87 玄室
なかなか更新できず、申し訳ありません。あと残り3話です。最後まで頑張ります。
竪穴の縁に辿り着いた僕たちは《落下速度軽減の魔法を使って、ゆっくりと下降を始めた。
急に落ちることはないと分かってはいても、暗い穴にゆっくりと落ちていくのは、気味のいいものではない。僕は足元を警戒しながらも、周りの様子をそれとなく眺めた。
殿下は長い白髪とマントを大きく翻して、堂々とした姿で下降していく。その左腕のなかでは、スァーラさんが殿下の薄い胸にじっと顔を寄せていた。しっかり目をつぶっているところを見ると、彼女は高いところがあまり得意ではないらしい。
降下訓練を繰り返しているマリさんとテイジは余裕の表情だ。マリさんはワクワクした表情で、周りをキョロキョロと見回していた。
エイスケはなぜか、平泳ぎのように、空中をスイスイ泳ぐようにしながら、下降していく。僕がじっと見ていたら「こうしねえと、なぜか浮いちまうんだからしょうがねえだろ!」と、怒られてしまった。
僕はすぐ隣を降りているホノカさんの手をとった。彼女は少し顔を赤らめながら、ほんの少し、僕の方に近寄ってきてくれた。それを見たエイスケは「はんっ!!」と盛大に鼻を鳴らしていた。
降りるにつれて、禍々しい魔力がはっきりと感じられるようになってくる。魔王に近づいているからだろう。
竪穴は下に行くほど広くなっていた。
そしてなぜか、穴の底付近は、瓦礫などがなく、壁面も床も磨き上げたように、ツルツルしていた。
携帯照明灯の光を受けて、キラキラと輝く様子は、まるで色ガラスのようで、とてもきれいだ。
僕は最初、その光景を見て「思ったよりもきれいなところ」だな、なんて呑気に考えていた。でもそれが、高熱で融解した岩や金属が冷えたものだと気づいた時、背中がぞっと怖気立つのを感じた。
「あの、これって、やっぱり・・・。」
「ああ、前回の紀末試験で、魔王と討伐隊が戦ったときの影響だ。」
僕たちはこれから始まる戦いの厳しさを思って、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「ようやく底に着いたな。魔王の眠る玄室はこの先だ。」
殿下はそう言うと「こっちだ。」と言って、迷うことなく歩き始めた。溶けて冷え固まった床面と、殿下の軍靴がぶつかってコツコツとリズミカルな音を立てる。僕たちは慌てて、その背中を追った。
穴の底は暗闇に包まれた巨大な空間が広がっていた。その中をさも当然のようにまっすぐ歩いていく殿下の背中に、僕は思わずこう問いかけた。
「殿下は、一度ここへいらしたことがあるんですか?」
「あるわけ無いだろう。」
殿下ははっきりと呆れの気持ちが分かる声で、そう答えた。僕は自分の頬が、熱くなるのを感じた。
「お前が不安になるのも無理はない。だが、安心していい。私はこの迷宮内のことは熟知している。生まれた時、いや、生まれる前から、私は魔王と戦うべく準備をしてきたのだからな。」
「生まれる前から?」
僕がそう問い返すと、殿下は、こちらを見ることなく、眼の前の闇を真っ直ぐに見つめたまま話し始めた。
「ああ、私は今上帝の第一子だが、母の胎内にいるときに女であると判明した時点で、魔王討伐の任を伯母上から受け継ぐことになったのだ。」
殿下の話によると、皇室に生まれた女子は代々、来たるべき紀末試験に向けて魔王討伐のための訓練を受けるのだという。
「魔力や武力を磨くことはもちろん、部隊の指揮や前回の試験の記録を詳細に記憶することも、訓練の一環だった。迷宮内部の構造も、前回の討伐隊が残してくれた記録を元に、何度もシミュレート済みだ。魔王の玄室までは、迷うことなく辿り着けるから、安心して着いてくるがいい。」
殿下は少し自嘲気味にそう言った。それが気になった僕は、更に殿下に質問をぶつけた。
「討伐の訓練を受けたのは、殿下だけだったんですか? 他の姫殿下は、いらっしゃらなかったんでしょうか?」
殿下は足を止めると、くるりとこちらを振り返った。
「お前、なかなかに不躾なやつだな。」
「す、すみません!!」
慌てて頭を下げたせいで、フードがずり落ちてしまい、僕はわたわたとフードを被り直した。その様子を見た殿下は、幾分柔らかい調子でこう言った。
「化け物に心配されるとは、私も随分舐められたものだ。」
見上げた殿下の眼差しは、辛辣な言葉とは裏腹に、優しく穏やかな色を湛えていた。
「魔王討伐を任される皇族は、一人のみと決まっている。この『十六夜』を継承できるほどの魔力が、私の妹たちにはなかったからな。」
殿下はそう言うと、腰に佩いた小太刀の柄に、片手で軽く触れてみせた。するとたちまち、小さな鈴の音とともに、小太刀から薄い光が発せられた。
「この『十六夜』は、伊集院博士が魔王アンゴルモア封印後に備えて作り出した神器の、最後の一振りだ。」
殿下は少しさびしそうな口調でそう言うと、また僕たちに背を向けて歩き出した。程なく、僕たちは巨大な穴の壁に空いた、大きな通路の前に辿り着いた。
「随分傷んじゃいるが、これ、もしかして、滑走路か?」
照明に照らされた通路を見てそう言ったエイスケに、殿下は小さく頷いた。
「そうだ。ここは元々、伊集院博士がアンゴルモアを迎え撃つための研究施設があった場所だ。この地下滑走路も、博士が作り上げたものだ。」
今、立っている滑走路は横幅40m以上。大型作戦機『大鷲』は無理だけど、中型機『白鷹』なら、余裕で通り抜けられそうだ。殿下はその広い滑走路の真ん中を、真っ直ぐに歩き始めた。
「この先に、魔王の玄室とそれを見守る番人がいる。そこに着くまでの間、前回の紀末試験のことでも話しておいてやろう。」
滑走路の先は闇に閉ざされているけれど、禍々しい気配ははっきりと感じることが出来た。魔王はもうすぐそこにいる。それは分かっているはずなのに、殿下はまるで、好きなドラマの話でもしているみたいな調子で、僕に言った。
「化け物、前回の紀末試験が、皇室にとって完全に想定外だったことは、承知しているな?」
「はい、知っています。確か、突然復活した魔王を討伐隊が決死に封印したんですよね。その時、皇室に残されていた神器の大半が失われたと聞いています。」
僕は少し苦い思いで、その言葉を口にした。僕の父さんが、実験兵士にされてしまったのは、先々代の帝がこのときに失われた神器の代わりを作り出そうとしたからに、他ならないからだ。
それを知ってか知らずか、殿下は淡々と話を続けた。
「伊集院博士は、魔王アンゴルモアを自身と融合させ、封印すると決めたとき、その技術と資源をすべて注ぎ込んで、十六振りの武具を残した。それが神器だ。」
博士は、万が一魔王が封印を解くような事があれば、この神器で討伐してくれと、時の帝に言い残したという。
「私の先祖はその言葉を忠実に守り、封印を監視し続けていた。だが、平穏なままに100年という時間が流れたことで、その監視に少しずつ綻びが生じてしまった。結果として、魔王の復活を許してしまったのだ。」
復活した魔王は封印を完全に解くため、城砦を襲って要石を破壊していった。現在関東地方に、人の住む城砦がないのは、これが原因だ。
「討伐隊には、当時の皇国軍から、15名の精鋭たちが選ばれた。彼らは自ら部隊を率いて、魔王の眷属である魔獣を討伐し、魔王自身をこの迷宮に追い返すことに成功した。しかし、魔王の力はあまりにも強大で、討伐することは叶わなかった。そこで、討伐隊が動きを封じた魔王を、同行した皇家の姫が再封印したのだ。この『十六夜』を使ってな。」
『十六夜』は博士が創造した神器の中で、最後に作られた武具。他の武具のように、魔王に傷を負わせるほどの力はない代わりに、皇国全土に張り巡らせた『八十柱結界』を発動させ、魔王封印の鍵となる権能を持っているという。
「『十六夜』の権能を引き出せるのは、魔力に優れた皇家の姫のみ。それで、私がこれを継承したというわけだ。」
「だから、皇家の守り刀である殿下が、この戦いに参加していらっしゃるんですね。」
僕がそう言うと、殿下はちらりとこちらに視線を向けて、楽しげにニヤリと唇の端を引き上げた。
「そうだ。もっとも、権能を引き出せば、私は結界にすべての力を奪われてしまうがな。最初の使用者だった姫も、それが元で、命を落としたそうだ。」
魔王を封印した後、たった一人、迷宮から生還した姫は、討伐隊の戦いの記録を託した直後に絶命したという。僕たちは殿下のその言葉に言葉を失った。すると、殿下はハッと短い笑い声を上げて、こう言った。
「私が死んでも、弟である東宮がいれば問題ない。優しいあの子なら、きっと良い帝となってこの国を導いていくだろう。私は何も心配しておらん。」
そう言うと、殿下は足を止めて、僕たちの方を振り返った。
「案ずるな。今回は結界の力を自在に操るスァーラがいる。故に私も、ギリギリまで魔王と戦うつもりだ。そもそも、魔王を討伐してしまえば、封印などしなくともよいのだからな。期待してるぞ、化け物とその仲間共。」
殿下の言葉に、僕たちは大きく頷いた。殿下の言う通り。魔王を討伐し、皇国に暮らす皆を、大切な人たちを、僕たちが守るんだ。僕は大切な人たちの顔を思い浮かべながら、凶悪な気配を放つ眼の前の闇をじっと見つめた。
「あれって、鳥・・・? いや、魔導機かな?」
眼の前の通路を照らす光で、ぼんやりと浮かび上がった薄赤色のものを見て、マリさんはそう言った。
彼女が見たものは、全長30m程の翼を持つ、飛行機だった。そのツルリとした外観は、僕たちの使う戦闘用魔導機によく似ていた。
「おい、これ、歴史の教科書で見たことあるぞ! なあ、小桜!?」
エイスケの言葉に、ホノカさんも小さく頷いた。
「はい。始源の魔導機『朱鷺』だと思います。私の記憶に間違いがなければですけど・・・でも、まさか現存していただなんて・・・!!」
ホノカさんが小さく息を呑んで、機体を見つめる。『朱鷺』は、伊集院博士が作り出した最初の魔導機。すべての魔導機の元になった機体だ。伊集院博士とともに行方知れずになったと言われていた機体と、こんな形で対面したことで、僕も言葉を失って、その場に立ち尽くした。
「へー、そうなんだ。だから、魔導機に似てるんんだね。あっ、でも、この機体の羽、片っぽ壊れちゃってる。これじゃ、飛べそうにないね。」
マリさんの言う通り、こちらに機首を向けた状態の『朱鷺』は、その機体を大きく左側に傾けてしまっており、右翼の先が地面に当たって、折れた状態だった。
「てことは、ここが目的地ですか、殿下!?」
エイスケがそう尋ねると、殿下は大きく頷いた。
「あれが、魔王の眠る玄室だ。」
殿下が指さした先にあったのは、巨大な金属製の扉だった。扉には大きく7という赤い数字が書いてある。
「第7格納庫? これが『玄室』ですか?」
僕がそう言うと同時に、僕の直ぐ側の空間がふわっとゆらぎ、白い光が浮き上がった。バッと身構えた僕たちの前で、白い光は、半透明の人の形へと変化していった。
「慌てるな。これがこの玄室の『番人』だ。」
殿下がそう言うのを待っていたかのように、その半透明の人物、オレンジ色のワンピースを着た優しげな顔立ちの女性は、穏やかな調子で話し始めた。
「お待ちしておりました、幻一郎の遺志を受け継ぎし方々。私はこの基地及び次元移行機『朱鷺』の管理を担当するAI、マナです。」
「マナ殿。『玄室』の扉を。」
殿下がそう言うと、マナさんはゆっくりと頭を下げた。
「かしこまりました。すぐに開放いたします。どうか彼を救ってあげてください。」
その言葉を残して、マナさんの姿は溶けるように消え去った。と同時に、大きく軋みながら、第7格納庫の扉がゆっくりと両開きに開き始めた。途端に、エイスケがガクリと膝をついた。
「大丈夫、エイスケ!!」
僕が慌てて彼を助け起こすと同時に、ホノカさんが仙算術を発動させて、僕たちの周囲に結界を張り巡らせた。
「ぐうっ、なんつう強烈な瘴気だ!」
エイスケは青い顔をしながら、僕の手を借りてなんとか立ち上がった。
「もう、しっかりしてよ、マルちゃん! マルちゃんいなかったら、あたしら戦うどころじゃなくなっちゃうんだから!」
マリさんが心配そうにそう言いながら、僕とは逆の方からエイスケの体を支える。
「心配すんな、阿久猫。ちょっとふらついただけさ。お前の方こそ、馬鹿みたいに突っ込んでいくんじゃねえぞ。」
青い顔で彼はそう毒づくと、唇を歪めた。そして背中に背負った端末を地面に下ろすと、僕の方を見て小さく頷いた。
「いくよ、皆! 魔装化!」
エイスケが僕たちの足元に展開した魔法陣に、僕の魔力がどんどん流れ込むと同時に、僕たち5人の体を魔力で形成された強化外装が包みこんだ。
ホノカさんの結界を越えて、ピリピリと体に突き刺さっていた魔王の瘴気が遮断される。ちらりと殿下の方を見ると、殿下はスァーラさんが作った魔力結界によって、体を守っていた。
格納庫の扉の隙間が次第に大きくなり、中の様子がようやく見えた。格納庫の中はがらんとしている。そして、その中央には、影を切り抜いたような黒い人影がポツンと立っていた。
「あれが魔王アンゴルモア・・・!!」
記録で見た通り、魔王は普通の人間とほぼ変わらない大きさだった。その体は、黒く変色した剣や槍などで刺し貫かれ、地面に釘付けになっている。
「気をつけてください。まだ動けないようですが、魔王はすでに目覚めています。」
スァーラさんの言葉に、殿下は小さく頷いた。
「先手必勝! 行くぞ!!」
殿下の激に呼応して、僕とマリさん、そしてテイジは、一斉に地面を蹴って魔王に向けて突撃した。
殿下が小太刀を、マリさんが拳を、テイジが巨大な金棒を、そして僕が右腕に装着した魔力機銃を構えて、魔王に迫る。
僕が機銃の照準を魔王に合わせ、一番速いマリさんの拳が魔王に届くその刹那、突然僕たちの視界に、ホノカさんの発した赤い警告表示が浮かび上がった。
僕たちは一斉に攻撃を中断し、三々五々に回避行動を取った。直後、僕たちの立っていた場所に、黒い剣や槍が降り注ぎ、地面に深く突き立った。
「おい! 魔王の奴に刺さってた剣が!」
エイスケがそう叫んだ通り、さっき僕たちに降り注いできたものは、魔王の体に突き刺さっていたものだった。その数は15本。間違いなく、前回の討伐隊が魔王を封じるために使用した神器たちだ。
地面に突き刺さった神器からゆらりと黒い瘴気が立ち上る。その瘴気はやがて、古い皇国軍服を着た、黒い人影へと変わっていった。
「これってまさか、前回の討伐隊!?」
マリさんが上げた驚きの叫びに呼応するかのように、15人の精鋭たちは、それぞれの武器を構えて僕たちに襲いかかっていた。
「かつての英雄が亡者となり、魔に魅入られたか! 迎え撃つぞ!!」
殿下のその声を皮切りに、僕たちの戦いの火蓋は切って落とされた。
読んでくださった方、ありがとうございました。




