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84 エイスケ

インフルエンザで寝込んでしまい、仕事が大変なことに!

 身支度を終えた僕は、外に出るために立ち上がり、フードを目深に被った。


 ここは第2城砦にある幼年学校の体育館。魔獣に襲撃されて破壊された第3城砦の人たちが暮らす避難所だ。僕たちは、他の多くの人たちとともに、今ここで寝起きしている。


「行ってらっしゃい、カナメ。」


「行ってきます、母さん。」


 僕は母さんと挨拶を交わした。でも、妹のマドカは、無言で僕を見つめるばかりだった。僕は両手を握りしめているマドカの前にかがみ込み、その顔を覗き込んで言った。


「お兄ちゃん、頑張ってくる。みんなを怖がらせる悪いやつを、絶対にやっつけてくるからな。」


 マドカは頬を赤くしてじっと僕を見つめていたけれど、やがてつぶやくように言った。






「・・・カナメちゃん、また居なくなっちゃうの?」


 思わずドキリとした。必死に表情を取り繕うため、ほんの一瞬視線をそらした後、僕は再びマドカに笑いかけた。


「そんなことないよ。すぐに戻って来るさ。」


 マドカは無言で僕に抱きついてきた。細いマドカの体は小さく震えている。僕たちの姿を見て、母さんがそっと瞼を押さえた。


「・・・行ってらっしゃい、カナメちゃん。」


 やがて身体を離したマドカは、目を真っ赤にしてそう言った。


「うん、行ってくる。」


 僕はそう言ったあと、ふと思いついて、懐に入れてあった白い犬のぬいぐるみを取り出した。これはマドカが僕のために作ってくれたものだ。


「きっと、こいつが僕を守ってくれるよ。だから、大丈夫。」


 声が震えないように気をつけながらそう言うと、マドカは何度も頷いた後、涙声で「クロちゃん、カナメちゃんを守ってあげてね」と言った。






 僕は避難所の仕切りを出て、朝の支度でごった返す人たちとともに避難所を出た。高天原防衛学校へ向かうために、浮遊自走板マギボードを手に通りへ出ると、不意に名前を呼ばれた。


「カナメ!」


「エイタくん!」


 振り向くとそこには、僕の幼馴染のエイタくんが立っていた。彼の傍らには生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた優しそうな女性が立っている。彼女は、エイタくんの奥さんだ。


 職人の仕事着姿のエイタくんは、何かを確かめるように僕に話しかけてきた。


「大規模な魔獣討伐隊に選ばれたんだろう?」


 僕は曖昧に頷いた。大規模な魔獣の襲来を防ぐための反攻作戦を行うと皇国軍が発表したのは、つい三日前のことだ。本当は魔王討伐作戦なのだけれど、もちろん、そのことは関係者以外には伏せられている。


 でも、エイタくんは僕が魔獣討伐に参加するというのを、どうしてか聞きつけたようだ。






「これ、持っていってくれ。」


 彼はそう言って、白い布を差し出した。広げてみると、1mほどのその布には、無数の赤い結び目で、護身の魔法陣が描かれていた。


「これって、千人針の護符!? こんな短い期間にいったいどうやって・・!」


 千人針の護符は、千人の人が一目ずつ、布に魔力を込めた結び目を作ることで魔法陣を描き出して作るものだ。


 魔力の弱い人達が協力して作り上げるこの護符は、戦いに赴く人を守るためのもの。完成させるのは、かなりの手間と時間がかかるのだ。


 驚いた僕を見て、エイタくんは誇らしげに笑った。






「お前が討伐隊に選ばれたって聞いて、俺にもなんかできないかって思ってよ。俺の職人仲間に声かけたんだ。そしたら、それを聞きつけた連中がどんどん集まってきてさ。あっという間に出来上がったんだぜ。」


 参加してくれた人の中には、今回の城塞襲撃で死んだ兵士の遺族や、幼年学校時代の同級生もいたそうだ。


「あのさ、カナメ。俺たち、お前のこと待ってるから。だから、なんだ、うまく言えねえけど・・・とにかく、死ぬんじゃねえぞ!」


「うん、ありがとうエイタくん。」


 僕はもらった護符を懐にしまい込んだ。エイタくんに別れを告げた僕は、マナボードに乗り、学校へ向かった。そっと振り返ると、エイタくんは僕に手を降ってくれていた。その傍らには、彼の奥さんが影のように寄り添っていた。






 人型となった『大鷲改』に乗り込んだ僕たちは、魔王討伐隊の拠点である鹿島防衛基地へと向かった。ここは関東地方最大の皇国軍拠点が置かれている場所だ。


 関東地方は巨大な水棲魔獣が多数生息

している。中でも強力なのが、ヘビのように細長い身体をした水竜サーペントたちだ。


 そのため、関東地方には人の暮らす城砦群がほとんど存在しない。にもかかわらず、お奥の軍事拠点があるのは、水棲魔獣たちが海を経由して、人間の生活域に近寄るのを防ぐためだ。


 しかし、これはあくまで表向きの理由。本当の目的は、魔王の封印されている『墓所』を監視するためなのだ。


 基地に着いた僕たちはすぐに作戦室に通された。広い室内には、整然と机が並べられ、多くの将校たちが席についていた。彼らは全国から選りすぐられた部隊の代表者たちだ。






「カナメさん、エイスケ氏、こっちですよ!」


 僕たちが室内に入るとすぐ、将校たちに向かう合うように配置された、正面の席から声がかかった。声の主はカナ博士。そのとなりには、白銀の鎧に身を包んだ団長さんが澄ました顔で座っている。


 僕たちは痛いほどの視線を感じながら、カナ博士たちの隣の席に着いた。ふと、目を上げると、将校たちの中に混じって、宇津井先生と笹崎教官の顔が見えた。僕の視線に気付いた二人は、無言のまま小さく頷いた。


 程なく、リコ内親王殿下と妖鬼族の巫女姫スァーラさんが、入室してきた。二人が作戦室の中央の席に座ると、すぐに作戦技官が立ち上がり、情報端末タブレットを操作しながら話し始めた。






「では、お手元の端末の資料をご確認ください。本作戦の概要を説明いたします。」


 技官の説明によると、作戦の開始時刻は1週間後の午前6時だった。


 大まかに作戦は2段階に分けられる。


 魔王の封印された『墓所』の封印を一時的に解除し、そこに討伐本隊を侵入させるまでが、第一段階。


 そして『墓所』から溢れ出てくる魔獣たちを周辺部隊が抑えながら、討伐本隊が魔王と戦うのが、第二段階だ。


 僕の正面に座る将校たちは皆、技官の説明を、神妙な面持ちで聞いていた。


 技官の説明が一通り終わったところで、リコ内親王殿下が立ち上がった。室内の目が集まるのを待ってから、殿下は話し始めた。






「我々の主力兵装である魔導機は、魔王に対しては無力。そのため、魔王討伐本隊は、生身のまま『墓所』に突入することになる。諸君らの任務は、正面にいるこの討伐本隊を、無傷のまま『墓所』まで送り届けることだ。そのために、たとえ、どんな犠牲を払ったとしてもな。」


 将校たちの表情が引き締まり、目に力がこもる。それを正面から受け止めて、殿下は大きくゆっくりと頷いた。


「今更、諸君らの覚悟を問うまでもないようだ。」


 満足気に微笑んだ後、殿下は表情を引き締め、大きく息を吸い込んだ。


「皇国の、人類の興廃この一戦にあり! 総員、死力を尽くせ!」


「「「「応!!!」」」」


 広い作戦室に響き渡った殿下の声に、将校たちが短い言葉で応じた。殿下は作戦室内をぐるりと見渡した後、静かに席に着いた。


 その後、各部隊の配置や連携について、詳しい説明や質疑応答があり、会議は長時間に及んだ。






 昼食のために、一時休憩となったときには、僕たちはすっかり消耗してしまっていた。僕たちのために命をかける人たちの話を無下に聞くことはできないと皆、精神を集中させ続けていたからだ。


 僕たちは、カナ博士や団長さん、それに女騎士さんたちと一緒に、殿下が特別に用意してくれた個室で食事を摂ることになった。といっても、特にご馳走が出るというわけではなく、メニューは皇国軍の食堂で普通に食べられてる、一般的な焼き魚定食だ。


「ふう、やっと人心地着いたな。ありゃあ、かなりしんどいぜ。」


 エイスケの言葉に僕とホノカさんは大きく頷いた。


「マルちゃん、すっごい真剣に聞いてたもんね。」


 マリさんがそう言うと、エイスケは大きく肩をすくめて見せた。


「さすがの俺でも、茶化す気にはなんねえよ。そういうお前だって、今日は居眠りせずに聞いてたじゃねえか。講義のときには、1分と経たずに寝ちまうのに。」


「いくらあたしでも、それくらいは空気読むよ!」


 二人のいつものやり取りで、ようやく皆の表情がほぐれる。食事を終えた僕たちは、また作戦室に戻るため、個室を出た。






 作戦室の周辺には、昼食休憩を終えた将校たちが続々と集まり始めていた。僕たちは作戦室に入るため、彼らの中をかいくぐって歩いた。


「エイスケ。」


 その時、作戦室の入口のあたりにいた一人の将校が、エイスケに向かって声をかけてきた。


「あ、兄貴!? どうして、太政官派の兄貴がここに・・・!?」


 エイスケは青ざめた顔で、その将校を見つめた。僕たちが立ち止まったことで、周囲の将校たちが何事かとこちらに視線を向ける。


「父上は刑部次官を解任された。私も参議職を失い、訴追されたが、討伐軍に参加することを条件に恩赦していただいたのだ。」


 エイスケのお兄さん(?)と思われる若い将校の姿に気づいた人たちが、さっと離れたことで、その場に僕たちを中心とした小さな空間が生まれた。


 僕たちを取り囲む将校たちからは「なぜ失脚した不二屋家の人間がここに?」という声が聞こえてくる。


 敵意に満ちた視線を受けながら、エイスケのお兄さんは一歩前に進み出ていった。






「エイスケ、少し時間をもらえないか。話をさせてほしい。」


「・・・俺はもう、不二屋とは何の関係もねえ人間だ。兄貴と、話すことはねえよ。」


 けれど、エイスケはお兄さんの言葉を無視すると、彼に背を向けてそのまま歩み去ろうとした。お兄さんがエイスケを引き留めようと声を上げかけた瞬間、横からさっと小さな手が差し出され、エイスケの腕を掴んで引き止めた。


「エイスケ氏、逃げてはダメです。」


 驚くエイスケに静かにそう言ったのは、カナ博士だった。


「博士! 俺は別に逃げてなんか・・痛あ!!」


 パンと大きな音が響き、エイスケが頬を押さえてその場にドサリと倒れる。エイスケの顔に本気の平手打ちを叩き込んだカナ博士は、目に涙をいっぱい浮かべながら、呆然と博士を見つめる彼に言った。


「いいえ、あなたは逃げています。目を背けず、向き合うことでしか真実を見いだせないと言っていたのは、あなたではありませんか! 私は・・・そんなあなたを見たくないのです。」


 突然の出来事に、その場にいる全員が黙り込み、騒がしかった廊下がシンと静まり返った。僕たちが固唾を飲んで成り行きを見守る中、博士は倒れたエイスケをそっと助け起こした。






「以前、私にお母様のことを話してくださいましたよね? さあ、今こそ過去と向き合うときです。勇気を出してください、私の愛しい人。」


 博士がそう言って、エイスケをぎゅっと抱きしめると、周囲からどよめきが上がった。


 僕は混乱して、思わずホノカさんたちの方を向いた。


「(え、どういうこと? あの二人って、そういう関係だったの?)」


「(いい感じで付き合ってるのは、知ってましたけど、そこまで深い関係だったとは知りませんでした。)」


 ホノカさんの言葉に、マリさんたちも驚いた表情で頷く。すごく気が合って、いつも一緒にいたけれど、二人がそんなに深い仲だとは、皆気がついてなかったみたいだ。


 でも、言われてみれば確かに、二人は休みの日によく一緒に出かけてたりしていたっけ。エイスケはいつも他人に世話を焼いてばかりで、自分のことを話したがらないから、全然気が付かなかった。でも、気づいていないのが僕だけじゃなかったと知って、僕はなんか妙にホッとしてしまった。


 エイスケは僕たちをバツが悪そうに見た後、博士からそっと身体を離した。






「そこまで言われちゃ、もう逃げられねえな。」


 エイスケはお兄さんに向き合った。


「場所を変えて話そう、兄貴。」


 でも、その言葉にお兄さんは首を横に振った。


「いや、ここで聞いてほしい。今、私は罪を得た身だ。そんな男と密談したとなれば、お前にいらぬ疑いがかかるかもしれない。それは避けたいんだ。」


 お兄さんはそこまで一気に言うと、エイスケに向かって深々と頭を下げた。


「不二屋家に戻ってきてくれ、頼む。」


 お兄さんの言葉に、周囲の将校たちがどよめく。エイスケは戸惑った顔で、お兄さんに言った。


「何言ってるんだ、兄貴! 俺みたいな出来損ないが今更戻ったって・・・!」


 すると、お兄さんは頭を上げ、静かな微笑みを浮かべた。






「私はこの戦いで、皇国のために身を捧げるつもりだ。それが、私に許された最後の償いだからだ。」


「何言ってんだ! 兄貴が死んだら・・・!」


「だからこそ、お前に後のことを頼みたいんだ。何を今更と言いたいお前の気持ちは十分分かる。だが、それを承知で頼みたい。父上も、それを望んでいるんだ。それに、シノブもな。」


 シノブという名前を聞いた途端、エイスケはハッと顔を上げた。


「・・・クソ親父はどうでもいい。でも、そうか。俺も兄貴も死んじまったら、次はシノブが・・・。」


 エイスケは、ぐっと拳を握りしめた後、ふっと息を吐いて、お兄さんに向き直った。


「わかったよ兄貴。今ここで宣言する。俺はたった今から、もう一度、不二屋を名乗る。それでいいんだろう?」


「済まない。恩に着る。」


 お兄さんは再び、深々と頭を下げた。そしてもう一度顔を上げたときには、それまでと打って変わって、とても穏やかな表情をしていた。


「その言葉を聞けたら、思い残すことはない。もう、再び会うこともないだろう。さらばだ、エイスケ。」


「兄貴・・・!」


 お兄さんはその言葉を最後に、その場を去っていった。人混みに消えるその背中を、エイスケはいつまでも見つめていた。






 その後、午後の間もずっと、魔王討伐作戦に向けての会議が行われた。僕は、手元に置かれた会議用の端末を操作して、エイスケのお兄さんの名前を探した。一番の激戦が予想される最前線部隊の中に、その名前があった。


 僕は横に座っているエイスケに目を向けた。でも、彼はじっと前を向いたまま、会議の成り行きを黙って見守っているばかりだった。


 その日の夜、遅い夕食を取りながら、僕たちはエイスケから、彼の過去について聞くことができた。


 エイスケは、中央の要職を歴任する名家、不二屋家の生まれだった。






「ただ、俺のおふくろはいわゆる側妃ってやつでな。まあ、有り体に言えば、俺は現当主の愛人の子なんだよ。」


 エイスケのお母さんは元々、当主の身の回りの世話をする使用人だったそうだ。でも、当主に見初められて、側妃になったという。


 ただ、その結婚はお母さんが望むものではなかったらしい。意に反する結婚したことで、彼のお母さんは精神に異常を来してしまった。


「おふくろは弱小貴族家の末娘でな。家のことを考えて、逆らうことができなかったんだろう。元々身体が丈夫な方じゃなかったらしくて、俺を生んだ辺りから少しずつ、おかしくなっちまったのさ。」


 結局、エイスケが8歳のときに、お母さんが入院してしまったため、エイスケは正妻の子どもたちと一緒に生活をすることになったそうだ。ただ、その生活は決して楽なものではなかったという。






「まあ、一応当主の血を引いてるから、それなりには扱ってくれたけどな。でも、出来損ないの俺には、上級貴族家の跡取り候補としての生活は、しんどかったんだ。」


 エイスケは笑いながらそう言っていたけれど、かなり厳しい生活だったのだろうと思う。そんな彼の心の支えだったのが、異母妹のシノブさんだったのだそうだ。


「シノブは俺と4歳違いでさ。年が近かったのもあって、すごく俺に懐いてくれてたんだ。」


 やがて12歳になったエイスケは、厳しい試験を勝ち抜き、最難関の出雲士官学校に入学することができた。


「シノブもおふくろもそれをすごく喜んでくれたよ。もっとも、その頃のおふくろはもうほとんど話せなくなってたんだけどな。」


 入学に際して、エイスケは最初、技術士官養成科を志望したそうだ。でも、お父さんの反対で、強引に魔導機士養成科に入れられてしまったらしい。






「名門不二屋の人間が、技術士官なんて外聞が悪すぎるってことだったんだろうけどな。ほんと、クソ親父だぜ。」


 エイスケの保有魔力は、決して多くない。そのため彼は、魔動機を動かすために、自分の魔力を徹底的に最適化し、効率的に運用する術を編み出した。


「だから、エイスケは、あんなに魔力の操作や魔術回路に詳しかったんだ!」


「そういうことだ。バケモンみたいなエリートの同級生に付いていくために、必死こいてたんだよ。まあ、俺も若かったからな。」


 僕の言葉に、彼はそう言って皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。


「だけど、それもおふくろが死んじまって全部無駄になっちまったんだけどな。まあ、心が折れちまったわけだ。」


 入学後、半年余りが過ぎたところで、エイスケの心の支えになっていたお母さんが、亡くなってしまった。それまで、お母さんにこれ以上、肩身の狭い思いをさせたくないという一念で頑張っていた彼の心の糸は、ぷっつりと切れてしまった。






「結局、俺は落第しちまった。そのことで親父にブチギレられてさ。勘当されて家から放り出されたのさ。」


 お母さんが亡くなったことで、正式に彼の両親の離縁が成立した。


 不二屋家を出るにあたって、彼は不二屋家との関係を秘密にするよう、条件を出された。きっと、家名に傷がつくのを恐れてのことなのだろう。


 彼が家を離れることを本気で悲しんでくれたのは、シノブさんだけだったそうだ。その後、彼は一括で僅かな養育費を受け取り、高天原防衛学校に編入してきたという。


「何しろ、不二屋家との関係を表で言うわけにはいかねえからさ。経歴が後ろ暗いせいで、こっちに来てからも、色々言われたよ。まあ、ダブったのは事実だし、それについては何も言い訳できねえんだけどな。」


 エイスケはそう言って話を締めくくった。するとマリさんが、大きく息を吐きながら言った。






「マルちゃんも、苦労してんだね。ところでさ、そのシノブちゃんてどんな子なの? 写真とかあるんでしょ?」


 エイスケはニコニコしながら手を伸ばすマリさんを見て、あからさまに顔をしかめてみせた。


「お前、本当にデリカシーってもんがないな。まあ、でも、それがお前のいいところだ。いいぜ。毒喰らわば皿までだ。写真くらい見せてやるよ。」


 エイスケはそう言って、僕たちにマギホを差し出した。


「この子がシノブちゃん? かわいいじゃん! あ、でも、ちょっと昔のホノちゃんに似てるかも?」


「言っとくけど、それ、8歳のときの写真だからな。」


 ニヤリと笑ってエイスケがそう言うと、マリさんは慌ててホノカさんに謝った。ホノカさんは笑って答えた。






「ううん、気にしないで。私チビだから、入学してしばらくは、よく幼年学校の子と間違われてたもの。」


 そこで彼女は、ハッとした顔でエイスケを見た。


「丸山さんが私のことを気にかけてくれてたのって、もしかして・・・?」


 彼女の目を見たエイスケは、途端に気まずそうに顔を赤らめた。


「お前、本当に勘がいいよな。お前の旦那にも、それ半分分けてやれよ。」


 当時の彼女は、女子寮でひどいイジメを受けていた。エイスケは、そんな彼女のことが心配で仕方がなかったのだろう。


 皆でひとしきり昔のことを話した後、エイスケは表情を改めて、僕たちに頭を下げた。






「大事な戦いの前に、余計な心配かけさせてすまんかった。」


 僕は頭を下げるエイスケの肩に、そっと手を乗せた。


「そんなの気にすることないよ。」


 僕の言葉に皆も大きく頷く。エイスケは神妙な表情で僕たちの顔を見た。すると、マリさんがエイスケに尋ねた。


「ねえ、マルちゃんが家を出たわけは分かったけどさ。なんでお兄さんは、マルちゃんを家に戻そうとしたの?」


「兄貴は俺に不二屋を名乗らせることで、シノブを守ろうとしたんだ。」






 不二屋家は、皇家に謀反を企てた太政官と深いつながりがあった。本来なら即刻、家ごと処断されてもおかしくない立場だ。けれど、お兄さんが魔王との戦いに参加することで、何とか家名を保つことができたのだ。


 エイスケのお兄さん、不二屋ダイシンさんは刑部省参議。高級文官だけど、元々は優秀な軍人としての経歴も持っている。


 おそらく、魔王との戦いに、優秀な兵士を一人でも投入したいという殿下と、家名を存続させたいダイシンさんとの間で、何らかの交渉があったのかもしれない。


「魔王討伐本隊に選抜された俺が、不二屋の名乗ることで、地に落ちた家名を少しでも雪いでおきたいと思ったんだろう。クソ親父の考えそうなことだ。」


 魔王討伐本隊に選ばれるということは、皇家に信任されている証となる。不二屋家を再興させるには、最適な箔付けなのだと、エイスケは説明してくれた。


 エイスケの過去を考えれば、きっと忸怩たる思いがあることだろう。それでもお兄さんの要求を飲んだのは、きっとシノブさんのことを考えてのことなのだと思う。






「はー、そうなんだ。貴族ってやっぱり面倒なんだねー。」


 マリさんは、自分で聞いた割に、つまらなそうな顔でエイスケにそう言った。でも、その直後、今度は目を輝かせて、再びエイスケに詰め寄った。


「あ、そうだ! そう言えばマルちゃん、いつの間に博士とあんな、いい感じになってたの? あたし、全然気が付かなかったよ!」


 エイスケは今度こそ、はっきり苦虫を噛み潰したような顔をした。


「本当に遠慮がねえな。さすがに、それは言わねえよ。」


「えーっ、いいじゃん! 教えてよ! ねえ、どっちから好きって言ったの? ねえねえ!」


「あー、うるせえ、うるせえ! 黙れ、このバカ猫が!!」


 いつものように二人が言い合いを始めたのを見て、僕とホノカさんは顔を見合わせ微笑んだ。僕は彼女の手を取り、ぎゅっと握りしめた。






「丸山さんのこと、よかったね。」


「そうだね。僕もそう思う。ホノカさんは、大丈夫?」


「うん。父さんや母さんとは話をしてきたから。」


 僕は小さく頷いて、自分の懐に意識を向けた。中にはマドカが作ってくれたクロのぬいぐるみ、そしてエイタくんが届けてくれた千人針の護符が入っている。


 皆、言わないけれど、分かっていた。おそらくこの戦いで、僕たちは全員命を落とすことになるだろう。何しろ、相手は世界を滅ぼす力を持った魔王なのだから。


 でも、僕はもう、何も怖くなかった。胸の奥にあるのは、絶対に皆を守るんだという、強い決意だけだ。


 欲を言えば、僕の大切な仲間であるエイスケ、マリさん、テイジ、ホノカさんには死んでほしくない。でも、それを口に出すのは、皆の覚悟を否定することになってしまう。だから、僕はただ、ホノカさんの手を握った。


 手から伝わる彼女の熱が、僕の心を奮い立たせる。胸の奥で眠っているはずのクロが、ざわりと動いたような気がした。






 作戦の準備や訓練で、時間は瞬く間に過ぎていった。すべての準備は整った。


 その日は、驚くほどの快晴だった。朝日が東の空を七色に染め上げる中、配置についた全部隊の通信装置を通じて、リコ殿下の声が響き渡った。


「(作戦開始!)」


 人類の存亡を賭けた紀末試験は、こうして静かに動き始めたのだった。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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