89 神器
のこり一話です。結局プロット通りの結末を書くことにしました。
気がつくと僕は、真っ暗な道の上を歩いていた。あたりを見回してみたけれど、眼の前に薄く光る細い道がある以外は、何もない場所だ。
立ち止まろうとしたけれど、なぜか足を止めることはできなかった。
細い道の向こうには、遥か遠くに白く輝く光が見える。とても暖かい光だ。止まることも、引き返すこともできないので、僕は仕方なく、その光を目指して歩き続けた。
歩き続けているうちに、ふと、いつもならびっこを引いている右足が、普通に動くことに気が付いた。右手を見ると、機械式の金属義手ではなく、左手と同じように普通の人間の腕が付いていた。
すべすべした右掌で、右目を撫でてみる。右目も義眼ではなくなっていた。皮膚のひきつれ、魔獣に焼き尽くされた火傷の跡もない。それで、僕はここがどこなのか、どこに向かおうとしているのかが、なんとなく分かってしまった。
「久しぶりだな、カナメ。」
不意に声をかけられ、ハッとして顔を上げると、光を背にして、長身の人影が僕の前に立っていた。
「父さん!」
そこにいたのは、ずっと前に死んでしまった僕の父さんだった。僕は父さんに駆け寄ると、すぐにこう問いかけた。
「僕、死んじゃうんだね。」
僕がそう言うと、父さんは何も言わず、少し寂しそうに笑った。僕は、思わず大きく息を吐きだし、その場にしゃがみこんだ。
「随分無茶をしたな、カナメ。」
そんな僕に、父さんは手を差し出しながら言った。僕がその手を取ると、父さんは軽々と僕の体を引っ張り上げた。
「うん。こうなることは何となく予想がついてた。」
「だが、それが最善の選択だと思ったんだろう?」
心配そうに僕の目を覗き込みながら、父さんは僕に尋ねた。僕は少し考えてから、父さんに言った。
「僕には、あれが精一杯だった。僕がもっと賢かったり、強かったりすれば、違ったやり方があったかもしれない。でも、僕は、エイスケやホノカさんほど賢くないし、マリさんやテイジほど強くもないから。」
父さんは何も言わずにじっと、僕の顔を見つめていた。僕は何となく極まりが悪くなり、目を逸らして自分の頭を掻いた。
「本当に、締まらないよね。最後の戦いだっていうのに、最初にリタイヤしちゃってさ。本当は僕が分隊長なんてするべきじゃなかったんだと思う。エイスケの方がずっと・・・。」
皆のことを思うと、不意に無念さが心の奥から込み上げてきた。自分の愚かしさ、弱さが本当に悔しかった。僕は溢れそうになる涙をぐっと飲みこんで、父さんの顔を見上げた。
「ねえ、父さん。僕のやったことって、間違ってたのかな?」
僕がそう尋ねると、父さんは僕の肩にその大きな手をドシンと置いた。僕は、細かい傷が残る父さんの顔をまっすぐに見た。
「ああ、お前は大馬鹿だ。後先考えず、仲間のために突っ走るところは、嫌になるくらい俺にそっくりだ。」
父さんの声は小さく震えていた。僕は驚いて、父さんの唇をじっと見つめた。父さんはしゃがみ込むと、僕を強く抱きしめた。
「だが、そんなお前だからこそ、皆がお前に付いてきてくれたんだろう。俺は心から、お前を誇りに思う。」
父さんの大きな肩が震えていた。僕は父さんの胸に顔を埋め、酷くしゃくりあげながら「ありがとう、父さん」と何度も言った。
僕が泣き止むと、父さんはそっと体を離した。父さんの目も、涙で濡れていた。
「それで、どうするんだ?」
僕は父さんの顔をまっすぐに見上げた。
「最後に出来ることをやってくるよ。もう一度だけ、チャンスがもらえたみたいだし。」
僕はそう言って、自分の右手を父さんに差し出した。その右手首には、黒い植物の蔦のような触手が、強く絡みついていた。父さんはそれを見て、大きく頷いた。
「わかった。しっかりやって来い。」
父さんはそう言うと、僕の肩を掴んで体の向きを反対に変えてくれた。そして、僕の背中をそっと押しだした。
僕は父さんに押されるままに、光を背にして暗闇の方へと歩き始めた。進むにつれて、僕の歩調はどんどん速くなっていった。もう振り返ることはなかった。
「(カナメ! 返事をしろ、カナメ!)」
暗闇の中に響いたクロの声を認識した途端、全身に耐えがたいほどの強い痛みを感じた。僕は思わず声を上げそうになったが、声を出すどころか、目を開けることすらできなかった。
「(戻って来たな、カナメ。本当に良かった。)」
クロは珍しく心配そうな様子でそう言った。声を出すことはできなかったので、僕は頭の中でクロに話しかけた。
「(クロが助けてくれたんだね。本当にありがとう。でも、この痛みだけはどうにかならないかな?)」
痛みを堪えて僕がそう言った直後、全身に暖かいものが広がり、痛みがスッと消えていった。
「(全身が暴走した寄生魔獣の細胞に侵されていて、どうすることもできない。よって君の脊髄に入り込んで、一時的に痛覚を麻痺させた。)」
「(ありがとう、助かるよ。)」
「(落ち着いて聞いてくれ、カナメ。君の肉体は寄生魔獣の暴走と過剰な魔力供給によって、大きく損傷している。私がある程度修復したものの、臓器はほとんど機能しておらず、心臓だけを私がなんとか動かしている状態だ。自発的に体を動かすことはおろか、感覚器も機能していない。残された時間は・・・。)」
「(つまり、肉体的にはほとんど死んでるってことでしょ? それは分かってるよ。そんなことより、僕からクロに最後のお願いがあるんだ。きっと、クロが僕に言いたいことと、同じはずだよ。)」
僕はクロの言葉を強引に遮って、そう言った。クロは僕の言葉を聞いて、一瞬、虚を突かれたように黙り込んだ。
「(クロ、ムイカーンを呼び出してほしい。そして、魔王を滅ぼしてほしいんだ。)」
「(・・・それが君の願いか。)」
「(そうだよ。僕、なんとなく分かっていたんだ。クロが今までムイカーンを使おうとしなかった訳が。)」
クロは珍しく、黙って僕の言葉を待っていた。僕は謎解きに成功した探偵みたいな、ちょっと愉快な気持ちで、クロに言った。
「(ムイカーンの力を使うには代償が必要なんでしょ? おそらくそれは使用者の全魔力、すなわち魂そのものだ。そうじゃない?)」
クロは黙っていた。でも、クロと僕は心の一部が繋がっている。そのクロの心が、僕にそれが真実だということを告げていた。
「(ずっと、不思議に思っていたんだ。クロはすごい力があるのに、どうして僕なんかに依存しているのか。それは、君が魂を持たない存在だからだ。魂がなければ、魔力を扱うことができないからね。君はおそらく、ムイカーンの一部。高度なAIのような、人口生命体なんでしょ?)」
「(・・・いつから気が付いていたんだ?)」
「(スァーラさんと出会った辺りだよ。君の目的であるスァーラさんが僕らと行動を共にしているのに、君は一向にムイカーンを呼び出そうとも、その力を使おうともしなかった。もちろん、力を使いすぎて休眠状態だったせいもあるんだろうけど、理由はそれだけじゃないよね?)」
「(スァーラ姫の体内の魔石に封印した《精霊核》を、ムイカーンの本体に融合させるには、その依代となる魂が必要となる。依代となった魂はムイカーンの《精霊機関》に取り込まれ、魔力に変換されて、無限の力を生み出す。私は、君を依代にするつもりだった。)」
その言葉を聞いて僕は、予想が当たって嬉しいような、でも、信頼していた相手に裏切られて悲しいような、複雑な気持ちになった。もし、僕が今、自由に動けるなら、さぞかし苦い笑顔を浮かべることになっただろう。
「(・・・依代になるには、僕の同意が必要なんだよね? だから君は、僕が自発的に依代になるっていう選択をせざるを得なくなるまで、僕を追い込んだ。そうじゃない?)」
「(意図的に、ではない。君が窮地の間、私が休眠状態だったのは事実だ。そのせいで、君の生命を危険に晒してしまった。私にとってもこれは、想定外の事態だった。)」
彼の言葉に嘘がないことは、心を通じて理解できた。その言葉で、僕は少しだけ、ホッとした気持ちになることができた。
「(君の言う通り、私は君に真実を隠していた。君は、私の提案を拒否するか?)」
「(まさか。僕の願いはさっき言ったでしょ。魔王を倒し、この世界を守れるなら、僕の魂くらい喜んで差し出すよ。だって、僕にはそれしかないからね。)」
「(精霊機関に取り込まれてしまえば、君の魂は輪廻の輪から外れ、意志を持たない精霊の一部となって消滅する。それでも、構わないというのか?)」
クロの問いかけに、僕は思わず頭の中で笑ってしまった。
「(何が可笑しいのだ、カナメ?)」
「(だってクロ、開き直ったみたいに、急に真実を告げてくるんだもん。現金だなあって、思ってさ。)」
「(本来なら、こうやって真実を告げたうえで、君と交渉するつもりだった。それを笑われる謂れはない。)」
少し拗ねたような言い方が可笑しくて、僕はまた笑ってしまった。
「(ごめん、わざとじゃないんだ。僕の答えはさっき言った通りだよ。それより、皆のことが心配だ。早く行こう。)」
彼の心からは何か言いたげな雰囲気が伝わってきたけれど、結局彼は何も言わなかった。
「(私が君の体内に広がって、君の筋肉を操作する。神経が断裂している視覚や聴覚も、私が感知した情報を直接脳に送り込むことで、一時的に回復するはずだ。それで構わないか?)」
「うん、それでいいよ。ありがとう。)」
僕がそう言った直後、不意に暗闇が晴れて、周囲の光と音が戻ってきた。ただ、視界が周囲360°に広がっていて、目で見る風景とはかなり異なっていた。これがクロの視界なのだろう。
僕はクロの力を借りて、『朱鷺』の操縦席から起き上がった。操縦席の周りは、僕の流した血と体液で酷い有様になっていた。大事な機体を汚してしまったことで、マナさんに申し訳ないと思ったけれど、今はどうすることもできない。
「(ところでさ、僕が依代になるのを拒否したら、どうするつもりだったの?)」
「(・・・意識と体の支配を強引に奪って、依代にするつもりだった。ムイカーンの出力は落ちるが、起動そのものは可能だ。だが、出来ることならそれは避けたかった。)」
その理由は、僕のため? でも、僕は結局、その答えを聞かずじまいだった。
僕が『朱鷺』を操作してから、かなり長いこと意識を無くしていた気がしていたけれど、実際はほんの数十秒、気絶していただけのようだ。一刻も早く、皆のところに戻らなくちゃ。
そう思って操縦席を離れると同時に、素早くこちらに向かってくる足音を、クロの聴覚が捉えた。
「おい新道、無事か!?」
操縦席のハッチから顔を覗かせるなり、エイスケは僕に向かってそう叫んだ。
「エイスケ、心配かけてゴメン。僕は無事だよ。」
僕は彼にそう言ったけれど、エイスケは僕の姿を見たまま、凍り付いたように動かなくなってしまった。
「どうしたの?」
「いや、お前・・・本当に大丈夫なのか? だって、その、血が・・・!」
エイスケがそういうのも無理はないくらい、僕の身体は傷だらけだった。寄生魔獣が暴れまわった結果、体の内側から外に向かって傷が開いているのだ。しかも、そこから血が溢れている。クロが内側で止血してくれているけれど、肉体の崩壊に修復が追い付いていない。おそらく、数分と持たずに、僕の肉体は死を迎えることになるだろう。
僕はエイスケに、ぎこちなく微笑んで見せた。
「急ごう。皆で魔王を倒して、世界を守るんだ。」
僕は常にない素早い動きで彼の横を通り過ぎると『朱鷺』を飛び出した。着地と共に全身から血が噴き出すけれど、痛みはまったく感じない。クロが痛覚を麻痺させてくれているおかげだ。
「お、おい! 待てよ、新道!!」
エイスケが慌てて僕の後を追ってくる。でも僕は、そんな彼を振り返ることはできなかった。
第7格納庫の中では、すでに魔王とマリさんたちとの戦いが始まっていた。
魔王の振るう拳や、全身から吹き出す魔素を躱しながら、マリさんやテイジ、そして殿下が攻撃を加えていく。
応援に来てくれていた幽世の頭領たちやウズメさんの姿はすでになかった。僕は後方で皆の支援をしているホノカさんに近づいた。
「! カナメくん、その傷は・・・!?」
ホノカさんは僕を見るなりそう叫んで絶句してしまった。僕は彼女に言いたい言葉をぐっと飲み込み、戦況を尋ねた。
「ウズメさんたちは?」
「つ、ついさっき、皆溶けるように姿を消してしまったの。あれはカナメくんがやってくれたんでしょう?」
ホノカさんは戸惑いながらも、そう答えてくれた。僕は小さく頷いた。
「うん。『朱鷺』の次元扉生成機能を使って、来てもらったんだ。でも、さっき、僕が意識を無くしたから、それが途切れて元の場所に戻っちゃったみたい。魔王の方はどうなの?」
「攻撃するたびに、魔王の体にダメージを与えているわ。でも、すぐに回復してしまうの。事前に聞いていた通りよ。」
どんなに攻撃を加えても、魔王の体が再生してしまうということは、前回の紀末試験の記録からすでに分かっていた。だからこそ、前回の討伐隊は、神器を使って魔王を封印するしかなかったのだ。
今の魔王の体を形作っている核は、外宇宙からやってきた超巨大魔力生命体と伊集院ゲンイチロウの博士の魂が融合したものだ。魔王を完全に倒すためには、核を守る魔素を打ち払い、露出した核を破壊する必要がある。しかし、生半可な攻撃では、すぐに魔素が再生してしまうのだ。
「大丈夫。あとは、僕に任せて。」
「!! カナメくん、待って!!」
何かを察したのか、ホノカさんは僕に手を伸ばした。今にも泣きそうな彼女の顔を見て、心が痛む。でも、僕は彼女に背を向けると、魔王の動きを封じるための結界を維持している、スァーラさんへまっすぐに駆け寄った。
僕に気が付いた彼女が声を出すよりも早く、僕は彼女の懐に飛び込み、彼女の胸に右手の義手を強く押し当てた。掌底の衝撃で彼女が気を失うと同時に、魔王の動きを縛っていた結界が解かれ、魔王の体が一回り以上大きくなった。
「! 化け物! 貴様、何をしているっ!!」
「カナメっち!?」
魔王と闘っていた殿下とマリさんたちが、異変に気付いて僕の方に目を向けた。でも僕は、それに構わず、気を失った彼女をその場にそっと横たえると、胸に押し当てた義手から、彼女の体に魔力を流し込んだ。
「《精霊核》を返してもらいますね。」
僕は彼女の身体に流し込んだ魔力で、精霊核を探り当てた。その直後、僕の魔力を通じて、クロが精霊核を素早く僕の体内に吸収した。
「(意外と簡単なんだね?)」
僕がそう言うとクロは「(元々、私が管理していたものなのだから当然だ。姫を守るためとはいえ、これまで姫には大きな負担を強いてしまった)」と珍しく神妙な口調で、答えた。
精霊核を取り込んだ途端、僕の身体に恐ろしい勢いで魔力が集まり始めた。と同時に、皇国のいろいろな場所にいる人たちの今の様子が、目まぐるしく視界の中を流れていった。
「(これって・・・城砦を守る八十柱結界の力?)」
「(蛭子となっていた姫を通じて、精霊核は八十柱結界の一部となっていた。その影響だろう。)」
僕は流れゆく人たちの姿から、高天原城砦の様子を探した。どうやら精霊核の魔力は、僕の意志に反応しているようで、僕の見たかったものはすぐに見つかった。
避難所になっている幼年学校の施設内に、僕の母さんとマドカがいた。二人は他の避難民の人たちと同様に、一心に祈りを捧げて捧げていたけれど、ふと顔を上げて何かを探すように辺りを見回した。
声は聞こえないけれど、二人が顔を見合わせて、僕のことを話していることはすぐに分かった。声が届かないのがもどかしい。けれど、最後に二人の姿を見ることができて、僕は満足だった。
「(もう、いいのか?)」
「(うん、もう大丈夫。さあ、ムイカーンを呼び出して。)」
僕がそう言うと、クロは僕の声を使って、複雑な音階の歌を歌い始めた。ハミングのように歌詞の歌が広がるにつれて、僕の周りに強い光が集まり始めた。
「お、おい! どうなってんだこりゃあ!?」
ようやく第7格納庫に飛び込んできたエイスケが、僕の姿を見て叫び声を上げる。と同時に、クロは僕の声を使って、ムイカーンを呼びだすための最後の起動呪文を唱えた。
僕の周りに集まっていた光が、幾重にも重なった複雑な魔方陣を空中に描きだす。その中心にいる僕の目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。
「(さあ、カナメ。手を伸ばしてムイカーンを取るがいい。それが我が一族の秘宝、無限の万能器、神機ムイカーンだ。)」
僕は言われるがままに、歪んだ空間に手を伸ばし、指先に触れたものを引っ張り出した。
「この輪っかが、ムイカーン?」
僕の手の中にあるのは、直径30㎝くらいの光る輪っかだった。二重螺旋が組み合わさったようなその姿は、昔絵本で見た天使の輪か、王冠のように見えた。
「(ムイカーンは使用者の魂を映す鏡。君が心から望むものへと変化し、君の願いを叶えてくれるはずだ。さあ、カナメ。君はムイカーンに何を望む?)」
クロは僕にそう問いかけた。僕の脳裏に、僕の大切な人たちの姿が走馬灯のように流れていく。僕は心からの言葉を口にした。
「僕の願いはただ一つ。魔王を滅ぼし、滅びゆくこの世界を守ることだけだ。」
僕はそう言うと同時に、ムイカーンにそっと両手を添えた。その瞬間、僕の手の中にあったムイカーンは、暖かい七色の光を放ち始めたのだった。
読んでくださった方、ありがとうございました。




