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85 団長

年末進行は…地獄です。

 雲一つない空を、昇り始めたばかりの朝日が紫色の階調グラデーションに染め上げる。


 皇国全土から集められた精鋭たちは、魔王が眠る崩れかけた摩天楼を、ぐるりと取り囲むよう、配置についていた。


 ここはかつて東京と呼ばれていた、この国の古い都だ。しかし今は、数多くの死霊たちが徘徊する廃都となっている。


 魔王が眠るのは、この都の地中深く。幾重にも織りなすように掘り抜かれた、地下道の最奥部に、その玄室がある。


 作戦開始を告げる内親王殿下の号令の直後、拡声の魔法陣によって増幅された美しい歌声が、戦場全体を包みこんだ。歌詞のないこの歌を歌っているのは、妖鬼族の巫女姫スァーラさんだ。


 彼女の歌に乗せた魔力が、廃都を闊歩する死霊たちを次々と浄化し、昇天させていく。と同時に、地下道の入口を取り囲むように配置されていた封印の礎石が、禍々しい赤い光を放ち始めた。


 ついに魔王の封印が解かれたのだ。






「来ます。」


 歌を終えた彼女が、短くそう言った直後、ドンと突き上げるような衝撃が足元から伝わってきた。


「作戦空域全体で、異常な魔力振動を感知。数と方向は・・・把握しきれません!」


 後方に仮設された作戦指揮所内で、内親王殿下の副官が悲鳴のような叫びを上げた。彼女の前にある端末を覗き込んだ僕は、驚きのあまり声を失った。


 本来なら画面上に赤い光点で示される魔力振動反応。それがあまりにも多すぎるため、端末の画面全体が真っ赤な光で染め上げられていたのだ。






「あれが全部・・・敵ってことか。」


 エイスケは目の前の空を見ながら、慄くようにそう呟いた。雲一つない空に、無数の黒い染みが広がっていく。その染みは魔王のいる玄室へ近づくに連れ、大きくなっていた。


「見て! 魔獣たちが!!」


 マリさんの叫びにも、僕たちは目の前の光景を呆然と眺めるしかなかった。黒い染みから、次々と薄く発光する魔獣たちが飛び出してくる。


 それを待ちかねていたかのように、作戦領域を取り囲んでいた魔導機が、一斉に火砲を解き放った。


 星幽体アストラル状態で出現した魔獣たちは、上空に待機していた攻撃機の強力な集中砲火によって、次々と光の粒に変わった。


 攻撃機が撃ち漏らした魔獣たちは、地上に配備された浮遊魔導戦車隊と装甲歩兵たちが、次々と掃討していく。






「第二波、来ます!!」


 息つく間もなく、折り重なるように空中に出現した異界門ゲートが、新たな魔獣たちを吐き出し始める。


 一斉射直後で態勢の整わない航空魔導機部隊の隙をつき、魔獣たちは次々と地上に降り始めた。瞬く間に肉体を得て現界化していく。


「まさか!? 現界化が早すぎる!」


 地上部隊に襲いかかる魔獣たちを見て、エイスケが驚きの声を上げた。






 一般的に、異界門から出現する魔獣たちは、一部の上位魔獣を除き、星幽体状態で出現する。その後、こちらの世界の魔素を吸収して現界化し、本来の肉体を得る。


 肉体を得た魔獣たちは、より強力になる。そのため、掃討するなら出現直後の星幽体状態を攻撃するのが一番なのだ。


 通常、現界化が終了するまでには、魔獣の強力さにもよるが、1時間程度かかる。


 しかし、今現れた魔獣たちは、地表に降り立つと同時に現界化し、地上部隊を襲い始めた。


「魔王が吐き出す膨大な魔素を吸収しているのです。」


 封印解除の歌を終え、リコ殿下に寄り添うように立っていたスァーラさんが、辛そうに呟いた。






 攻撃機が上空から援護しているが、魔獣たちの猛攻により、地上部隊には被害が出始めていた。


「戦列を整えろ! 絶対に奴らを包囲から逃すな!!」


 通信機を通して、リコ殿下が全部隊に激を飛ばす。精鋭たちはすぐさまそれに反応し、態勢を整えて魔獣たちを掃討し始めた。


「第三波、続いて第四波、来ます!!」


「負傷兵には構うな。戦列の綻びに、戦える兵力を投入させ続けろ。」


 殿下の命令に、戦闘領域をモニターしていた副官が、驚きの目を向ける。しかし、彼女が何か言いかけるより早く、殿下は言葉を重ねた。


「今回、戦場を廃都に限定できる分、前回の魔王復活よりも、我々が有利なのだ。それを失うわけにはいかん。たとえ全員が戦死しても、魔王さえ討ち果たしてしまえば何の問題もない。やれ。」


 眉さえ動かさず、淡々と言い放った殿下の怜悧な表情を見て、副官は悲痛な表情で言葉を噛み殺し、残存部隊に新たな指示を出し続けた。


 僕は思わず殿下の横顔に目を向けてしまった。殿下は冷たい表情で、目の前で繰り広げられる兵士たちを死闘をじっと見つめている。美しい白髪に縁取られたその顔はまるで、人の心を凍てつかせる氷の女王のようだった。


 でもふと、小太刀の柄を握りしめている殿下の左手を見ると、指先が真っ白になっていた。強い力が込められたその指先は、彼女が戦っている耐え難い心の重荷を示している。僕はそのことに気が付いてしまった。






 僕たちは作戦開始前の会議で、前回の紀末試験、100年前の魔王復活のときの様子を詳しく聞かされている。


 100年前、神託の力を持つ皇女により魔王復活の予言がなされたものの、その明確な時期を特定することはできなかった。


 そのため、当時の皇国軍は、十全な態勢で魔王を迎え撃つことができなかった。結果、復活した魔王が呼び出した強力な魔獣たちが皇国全土に広がり、甚大な被害を齎したのだ。


 当時は関東平野にも、人の住んでいる城砦が点在していたが、それらはすべて押し寄せる魔獣たちに蹂躙されてしまったという。現在の関東平野には、魔獣を監視するための前線基地以外に、人が生活する拠点は存在していない。






 しかし、今回は、魔王の封印を自在に操ることができる、妖鬼族の巫女姫スァーラさんがいる。


 そこで、内親王殿下は、魔王の眠る廃都を皇国軍の精鋭で幾重にも包囲したうえで、あえて魔王の封印を解くことにした。そうすることで、犠牲になる皇国民を一人でも少なくしようとしたのだ。


 ただ、このやり方では、最前線で魔王を食い止める兵士たちに、多大な犠牲が生じることになる。


 殿下は全国から集まった部隊長たちに、作戦の趣旨を説明する際、そのことをはっきりと伝えた。そして、もしもこの戦場に立つことに心残りがあるなら、今すぐにこの場から立ち去って、それぞれの城砦を守ってよいと言ったのだ。


 結果から言うと、立ち去った部隊は一つもなかった。その場にいた部隊長は、誰一人として魔王のことを知らなかった。にも関わらず、一人の離脱者も出なかったのは、この戦いに負けてしまえば人類が滅んでしまうということを、全員がすぐに理解したからだろうと思う。






 目の前で繰り広げられる皇国軍と魔獣たちの死闘。全く終りが見えない魔獣たちの出現によって、皇国軍の損耗はみるみる増加していった。


 しかし、前線に立つ兵士たちは、一歩も退くことなく、戦列を維持し続けている。


 リコ殿下は、その様子を無言でじっと見つめ続けていた。そして、視線を全く動かさないまま、自分に寄り添うように立つスァーラさんに問いかけた。


「スァーラ、まだか?」


「まだです。迷宮の入口に近づくことはできません。」


 殿下の横顔を案じるように見上げながら、彼女はそう答えた。殿下は「そうか」と短く答えただけだった。けれど、小太刀を握る殿下の指に、さらにぐっと力が込もったことを、僕は見逃さなかった。






 スァーラさんが封印を解いたことで、今、魔王は急速に目覚めつつある。それに伴い、魔王の封じられている地下迷宮に満ちていた魔素が、急激に吹き出してきているのだ。


 魔王の放つ濃密な魔素は、時空を歪め、異界門を出現させる。魔王の魔素に惹かれた魔獣たちは、その異界門を通って、この世界にやってきている。


 これを止めるためには、僕たちが迷宮に入った後、再びスァーラさんの力によって、封印を施すしかない。しかし、今、その入口は、膨大な量の魔素によって塞がれたままだ。広大な迷宮全体に封じられていた魔素が、入口から外に放出され、ある程度まで減らない限り、僕たちは中に入ることができない。


 だから、今は待つしかない。けれど、こうしている間にも、皇国軍の兵士たちは一人、また一人と倒れている。






 魔王と対峙する僕たちのために、彼らは命をかけてくれている。今、僕たちが魔獣と戦うことはできないのだ。


 そう理屈では分かっていても、倒れていく味方を目の当たりにするのは、本当に辛い。僕はそっと、分隊の皆の方に目を向けた。


 マリさんとテイジは、険しい顔で歯を食いしばっている。ホノカさんは両手を胸の前に組み、唇をきっと引き結んでいた。


 一方、エイスケは、戦場の様子が映し出されているレーダーの画面を睨んでいる。その傍らでは、カナ博士が小さな護符のようなものの表面に、指を走らせていた。あまり見たことのないものなので、もしかしたら始まりの大地ヴァース製の何かなのかもしれない。






 僕は再び戦場に目を向けた。皇国軍は傷つきながらも善戦を続けている。多少戦列が後退しているものの、大きく崩れている場所はないようだ。僕は熱くなった左目をそっと手で抑えながら、来たるべきときに向けて、胸の中でじっと魔力を高めていった。


「戦闘領域の次元震反応が急速に減少! 異界門ゲートが縮退していきます!」


 皇国軍が魔獣出現の第13波を撃退した直後、副官さんが弾むような声を上げた。と同時に、上空にいっぱいに広がっていた黒い染みが、次々と消え始める。


「やった! ついに、やっつけたんだね!」


「いや、まだ終わっ・・!!」


 マリさんの上げた嬉しそうな声をエイスケが否定し終わらないうちに、地下迷宮上空に、これまでとは比べ物にならないほどの巨大な異界門が開いた。






「いかん! スァーラ!!」


 殿下の声に素早く反応したスァーラさんが、さっと両手を掲げると、僕たちのいる指揮所が、半球形の魔力結界で覆われた。その直後、身体がビリビリと震えるほどの、凄まじい魔力震が僕たちを襲った。


 巨大な異界門から同心円状に広がった魔力の衝撃波は、周囲を取り囲む皇国軍兵士たちを容赦なく薙ぎ倒した。


 魔力防壁を展開できず、搭乗者の意識を刈り取られた航空魔導機が、次々と地上へ落ちていく。


 地上の兵士たちも、体内の魔力を激しく振動させられたことで、大半が昏倒してしまった。


 これまで必死に維持してきた戦列は、あっけなく崩壊させられた。そして、そんな僕たちの絶望を嘲笑うかのように、上空の異界門を突き破るようにして、巨大な魔獣が地上に向かってまっすぐに降り立った。






 最初に現れたのは、巨大なビルほどもある、二本の柱だった。鉱物の輝きを放つ、黒いその柱は、地下迷宮を両側から挟むような形で、地上に突き刺さった。直後、爆風とともに、足元から突き上げるような衝撃が伝わってきて、僕たちはたまらずその場にしゃがみ込まなくてはならなかった。


 舞い上がる粉塵と轟く地鳴り。スァーラさんが魔力防壁を作ってくれていたおかげで、僕たちはほんの少し、ひっくり返るだけで済んだ。でも、皇国軍の地上部隊には、かなり大きな被害が出てしまった。


「なん・・だ、ありゃ? 巨人・・?」


 巻き上がる砂埃が収まった空を見上げたエイスケは、絞り出すようにそう言った。


 砂埃の中から現れたのは、空を圧するほど巨大な人型の魔獣だった。その体高は、500mを優に超えている。


 人型とは言っても、赤黒い金属光沢をしたその体は、磨き上げた金属の塊をただ繋ぎ合わせただけの無骨なものだ。ツルンとした頭部には、細かい目鼻などもない。






「あれはおそらく、凶暴化した大地の上位精霊です! ただ、あれほど巨大なものは見たことがありませんが・・・。」


 エイスケの手を借りて起き上がったカナ博士が、手の中にある金色の護符を見ながらそう言った。護符の表面には、光で出来た、見たこともない文字が浮かび上がっている。


「副官、状況は?」


「残存部隊の約半数との通信が途絶。戦列の復旧は困難です!」


 殿下の質問に、端末にしがみついていた副官さんが涙声で答える。すると、殿下は迷うことなく、副官さんに命令を下した。


「全軍に即時撤退を指示しろ。通信が届かない連中には、友軍に伝令させるのだ。」


「りょ、了解しました! 全軍に告ぐ! 即時撤退し、最終防衛ライン外縁まで後退せよ! 繰り返す!」


 副官さんが端末に向かって叫ぶのを横目に見ながら、殿下はスァーラさんの方へ向き直った。






「スァーラ、門は?」


「開いています。あの怒れる精霊を喚び出したことで、迷宮内に蓄積していたすべての魔素が消費されたのでしょう。」


 彼女の答えに殿下は小さく頷いた。そして、女騎士さんたちとともに後ろに控えていた、団長さんに向かって言った。


「団長殿、あれの相手は頼めるか?」


「無論です。魔王討伐の露払い、この白銀聖乙女団団長スィーリンが務めさせていただきましょう。」


 団長さんが胸に左手を当ててそう言うと、殿下は短く「行くぞ、遅れるな」というなり、スァーラさんと共に、地下迷宮の入口を目指して走り始めた。一瞬遅れて僕たちも、殿下の後を追いかける。


 団長さんと女騎士さんたちは、副官さんとカナ博士をその場に残し、僕たちの背後を守るように走り始めた。


「皆さん、ご武運を!!」


 副官さんの声を後ろに聞きながら、僕たちは広大な戦場をひたすら駆けた。






 魔獣の死骸と破壊された戦闘用魔導機が、折り重なるように積み上がる中、戦場の中心へ走っていく僕たちとは反対に、皇国軍の兵士さんたちは、続々と戦場を離れ始めていた。ただ、その数はとても少なかった。


 ここから地下迷宮の入口までは、まだかなりの距離がある。本当なら、魔導浮遊車などの乗り物で移動したほうがいい。


 でも、精霊樹脂を使って作る魔導機は、魔王の力の影響を強く受けてしまうため、地下迷宮周辺では使うことが出来ない。僕たちが今、必死になって走っているのには、そういう理由があるのだ。


 僕たち討伐隊が迷宮に入ると同時に、スァーラさんが内側から迷宮を封じることになっている。そうすれば、魔王の力は地下迷宮内だけで有効となり、外に新たな魔獣が出現することはなくなる。目の前に聳え立っているこの巨人も、魔王の力を封じれば現界化を維持できなくなり、すぐに消えてしまうだろう。






「ねえ、こいつ動かなくない?」


 差し渡し幅が7〜80mはありそうな、巨人の足が徐々に迫ってきた辺りで、マリさんが不意にそう言った。


 彼女の言う通り、巨人は出現したときと全く同じ姿勢で、地下迷宮を守るように仁王立ちしている。右手に握った巨大な棍棒を動かす気配もない。


 こいつがいつ攻撃してくるかと、ヒヤヒヤしていたので、正直拍子抜けだ。


「魔王が完全に目覚めるまでの時間稼ぎだろうからな。こっちから攻撃するか、入口に近づいたら、反応してくるタイプの門番なんだろうよ。」


 エイスケのその言葉に反応したわけではないのだろうけれど、彼がそう言い終わると同時に、巨人は何の前触れもなく動き出した。






「すごい! 本当に動き出した! マルちゃん、よく分かったね!」


「この手のゲームの定番なんだよ、こんな陳腐な仕掛けはな! それよりも、このままじゃやべえぞ!」


 巨人は緩慢な動きで、右手の棍棒を上空に振り上げていく。棍棒の長さだけでも200m以上はありそうだ。たとえ直撃しなかったとしても、あんなものを近くに叩きつけられたら、人間なんかひとたまりもない。魔力防壁を展開しても、即死を免れるのが関の山だろう。


 地下迷宮の入口は、まだ500m以上先だ。そこに僕たちが入るまで、あの巨人が待ってくれるはずはない。まさに万事休す。






 その時、すぐ後ろで、ドガンという凄まじい音がしたかと思うと、僕たちの頭上をものすごいスピードで何かが飛び去っていった。


 驚いて思わず後ろを振り向くと、すぐ後ろの地面が路面が大きく抉れて、地面が露出している。その周りには女騎士さんたちが、跪いて祈りを捧げていた。


「おい、あれ見ろ!!」


 エイスケが指差す先にいたのは、すごい勢いで巨人に向かって空を切っていく団長さんの姿だった。さっきのドガンという音は、彼女が跳躍のために、地面を蹴ったときの音だったようだ。


 団長さんは、巨人の振り下ろす巨大な棍棒めがけてまっすぐに空を駆けながら、右手に持った鎚矛メイスを大きく振りかぶった。






「狂った精霊よ! 聖女様の御威光の前に、悔い改めなさい!!!」


 彼女がそう叫ぶと同時に、手に持った鎚矛が強い光を放った。彼女の鎚矛と巨人の棍棒が空中で激しく激突する。


 耳を覆いたくなるほどの激しい金属音が響いた直、団長さんは巨人の棍棒で弾き飛ばされ、僕たちの近くの瓦礫の中にものすごい勢いで墜落してきた。そして同時に、棍棒を手にした巨人も、ぐらりとバランスを崩し、後ろに大きくのけぞった。


「うそ!? なんで!??」


 ゆっくりと後ろに倒れて膝をついた巨人を見て、マリさんは驚愕の声を上げた。圧倒的な質量を持つ巨人の一撃を、たった一人の人間が跳ね返し、あまつさえ膝をつかせたのだから、無理もない。僕だって、自分の目が信じられないくらいだ。






「いや、いくらなんでも無茶苦茶だろ! ていうか、大丈夫なのか、あの団長ひと?」


「あの御仁なら、心配無用だ。それよりも、足を止めるな。」


 エイスケの言葉に、前を走る殿下は前を向いたまま、そう言った。その直後、団長さんが落下した辺りの瓦礫が、突然爆散したかと思うと、土煙の中から団長さんが姿を現した。


「さスガは上位精霊。なヵナかやㇼマすね。」


 団長さんの姿を見た僕たちは、思わず息を呑み、危うく足を止めそうになった。






 彼女さんの右半身は血に塗れ、大きく砕けてしまっていた。特に右腕はぐちゃぐちゃに潰れており、全く原型を留めていない。鎚矛を持てているのが、不思議なくらいだ。


 右半身が潰れているので、彼女の言葉はひどく歪んでいた。しかし、次の瞬間、彼女の傷はものすごい勢いで再生を始めた。まるで、動画の逆再生を早送りで見ているようだ。


「けれど残念ながら、団長の信仰を打ち破るほどの存在ではなかったようです。愛しい聖女様の加護を得たこの団長が、再び精霊界へ戻して差し上げましょう。」


 完全復活を遂げた団長さんは、声高らかにそう宣言すると、瓦礫を蹴って空中へ飛び上がった。彼女は、信じられないような速度と高度で膝をついた巨人の頭部まで飛び上がり、鎚矛を巨人の右側頭部に叩き込んだ。再び激しい金属音の後、巨人の頭が大きく揺れた。


 姿勢を崩しかけた巨人は、持っていた棍棒をその場に投げ捨てた。ズシンという地響きと砂埃が起きる。






 一撃を叩き込んだ反動で空中にいる団長さんに向かって、巨人はその巨大な右拳を繰り出した。しかし、団長さんはその拳に合わせるように、自らも左拳を突き出した。


「悔い改めなさい!」


 二つの拳が激突し、巨人がぐらりと姿勢を崩す。団長さんの左腕も爆散したが、彼女はそれに構うことなく、巨人の右手に着地すると、そのまま肩の方へと駆け上がり始めた。


「ああ、この熱さ! この痛み! 感じるっ! 聖女様の愛を感じます!」


 団長さんは、頬を紅潮させながら、嬉しそうにそう叫んだ。腕を駆け上がる彼女の左手が、みるみる再生されていく。






「来なさい! 『|戒める者(アラディ・ヤエフ』!」


 彼女がそう叫ぶと、左手と共に弾け飛んだ白銀の小盾ラウンドシールドが、声に応えるかのように空中へ舞い上がり、再生された彼女の左手に装着された。


 巨人は右腕に取り付いた彼女を振り払おうと、大きく身体を揺らした。しかし彼女は、その巨人の動きを利用して上空高く跳躍すると、空中で鎚矛を振りかぶった。


「滅せよ! 『粛清する者タットヒールン』!!」


 鎚矛は白く強い光を放った。渾身の力を込めて打ち込んだ彼女の一撃が、巨人の右肩に炸裂する。その衝撃に耐えきれず、彼女の右腕は砕け散り、血飛沫と肉片を撒き散らした。


 凄まじい金属音とともに、巨人の肩に亀裂が入った。続いて、巨人の右腕が、その重さに引きずられるかのように、ゆっくりと肩から下へとずり落ちていく。


 本体から切り離された右腕は、落下して地面に落ちる前に、白い光の粒となって消え去っていった。巨人は、雷鳴のような叫び声を上げ、大きく身体を後ろへ仰け反らせた。






「消えろ! 消えろ!! 聖女様の御威光に逆らう背教者め!! 己れの巣に帰り、その愚かさを恥じるがいい!!」


 瞬時に再生した右腕で、再び鎚矛を掴んだ彼女は、高笑いしながらそう叫んだ。日頃聞くことのない彼女の嘲りの言葉に驚き、よく見ると、青いはずの彼女の瞳は、爛々と赤い光を放ち、白銀の髪の一部が黒く染まって、醜い斑模様になっていた。


「すげえ・・・。あのデカブツを完全に圧倒してやがる・・・。」


 団長さんの戦いぶりを見たエイスケは、信じられないという顔でそう呟いた。彼女は自らの身体が砕けるのも構わず、巨人に鎚矛を振るい続けている。そのたびに巨人の身体は、えぐり取られたように小さくなっていった。






「はははははっ!! 死ねええ!!」


 団長さんが巨人の額に鎚矛を叩き込むと、悲鳴のような声を上げながら、巨人は崩れ落ち、光の粒となって消えていった。


 巨人を倒した団長さんは、上空で身を翻して僕たちのすぐ目の前に着地し、幾度目かの再生をした右腕で、落ちてきた鎚矛を掴み取った。


「止まれ。」


 先頭を走っていた殿下が、さっと左手を横に出して、立ち止まった。僕たちの目指す迷宮の入口はすぐそこにある。しかし、その前には団長さんが立っている。






「殿下、一体どうし・・・。」


 僕はそう言いかけたが、殿下がさっと手を上げて、それを遮った。殿下の手には、抜き払った短刀が握られている。


 殿下の目はまっすぐに団長さんに向けられていた。その静かな闘気に引きずられるように、僕たちも油断なく身構えて、団長さんと向き合った。


 何度も身体を再生させたせいだろう。団長さんの身体は、自分の流した血で真っ赤に染まっていた。普段、甲冑の下に着ている法服もすべて消失し、ほとんど裸と言っていい状態だ。


 ただ、白銀の輝きを放つ胸当てと下腹部を守る鎧、そして額当ては、僅かな曇もなく、彼女の身を守っていた。






「あー、楽しかった! こんなに全力を出せたのは久しぶり! あなた達に感謝しなくちゃね。」


 目の前の団長さんは妖艶な身振りで、僕たちの方を見た。その瞳は赤く染まり、白銀の髪は艶めくような黒髪に変わっていた。僕は彼女のあまりの変容ぶりに言葉を失った。分隊の皆も当惑しているようだ。


 彼女は値踏みするような目で、しばらく僕たちを見ていたけれど、僕たちは誰も返事をしなかったので、再び自分から話し始めた。


「あら、お返事してくれないの? 寂しいけれど、仕方がないわね。」


 彼女は蠱惑的な仕草で肩を小さくすくめた。






「さっきも言ったけど、あなた達には本当に感謝してるの。ありがとね。」


 しなやかに身をくねらせながら、彼女は僕たちに向かって小さく投げキスをした。そして、ゆっくりと鎚矛を構えると、嫣然と微笑み、こう言った。


「だから、痛くないように一撃で殺してあげるわ。本当にありがとう。そして、さようなら。」

読んでくださった方、ありがとうございました。

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