肉体を再生させることは不可能なのです。」


 二人の話を聞いた分隊員たちの顔は、苦痛に大きく歪んだ。そんな彼らに、落ち着いた声でスァーラが語りかけた。


「全く望みがないわけではありません。始まりの大地ヴァースで最高の癒やしの力を持つ聖女と、我々闇の四氏族の巫女姫たち、それに大地を守護する種族神たちが力を合わせれば、もしかしたら、カナメさんの肉体を再生させることができるかもしれません。」


 熱望と逡巡を含んだ分隊員たちの視線を受けながら、スァーラは話を続けた。






「ただ、今のカナメさんの状態を考えれば、肉体の再生というより、新生といったほうがよいかもしれません。それに、仮に肉体の新生が成功したとしても、そこに彼の魂が十全な状態で戻ってくるかは、わかりません。記憶や人格が大半失われ、全くの別人になってしまう可能性もあるのです。」


「つまり、あの新道が戻って来るのではなく、全く別の人間として生まれ変わっちまうかもしれないってことですか?」


 エイスケの問いかけに、スァーラは小さく頷いた。


「その通りです。しかも、この秘術にはおそらく膨大な時間が必要になります。数年、いえ、もしかしたら数十年以上かかるかもしれないのです。」


「それじゃあ、結局、もうカナメっちには会えないってこと?」


 洟をすすりながら、マリが涙声でそう尋ねる。彼女の方を見て、スァーラは口を開いた。


「それは、わかりません。要はカナメさんの魂次第、ということです。」


 室内に沈黙が落ち、マリの洟をすする音がやけに大きく聞こえた。その沈黙を破ったのは、凛としたホノカの声だった。






「私は、カナメくんを信じます。彼は、きっと私の、私たちのところに帰ってきてくれるはずです。」


「ホノちゃん・・! そう、そうだよね! カナメっちなら、きっとあたしたちのところに帰ってきてくれるよ!! ねっ、テイジ、マルちゃん!!」


 マリの言葉に、分隊員たちは顔を見合わせ、大きく頷いた。エイスケは、スァーラに向き直ると、深々と頭を下げた。


「新道のこと、よろしくお願いします。」


「ええ、任せておいてください。ヴァースの総力を上げて、彼を再び呼び戻してみせます。」


 そう言って微笑む彼女に、エイスケは問いかけた。






「でも、どうして新道一人のために、そこまでしてくれるんです?」


 その問いに答えたのは、スィーリン団長だった。


「別に、カナメさん一人のためというわけではありません。これは我々側にも、ちゃんと利がある話なのです。」


 慌てて制止しようとするハフサを押し留め、団長は話を続けた。


「ムイカーンの騎士クロウェ様が失われた今、それに代わりうるのはカナメさんだけなんですよ。我々の世界は今、大きな危機に瀕しています。一人でも多くの勇者が必要なのです。そんな中で、この世界を救った勇者一行に恩を売れるなら、秘術の一つや二つ、安いものだというのが、聖女様のご判断なのです。」


 頭を抱えるハフサと、苦笑するスァーラを横目に、団長はニコニコとそう言った。












 その後、分隊員の見守る中、スァーラ率いる一行は、カナメの心臓とともに、始まりの大地ヴァースへと旅立っていった。


 身につけた護符を操作して、異世界へ通じる扉を閉じた後、この世界に残ったカナ博士は、複雑な表情を浮かべるエイスケに笑いかけながら言った。


「きっと、大丈夫ですよ、エイスケ氏。」


「そうだな。でも、博士は本当にこっちに残って大丈夫なのか?」


「ええ、こちら側との連絡員も必要ですし。それに、私はまだまだエイスケ氏の側を離れるつもりはありませんから。」


 真顔でそういう博士を見て、エイスケの顔がみるみる赤く染まっていく。そんな二人を見ながら、マリとホノカは顔を見合わせ、微笑みを交わした。






 ホノカは、カナメとの間に芽生えた新たな生命が宿る自分の腹部を、そっと手で押さえた。


「ずっと、ずっと、いつまでも待ってるからね。」


 ホノカは小さく呟いて、空を見上げた。


 白い雲が浮かぶ青空から降り注ぐ光が、皇都を彩る木々を明るく照らし出している。


 もうすぐ、夏が始まろうとしていた。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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[良い点] 完結ご苦労様です、とても面白かったです。
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